りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ:夫のこと > 自己愛性人格障害(NPD)

結婚以来、口先だけで、結局何も成し遂げなかった夫。

本人は、まだ言っている。

「そのうち大成功をする。自分には能力と人徳がある。あきらめたら終わりだ。」などど。何をしたいのかも決まってないのに。

「そのうち」が口癖。約束もそれで誤魔化し、嘘は当たり前。

一攫千金を狙い、失敗ばかり。それでも懲りず、自分はまだ20代位の若者だと錯覚しているかのようだ。
もう老後の心配をする世代なのに、まだ夢を語っている。借金しか残していない。人に迷惑しかかけていない。夫に感謝するような人はいない。
人徳の無い、敵が多い人に、何ができるのだろう。


何かやるにしても、人のお金をあてにしての事。上手い話に載せられ、寄生された人が気の毒だ。

夫には、働いて資金を貯めてからという発想も行動力も経済観念も無い。


こつこつと働く事が苦手な夫。今の仕事もいつ辞めることになるのか、絶対こちらに逃げ帰ったりしてほしくない。
共倒れになると思ったら、その時が縁を切る時だと思っている。

気持ちを若く持つのはとても良いと思う。

でもそれは、自分の事を良くわかった上での事。

自分を客観的に観る事は難しいけど、それでも、年齢はごまかせない。それとこれまでの経歴。生き方。


私も何も成し遂げていないから、(唯一子育て位か)偉そうに言えないが、それでも、これまでの自分の生き方を振り返り、後悔したり、反省したり、色々考える。その上で、気持ちだけは老け込まない様にしたい。


夫は、妄想の世界に逃げている。現実を直視したがらない。


ずっとそうだった。若い時から、現実を見ない。認めない。自分は変わらず、周りが自分に合わせる事を要求する。

「今の自分への待遇は間違っている。自分はもっと上の地位にいるはずだ。もっと稼いでいるはずだ。
周りがおかしい。」と同じ事を何十年も言い続けている。


「私たちはただの普通の人間。凡人なのよ。だから上に行くには、人一倍努力する事と、チャンスを見逃さない事ではないかな」と話した事もある。

「僕の能力を見る目がないから、そんな事を言うのだろう」と、私の夫を見る目が無いという。

これまで、良い仕事のチャンスはあった。その都度、私が勧めた。が、奴は馬鹿にして断った。

すると後からその事業が成功した事が数回あった。

チャンスを感じ取る能力も無い男に何ができるんだ。


応援できない良くない仕事に、反対しても聞かず勝手に始めたり、内緒で転職して失敗。


どう転んでも失敗してきた。

それも、「あんたがいい仕事を探して来ないからだ」とまで言い出す。最低。

いい仕事のチャンスを勧めても無視したじゃないか。と反論されても無視。


もう、私は、夫に期待していない。変人だと思っている。

だから、会話が成立しない。誰ともそうだと思うけど。


家族すらまともに扶養できず、無責任な人が良く言えるよなあ。とこちらが赤面する。

私に何を言われても、言い返せない立場だと思うが。


自分を甘やかす妄想の中に逃げたって、現実は変わらない。

今後、夫は自分が重病になって、治療費もだせず、看病する人もいなくなったらどうするのだろう。

それでも妄想で誤魔化すのかな。


「自分は立派に夫として努力し、社会からも必要とされてきた。なのに、誰も助けてくれない。冷たい。裏切りだ。」と騒ぐだろうか。

「自分がこれまでさんざん自分勝手にしてきたツケだな。家族には悪い事をしたな。」位に思ってほしいのだが。無理だろうな。




  

