りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ:実家のこと > 母の事~悪性リンパ腫

昨日、弟から連絡があり、母が緊急入院したという。


そう言えば、連休前に母から電話があり

「昨夜突然強い腹痛が来て、吐いてしまったから病院に行ってきた。食中毒では無いからと言われて薬をもらった。今朝は治まってる。」と言っていた。

今年になってから
「最近全く食欲が無くて、ご飯を作るのも苦痛だわ。食べる量も減ってきて痩せたかも」
と言っていた。食欲はそれからずっとでないままで、年齢のせいかもねと話していた。


連休前に話した時、私はやりたい事があり、早く電話をきりたかったので、あまり真剣に聞いていなかった。今思えば、もっとじっくり聞くべきだったかなと思ったが、母は心配性でちょっとのことですぐに病院に行くので、またかと思っていた。

連休が終わっても何の連絡も無いので、おかしいなとは思った。いつもならあれからこうなったと報告してくるからだ。


「ほら大丈夫だったでしょ」と言って終わると思っていた。


今回は、私の予測は外れた。見抜けなかった自分が情けない。
父は全く母の事には無関心で、頼りにならない。
だから私に電話で話した後、おそらく1人で痛みに耐えていたのではないか。

あまりに長引く不調に、父ではなく弟に病院に連れて行ってくれと頼んだのだろう。
父は後から病院に呼び出されて、出て来たらしい。


手遅れにならずによかった。腸閉塞で手術になるそうだ。


今年の10連休は、自分的には全然よくなかった。

母はきっと痛みをこらえていたに違いない。病院にいって薬ももらっているし、病院は休みだしと。
とても危険な状態になっていたのではないか。


いつも母が心配していた。「私がお父さんより先に寝込むわけにはいかない。」と。そこは私と同じだ。昨日まで、母の方がしっかりしていて元気に見えていたのに、何があるかわからない。


高齢なので、手術の身体への負担は大きいだろう。退院してもこれまでの様にはいかないと思う。

すぐに行きたいところだが、「今すぐどうこういうことはないから、来なくていいよ」との事だった。

あまり騒ぐと母が逆に不安になるからと。
こちらも、今月一杯は動けない大事な用事が詰まっている。


どうかたいした事が無い事を祈る。

退院したら、いつもの感じで帰ったよとふらりと行く予定だ。


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父の事も心配だ。
いつも色々親の愚痴を言っているが、いざとなると心配になるものなんだな。やっぱり親子だ。

これまで両親が二人共、長生きで助かった。親は元気で長生きするのが子孝行だ。
でも、いつかは病に倒れるのは避けられない。


自分も、子ども達の為に元気でいなくては。

こんな時も、また弟嫁は長期旅行に行ったまま帰ってこない。以前の入院の時によくわかったので、何も期待はしない。



母から電話がきた。


鼻にチューブをつけたまま、元気な声で少し安心した。
「盲腸みたいなものよ。」と明るかった。腸を空にしているので痛みもとれ、本人はもう治った気でいる。

まだ正確な検査をしていないので、小腸がどうなっているのかはわからないが、とりあえずはホッとした。

病気の重さではなく、本人が苦しむのが一番困る。
高齢なので、本人もある程度覚悟はしているだろうが、最後まで苦しむ事がなければいい。

今は、連休中に我慢していた痛みから解放されて、病院にいて、ホッとしているところだろう。

母から、下着を買って送ってほしいと頼まれ、すぐに買って送った。

普段からいつ入院になっても良いように、準備はしていたから心配はないそうだ。

ただ、下着類は、弟では探しきれない物があって、私に頼んだらしい。

やはり、母は「(弟が)良く動いてくれるので助かる。よく気の付く娘みたいだ」と喜んでいた。それは良かった。その裏には弟嫁への失望が感じられたが。仮に嫁さんがいたとしても、母のストレスになりそうだ。

以前母が入院した時の、彼女の冷たさと性格の強さは懲りている。

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とりあえず、声を聞いて、私は落ち着いた。弟が今のところは頼れる。母は私より弟がいてくれる方が良いのだし。
いざ、世話が大変となったら、あの夫婦は放り投げるかもしれない。弟は嫁さんに引きずられるから。

