りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ:実家のこと > 父のこと


今朝、弟からラインがきて、その内容に焦った。 
父が母の大事にしていた着物や焼き物など
家族の大事な思い出の品や宝物を全て邪魔だと言って
業者に持ち帰らせようとしていた。

たまたまその直前に弟が気が付いて止めたという。
「いらないから欲しけりゃ持っていけ」
と弟に言ったらしい。

捨てる前に、形見分けとして我々に相談するとか
欲しい物は持って行く様にいう事もなく
いきなり処分しようとした。

前にもそういう事を口走ったことはあったと聞いていた。

その時の、弟の態度もダメだったのだと思う。

何も言わず、そうだねみたいなノリで
いつもの賛成派の振りで誤魔化すからそうなる。
その時は、私から弟に手を打つように言ったが
いつもの面倒臭さで、弟はうやむやにしていた。
自分の欲しい物だけ、こっそり持ち帰ろうとしている様だった。

そもそも、実家だから我々が育った家。
私の大事な物も置いてある。
私が寝るベッドすら邪魔だ捨てると言うらしい。
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子や孫が実家に帰省するという発想も無い。
帰省しても、泊まるな、帰れと言うのだろうか。
ついこの前までは、
「孫に早く会いたい、長く泊まってて」
みたいな普通のお爺ちゃんだった。

あの頃は、母が生きていて、
来客があっても、全てをやっていたからか。
これからは、自分が接待をしなくてはいけない、
嫌だ、したくないし、できない。
かといって勝手に俺の家で、子や孫に台所を触ってほしくない。
我物顔で俺の家でウロウロされたくない、
みたいな発想だろう。

家族の概念が消え、全て他人に見えるのだろう。
娘でも、家に居てほしくない。
勝手に寝てほしくない、料理も作らせたくない。
何も触らせたくない。他人に家に入ってほしくない。
実家は俺だけの物。
家の物は全て俺の物。
そこまでおかしくなった父。






母の初盆。
コロナ禍で私は帰れず、
結局父からも何も言って来ず、
弟からラインで報告があっただけだった。

母の気持ちを伝える手紙も
結果的には何の効果もなく
今の父には、何を言っても無駄だった。

が、かといって、
弟の様に言いたい事も言わず、
御機嫌取りばかりする考えは反対だ。

言わないで同意するという事は
父にとって、自分は絶対正しい、子は自分の言いなりになるものだと
認めることになる。

そんな風に、父を騙して
裏で「ストレスが溜まる、嫌だ」
と文句ばかりいうのをこちらも聞きたくない。 

自分の意見を言った上で
父が自分のしたい様にしたのなら諦めもつく。
何より、我々、子ども達の考えを伝えることに意味があると思う。

病院に行くほどの認知症でもなく
年齢に応じた脳の老化、本来の頑固でDV体質だったのが
更に悪化したというレベル。

弟が、何も言わず、現実逃避しているのは
奥さんに対しても同じ。
そのせいで、どれだけ両親に迷惑かけたり、
裏切られた思いを与えたことか。
その事実からも目をそむけ、謝る事も無い。
甘やかされ、我儘だということ。

弟は父と揉めるのが面倒。
見て見ぬふりをして
時が過ぎるのを待つ、というタイプ。
そんな2人だから、こうなる訳だ。
まさか、母もここまで冷たいとは思ってもいなかったと思う。
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父は、初盆をやっていないどころか、
お盆の間、家を留守にしている。
母が帰ってくるのを迎える気も無い。
納骨だけさっさと済ませたらしい。
嫌がっていた場所に。
母の嫌がることばかりやっている。


せめて、実家で母を迎え、初盆の弔いをして
その後、納骨ならまだ諦めがつく。
それもしないで、自分のやりたい事優先の父。

父自身は、よかれと思って
しっかりやっているつもりなのだろう。

が、自分のしたいことしかしない。
したくないことはやらない。
母の為にと供養をする気持ちが無いのだろうか。
父がわからなくなった。

山奥の荒れた父の自分の古い実家への執着。
母にとっては、嫌でしかない父の実家。
その山奥の墓にお骨を強引に入れた父。

弟も一緒になって実行した。

こりゃ、母は成仏できるのかと心配になってきた。

生きていたら今頃私に父と弟の愚痴ばかり言っていた事だろう。

母の親族から、私に連絡がくる。

母の親族も父に怒っている。

昔の話をきいていると納得がいく。
そういう家柄なのだ。父の家は。

何だかんだと裏で文句を言う弟も
実は父の性質を一部継いでいる気もしてきた。

私は、毎日母の遺影に向かって話しかけている。
「家に帰っても寂しいでしょう。いつでもうちに来てね」



弟からラインがきた。
父の様子を見に行ったが、手紙の話題は出なかったので
納骨の話題を出したらしい。

すると父は、
「(私から)お骨は家に置いてても良いのではと言われたけど」
と前置きをしてから、
「家に置いておく棚やスペースが無いし(あるけどね)
 誰もうちにお参りに来ないし、予定通りお墓にいれることにする。
墓の近くの親族に話せば、誰かが墓参りに来てくれるだろう」
と言ったらしい。