順番が前後して申し訳ないが、初めての出産の時の記憶を辿っていたら、妊娠中からトラブルがあった事を思い出した。


嫌な思い出は忘れた方がいいと思うが、もうかなり前の事だし、今だからこそ話せるようになった。

私の中でもう終わった事になっているからだと思う。書き出して、自分の人生を整理していくのも良いかもしれない。


自分が初めて妊娠がわかった時、なかなかできないかもと思っていたので、驚いて感動していた。

夫に伝えた時、最初は喜んでいたが、翌日になると「まだ遊びたいだろう。困ったね」と言う。

耳を疑った。私は怒った。すると夫は慌てて「冗談、冗談」と誤魔化した。


悪阻もひどく、私は仕事はできないどころか家事もろくにできなくなった。

夫は酔っ払って帰宅する毎日で、具合悪い私を見ても、妊婦の立場を想像する力は無さそうだった。

体重が落ち、食事もあまり食べられない日々が続いた。

ある日、絞られるような腹痛がした後に、少し不正出血があった。その後、急に気分が良くなり、悪阻が消えた。

気分が良くなったから大丈夫。元気になって食欲がでてきた!」と勘違いし、溜まった家事をやろうとした。

が、よく考えると、「悪阻は妊娠しているからなるわけで、それが急に無くなるというのは妊娠の状態が止まったという事ではないか」と気が付いたのだ。

すぐに産婦人科に行くと、切迫流産で絶対安静と言われ、入院を勧められた。

ショックを受けたまま家に帰り、落ち込んだ気持ちで1人で入院準備をし、翌日の朝、重いカバンを下げて入院した。

流産しかけているのに、一人で荷物抱えてきたので、看護師さんが「付き添いの方はおられないのですか?」と驚いていた。


前日の夜、夫に入院する事を話したが、意外にあっさりとしていた。

私が留守中の生活費として、夫の給与振り込み用の預金通帳を夫に渡した。
「ここから入院費用も払うのだから無駄使いしないでね」と一言くぎをさしておいた。


入院してから3日たっても、誰も私に会いにに来なかった。
といっても、夫しかいなかったのだが、洗濯物や持ってきてほしい物などがあったので困っていた。

自分の実家には電話をして、「大丈夫だから遠くからわざわざ来なくてもいいよ」と言って置いた。

母に来てもらっても、夫の世話をさせるだけだし、1週間で退院できる見込みだったので遠くから来させる必要はないと思った。

誰も知り合いのいない土地に引っ越してきたばかりだった。唯一来るべき夫が来ないのは、流石に病院側も驚いていた。

やっと退院前に夫が来た。「何で今まで来なかったのか、してほしい事があったのに」と言うと「毎日飲みに誘われて、帰宅が深夜だったから無理だったんだよ。」と言う。

退院前日の夜、姑から私に電話がきた。

その内容はこうだ。

「流産しそうになるなんて、どうしたの?あなたは子どもを産めない体質だったの?あなたのお母さんはどんな体質なの?弱い体質の遺伝じゃないでしょうね。
あの子(夫)が心配していたわよ。入院費がかかって困るって。それとね、こうなった事をあの子のせいにしてほしくないの。だからあなたの実家には入院した事は黙っておくのよ。いいわね。息子にも連絡するなと言っといたから。」

同じ女性で母親である人の言葉とは思えなかった。


しかも悪いのは流産しやすい遺伝体質の私と母だと作り話をしてしまう。

「もう実家には連絡したから親は知っています」と言うと
「そんな事したら息子の立場が悪くなるでしょう!」と怒られた。


入院してから悪阻が戻り、流産の心配が無くなり退院した。

帰宅し、夫に預けた通帳を返してもらった。

なんと、たった1週間の夫1人の食費しか減らないはずなのに、残高は0になっていた。
余分に貯金していた分も全て使われていた。帰宅後からの生活費は無くなっていた。

ストレスだらけのスタートだった。

大阪北部の地震のニュースを見る度、何とも言えない気分になる。


家が倒壊する恐怖で眠れない方々は多いはずだ。余震があればあるほど、ぐらっときたり地鳴りがしただけでも逃げ出したくなるだろう。


阪神、東北、熊本での避難所の映像に記憶を巡らす。
これまで日本は何度被害に遭ってきたのだ?どれだけの人が被害に苦しみ、どれだけの多くの人々が未だに仮設住宅に住んでおられるのだ?

不便な体育館での生活、トイレの水がでない、食べ物がない、赤ちゃんやお年寄り、病人、障害を抱えているなどの援助が必要とされる人達の苦労。平穏な普通の暮らしを一瞬で失った絶望感と恐怖心。

避難者向けの、何とか居心地良いスペースを準備しておけないものか。

熊本地震の時に、特に感じたのだが、阪神、東北での大災害であんなに避難所が酷い状況になったのに、いまだに何も改善されていないじゃないか。と思えた。

ここは日本だよね?あんなに多額の税金をつぎ込んで、オリンピックをやったり、海外に援助したりする豊かな国だよね?