その時までは私は出しゃばらない。

手術後がどうなるか、原因は何か、悪性腫瘍なら治療が長引き、そのまま弱るのではないかとか色々考えてしまう。


悪性であっても、高齢だからあれこれいじらずに、家に帰っていつも通りに生活させてあげたいと思う。そうなる事を祈るしかない。




昨日は元気な声だった母が、今日は少し元気の無い声で電話をしてきた。


電話をする気力があるからまだ安心だが、何故元気が無かったかと言うと、医師の言葉の影響だ。


弟や父は、母を不安にさせない様に「大したことはない、すぐに帰れるよ」と話しているそうだ。

検査結果が悪いかもしれないと思っていても顔に出さず、不安にさせない様にしている。

だから昨日の母は、簡単な手術ですぐに元通りの生活に戻れると信じて、とても明るかった。


これから手術をするのだから気力が大事だ。希望をもって明るくしててほしい。


医師は、母に「あなたは危なかった。もしかすると大変な事になっていたかもしれない。手術してもしばらく退院できないかも」と話した様だ。

確かに痛くて辛かっただろうが、今は痛みもなく元気なので本人は1週間もすればすぐ帰れると信じている。


そこにそんな暗い話をしなくても良いと思うが。

これから検査結果がでるのに、変に不安にさせては困るのだ。

高齢なのだから、悪かろうが、良かろうが残された時間は短いだろう。病院に縛り付けて治療漬けにはしたくない。

今まで通り、普通の日常生活に戻してあげたい。本人はすぐにそうなると信じているのだから。
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弟と父も私と同じだろう。家族に相談なしに医師が勝手に本人に話す事もあるらしい。


それは止めてほしいと弟に連絡しといた。
小腸なので、患部が奥にあり、場所が特定できずに手術ができないでいるようだ。

救われたのは、医師が院内を動いていいと言ったこと。


母はそれを聞いて喜び、どんどん歩き回っているそうだ。それだけは救われた。食事ができない為、つまらないとも言っていた。


今のこの元気がずっと維持されますように。



病院は退屈なのだろう。食事も食べれず、チューブを鼻から腸まで通したまま時間を潰すのは誰でもつまらないはずだ。
苦痛もとれているから、退屈だと言えるのも今のうちではないかと思うと悲しくなる。
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母から留守電が入っていた。
「今日午後から検査だって」と入っていた。いよいよか。結果を聞くのが怖い。

手術した後は、元気になるのだろうか。

へたにあれこれと治療させられて、逆に負担がかかり弱るのではないかと悪い事ばかり考えてしまう。

それだけ高齢だからだ。

母方の祖母は、90過ぎまでとても元気だった。
広い庭に野菜やお花を植えていて、毎日手入れに動いて、1人暮らしでしっかりしていた。

ある日、夜にトイレに行って転倒し、骨折。そのまま寝たきりになった。
入院を境に、元気な祖母はいなくなり、別人になった様だった。

高齢者は寝込んだらあっと言う間に身体能力が落ち、体力、気力、脳の活動も衰えてくる。

悪いところを切るだけでいい。家に帰っていつもの様に何も無かった様に過ごさせてあげたい。本人はそうなると信じている。


私もそう願っているが、弟のメールの表現が気になる。

まだ検査結果はでていないが、最悪の事を医師から言われているのかもしれない。


そうなりませんように。検査の結果がどうあろうと。

本当に盲腸みたいな簡単に終わるものであってほしい。


今私が慌てて駆けつけると不安にさせるので、手術が終わり落ち着いた頃に、お見舞いに来たよと顔を見に行こう。弟からもそう言われている。

どっちみち今、大事な仕事もあるし、気を紛らせよう。


今のところ、毎日母から電話がくる。声を聞くと安心する。


おかしなものだ。ついこの前まで、母の長電話にうんざりしていたというのに。
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昨日の検査の後、今日も検査らしい。

小腸は長く、奥まったところまでチューブが届かないので、患部を見つける事が困難なのだ。
そもそも小腸の病気は珍しいとのこと。

入院する前から食事をあまりとれないでいたところへ、入院してから胃腸を空にする処置、絶食状態なので、段々体力が落ちてきているのがわかる。

検査だけで時間が長引くと、それだけ弱っていく気がするが、それも必要な処置なのだろうから仕方がない。

母は同年齢の高齢者に比べ、胃腸は丈夫で食欲があり、食べる事が大好きだった。といっても食べ過ぎることなく、健康に良いメニューを考え、食べていた。
若い時は料理が下手で、いつも同じメニューだったが。子どもの自分としてはそれも不満だった。

