りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ:夫のこと > 自己愛性人格障害

旦那様が、「単身赴任」というのと、「別居」というのでは、印象が違う。

夫は、「自分は単身赴任」と周りには話しているようだ。

私は、「強制された別居」と思っている。           

単身赴任…会社命令で転勤になり、家族を連れていけない場合、やむを得ず、夫だけが赴任。家賃などの費用は会社が負担。
別居…  仕事の都合とか関係なく、単に夫婦が別々に暮らすこ
と。


夫は、自分や他人にはこう話している。~「自分を評価する他社から引き抜かれた。会社が遠い土地にあったので、仕方なく単身赴任で引っ越した。家族を養う為にそれが最適な判断だった。」

なるほど。それが真実なら誰でも納得する。引き抜かれたは嘘だ。

仕事を失敗し、敵を作り、そんな現実から逃げただけだ。

最初はそこから始まった。その時までは仕方がないと自分も納得していた。

が、その後からが問題だった。

行った先で内緒で何回も転職していた。

向こうでも、トラブルを起こす度に、こちらに逃げ帰ってきた事もあったが、家族を養わないといけないという現実にぶつかると、すぐにまた逃げる様に別居先に戻っていった。

転職は全て事後報告。居場所がわからない時もあった。

経済状態はずっと不安定。結婚以来一度もまともに生活費を貰った事が無い。

次第に経済的DVやモラハラと言えるような事が始まる。本人はそういう記憶は消えるようで、自分ほど良い夫はいないと自分で言う。


家族の人生を左右する大事な事を相談無しに実行するとは。ありえないことだ。
だが、夫は「自分の何が問題か、わからない」と言う。

何回話し合おうとしても、こちらの気持ちを話しても、「あんたたちのせいでこうなったんだろう。こっちの気持ちをわかってないのはそっちの方。文句あるなら働くのやめてもいいんだよ。そうなってもいいのか」と責める。

自分が家族の長としての責任から逃げ、自由に生きたいという本音から目をそらさせる。


全て自分の失敗だけは誰かのせい。だそうで、自分のしてきた事は絶対正しい、誰よりも秀れているからだと自信を見せる。

夫は、責任をとるとか、失敗を認める事ができない。転々と現実から逃避する、実は弱い人だと思う。


だから何度も同じ失敗を繰り返す。

流石にもう人のせいにしても、誰も信じない。だから何も過去を知らない人の所に移り、同じ生き方をする。そこでまた敵を作りまた逃げるの繰り返しだ。

子供たちは、父親とほとんど暮らした時間もなく、苦労させられたが、反面教師としてたくましく育っているのが救い。

夫だけではなく、世の中にはこういった「自己愛の強い人」がいる。相手は変わらない。

自分がうまく対処するしかうまく付き合っていく方法は無いと思う。

楽しく生きるには、自分の気持ち、生き方を変えるしかないのだ。


相手に期待すればするほど、疲れ、病んでしまうだけだ。

他人なら離れてしまえばよいのだが、身内となるとそうもいかない。

自分で対策を考え、相手に振り回されない様にうまく対応しなければならないのだ。

文句を言いたくなるのをこらえるというのは大変だ。

離れているからまだ私は救われているのだと思う事にしている。同居していてもっと苦労している奥様から見れば羨ましいと言われそうだ。

今となればこれで良かった。と思う事にしている。

そもそも、それでは結婚した意味はないのだが(笑)。

我が家みたいなお宅、もっと複雑な事情を抱えたお宅も多いだろう。

こんな家庭もあるという事、自分の知っている範囲の知人の話題、小説と言うには駄作だが、色んなお宅があると、このブログで少しでも気晴らしになればうれしい。

人生色々…色んな知人のお話も、これから書いて行きたいと思う。

結婚する前に違和感を感じた事もあった人となぜ結婚してしまったのだろうと、思う。

前にも書いたが、その当時の自分の精神状態が弱かったからだと思う。

そして、今のように、DVとかモラハラの言葉すら世の中に認知されていない時代。


単なる性格、個性、誰にでも欠点はある。自分にだってあるし、いちいちこだわっていたら誰ともつきあえなくなる。自分は我慢が足りないのかもしれない、相手の良いところをみていけばいいじゃないか。