国民が何度も大きな災害にあっているのに、まだこんな不衛生で過酷な生活をしないといけないの?
日本という国は、地震や大雨でまだまだ被災する可能性はあるのだ。南海トラフも来るとわかっているのだから、もっと災害時に国民が困らないような避難対策にお金を使ってほしいものだ。

そして、ここから個人的な話に移る。

大地震などの災害が起こると電話が殺到し、通じにくくなる。緊急の通報の妨げにもなり、むやみに安否確認に電話を使わない様にするのが常識だろう。

東北地震の時、知人には電話はかけず、メールをしたが、通じなかった。落ち着いた頃、やっとメールで連絡がとれた。

熊本の時も同じだった。(私はあちこちに知り合いがいるもので
そもそも携帯に電話したら、回線が混雑して繋がりにくくなるし、相手の携帯の電池も無くなるわけで、迷惑な事だろう。

知人などの安否確認は、落ち着いてから、手紙のやり取りをすれば良いと思う。親兄弟などの身内なら話は別だけど。

で、夫についてだ。こういう時に人間がわかってしまうというが、何回注意しても聞いてくれない。
熊本地震の時、夫の知り合いが熊本にいた。私は以前から「電話は迷惑だからかけない方がいい」と注意していた。彼の行動が予測できたから。

だが、予測通り、注意を無視して熊本にかけまくっていたのだ。

相手の人は、身内でもなく、普段連絡を取り合う仲でもない。仕事で知り合った顔見知り程度の古い知人だ。
すぐかけたので、最初は電話が通じたらしい。無事を確認して安心して、それで終わればまだ良かった。
その後、同じ人に連続して何回も電話が通じるまでかけ続けた夫。

相手の方には迷惑だっただろう。
回線が通じても相手はあえて電話にでなかった。迷惑をかけている事に気がつかない夫。

「電話にでない!あれから何かあったに違いない!」と騒ぎだした。

仮に知人に何かトラブルがあったとしよう。だからと言って、遠い土地から夫に何ができるというのだ。何もする気もないのに。身内でもないのに、もはやただの野次馬でしかない。

しかも、勝手に妄想し、いかにもその知人が地震の被害にあって亡くなったかのように周りに言い、SNSにも発信し、一人興奮していた。

後から人づてに聞いた事だが、自己愛君が電話をかけまくっていた時、その方はご自宅が半壊しており、避難中で、野次馬みたいな電話をかけてくる人の相手をする暇も気分も無く、電池も無くなりつつあり、大変な時だった。

本当に気にしてくれる人はむやみに電話かけてこない。
この知人は「ご本人は親切でかけてくださったのだろうから感謝しないといけない」と、複雑な気分だった様だ。
後から「ご心配頂き有難うございます。電話にでれずにすみませんと」被害に遭われた人に頭を下げさせた。助けになるどころか余計な気を使わせてしまった。

それでも夫は、相手の気持ちに気が付かず、「いやあ、電話にでないから心配したよ~」と明るい。

更にその後も自宅に住めなくなったその知人に対して、電話を何回もかけた。

「自分も以前東京に出張中に東北の地震を体験した。あの時はひどかった。自分はこんな行動をした。君もこうしたら良いよ。」
みたいに、自分の言いたい事しか言わない。

電話をかけて「心配したよ」と言いながら、相手が状況を話しても聞かず、ただ、「自分の時はこうだった」しか話さなかったらしい。
見舞金を黙って送れば良いものを、一円もださず、口だけだした夫。

何かあった時に、その人がわかる。

夫みたいな人は周りが注意しても変わらない、「善意」の建前で自己満足な行動に走る人だ。

私は別居しているので、目の前で止める事ができない。

被害にあった人しかわからない事がある。謙虚に耳を傾けたい。



昨日は、知り合いの子供さんの運動会に呼ばれて、雲ひとつ無い青空の下、久しぶりに一日中太陽にあたってきた。


紫外線には要注意だけど、太陽の光には、人間を元気にしてくれる力がある。


疲れよりも爽快感が残った。
一生懸命走ったり、演舞する子供達をみていると、その純粋さに涙がでそうになった。


自分の子供たちの運動会は、父親不在だった。
夫は、おそらく小、中、高と一度も見たことはないだろう。


楽しみにしていたそぶりもなかったし、興味もなさそうだった。


当時は、私の親や知り合いの人が、わざわざ遠くから出てきて一緒に参加してくれた。賑やかに過ごせるようにと。

時には、私だけしか行けない時もあったが、いつも明るく、楽しくがモットーに過ごしていたので、それはそれで良い思い出にはなっている。


子供自身は、父親は仕事の都合で来られないと思っていたので、(別居する前から)気にしていなかっただろうが、一度もこないとなると、さすがに成長するにつれて、父親の冷たさに気が付いていたようだった。