子どもが巣立ってから、自分たちの健康を考えて昔ながらの和食だけは手抜きせず毎日作っていた。


前回の入院は、整形外科で食事に制限はなく、入院中の楽しみは食事だった。「物足りない、もっとおかずがほしい」と言うほどだった。


今回は、食事ができず、ただ寝かされている。日に日に、気力が失われるのが心配だ。

本人はできるだけ動いて、気をつけているという。

「院内を歩いて、弱らない様にしているけど…」と退屈そうだ。


母は、電話をきる前に、弟嫁について不満と言うのか、悲しんでいた。

手術する事も知っているのに、しばらく遊んでから帰るらしい。旅行に行ってからもう1カ月だ。

プランをたてていくのではなく、友人宅や娘宅を転々と泊まり歩いて、遊んで過ごしている。

だから、いつでも帰宅可能だ。でも、帰らない。

父が救急車で運ばれても帰らなかったし、母が数か月入院した時も、一回も見舞にも来ず、旅行に行ってしまった。


弟が情けない。おそらく何を言っても不機嫌になるから弟も諦めているのだろう。

それにしても、人間としてどうなのだろう。母ともめた事も無く、結婚した途端豹変して強くなった。

夫も同じタイプだが、この冷たさは夫よりひどい。

夫なら自分を良く見せようとする分、とりあえず、心配するふりだけはすると思う。

弟嫁はそれすらない。


むしろ母の方が気を使い、おどおどしている。


近所に住むのに全く知らん顔のお嫁さんを、近所の人も親族も誰もが呆れている。
父が1人でいても、一度も顔もださなかった。

お嫁さんと言っても、弟より結構な年上で、(私より年上)もう孫がいてもおかしくない歳だ。


以前、お嫁さんの親族が、申し訳ないとペコペコ謝っていた。でも当の本人は自覚無し。

いないならその方がストレスにならないからいいが、籍が入っているからには、何かあれば権利を主張してくるだろう。

母はそれも心配している。


病人をいたわるどころか、ストレスを与える存在になるなんて、まさかここまでとは誰も思っていなかった。

私は、次の土日に新幹線で母の様子を見にいくことに決めた。


昨日、検査結果を医師から聞いたと母から電話があった。

弟は、医師を待たずにさっさと帰ってしまったらしい。母自身が呆れていた。

家族に説明をしに来た医師は、母に話した様だ。
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結局は、患部までカメラが届かなかったので、目での確認はできなかったそうだ。

CT画像などで、小腸のある部分が狭くなっているのはわかるが、それが何であるかわからないという。


小腸は長いので、奥の方はチューブが届かない。上からも下からも通してみたがダメだったらしい。


調べてみると、カプセル状のカメラを飲んで映像で確認する方法もある様だが、閉塞した場所に引っ掛かると、結局手術になってしまう事もあり、母の場合、そこまではしないのだろう。

回復手術になると、高齢な為、麻酔の危険、体力の不安などがあり、医師はなるべく手術は避けたいとのこと。

しかし、閉塞がひどく、食べ物が通らないようであれば、手術をせざるを得ない。

それを今日明日で、様子を見る事になったそうだ。


今日からおかゆを食べて、閉塞が起こるようであれば手術。起こらなければ、退院。
その後の生活は、栄養士の指導のもと、食事に注意して過ごす。

母の気持ちを考えると、手術の危険も不安だが、今後いつまた腸閉塞を起こすかという不安、またあの痛みが襲い、手遅れになれば命も危ないという恐怖で落ち込むのは当然だろう。


確かに病気があろうが無かろうが、ここまで高齢ならできるだけ無理な事はしないで、残された人生をなるだけ普通に過ごせた方が良さそうだ。

母は、医師が深刻な言いかたをした事で、尚更不安になったという。


そこなのだ。
医師にとっては、老人だし、沢山看て来た中の1人かもしれない。だから相手の気持ちまでは神経を使わない人もいるのかもしれない。


「ああ、病気におびえながら生活していかないといけないなんて。歳とってるから仕方ないけど。胃腸には自信あったのになあ。」
と声が暗くなっていた。


それにしても、10連休は母にとって地獄だった。当番医に行っても、ただの便秘と言われた。レントゲンをとっても見えなかったので、そのまま家に帰された。

父も弟もそういうところが鈍い。私が近くにいたら、大きい病院の救急に連れていった。ネットで調べればどこに行けばよいのかわかったはず。救急車を呼んでほしいと母が言ったが、父がよばなかったという。