結婚に対して、そういう考えで踏み切る事が美徳みたいに思っていた。


結婚前に喧嘩して、もう会わないと言った後でも、夫はいつも何事も無かった様に笑顔で接触してきた。

無視して避けていても、友人に私の居場所をうまく聞き出して、いきなり訪ねてきたり。

ある時は、職場からの帰り道に、待ち伏せされたりした。

自分への愛情がそれだけ強いのだと思ってしまった。

その誤解がいけなかった。


今だからわかるのだ。私に愛情があるふりをしていたが、そうではなくて、その時は、私しか利用できる人間がいなかっただけだと。

そして、そこからが自己愛の強い夫の特徴なのだが、「相手がなぜ怒っているのかわからないふり」をする。

「そんな事を怒っていたのか。なあんだ。僕がそんな事言ったっけ。覚えてないなあ。どうかしていたんだ。自分で自分が嫌になるよー。あの時は、仕事のストレスがたまっていて~」

みたいな調子の良い事を並べて、笑顔で上手にごまかす。

「もうそんな馬鹿な事しないよ。」と言うので、信じてしまう。

が、それは嘘で、再び同じことの繰り返し。

モラハラ、DVをする人は、サイクルがあって、相手を傷つけた後に必ずこういった甘い態度でごまかす為、被害者は沼にはまっていく。

   ☆DVのサイクル

蓄積期=ストレスを溜めている時期(相手が自分の思い通りにならなかったりしてピリピリと神経質になっている)⤵

爆発期=突然爆発し、ストレスを発散する。暴力をふるったり、自分の支配下に置くようコントロールする為に、恐怖心や無力感を植え付ける。⤵
   
安定期(ハネムーン期)=ストレスが発散され、安定する。謝ったり、プレゼントをしたり「もう二度としない」などと謝ったりする。再びストレスが蓄積され始め、次の蓄積期へと移行していく。⤵
繰り返し


結婚していなくても、独身同士のDVもある。

安定期の時に、もうやらないと反省する相手の態度に心が揺れ、自分も元々好きな気持ちがあることから、相手が変わる事に期待し、信じようとしてしまう。
それが被害者がDVから逃れられなくなる怖さなのだ。

相手にDVの気配を感じ、結婚を前にしてから人に相談しても、周りの目上の人達から「欠点を見ないで長所をみないと」とか「結婚は我慢して添い遂げるもの」といった一般的な考えを話される事が多い。

なかなか、相手の本質を見抜く事も、見抜く自信もないので、結局自分で自分を説得してしまう。

今なら、もし、似たような理由で、結婚や交際を迷う人がいたら、自分が納得するまで待った方がよいと言いたい。

直感的に、相手にぞっとするような恐怖感、違和感を感じたら、どんなに優しく、優秀な人でも、その不快感に悩む時がくる。それに耐えていく覚悟ができるかどうかだと思う。

「結婚したら、変わる」「子供が生まれたら変わる」、なんてありえない。人の本質はかわらない。


本人が、変わりたいと思って、努力すればいいかもしれない。が、いつかは爆発すると思う。
 

昨日は、知り合いの子供さんの運動会に呼ばれて、雲ひとつ無い青空の下、久しぶりに一日中太陽にあたってきた。


紫外線には要注意だけど、太陽の光には、人間を元気にしてくれる力がある。


疲れよりも爽快感が残った。
一生懸命走ったり、演舞する子供達をみていると、その純粋さに涙がでそうになった。


自分の子供たちの運動会は、父親不在だった。
夫は、おそらく小、中、高と一度も見たことはないだろう。


楽しみにしていたそぶりもなかったし、興味もなさそうだった。


当時は、私の親や知り合いの人が、わざわざ遠くから出てきて一緒に参加してくれた。賑やかに過ごせるようにと。

時には、私だけしか行けない時もあったが、いつも明るく、楽しくがモットーに過ごしていたので、それはそれで良い思い出にはなっている。


子供自身は、父親は仕事の都合で来られないと思っていたので、(別居する前から)気にしていなかっただろうが、一度もこないとなると、さすがに成長するにつれて、父親の冷たさに気が付いていたようだった。