運動会や、発表会は、親に見てもらいたくて、褒めてもらいたくて一生懸命練習する無邪気さを子供に感じる。だからこそ、見ていて涙がでる。

その晴れの日に、できるだけ親は参加して、例え失敗してもいっぱい褒めてあげたい、と思っていた。



仕事の都合や、家庭の事情で、どうして参加できない方もおられる。


いつも思う。皆が全て同じで当たり前では無い。でも学校とか世の中は、皆同じというのが前提で物事を決めていく。

昨日も、賑やかで楽しいお弁当の時間に、ふっと思った。誰も来られない子供さんがいるかもしれない。学校はどのようにその子供さんに対応しているのだろう。


誰か一人でも、親戚のおばさんでもいい、来てほしいよなあ。


そんな事を、昔からいつも思っている。


自分の子供が、夫からこんな目にあわされるとはまさか思ってもいなかった。他の事情のある家庭とは違い、出来る事をやらない自分勝手な父親であり、私はそれが腹がたつのだ。


運動会に行きたくても行けず、後ろめたい思いをされている親御さんがほとんどなのに、行ける時もわざと行けないように作為をする父親なんているのか、うちにはいるのだ。


夫は、子供の気持ちを想像できなかったのだろうか。


まだ、素直に後悔していたり、申し訳なさそうにしているならまだ救われるのに。


夫は、自分が傷つけた相手の気持ちを知っても、何にも感じない。ただ自分に不満を言ってくる嫌な奴と思うだけだ。その内容には心を向けない。

もし行動を改善するとすれば、相手を傷つけたという反省や後悔からではなく、自分に不満を言われるのが面倒臭いので、相手を黙らせる為である。



当時の自分が思っていた事☆親は子どもの気持ちを想像し、できるだけ明るく賑やかな家庭にしてあげたい。ひがんだり、すねたり、コンプレックスを持たせない様に、天真爛漫に育てたい。その為には自分がそうやってみせることだ。


 

結婚する前に違和感を感じた事もあった人となぜ結婚してしまったのだろうと、思う。

前にも書いたが、その当時の自分の精神状態が弱かったからだと思う。

そして、今のように、DVとかモラハラの言葉すら世の中に認知されていない時代。


単なる性格、個性、誰にでも欠点はある。自分にだってあるし、いちいちこだわっていたら誰ともつきあえなくなる。自分は我慢が足りないのかもしれない、相手の良いところをみていけばいいじゃないか。

結婚に対して、そういう考えで踏み切る事が美徳みたいに思っていた。


結婚前に喧嘩して、もう会わないと言った後でも、夫はいつも何事も無かった様に笑顔で接触してきた。

無視して避けていても、友人に私の居場所をうまく聞き出して、いきなり訪ねてきたり。

ある時は、職場からの帰り道に、待ち伏せされたりした。

自分への愛情がそれだけ強いのだと思ってしまった。

その誤解がいけなかった。


今だからわかるのだ。私に愛情があるふりをしていたが、そうではなくて、その時は、私しか利用できる人間がいなかっただけだと。

そして、そこからが自己愛の強い夫の特徴なのだが、「相手がなぜ怒っているのかわからないふり」をする。

「そんな事を怒っていたのか。なあんだ。僕がそんな事言ったっけ。覚えてないなあ。どうかしていたんだ。自分で自分が嫌になるよー。あの時は、仕事のストレスがたまっていて~」

みたいな調子の良い事を並べて、笑顔で上手にごまかす。

「もうそんな馬鹿な事しないよ。」と言うので、信じてしまう。

が、それは嘘で、再び同じことの繰り返し。

モラハラ、DVをする人は、サイクルがあって、相手を傷つけた後に必ずこういった甘い態度でごまかす為、被害者は沼にはまっていく。

   ☆DVのサイクル

蓄積期=ストレスを溜めている時期(相手が自分の思い通りにならなかったりしてピリピリと神経質になっている)⤵

爆発期=突然爆発し、ストレスを発散する。暴力をふるったり、自分の支配下に置くようコントロールする為に、恐怖心や無力感を植え付ける。⤵
   
安定期(ハネムーン期)=ストレスが発散され、安定する。謝ったり、プレゼントをしたり「もう二度としない」などと謝ったりする。再びストレスが蓄積され始め、次の蓄積期へと移行していく。⤵
繰り返し


結婚していなくても、独身同士のDVもある。

安定期の時に、もうやらないと反省する相手の態度に心が揺れ、自分も元々好きな気持ちがあることから、相手が変わる事に期待し、信じようとしてしまう。
それが被害者がDVから逃れられなくなる怖さなのだ。

