りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ:実家のこと > 父のこと


なかなか実家に帰れず、弟からも連絡が途絶えがち。
おそらく放置しているのだろう。
父の栄養状態も良くないと思うし、
家の中はごみだらけだろう。

以前、弟と母の事を話していて、
「母には御詫びと感謝の気持ちでいっぱいだ」と言っていた。

その言葉に違和感がある。
今の父への態度を見ていて、母の時と何ら変わっていない。

どんなに私が実家の事をもっと大事にしてと言っても
無視していた弟夫婦。
なのに、私が帰省するとあれこれ家事を指示する弟。
それ、自分と奥さんでやれば?と言いたくなった。
(感じ取っているかも)

病の母からお願いされても、酷い言葉で言い返していた弟夫婦。

最近また実家の様子が気になってきた。

で、父に手紙を書いた。
写真も同封した。父への刺激になるように。

実家の近所の方が、特殊詐欺にあった噂を聞いた。
父にも注意してほしいと、その話題も書いた。

弟は自営で、時間にゆとりがあり、高収入も確実にある。
なのに、お金への執着が強い。
母も不思議がっていた。
おそらく、(成人している大人)子を自立させず、
世間体を繕う為に県外に住まわせ、遊ばせているから
その子にお金をつぎ込んでいるのではと母から聞いた。
父はそんな事は知らない。知ったとしても、
息子の事には、何でも甘い。
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弟夫婦は、毎日の仕事に追われている訳では無い。
むしろ、退屈しており、羨ましい生活。
なのに、母が病気でも、実家の家事を手伝うことは最後まで無かった。
父もだ。母に冷たかった。
それを弟は真似している。

長い間、両親を利用して今日の楽な生活があるというのに。

弟に、詐欺も心配だし、たまには、実家の様子を観察してと言ったが
面倒臭いと言っていた。父がまともに食べていなくても、不衛生でも知らん顔だ。
世話をされることを父が嫌がることはない。
毎日は嫌だろうが、たまになら喜ぶ。ましてや息子なら。

弟夫婦にも「料理ができなくて困っている」
「食べたい物が食べられない」と父が話したという。
それでも、知らん顔をする。
そんな話を堂々としてくる弟の神経もおかしい。
父は、作ってあげれば勿論、惣菜を買ってあげても喜ぶ。
それも、たまにでいいのだ。

弟夫婦は、自分の面倒に思う事、
したくないことはしない、という性格なのだ。
甘やかされて育った似た者夫婦。
自分達は、人をどんどん利用する。

母が生きている時もそうだった。
いなくなってから、いくら泣き言や綺麗事を言っても
白々しく聞こえてしまう。


父が、先日会った時、「肉じゃがの作り方を書いた本がほしい」
と言っていた。
料理の本は数冊あるので、送ろうかと想ったが、
小さい文字で書いてあるし、高齢の父にわかるかな、
そもそも出汁からして、どうしたらよいかわからないだろう。

母が、入院していた時は、父なりに作っていたようだ。
父自身は美味しくないと自分の料理に満足していなかった。

どんどん脳の老化と共に、
これまでできていた事が出来なくなっていく。

わかりやすく、私が紙に書いて送ろうかなと思った。
出汁はインスタントを買えばいいから、
まずそれを買う事も教えないといけない。

適当とか、少々とかの表現はダメで、
小さじ〇杯、の様に、正確な数字で書いてないと駄目だという。
「その通りにやれば、必ず美味しくなるレシピが欲しい」と言っていた。

それは難しいなあ。
まず、材料の量がぴったり同じは無理。
野菜の大きさも微妙に違うし、
醤油の味、甘さも違う。
火加減も調整できるとは思えない。

味見をしながら、調味料を加えていくことも
父には無理だろう。
そもそも、もう正しい味がわからなくなっている。
本に書いてある味と父の好みの味とは違う。
火を使うのも心配。

不衛生な台所で、
もしかしたら火をつけっぱなしたまま忘れたりも心配。

本来、ヘルパーさんをお願いしたり、
施設に入る年齢。

母が亡くなるまで、施設に入る予定でいた。
葬儀後、気が変わった様で、
1人で気楽な生活がよくなった様だ。

料理ができないから、施設に入ると言っていたのに
今は自分で作りたいと言い出す。
配達のお弁当は美味しくないと、断った。


ヘルパーさんは弟が反対し(手続き、お願いする前の部屋の片づけが面倒くさいだと)
父が嫌がるのは良くある事だが、家族はお願いしたくなるものだ。
だったら掃除くらい、してあげたらいいのに。