近所の親族って?そんな人いたっけ?
遠い僻地の山の中に?
聞いた事も会った事もないし、いるならこれまでにお墓参りしているでしょ。
誰もいないから困ってるのに。
父の妄想?
それとも、付き合いもない遠い遠い親戚とも言えない様な他人のことかもしれない。

そんな人に、自分の代わりに墓参りしてくれと言うかな?

母がいたら、「またありえない勝手な事を言ってる!」と怒っていたかも。

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父は、歳をとり、まともじゃない所が増えてきて、
これまでに、突然知らない人の家を訪れたり、迷惑をかけている。

弟はそんな事は知らない、ととぼける。
父に聞きもしない。
これから父の苦情はあなたのところにいくわよ、と言いたかったが。

「まあ、後はそっちで頑張って。私はやることはやったから。」
で終わった。

父は私の手紙を弟に見せることもなく
むしろ隠している様だった。
母の日記を読んで、何かは間違いなく感じたのだろう。
それだけでも私は満足だ。

そして、夜に母が夢に出て来た。
何を言いたかったのだろう。
目が覚めて、また悲しくなった。


父に手紙を書いたのだが、
出す前に、少し一息ついている。

母から頼まれた大事な事を、弟が止めた。
今まで我慢して黙っていたが、やはり納得いかない。


父が頑固なのは母はわかっていたし、
何を言っても、決めるのは父。

母は、それを承知で私と弟に頼んだと思う。

「お骨をすぐにはお墓に入れないでほしい、
家にしばらく置いていてほしい。
1人で山の中に置いておかれるのは寂しい。」

父も先が長くないだろうから、
父と一緒に納骨してもらえればいいということ。
そうすれば、山の中ではなく
私たちが通いやすい近くの墓地を探してくれるだろという
極、当たり前の希望。


便利で近い場所なら、今すぐ納骨していい。
そうじゃないから誰も行かないし、荒れてしまう。
実家の近くに新しい自分のお墓を作る気も無い父。

弟は、口では母の事が可哀想で辛さが残っていると言う。
なのに、母の希望を父に言うなという。
ご機嫌取りばかりしている。
でも、裏では父の文句ばかり。

弟は父を騙していることになる。
母を裏切ることにもなる。
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伝えて、だめでもいい。
伝えることに意味がある。

弟に、「あなたが言えないなら私が言うよ、
上手く言うから大丈夫」と言っても、
びくびくして、父を怒らせるなと、私を信用しない。
何で、弟の許可を得たり、指示うけないといけないのだ。

何なんだ、弟の裏表とこのおびえ方は。
弟と父は心が通じていないんだなと思う。

父は、私に野菜を送ってくれた。
私がお礼の葉書をだしたら、嬉しそうだったと聞いた。

そういうもんなんだよ。
親子だから。

でも、弟は父を信用していない。
私のことも。

母が居なくなったあと
色んなことが見えて来た。
知らない方が良かった。

弟も父も私に対して、同じ気持ちかもしれないが(笑)


昨日、父から宅配便が届いた。

父が作った野菜が入っていた。
父は、少し離れた田舎の土地に定期的に通い、野菜を作っている。

無理して何度か倒れたので、心配した母がもうやめたらと言い続けてきたが、
怒鳴り散らして聞かず、続けている。

頻繁に行けないので、
玉ねぎや芋類しか作らない。

私にしたら、必ず使う野菜なので
貰えると助かる。

小さい箱だったので、多くは無かったが、
形の良いのを選んで、入れてくれたのだろう。

葬儀の日に追い出されてから、
娘のことなんて忘れるんだろうなと思っていた。

弟が、後からまた父にその話題をぶり返すという余計な事をした。
父が、自分が悪かったなんて言うはずないのはわかっているのに、
ほっといてくれと言ったのに、
わざと刺激して、更にややこしくした弟。