運動会や、発表会は、親に見てもらいたくて、褒めてもらいたくて一生懸命練習する無邪気さを子供に感じる。だからこそ、見ていて涙がでる。

その晴れの日に、できるだけ親は参加して、例え失敗してもいっぱい褒めてあげたい、と思っていた。



仕事の都合や、家庭の事情で、どうして参加できない方もおられる。


いつも思う。皆が全て同じで当たり前では無い。でも学校とか世の中は、皆同じというのが前提で物事を決めていく。

昨日も、賑やかで楽しいお弁当の時間に、ふっと思った。誰も来られない子供さんがいるかもしれない。学校はどのようにその子供さんに対応しているのだろう。


誰か一人でも、親戚のおばさんでもいい、来てほしいよなあ。


そんな事を、昔からいつも思っている。


自分の子供が、夫からこんな目にあわされるとはまさか思ってもいなかった。他の事情のある家庭とは違い、出来る事をやらない自分勝手な父親であり、私はそれが腹がたつのだ。


運動会に行きたくても行けず、後ろめたい思いをされている親御さんがほとんどなのに、行ける時もわざと行けないように作為をする父親なんているのか、うちにはいるのだ。


夫は、子供の気持ちを想像できなかったのだろうか。


まだ、素直に後悔していたり、申し訳なさそうにしているならまだ救われるのに。


夫は、自分が傷つけた相手の気持ちを知っても、何にも感じない。ただ自分に不満を言ってくる嫌な奴と思うだけだ。その内容には心を向けない。

もし行動を改善するとすれば、相手を傷つけたという反省や後悔からではなく、自分に不満を言われるのが面倒臭いので、相手を黙らせる為である。



当時の自分が思っていた事☆親は子どもの気持ちを想像し、できるだけ明るく賑やかな家庭にしてあげたい。ひがんだり、すねたり、コンプレックスを持たせない様に、天真爛漫に育てたい。その為には自分がそうやってみせることだ。


 

大阪北部の地震のニュースを見る度、何とも言えない気分になる。


家が倒壊する恐怖で眠れない方々は多いはずだ。余震があればあるほど、ぐらっときたり地鳴りがしただけでも逃げ出したくなるだろう。


阪神、東北、熊本での避難所の映像に記憶を巡らす。
これまで日本は何度被害に遭ってきたのだ?どれだけの人が被害に苦しみ、どれだけの多くの人々が未だに仮設住宅に住んでおられるのだ?

不便な体育館での生活、トイレの水がでない、食べ物がない、赤ちゃんやお年寄り、病人、障害を抱えているなどの援助が必要とされる人達の苦労。平穏な普通の暮らしを一瞬で失った絶望感と恐怖心。

避難者向けの、何とか居心地良いスペースを準備しておけないものか。

熊本地震の時に、特に感じたのだが、阪神、東北での大災害であんなに避難所が酷い状況になったのに、いまだに何も改善されていないじゃないか。と思えた。

ここは日本だよね?あんなに多額の税金をつぎ込んで、オリンピックをやったり、海外に援助したりする豊かな国だよね?

国民が何度も大きな災害にあっているのに、まだこんな不衛生で過酷な生活をしないといけないの?
日本という国は、地震や大雨でまだまだ被災する可能性はあるのだ。南海トラフも来るとわかっているのだから、もっと災害時に国民が困らないような避難対策にお金を使ってほしいものだ。

そして、ここから個人的な話に移る。

大地震などの災害が起こると電話が殺到し、通じにくくなる。緊急の通報の妨げにもなり、むやみに安否確認に電話を使わない様にするのが常識だろう。

東北地震の時、知人には電話はかけず、メールをしたが、通じなかった。落ち着いた頃、やっとメールで連絡がとれた。

熊本の時も同じだった。(私はあちこちに知り合いがいるもので
そもそも携帯に電話したら、回線が混雑して繋がりにくくなるし、相手の携帯の電池も無くなるわけで、迷惑な事だろう。

知人などの安否確認は、落ち着いてから、手紙のやり取りをすれば良いと思う。親兄弟などの身内なら話は別だけど。

で、夫についてだ。こういう時に人間がわかってしまうというが、何回注意しても聞いてくれない。
熊本地震の時、夫の知り合いが熊本にいた。私は以前から「電話は迷惑だからかけない方がいい」と注意していた。彼の行動が予測できたから。