父に下着を買って渡した時、
嬉しそうな顔をした父を見て、
父を世話する人がいなくなってしまったんだなあ。

母は、こういう父の姿を想像して、
父のこれから先の生活を心配していたのかなとか、
自分が父を最後までお世話し、見送るつもりだったのに、
父より先に逝ってしまうのは心残りだと、
色んな意味で悔しかったろうなと、今になって感じる。
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母が、最後に「何の心配もしていない」と
自分に言い聞かす様に私たちに言ったのは、
おそらく、私が頻繁に父の世話をして、
弟夫婦のカバーをするだろうと期待したのだろう。

私もそう言って、母を安心させた。

でも、父から葬儀の夜に
世話は迷惑、邪魔だ、帰れと怒鳴られ、その理不尽さに怒りを覚え、
もう実家とは縁が切れるかもと覚悟した。

母の魂もまだ近くにいる感覚がひしひしとあり、
母は全てを見ており、ショックを受け、
心配してくれてる娘になんてことを言うの!
と、父に怒り、私に寄り添ってくれていた気がした。

弟夫婦の冷たさにも、まさかここまでとは、と
母が呆れているのも感じる。

父もおかしいけど、それは年のせいだし、
かといって、大晦日も元日も一人ぼっちで、
食べ物も無い状態で放置するのは酷いでしょ。
お願い、今年だけは、一緒にいてあげて、
可哀想だからと、母が必死で私に訴えていた気がした。

母の心配通りに、それ以上の悪い状態になってきた様で、
母がいないと父はやっぱりだめだなあと痛感する。

私が近くにいたら、コロナが無かったら、
頻繁に様子を見にいけたのだが。
父も、あまり家に人がいるのは嫌だろうから
短期間で、掃除や食事を作ってあげたらよいと思う。

実家の様子が、まるっきり変わった。
母がいるといないとでは、こんなに違うのかと思った。
家がどんどん荒れていく。
弟も共犯だ。

大晦日に一緒に撮った写真を父に送る。
すぐ忘れるので、覚えてもらう為にも。

数年前から、父に会う度、これが最後かもと思って来た。
まさか、母が先とは思わずに。

今年のお正月、短い時間だったけど、
父を1人にせずに、一緒に過ごせたのは良かったと思う。
きっとあの場所に、母もいたに違いない。


31日に朝早く家を出発した。
車の旅は疲れたが、我が子に感謝。

まずは、お墓参り。
実家から離れた父の実家のあるへき地を目指し、
無事、到着した。
もしかして父が来ているのではないかと思い、
家を覗いてみたら、いた。

遅い昼食を食べているところだった。

私が突然目の前に現れたので、
びっくりした様で、誰?という顔。

本当に誰かわかっておらず、
声をかけて説明すると、すぐ気が付いた様だ。
孫の顔もすぐわかり、満面の笑顔が出た。

久し振りに父の笑顔を見た。

ちょうど、この後、帰宅する予定だったと言い、
一緒に車で実家まで帰ろうと言うと、
手を合わせて、有難う、良かった!と喜んだ。

おそらく、弟が留守をし、
母がいない初めての年末年始、父は寂しかったのだろう。

車の中でも、話がはずみ、ずっとはしゃいでいた父。

葬儀後の喧嘩は何だったんだろう、
弟から聞いている父とは違い、以前の穏やかな父に戻っていた。

顔色も良く、ふっくらしており、
会話も段々しっかりしてきて、安心した。

外も暗くなり、途中、夕食と翌朝の食べ物を買って帰った。

弟は、父は配達弁当を契約しているから大丈夫、と言っていた。
だから、父はそれでいいと言うのだろうと思っていた。

が、実家に帰ると、悲惨な状況だった。
座る間もなく、子が掃除を始めた。

食事の前に、まず座る場所を掃除しないといけなかった。
台所も、料理できるスペースも無く、
生ごみ臭く、まずは掃除から。

トイレも。

餅を持って行ったが、のどに詰めそうで、不安になり
使うのをやめた。
というか、以前は色々あった、食材や調味料が無く、
料理ができなかった。
冷蔵庫はからっぽ。

米もほとんどない。

父は自分で買い物に行けるし、
自炊をする方がいいと言い張るので、
またお節介をして、怒らせるのも嫌なので、
黙って、買って来た惣菜で、3人で、大晦日を過ごした。
ぜんざいを作ってあげたら、喜んでいた。

甘党な父に、和菓子を買っていったら、
一機に4個食べていた。
飢えていたのかな、お腹空いていたのかな、
それとも、寂しかったから、娘と孫がきて
嬉しくて食欲がでた?