だから、父は弟の手前もあって、当分は私に構わないだろうと思っていた。
だから、野菜を送って来たのは少し驚いた。

弟のお節介が無ければ
時間が経てば父はごたごたを忘れ、
何も無かったかのように
私に接してくる気がしていた。

弟の行動は、無神経でいつもずれている。

父との連絡は、弟を通じて伝言か、
郵便で直接やりとりする事にしている。

電話は、耳が遠くてうまく通じない。

弟に、届いた事を父に伝えてとラインした。

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父宛に、お礼の葉書も出した。
いつもしてきたことで、当たり前の事。
喧嘩別れでも、物を貰ったら連絡をするのは当たり前。

父と私のゴタゴタは
弟とすれば計算が狂ったはず。

これまでは、私が県外から時々帰り、父の世話をしていた。

父が世話を嫌がったおかげで、
私はむしろ楽になり、何も困っていない。

自分だけを頼りにされるのは弟は嫌なのだ。
実家の家事や世話をしたくないから。
疲れる事は、私にやらせるつもりだった。

父に、野菜が届いたと葉書をだしただけで、
弟は私が折れたと思ったのか、喜んでいる。

いやいや、もうこれまでとは違う。
父も弟夫婦もかわらないだろうし、
私は自分のやりたいようにやっていく。

母が、あの世から見ていて
父が野菜を送ったのを見て、
少し安心しているかもしれないな。



弟から何回か着信がきていた。

父に何かあった?と思ったが違った。

たいした用事では無かったが、久しぶりに長電話になった。
弟はそもそも長電話をする方では無かった。
母と私に長電話をするなと注意していたほどだ。
(奥さんには何も言わず(′∀`))

最近は、電話で私と色々話す様になってきた。
私も、母からぱたっと電話が来なくなった後で、
身内から電話がくると嬉しいものがある。

母がいなくなり、父がおかしくなってきて、
弟のストレスも益々溜まり続けている様だ。

父の様子は、こちらから聞かないと話して来ない。
まめに世話をしないことを批判されるとでも思っているのか。
今更だろう。
最近、更に父を避けて、数日置きにしか顔を見に行かないそうだ。

以前の父のままなら、心配で手伝いに帰りたかったが
もうここまできたら、放っておくしかない。
父の希望なんだし、後は自業自得だろう。

どんなに心配して大事にしても、全部悪意にとられる。
母から聞いていた父の話が、今更だが、これだったのかとしみじみわかる。
娘であっても、実家の事を「俺の家だ、勝手に触るな、泊まるな」と言い出した。
認知症も当然あるが、日常生活を1人で何とかやっていけているので逆に困る。
もっとおかしな言動があれば
病院で診察受けて、それなりに対応できるのに。
認知症というより、元来の本質が露わになっただけと思う。

脳の老化で、理性が無くなって来たのだろう。
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昨日、古い手紙を処分していて、母の手紙を見つけた。
それを読んで、そのことを確信した。
手紙には

「外に激しい運動をしに行く父を心配して、気を付けて、無理しないでと声をかけただけで、
うるさい、俺の楽しみを邪魔する気か、お前は俺を不快にする事ばかり言う、
文句があるなら出ていけ、と異常に悪意にとられ、暴言を吐かれた。いつもこんなで困っている」

と愚痴が書いてあった。これは、だいぶ前の話だから認知症は関係ない。

「黙って言いなりになれ」「ハイ以外は言うな。」と常に母に言っていたという。
母の人権は無視だった。

母は、私に長年父の裏の顔を愚痴り、
私も聞いてあげてはいたが、
父親としては、夫に比べると強い責任感があり、
給料は全て母に渡し、贅沢もせず、育ててくれたという面だけでも
私は感謝していた。
母に対してのみ見せる裏の顔、
自分は父と接触する機会もないし、
夫婦間の事で、私には関係ないと思っていた。

自分が結婚してからも、夫と父とのDVパターンが違ったので、
父の方が全然ましだと思った。
経済的には母は安心して生活していた。

そこが、私には贅沢に思えた。

以前の父は、表の顔がほとんどで、裏の顔は母の前だけ。
だから、母の訴えは弟は信じていなかった。
今でも、どこか父の表の面を信じている。

今、老化のせいもあり、裏の顔が一気に噴き出し、
表の顔がほとんど無くなり、
どう接してよいのか戸惑っている風だ。

男尊女卑もあり、私は父の裏を長い間知っていたし
父に言いたい事を言えるが
ずっと大事にされ、母も綺麗事しか弟には見せて来なかったので
ある意味、弟は「親は立派である。反抗するな。」と
洗脳されたままなのだ。

父に意見を言えないのだ。
闘うことが嫌い、意見の言い合いが嫌いなのだ。


こんな家庭環境だったから
私は自己愛のターゲットにされる人間になったと思う。
弟も同じ?