だが、予測通り、注意を無視して熊本にかけまくっていたのだ。

相手の人は、身内でもなく、普段連絡を取り合う仲でもない。仕事で知り合った顔見知り程度の古い知人だ。
すぐかけたので、最初は電話が通じたらしい。無事を確認して安心して、それで終わればまだ良かった。
その後、同じ人に連続して何回も電話が通じるまでかけ続けた夫。

相手の方には迷惑だっただろう。
回線が通じても相手はあえて電話にでなかった。迷惑をかけている事に気がつかない夫。

「電話にでない!あれから何かあったに違いない!」と騒ぎだした。

仮に知人に何かトラブルがあったとしよう。だからと言って、遠い土地から夫に何ができるというのだ。何もする気もないのに。身内でもないのに、もはやただの野次馬でしかない。

しかも、勝手に妄想し、いかにもその知人が地震の被害にあって亡くなったかのように周りに言い、SNSにも発信し、一人興奮していた。

後から人づてに聞いた事だが、自己愛君が電話をかけまくっていた時、その方はご自宅が半壊しており、避難中で、野次馬みたいな電話をかけてくる人の相手をする暇も気分も無く、電池も無くなりつつあり、大変な時だった。

本当に気にしてくれる人はむやみに電話かけてこない。
この知人は「ご本人は親切でかけてくださったのだろうから感謝しないといけない」と、複雑な気分だった様だ。
後から「ご心配頂き有難うございます。電話にでれずにすみませんと」被害に遭われた人に頭を下げさせた。助けになるどころか余計な気を使わせてしまった。

それでも夫は、相手の気持ちに気が付かず、「いやあ、電話にでないから心配したよ~」と明るい。

更にその後も自宅に住めなくなったその知人に対して、電話を何回もかけた。

「自分も以前東京に出張中に東北の地震を体験した。あの時はひどかった。自分はこんな行動をした。君もこうしたら良いよ。」
みたいに、自分の言いたい事しか言わない。

電話をかけて「心配したよ」と言いながら、相手が状況を話しても聞かず、ただ、「自分の時はこうだった」しか話さなかったらしい。
見舞金を黙って送れば良いものを、一円もださず、口だけだした夫。