認知症もあるので、そのせいかもしれないが
お菓子が好きな様だった。
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元旦朝、一緒に朝食を食べた後、私たちは帰った。
父はずっと嬉しそうで
孫と会話をして、はしゃいでいた。

やはり、大晦日に1人は寂しかったのだろうなあ。
母とのなれそめとか、一緒に旅行にいった話をしていた。

それにしても、近くにいて、
頻繁に実家に顔だけは出す弟、
どうして、ここまで放置しているのかと
我が子が呆れていた。

奥さんは一切来ないし、
旅行で逃亡しているし、
息子に期待すればするほど、辛いだろうなあと。

父は自分でやりたがるし、
まだ、何とかやっていけるが
栄養や衛生面が心配だ。
父には、これからは、なるべく帰省するようにするねと
声をかけてきた。

うん、うんと頷いた父は、我々の姿が見えなくなるまで、
外に立って手を振っていた。

弟はいつ妻と娘の所に出発したか、私には連絡も無かった。
父から30日に行ったと聞いた。
いつ帰るのかは聞いていない。

弟の話と父の様子は違っていた。
父が状況に応じて、態度を変えること、
弟の立場で、感じることと
私との感じ方は違うのだろう。

今回良かったのは、運転してくれた子が
父と墓のことや僻地の父の実家のことを
真剣に父と話し合っていた事。

弟の本心を、父はわかっていた。
「お爺ちゃんの実家を守りたい気持ちはわかる、自分が協力できるならするから」
と我が子が言いだした。

父は目がキラキラしていた。

これは、弟には面白くない展開だろう。
いつも弟が車を出し、様子を見に行き、
世話をしているのだから。
それは、助かるし感謝している。

なので、ざっと弟には報告のラインをしておいた。

自分が実家をしきりたいなら、奥さんの言いなりにならず、
大事な時に放り出すなだ。

父には温かい下着も買って渡してきた。
喜んでくれた。
母の荷物も全部、持ち帰ってほしいと言われ
弟の話を随分違うなと驚いたが、でも、良い方向に向かったのは最高だった。

今回の帰省は、気紛れに決めた。弟にも連絡せずに。
「姉さんが帰っても、父は喜ばないよ。下着なんかあげても嫌がるよ」
と反対する気がしたからだ。

帰宅した今も、父が可哀想に思えて仕方が無い。
何だか、母がずっと私に乗り移っている気がする。


 


末っ子が、一緒にお墓参りに行こうと声をかけてくれた。

2人共、そんなに休みが無いので、
行くなら1泊2日。早朝出発。
バタバタするが、どうしても母が父をお願いと言っている気がしてならない。

オミクロンも気になるし、
高齢の父に会うから、車で行こうと言う。
長時間の旅。

新幹線は、どっちみち満席だろうし、
人混みは感染が怖い。

父ともめたままなので、
子どもが一緒だとかなり助かる。

父に会うのは母の葬儀以来。
認知も進んでいる気もするし、私の顔を覚えているかも心配。
孫も、誰が誰だか、わからなくなっているみたいだ。
私ともめた事も覚えていないのではないか。
(弟が勝手に騒いでるだけで?)