父の黙っていう事を聞け、という母へのDVを
母を通じて子どもの時から圧力を受けて育ったから
自分を抑えることが美徳のような間違った洗脳をされた。

今更遅い。
親の育て方、人格というのは子の人生まで影響する。

それを思うと夫が出て行ったことは許せないが、
子にとってはとても良かったとつくづく思う。

我が家の夫が不在である事で、子ども達に悪影響は何も無かったと思う。
むしろ、夫が不在だった事で、子供たちの精神は守られたと思う。

両親が揃っていれば良いと言うものでは無い。

子どもにとって、害になる親ならいない方がましだ。
だから、もっと社会は、皆で子ども達を守ってあげなきゃいけないと思う。





気が滅入る時間がまだある。
でも、母が入院中の時よりは心は重くない。

アレクサで好きな音楽を聞いたり
ネットフリックスで映画をみたり
あえて遠くの店に買い物に行ったりして
気を紛らす日々。

原因は、やはり父との確執だと思う。
葬儀のあと、きちんと手伝いをして
実家を掃除、片付けて今後の法事の予定なども話して、
父の世話に、定期的に通う約束をして
納得して帰宅していたら、
今頃心はすっきりしていただろう。

父にまだ会いたくない。

先日父と弟に送った自作の”母の思い出DVD”を見て
父は泣いたそうだ。 
少しでも、まだ人間らしさと母への想いが残っていた事に安堵する。

今頃、父は少しづつ
自分の考えの甘さに気が付いているのではないか。

前にも書いたが、葬儀の日に
「1人暮らしは大丈夫、気楽にすごせるからいい。
食事の世話をしようなんて迷惑だ。邪魔だ。出ていけ。」
と言った老害父だったが、

今までは”母が必ず元気になって帰っていた”事を忘れている。
母は、退院した後、どんなに体調が悪くても、
1人暮らしで栄養不足になってた父の為に食事を作ってきたので、
父はすぐに回復し、元気だった。
しかも、母に暴言を吐き、ストレス発散していたし、
それが当たり前になっていて、
自分は1人でもちゃんと元気にやっていけると思い込んだ。

永遠の1人暮らしの経験はしていないのに。

もう母は帰らない。
もう父の為に食事を作らない。
父の栄養状態は回復しない。それをわかっていない。

だから、これからは、私が
定期的に通うつもりだった。

そろそろ、体力、気力の限界がきているのではないか。
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自分の事はできると言い、確かに
洗濯やゴミ捨てはちゃんとしていた。
食事は人に作ってもらいたくない、自分の好きにしたいと
怒鳴っていたが、今は、ご飯を作る気力も無いのではないか。

そろそろ、貧血状態になっているかも。

弟は、惣菜やパンなどを時々、持って行っているらしい。

私のように、3食きちんと作って食べさせようなんてことは
最初からしないし、迷惑だ事件以来、益々、嫌う様になった。

父の自業自得である。

施設に入るのは、母の法事が色々終わるまでは無理だろう。

その前に倒れそうな気がする。

弟に、高齢者むけのお弁当配達屋さんを探して父に申し込ませてはどうかと
話したが、こういう事をやりたがらないのが弟だ。

反対なら、毎食世話したらどう?
あなたは私と違ってあてにされているのよ。
と言いたくなった。

すぐ近くに息子夫婦がいるのに、
毎日時間を持て余しているのに
実家は掃除もされておらず(おそらく私が帰った日から)
そんな環境で、栄養失調で父が倒れても平気なのかと思ってしまう。
弟のすることには、父は迷惑どころか有り難いというだろう。
したくてもできない私とは立場が違う。
私と父の件で
お嫁さんが何もしないことを弟はうまく誤魔化せたつもりだろう。
もう、どうでもいいけど。

一生懸命心配している血のつながった子が嫌われ、
心配もしない冷たい人の方が、しかも同じ女性なのに差別されず、
大事にされるとは馬鹿らしくて考えたくも無い。

母が一番心配していたことが
あまりに早く起こりつつある。

まあ、私は離れていることだし
どうしようもないので
考えない様にしよう。





母は、携帯を長く使っているが、使い方を覚えられず、電話した?と古い着信履歴を見て聞いてくる。

夜7時半頃、電話した?と家電にかけてきた。

入院するたび老化が進み、耳も遠くなり、人の話を頷きながら聞いていない。

そして、近所の友人のお婆ちゃんたちと外で長いお喋りをしている。同じ人たちと一日に何回も。

母が言うには、夕方5時半から7時すぎまで外でお喋りをしていたところ、父が怒鳴ってきたそうだ。

父が他人の前で怒鳴る事はこれまでは無く、むしろ「何も文句言わないおとなしいご主人」と近所に思われており、母もそのつもりで平気だったようだ。
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「いつまで喋っているんだ!」と怒鳴ってきて、母が「私から話しかけたのよ。」と友人をかばったが父は「いい加減にしてください!」とご近所さんに文句を言ったと言う。