何かあった時に、その人がわかる。

夫みたいな人は周りが注意しても変わらない、「善意」の建前で自己満足な行動に走る人だ。

私は別居しているので、目の前で止める事ができない。

被害にあった人しかわからない事がある。謙虚に耳を傾けたい。



順番が前後して申し訳ないが、初めての出産の時の記憶を辿っていたら、妊娠中からトラブルがあった事を思い出した。


嫌な思い出は忘れた方がいいと思うが、もうかなり前の事だし、今だからこそ話せるようになった。

私の中でもう終わった事になっているからだと思う。書き出して、自分の人生を整理していくのも良いかもしれない。


自分が初めて妊娠がわかった時、なかなかできないかもと思っていたので、驚いて感動していた。

夫に伝えた時、最初は喜んでいたが、翌日になると「まだ遊びたいだろう。困ったね」と言う。

耳を疑った。私は怒った。すると夫は慌てて「冗談、冗談」と誤魔化した。


悪阻もひどく、私は仕事はできないどころか家事もろくにできなくなった。

夫は酔っ払って帰宅する毎日で、具合悪い私を見ても、妊婦の立場を想像する力は無さそうだった。

体重が落ち、食事もあまり食べられない日々が続いた。

ある日、絞られるような腹痛がした後に、少し不正出血があった。その後、急に気分が良くなり、悪阻が消えた。

気分が良くなったから大丈夫。元気になって食欲がでてきた!」と勘違いし、溜まった家事をやろうとした。

が、よく考えると、「悪阻は妊娠しているからなるわけで、それが急に無くなるというのは妊娠の状態が止まったという事ではないか」と気が付いたのだ。

すぐに産婦人科に行くと、切迫流産で絶対安静と言われ、入院を勧められた。

ショックを受けたまま家に帰り、落ち込んだ気持ちで1人で入院準備をし、翌日の朝、重いカバンを下げて入院した。

流産しかけているのに、一人で荷物抱えてきたので、看護師さんが「付き添いの方はおられないのですか?」と驚いていた。


前日の夜、夫に入院する事を話したが、意外にあっさりとしていた。

私が留守中の生活費として、夫の給与振り込み用の預金通帳を夫に渡した。
「ここから入院費用も払うのだから無駄使いしないでね」と一言くぎをさしておいた。


入院してから3日たっても、誰も私に会いにに来なかった。
といっても、夫しかいなかったのだが、洗濯物や持ってきてほしい物などがあったので困っていた。

自分の実家には電話をして、「大丈夫だから遠くからわざわざ来なくてもいいよ」と言って置いた。

母に来てもらっても、夫の世話をさせるだけだし、1週間で退院できる見込みだったので遠くから来させる必要はないと思った。

誰も知り合いのいない土地に引っ越してきたばかりだった。唯一来るべき夫が来ないのは、流石に病院側も驚いていた。

やっと退院前に夫が来た。「何で今まで来なかったのか、してほしい事があったのに」と言うと「毎日飲みに誘われて、帰宅が深夜だったから無理だったんだよ。」と言う。

退院前日の夜、姑から私に電話がきた。

その内容はこうだ。

「流産しそうになるなんて、どうしたの?あなたは子どもを産めない体質だったの?あなたのお母さんはどんな体質なの?弱い体質の遺伝じゃないでしょうね。
あの子(夫)が心配していたわよ。入院費がかかって困るって。それとね、こうなった事をあの子のせいにしてほしくないの。だからあなたの実家には入院した事は黙っておくのよ。いいわね。息子にも連絡するなと言っといたから。」

同じ女性で母親である人の言葉とは思えなかった。


しかも悪いのは流産しやすい遺伝体質の私と母だと作り話をしてしまう。

「もう実家には連絡したから親は知っています」と言うと
「そんな事したら息子の立場が悪くなるでしょう!」と怒られた。


入院してから悪阻が戻り、流産の心配が無くなり退院した。

帰宅し、夫に預けた通帳を返してもらった。

なんと、たった1週間の夫1人の食費しか減らないはずなのに、残高は0になっていた。
余分に貯金していた分も全て使われていた。帰宅後からの生活費は無くなっていた。

ストレスだらけのスタートだった。

結婚以来、口先だけで、結局何も成し遂げなかった夫。

本人は、まだ言っている。

「そのうち大成功をする。自分には能力と人徳がある。あきらめたら終わりだ。」などど。何をしたいのかも決まってないのに。

「そのうち」が口癖。約束もそれで誤魔化し、嘘は当たり前。

一攫千金を狙い、失敗ばかり。それでも懲りず、自分はまだ20代位の若者だと錯覚しているかのようだ。
もう老後の心配をする世代なのに、まだ夢を語っている。借金しか残していない。人に迷惑しかかけていない。夫に感謝するような人はいない。
人徳の無い、敵が多い人に、何ができるのだろう。


何かやるにしても、人のお金をあてにしての事。上手い話に載せられ、寄生された人が気の毒だ。

夫には、働いて資金を貯めてからという発想も行動力も経済観念も無い。


こつこつと働く事が苦手な夫。今の仕事もいつ辞めることになるのか、絶対こちらに逃げ帰ったりしてほしくない。
共倒れになると思ったら、その時が縁を切る時だと思っている。

気持ちを若く持つのはとても良いと思う。

でもそれは、自分の事を良くわかった上での事。

自分を客観的に観る事は難しいけど、それでも、年齢はごまかせない。それとこれまでの経歴。生き方。


私も何も成し遂げていないから、(唯一子育て位か)偉そうに言えないが、それでも、これまでの自分の生き方を振り返り、後悔したり、反省したり、色々考える。その上で、気持ちだけは老け込まない様にしたい。