過去の父のままなら、娘と孫が来たら、喜ぶはず。

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実際、行ってみないと反応はわからないが、
長く居座ったり、口うるさく言わなければ、
たった一日なら、父も歓迎すると思いたい。
寂しくないはずがないのだから。

どういう反応であれ、覚悟する。
高齢で、認知もある父のいう事を、弟みたいに気にしていたらきりがない。

帰省するかどうかは、今夜決めようと思う。
こういう、行き当たりばったりの旅行?が気楽でいい。

途中無理だと思ったら、引き返せばいい。
人生もそんな風にできれば良かったのだけど(笑)



デルタ株の恐怖の為、マスクをKF94に変えた。

東京は人が相変わらず多い。
気が滅入るだけなので、父の話題に戻そう。

あれから弟から電話がきて
止めたのに、父は業者に断りの電話をいれてなかった様だ。

お弟がたまたま業者と鉢合わせし、
玄関でお断りしたという。
当然「わざわざ来たのに、断りの電話をしてくれないと困る」と
文句言われたらしい。
そりゃそうだろう。
父が言うには、がらくたの売れる訳のない食器や鍋など
ゴミまで売れると思っていたから呼んだとのこと、

「こんな物、今時買い取りしませんよ」と言われて終わり。

弟が代わりに文句言われ、頭を下げた。

とにかく、母の物を家から全て消したい様だ。
だから、着物と台所の物に異常にこだわる。

我々家族が実家で食器を使うということは頭に無い。

もしかしたら、父は母の事を全く悲しんでもいなく、
やっといなくなった、と喜んでいるのかと疑いたくなる。
全て俺の物になった、邪魔な物は目の前から無くそうと思っているのか。

生前、全く無関心で、母が「この着物を見て」と声をかけても知らん顔だったくせに、
今頃になり「黙って勝手に買っていた。俺の金で無駄使いしやがって」
と言い出している。
私の嫁入り道具の着物も、無駄使いだと母の悪口ばかり言っているらしい。

もう以前の父とは別人だ。
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元来そういう人ではあったが
表むきは、理性や世間の目を気にして
自分を抑え、温厚なふりをしていたのだろう。

それが、高齢になり、認知症も入り、
脳の老化で理性もきかなくなり、おかしくなった。

弟のメンタルも心配になる。
もっと強い性格だったらなあ。

コロナで私が行き来出来ない事もあり、
尚更、良くない方向にいきそうだ。

母の親族が知ったら、どう思うだろうか。

法事や納骨など心配して手紙が来るのだが
素直に父の事を書いてしまおうか、迷う。

父がいつか、失礼な事をする前に、
父の様子を情報として伝えた方がいいのかなとか
考えて居る。
生前、母から父のおかしさは聞いていた人達だから、
分かってくれる気もする。
でも、まさかここまで冷酷だなんて、
母方の叔父らは、きっとショックだろうなあ。

弟がぽつりと言った。

「父がいなくならないと、母の本当の供養はできないね。
いなくなってから、きちんとやってあげよう」
「こんな事を言うのは、異常なことだとわかっているけど」

そう、この異常な親に育てられたのだ。我々は。







処分すべき物、負の遺産には執着し、
ゴミは貯め込み、大事な思い出の品で、高価な物は捨てる父。

長年連れ添った妻を失ったばかりなのに。

その妻の大事にしていた物、
子どもに残した物を勝手に捨てるなんて。
父は、普段、ゴミももったいないと言って
なかなか捨てずに貯める人で困っていた。

昔の人だから、勿体ない精神なのかと思っていたが、
そうじゃなさそうだ。
ゴミは大事にして、母の貴重品は捨てる?
もう狂っている。

母だけじゃない、自分にとっても思い出の大事な品のはず。
息子や娘の入学式、結納、結婚式の為に作った着物、
結婚記念の食器、孫の出産記念品などまで邪魔だと言い、捨てるなんてありえない。
邪魔なら、私たちに持って行ってと言えばいい。

相談せず、勝手に捨てるかなあ。
今のところ、まだ間に合いそうだけど、
すでに捨てている物もあるかもしれない。

父の衰え方は、元々の性質が悪化している感じ。
家族という発想が消え、全て自分一人の物、自分だけが大事。
妻への感情は0で、子や孫の為に、という優しさや情が消えている。
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認知症が間違いなくあるのだが、
普通に生活ができているので
医師に診断してもらうレベルにない。
身体が動くので、何をやらかすか心配になる。

とりあえず、今回は止められたが、
まだ油断できない。

弟が、少しずつ家に持ち帰り、保管しておくとのこと。
その前に、きちんと父に注意しないと
一機に全部捨てる可能性もある。

次々と母への嫌がらせをしている父。
まるで長年恨んできた相手への復讐みたいだ。
逆だろう、母の方が被害者だ。
詫びて、感謝の言葉をかけるべきだった。
それが無かったから、母は悔しがっていたのだ。