相手にDVの気配を感じ、結婚を前にしてから人に相談しても、周りの目上の人達から「欠点を見ないで長所をみないと」とか「結婚は我慢して添い遂げるもの」といった一般的な考えを話される事が多い。

なかなか、相手の本質を見抜く事も、見抜く自信もないので、結局自分で自分を説得してしまう。

今なら、もし、似たような理由で、結婚や交際を迷う人がいたら、自分が納得するまで待った方がよいと言いたい。

直感的に、相手にぞっとするような恐怖感、違和感を感じたら、どんなに優しく、優秀な人でも、その不快感に悩む時がくる。それに耐えていく覚悟ができるかどうかだと思う。

「結婚したら、変わる」「子供が生まれたら変わる」、なんてありえない。人の本質はかわらない。


本人が、変わりたいと思って、努力すればいいかもしれない。が、いつかは爆発すると思う。
 

旦那様が、「単身赴任」というのと、「別居」というのでは、印象が違う。

夫は、「自分は単身赴任」と周りには話しているようだ。

私は、「強制された別居」と思っている。           

単身赴任…会社命令で転勤になり、家族を連れていけない場合、やむを得ず、夫だけが赴任。家賃などの費用は会社が負担。
別居…  仕事の都合とか関係なく、単に夫婦が別々に暮らすこ
と。


夫は、自分や他人にはこう話している。~「自分を評価する他社から引き抜かれた。会社が遠い土地にあったので、仕方なく単身赴任で引っ越した。家族を養う為にそれが最適な判断だった。」

なるほど。それが真実なら誰でも納得する。引き抜かれたは嘘だ。

仕事を失敗し、敵を作り、そんな現実から逃げただけだ。

最初はそこから始まった。その時までは仕方がないと自分も納得していた。

が、その後からが問題だった。

行った先で内緒で何回も転職していた。

向こうでも、トラブルを起こす度に、こちらに逃げ帰ってきた事もあったが、家族を養わないといけないという現実にぶつかると、すぐにまた逃げる様に別居先に戻っていった。

転職は全て事後報告。居場所がわからない時もあった。

経済状態はずっと不安定。結婚以来一度もまともに生活費を貰った事が無い。

次第に経済的DVやモラハラと言えるような事が始まる。本人はそういう記憶は消えるようで、自分ほど良い夫はいないと自分で言う。


家族の人生を左右する大事な事を相談無しに実行するとは。ありえないことだ。
だが、夫は「自分の何が問題か、わからない」と言う。

何回話し合おうとしても、こちらの気持ちを話しても、「あんたたちのせいでこうなったんだろう。こっちの気持ちをわかってないのはそっちの方。文句あるなら働くのやめてもいいんだよ。そうなってもいいのか」と責める。

自分が家族の長としての責任から逃げ、自由に生きたいという本音から目をそらさせる。


全て自分の失敗だけは誰かのせい。だそうで、自分のしてきた事は絶対正しい、誰よりも秀れているからだと自信を見せる。

夫は、責任をとるとか、失敗を認める事ができない。転々と現実から逃避する、実は弱い人だと思う。


だから何度も同じ失敗を繰り返す。

流石にもう人のせいにしても、誰も信じない。だから何も過去を知らない人の所に移り、同じ生き方をする。そこでまた敵を作りまた逃げるの繰り返しだ。

子供たちは、父親とほとんど暮らした時間もなく、苦労させられたが、反面教師としてたくましく育っているのが救い。

夫だけではなく、世の中にはこういった「自己愛の強い人」がいる。相手は変わらない。

自分がうまく対処するしかうまく付き合っていく方法は無いと思う。

楽しく生きるには、自分の気持ち、生き方を変えるしかないのだ。


相手に期待すればするほど、疲れ、病んでしまうだけだ。

他人なら離れてしまえばよいのだが、身内となるとそうもいかない。

自分で対策を考え、相手に振り回されない様にうまく対応しなければならないのだ。

文句を言いたくなるのをこらえるというのは大変だ。

離れているからまだ私は救われているのだと思う事にしている。同居していてもっと苦労している奥様から見れば羨ましいと言われそうだ。

今となればこれで良かった。と思う事にしている。

そもそも、それでは結婚した意味はないのだが(笑)。

我が家みたいなお宅、もっと複雑な事情を抱えたお宅も多いだろう。

こんな家庭もあるという事、自分の知っている範囲の知人の話題、小説と言うには駄作だが、色んなお宅があると、このブログで少しでも気晴らしになればうれしい。

人生色々…色んな知人のお話も、これから書いて行きたいと思う。

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