夫は、妄想の世界に逃げている。現実を直視したがらない。


ずっとそうだった。若い時から、現実を見ない。認めない。自分は変わらず、周りが自分に合わせる事を要求する。

「今の自分への待遇は間違っている。自分はもっと上の地位にいるはずだ。もっと稼いでいるはずだ。
周りがおかしい。」と同じ事を何十年も言い続けている。


「私たちはただの普通の人間。凡人なのよ。だから上に行くには、人一倍努力する事と、チャンスを見逃さない事ではないかな」と話した事もある。

「僕の能力を見る目がないから、そんな事を言うのだろう」と、私の夫を見る目が無いという。

これまで、良い仕事のチャンスはあった。その都度、私が勧めた。が、奴は馬鹿にして断った。

すると後からその事業が成功した事が数回あった。

チャンスを感じ取る能力も無い男に何ができるんだ。


応援できない良くない仕事に、反対しても聞かず勝手に始めたり、内緒で転職して失敗。


どう転んでも失敗してきた。

それも、「あんたがいい仕事を探して来ないからだ」とまで言い出す。最低。

いい仕事のチャンスを勧めても無視したじゃないか。と反論されても無視。


もう、私は、夫に期待していない。変人だと思っている。

だから、会話が成立しない。誰ともそうだと思うけど。


家族すらまともに扶養できず、無責任な人が良く言えるよなあ。とこちらが赤面する。

私に何を言われても、言い返せない立場だと思うが。


自分を甘やかす妄想の中に逃げたって、現実は変わらない。

今後、夫は自分が重病になって、治療費もだせず、看病する人もいなくなったらどうするのだろう。

それでも妄想で誤魔化すのかな。


「自分は立派に夫として努力し、社会からも必要とされてきた。なのに、誰も助けてくれない。冷たい。裏切りだ。」と騒ぐだろうか。

「自分がこれまでさんざん自分勝手にしてきたツケだな。家族には悪い事をしたな。」位に思ってほしいのだが。無理だろうな。




  


夫が「家族の為に、仕方なく出稼ぎにでたんだ」と言い訳を作って、お気楽な生活を勝手に選んだ事は、事実。


その嘘を追及されるのが、夫の弱点の様だ。

「それなら家族の為に何をした?出稼ぎにいったなら生活費はちゃんと送ってきた?自分の生活費はあるようだけど?遊びにも行っているようだけど?」
と言われたら何もいえないはずだ。

向こうでくびになり、お金に困ってこっちに逃げ帰り、やっぱり家族を養うのはしんどいと、またすぐ自由な暮らしを選んで出ていく事を繰り返した。

自分の為なのに、全部家族の為と言う。まあ、気まぐれに送金はするので全くの嘘ではないだろうが。


もし、離婚調停になった後、裁判で戦う事があるとしたら、そこがポイントになる。
いつも、そのシーンを想像する。


リアルに目に浮かぶ。
わざとらしい演技で、夫が言いわけする姿。

「家族の為に仕方なく自分が犠牲になり、出稼ぎするしかなかったんです。親が子どもと離れたいと思うはずがありません。泣く泣く家族と離れたのです。嫁がもっと稼いでいたらここまでしなくてすんだのですが。(とさりげなく妻に非があるかのようにいう)
自分の苦労と努力をわかってくれると思っていたのに残念です。家族には失望しました。僕への感謝もなく、お金さえあれば良かったんですね。結局お金だったんですね。」

位の事は、平然と言うだろう。嘘泣きしながら。


でも、調停委員が騙されず、説教をしたとすると、今まで泣いていた夫は急に態度を変え、怒りだすだろう。

それまで、憐れな被害者ぶっていた態度をやめて、強気になり、馬鹿にしたような言い方に変わる。そこで本性がバレる。

なぜこんな風に予想できるかと言うと、これまでの夫との会話で、痛いところを突かれると、こういう事を毎回言いだすからだ。


もし私が戦うとしたら、夫の演技に反論するにも、言いたい事がありすぎて何から説明したらよいのかわからなくなりそう。


普段の会話でも、自分から相談を拒否し、人の意見も聞かず勝手にした事について、「僕の気持ちを聞こうとしない。」だの、「そっちが勝手に決めつけている」だの、見苦しくて幼稚すぎて話にならないのだ。

夫は、調停とか裁判とか好きで、気に入らない事があるとすぐに訴える人だ。それもお金目的なのが見え見えで嫌になる。恥かしい。

弁護士を雇うお金もないのに、自分一人で勝てると思っている。自分は弁護士同等の力があると自惚れている。


勝ち目もなく、裁判にするほどの事でもなく、夫に原因があるのに、「自分の思いたいように思い込む」考えの持ち主なので、私が説得しても聞かない。

「友人は裁判にして勝って、多額のお金を勝ち取ったんだから僕もその手を使う!」と言う事だ。
お金欲しさにそこまでするのか。その時間と労力を真面目に仕事に使ってほしい。