父を見ていると、残された子や孫に
嫌われて終わる人生なんて嫌だと思う。

モラハラ人間は、老後、父みたいになっていくとしたら
寝込まない限り、家族はストレスで寿命も縮まりそうだ。
母の死後までモラハラを続けていく父の冷酷さに
憂うつになる。



今朝、弟からラインがきて、その内容に焦った。 
父が母の大事にしていた着物や焼き物など
家族の大事な思い出の品や宝物を全て邪魔だと言って
業者に持ち帰らせようとしていた。

たまたまその直前に弟が気が付いて止めたという。
「いらないから欲しけりゃ持っていけ」
と弟に言ったらしい。

捨てる前に、形見分けとして我々に相談するとか
欲しい物は持って行く様にいう事もなく
いきなり処分しようとした。

前にもそういう事を口走ったことはあったと聞いていた。

その時の、弟の態度もダメだったのだと思う。

何も言わず、そうだねみたいなノリで
いつもの賛成派の振りで誤魔化すからそうなる。
その時は、私から弟に手を打つように言ったが
いつもの面倒臭さで、弟はうやむやにしていた。
自分の欲しい物だけ、こっそり持ち帰ろうとしている様だった。

そもそも、実家だから我々が育った家。
私の大事な物も置いてある。
私が寝るベッドすら邪魔だ捨てると言うらしい。
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子や孫が実家に帰省するという発想も無い。
帰省しても、泊まるな、帰れと言うのだろうか。
ついこの前までは、
「孫に早く会いたい、長く泊まってて」
みたいな普通のお爺ちゃんだった。

あの頃は、母が生きていて、
来客があっても、全てをやっていたからか。
これからは、自分が接待をしなくてはいけない、
嫌だ、したくないし、できない。
かといって勝手に俺の家で、子や孫に台所を触ってほしくない。
我物顔で俺の家でウロウロされたくない、
みたいな発想だろう。

家族の概念が消え、全て他人に見えるのだろう。
娘でも、家に居てほしくない。
勝手に寝てほしくない、料理も作らせたくない。
何も触らせたくない。他人に家に入ってほしくない。
実家は俺だけの物。
家の物は全て俺の物。
そこまでおかしくなった父。






母の初盆。
コロナ禍で私は帰れず、
結局父からも何も言って来ず、
弟からラインで報告があっただけだった。

母の気持ちを伝える手紙も
結果的には何の効果もなく
今の父には、何を言っても無駄だった。

が、かといって、
弟の様に言いたい事も言わず、
御機嫌取りばかりする考えは反対だ。

言わないで同意するという事は
父にとって、自分は絶対正しい、子は自分の言いなりになるものだと
認めることになる。

そんな風に、父を騙して
裏で「ストレスが溜まる、嫌だ」
と文句ばかりいうのをこちらも聞きたくない。 

自分の意見を言った上で
父が自分のしたい様にしたのなら諦めもつく。
何より、我々、子ども達の考えを伝えることに意味があると思う。

病院に行くほどの認知症でもなく
年齢に応じた脳の老化、本来の頑固でDV体質だったのが
更に悪化したというレベル。

弟が、何も言わず、現実逃避しているのは
奥さんに対しても同じ。
そのせいで、どれだけ両親に迷惑かけたり、
裏切られた思いを与えたことか。
その事実からも目をそむけ、謝る事も無い。
甘やかされ、我儘だということ。

弟は父と揉めるのが面倒。
見て見ぬふりをして
時が過ぎるのを待つ、というタイプ。
そんな2人だから、こうなる訳だ。
まさか、母もここまで冷たいとは思ってもいなかったと思う。
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父は、初盆をやっていないどころか、
お盆の間、家を留守にしている。
母が帰ってくるのを迎える気も無い。
納骨だけさっさと済ませたらしい。
嫌がっていた場所に。
母の嫌がることばかりやっている。