昨日は老害と書いたが、この場合、父の気持ちが良くわかった。母は、父の事より自分の事しか頭にない。ご近所さんに嫌われたらどうしようとそればかり。

でも、私もその場にいたら怒ったと思う。

こんなに皆が心配して、感染に気をつけろと言い、まだ骨髄の検査結果はわからないし、病院から注意されているのに、本人は好きな事はお構いなしにやる。

料理する体力が無いなら、外で何回も長い時間お喋りしないだろうし、感染注意なのに埃をたてて物置から段ボールを投げてだし、部屋をゴミだらけに何回もしている。明日もやるという。

それに夕食時に、外で話し込むなんて非常識だろう。毎日何回も喋っているのだ。


老化を防ぎ、ストレス発散には必要だが、限度とマナーを守るべきだ。

父は、夕食の準備もそこそこに自分をないがしろにしている事にこれまでずっと我慢していたが、流石に、病気なのに何やってんだと怒りが爆発したのだと思う。

私が思うに、これは母の認知症の表れではないかと思う。

料理をしたがらない、時間の感覚、自分中心な行動、人の話を理解しない、忘れる。

入院して悪化した気がする。

身体がだるくない、何ともない、すぐ元気になると言って、ふらふらと外に出る。

自分の病名も、忘れているかもしれない。

何回も何を押し、確認して、母がわかってると言ってた事も全く覚えていない。

聞いていないのに、わかった、と理解したふりをされると困る。


PET検査で再発が無かったので、本当に初期で何ともないのかもしれないが、あの痩せ方は悪い病気に感じる。

自覚症状やだるさが無いというのも、脳がマヒしているのではないかとさえ思ってしまう。




わずか10日なのに、長く感じた。

自宅に帰るとほっとして、休まる。

実家にゆっくりできる自分のスペースさえあれば少しは違ったのだろうが。

母から電話がきて、置いて行った食材について聞かれた。5回は説明したはずだが、忘れている。

部屋の片づけをしたいと言う。たまった衣類などを捨てたいのだそうだ。

今回の件で、終活を意識したのだろう。私がいる時も、ごそごそやっていた。

「そのうちなんて来ないよ。今のうちにやらないと、やろうと思った時にはできなくなってしまうものよ」と以前から何度も話し、物を整理する様に言っていた。

そのうち、そのうちと聞いていなかった。結局そうなった。片付けたくなる時は、無理のできない身体になっている。

それを予想して、元気なうちに整理する人が多いのに、何故わからないのだろう。

でも、母は、まだ良い方だ。父は真逆だ。へたすると家をゴミ屋敷にしてしまいそうだ。


老化に伴い、おかしくなっている。物を整理しないと、と言いながら、増やしている。つまり自分の死を覚悟したら、自分の思い出の物を少しでも増やそうとするのだ。

こちらにすれば、家に物を残されたら処分する手間とお金を考えるとやめてほしい。

家を処分する為に、どれだけ大変な事になるのかわかってない。自分の世界だけに入り込み、次々と物を増やしている。


かなり古い家に、誰も住まないだろうし、売るにしても壊すにしても、今溜めこんでいる物は捨てることになると思っていない。

永遠に実家を保存し、自分の残した物は宝として子孫が大事に守っていくと信じている。

弟たちを見ていても、そんな子孫なんていないとわかりそうなものだが。

古い家は、修理代の方が大変だ。うちは県外だし、誰がこの荷物を片付ける?業者に頼むとかなりの費用がかかる。
母は、理解してくれるのだが、行動が伴わない。
父は老害に達している。

何を言っても、すぐに怒りだす。

誰にでも文句を言う。弟嫁だけには何も言わない。そこだけは我慢している(笑)

そんな事を考えていたら、こんな風に老化は進むのなら、自分は長生きしない方が良いかもなと思った。
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昨日は、両親の夕飯まで作ってから帰宅したのだが、「おいしかった!」と言ってくれた。

よく思い出すと、私が寝込んだ時、遠くから母が来て、手伝ってくれた。

不安気な私に「夕飯まで作っておいたからね」と言って帰っていた。


その事を思い出し、自分がしてもらっていた事をそのままお返ししているだけなんだ。と心の中で納得した。


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