裁判を理由に家族への送金をしない。文句いうなら、裁判の相手に言えという態度。

わざわざあくどい方法をとるしか、稼ぐ方法はないのかと言いたくなる。

                  

 

いつもの事なのだが、夫個人の支払い分を送金してこないので、早く支払う様に催促した。

何年、同じ事を言われても平気で、成長してないのは、自分のプライドも何も無いってことか。

人にはあんなに偉そうに説教しているのが笑ってしまう。

簡単な約束も守らない、謝らない、人に迷惑をかけても平気。


不誠実という言葉がぴったり。


でも、人の事はぼろかす。親の顔が見てみたいとか、反省とか誠実さとか責任感がどうのと、素晴らしい言葉を並べ、「教育してやらないと」というその自惚れはどこからくるのだろう。

しかも、そういう自己矛盾に気が付いていないし、突き詰められると言い訳で逃げる。


自分に異常に甘く、人に異常に厳しい。


こんな人を誰が信用するだろうか。


流石に、この歳になって、仕事では負け組という結果がでているので、それはどうしようもなく、認めざるを得ない。

家庭でも負け組だ。何も成し遂げていない。全て逃げてきた人生の夫。

それは「世の中が悪い」と自分に言い訳しているようで、人にあうと何でも批判的な事ばかり言っているようだ。


もう誰も、夫と親しくする人はいないだろう。表面的な仕事上の付き合いは多いだろうが、心から夫を良く思う人はいないと思う。


こんなに長くだらしない事をしてきて、いまだに送金する前に一言つけてくる。例えば


「大変だなあ。」「借金するしかないか」「ご飯我慢してお金作るしかないか」などなど。
人に借りたお金も返す気の無い人だから、平気なのだ。



いったい何年働いて、今何歳なの?と言いたくなる。

自分の買い物の支払いもそういった大げさな言葉を必ず言ってくる。黙って払う事がない。

まるで私のお小遣いや贅沢な買い物にお金を出すかのような言い方だ。
自分が請求されるお金なのに、もったいつける。


私が貰うお金じゃないし、貰ったこともないし、単にこっちの口座から引かれるだけで、私は管理しているだけ。


なのに、恩きせがましく、やれやれと言った嫌味を必ず言う。私は関係ない。私に言う事ではないのに。
こういう時だけ、家族なんだから連帯責任をとらせようとする。

使う時は借金してでもぱっぱと使う。返済になると、まるで返さないのが当然の様な態度になる。


子どもの学校の費用も、送らない。一円もお金が無いような言い方をする。
仮に送ってくるとしても、それはそれは、もったいぶって恩着せがましい言葉の羅列。

他人なのか?それって父親の義務でしょ。

毎回、そんなに文句言わないとと子どもにお金使えないの?


子育てもしていなくて、それだけで負い目があるはずなのに、扶養しないで何を頑張るの?

普通に家にいて、奥さんが財布を任されているお宅はどうなる?


なんで結婚した?扶養するのが嫌になったならさっさとはっきりそう言って、責任とってきちんとしてくれたらよろしい。

世間には家族を養う為と嘘をつき、やりたい放題だ。家族を見捨てる為というのが正解だ。


自分を悪く言うどころか自分で褒める。


自分勝手に生きたい、責任はとりたくない。でもそれを言うと責められるから言わない。

全部人のせいにしたい。

支払いをもったいぶるその裏で、旅行に行っていたり、友人にお金を寄付したりしている。その寄付は、その後その人に寄生する為のパフォーマンスだ。何かたくらむと、最初はターゲットにいい格好する。