せめて、実家で母を迎え、初盆の弔いをして
その後、納骨ならまだ諦めがつく。
それもしないで、自分のやりたい事優先の父。

父自身は、よかれと思って
しっかりやっているつもりなのだろう。

が、自分のしたいことしかしない。
したくないことはやらない。
母の為にと供養をする気持ちが無いのだろうか。
父がわからなくなった。

山奥の荒れた父の自分の古い実家への執着。
母にとっては、嫌でしかない父の実家。
その山奥の墓にお骨を強引に入れた父。

弟も一緒になって実行した。

こりゃ、母は成仏できるのかと心配になってきた。

生きていたら今頃私に父と弟の愚痴ばかり言っていた事だろう。

母の親族から、私に連絡がくる。

母の親族も父に怒っている。

昔の話をきいていると納得がいく。
そういう家柄なのだ。父の家は。

何だかんだと裏で文句を言う弟も
実は父の性質を一部継いでいる気もしてきた。

私は、毎日母の遺影に向かって話しかけている。
「家に帰っても寂しいでしょう。いつでもうちに来てね」



弟からラインがきた。
父の様子を見に行ったが、手紙の話題は出なかったので
納骨の話題を出したらしい。

すると父は、
「(私から)お骨は家に置いてても良いのではと言われたけど」
と前置きをしてから、
「家に置いておく棚やスペースが無いし(あるけどね)
 誰もうちにお参りに来ないし、予定通りお墓にいれることにする。
墓の近くの親族に話せば、誰かが墓参りに来てくれるだろう」
と言ったらしい。

近所の親族って?そんな人いたっけ?
遠い僻地の山の中に?
聞いた事も会った事もないし、いるならこれまでにお墓参りしているでしょ。
誰もいないから困ってるのに。
父の妄想?
それとも、付き合いもない遠い遠い親戚とも言えない様な他人のことかもしれない。

そんな人に、自分の代わりに墓参りしてくれと言うかな?

母がいたら、「またありえない勝手な事を言ってる!」と怒っていたかも。

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父は、歳をとり、まともじゃない所が増えてきて、
これまでに、突然知らない人の家を訪れたり、迷惑をかけている。

弟はそんな事は知らない、ととぼける。
父に聞きもしない。
これから父の苦情はあなたのところにいくわよ、と言いたかったが。

「まあ、後はそっちで頑張って。私はやることはやったから。」
で終わった。

父は私の手紙を弟に見せることもなく
むしろ隠している様だった。
母の日記を読んで、何かは間違いなく感じたのだろう。
それだけでも私は満足だ。

そして、夜に母が夢に出て来た。
何を言いたかったのだろう。
目が覚めて、また悲しくなった。


父に手紙を書いたのだが、
出す前に、少し一息ついている。

母から頼まれた大事な事を、弟が止めた。
今まで我慢して黙っていたが、やはり納得いかない。


父が頑固なのは母はわかっていたし、
何を言っても、決めるのは父。

母は、それを承知で私と弟に頼んだと思う。

「お骨をすぐにはお墓に入れないでほしい、
家にしばらく置いていてほしい。
1人で山の中に置いておかれるのは寂しい。」

父も先が長くないだろうから、
父と一緒に納骨してもらえればいいということ。
そうすれば、山の中ではなく
私たちが通いやすい近くの墓地を探してくれるだろという
極、当たり前の希望。


便利で近い場所なら、今すぐ納骨していい。
そうじゃないから誰も行かないし、荒れてしまう。
実家の近くに新しい自分のお墓を作る気も無い父。

弟は、口では母の事が可哀想で辛さが残っていると言う。
なのに、母の希望を父に言うなという。
ご機嫌取りばかりしている。
でも、裏では父の文句ばかり。

弟は父を騙していることになる。
母を裏切ることにもなる。
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伝えて、だめでもいい。
伝えることに意味がある。

弟に、「あなたが言えないなら私が言うよ、
上手く言うから大丈夫」と言っても、
びくびくして、父を怒らせるなと、私を信用しない。
何で、弟の許可を得たり、指示うけないといけないのだ。

何なんだ、弟の裏表とこのおびえ方は。
弟と父は心が通じていないんだなと思う。

父は、私に野菜を送ってくれた。
私がお礼の葉書をだしたら、嬉しそうだったと聞いた。

そういうもんなんだよ。
親子だから。

でも、弟は父を信用していない。
私のことも。

母が居なくなったあと
色んなことが見えて来た。
知らない方が良かった。

弟も父も私に対して、同じ気持ちかもしれないが(笑)

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