最近は、「また言ってる、馬鹿だね~、そんなの信じるもんか」と笑っている私だ。
何を言ってきても、反応せず、早く払えと何度も催促する。


こういう夫の行動を、全て世間や、調停で暴露できる日がくればよいのに。

夫が、私の前で泣いて土下座する姿を想像して、今日も怒りをおさえている。





夫が豹変する時、顔が変わる。

それは普通の人間では無いような、不思議な顔だ。


いつだったか、姑も同じ顔になった事があった。

その顔を見て、あ、今姑は何か嫌な事を考えてるな、この人と夫は同じだと感じた。


夫の普通の顔、自然体の顔がおかしい。

いつも不自然に表情を作っている気がする。

初対面の演技の顔は、目が下がり、極端な笑顔。


ニヤニヤにも見える。不気味。


本性がでた時の顔は、目が横に線になる。鼻の穴が膨らみ、口が歪む。

普段、気がゆるんでいる夫の顔は、歪んで、しかめっ面という表現が近い。

普段温厚な人を演じているが、油断している時は、とてもそんな人には見えない。



私が前に話した独特の言い回しをそのまま夫が私に話してくることがある。

自分の言葉、感覚のふりをして、自慢気に。
私に言われた言葉だという事を忘れて上から目線で言ってくる。

「この言葉、知ってる?意味わかるかなあ、ふふん。」と。

「それ、私があなたに言って、あなたはきょとんとしていたやつよね。」と内心呟く私。


他にも、(それあの人が言ってた言葉だ。)と思うことが多い。

人の言葉を真似するのだ。自分も同じ考えというならわかるが、そうではない。


むしろ、自分が理解できない考えほど、人に自分の考えとして言う。
賢そうに見せようとして、英語を使ったり、その時の得意げな顔がおかしい。

自分が理解できなかった言葉ほど使いたがる。

他の人も理解できないだろうと思って、同じ悔しい思いをさせようとするのだ。

所詮真似なので言葉を間違えたりする。

英語なら違う単語になっていたり、発音を間違えたり、日本語でも、人から説明を求められると答えられない。
色々ぐだぐだと言葉を並べ「要するに」の連発。

簡単な事でも、「説明して、君にわかるかなあ」と偉そうに言ってごまかす。


私は「要するにって言うけど、全然”要するに”になってない」と言う。

すると、上に書いた様な、変な顔に変わり、黙る。


人を騙す時の言葉使いはスムーズで、キザな言葉をスラスラと使うのに、自分の考えや物事を説明する場面では、誰かの使った言葉を真似して、しどろもどろで訳がわからない。

 


 

夫の人格について、何もかもわかってるつもりはない。

かつて一番モラハラがひどかった頃、姑が私の母に言った言葉。
「あの子の事は母である私が一番わかります!」


おそらく、無責任すぎる夫(息子)の苦情を言われると思い、プライドの高かった姑が先走って口にしたのだと思う。
絶対謝らないぞという構えが感じられた。


夫の言動は、人の真似が基本だと前にも書いた。


自分が知らずに恥をかいたり、悔しかった事などを自分の中で咀嚼できず、学習もできない為、それを自分の考えであるかのように、真似をして、人に仕返しして心落ち着くという行動パターン。


本人には、人真似をしている自覚はない。
真似した後、自己満足しているのだが、された方は?何言ってるの?変な人。となるだけ。


真似していたのがあからさまにわかった時があった。

その前に、上司の悪口を私にさんざん愚痴っていた。自分は悪くない、上司がサイコパスだの自分をねたんでいるだの、といういつもの話。


いつも都合よく、話をかえて話すのはわかっているので、うのみにせずに聞いていた。



だが、その後、その上司に自分が言われた事を、私に言ってきた。


そして、自分のいう事を聞かないと送金をとめるような事を言う。

つまり、上司から「これ以上仕事でミスをすると給料だせなくなるぞ。」と指導されたのをそのまま家族に向けて復讐し、その時の自分の悔しさを発散したわけだ。



この時の言い方もやり方も、聞いていた上司の話と同じだったから、すぐわかった。


私は夫とは違い、夫の部下でもなく、そんな圧力をかけられる理由もないから猛反論をした。


すると、逃げた。作戦に失敗すると逃げるのだ。音信不通になる。



夫は自分が困った時は、うるさいくらい連絡をしてきて、愚痴をこぼし、こちらに何とかさせようとする。子どもの為には何もしないのに。調子がよすぎるのだ。

その夫の特徴から分析してみると、家族にしてきたこれまでの行動全ても、誰かの真似しているのだと思う。

家族に無責任で自己中心、しかもその自覚がなく、自分を美化して被害者面までするというのは、誰の真似なんだろう。



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