私なら、本人がそこまで訴えるのは尋常じゃないと思って、すぐに呼んだと思う。


連休中、そんな事になってるとは私は知らなかった。




朝の新幹線に乗り、母の顔を見に行く事にした。


駅に着いたらまっすぐ病院に向かう予定。

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母が弟に頼みにくい事は、私がいる1日でできるだけやってしまう。


手術をしないなら、退院は早そうだから実家を掃除しておこう。

母が家にいないと、実家は途端に荒れる。

父は高齢で掃除などやらない。弟は自分の家すら掃除していないからやるわけもない。弟嫁さんはもっとやらない。


母が先に倒れるのは困る。本人もそう思っている。


私より、時間もお金も何倍も余裕のある弟夫婦が「嫌な事はしない」性格なのはこういう時に母の負担になってしまう。

そばに誰もいないより、いてくれるだけで助かるのだけど、これからが思いやられる。


私がそばに住んでいたら、とつくづく思うが、母が「息子の方がいい」と言う言葉を発する間は、でしゃばる気は無い。

両親が年齢的にいつ何があってもおかしくないと覚悟をしておかねばならない。


これまで母には、電話がくるたび冷たくしたりした。

近くにいていつも会えば、そう気にならないのだろうが、1年以上も会わないでいると、突然の別れがきたりしたら割り切れない気持ちになりそうだ。

いつか別れはくるのだとわかっていても、覚悟を決められないでいる。何かし忘れている気がするのだ。


とにかく今日、母の顔を見れば気持ちの変化があるかもしれない。


退院してしばらくは、何事も無かったような今までと同じ生活を過ごしてほしい。それだけが願いだ。



母に会って来た。
腹痛も無く、元気で安心した。

絶食し、鼻からのチューブで胃腸の内容物を全て吸出し、胃腸を休ませた後、上からと下から、カメラを入れたが、患部まで届かず確認できていない。

ということは、手術するとしたらメスでお腹を開くのだろうか。

弟から聞いたが、若ければ即手術らしい。

ひっかかるのは年齢だけ。安心して麻酔が使える年齢の限度を超えているとか。
80歳前半ならなんとかいけるが、後半は危険とされているらしい。

このまま、食事療法だけで生活をしていくとなると、腫瘍が大きくなり結局また腸閉塞を起こす。
本人もその恐怖におびえながら生きていく事になる。

再発して、危険な状態になれば、結局緊急手術になる。今よりもっと高齢になってから、そんな危険な目に合わすより、今のうちに手術をした方が良いかもしれないという事だ。


私自身は、手術の負担で元の様に生活できなくなる事を心配したが、よく考えるとこのまま放置の方が母にとって残酷なことだとわかった。


母自身も、当然だろうが手術をしてほしいと希望している。
小腸以外には自信がある様で、今なら頑張れる、自信があると言う。

医師は、今は流動食で便がきちんとでるまで、様子を見て、異常が無ければ手術なしで退院を考えて居た。
だが、昨日から手術に耐えられるかのあらゆる検査が始まり、年齢の割に他の内蔵がしっかりしているので、もしかすると手術を考えておられるのかもしれない。

今週中には、結論をだすことになりそうだ。

弟と医師が話したらしいが、「年齢から言っても、あと1年か2年もつかどうか。それなら危険性のある手術はやめて、食事に気を付けながら少しでも長く生活させた方が良いかも」と言うことだった。

麻酔が危険だそうで、高齢者はそのまま目覚めない可能性があるそうだ。

無事終わりさえすれば、きっと長生きするだろう。元々元気で活動的な母だから。足の手術の後も、嘘みたいに毎日シャキッとしていた。

いちかばちか…の選択になってきた。
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それにしても、このままではあと1~2年とか、信じられない。

今の母は、ぴんぴんしているのに。


もう2度と、のたうちまわる痛みを味合せたくない。一番の望みは、母が苦しまないこと。

どうしてこんな奥まった見つけにくい場所にできてしまったのだろう。

他は何ともないのに。


連休中、母が痛がっているのに、父も弟も「たかが胃炎で」「たいした事ない」と聞き流したという。母は救急車を呼んでと頼んだのにも関わらず。

食事をしてから数時間後に、お腹の強い痛みがあり、便がでずお腹が張り、嘔吐したらすぐに病院に行く事をお勧めしたい。

実家に帰って、父と弟が、私に「まさか腸閉塞なんて思わなかったから」「そんな病気のことなんか知らないから」と反省?なのか、言い訳なのか呟いていた。

弟でなく私が近くに住んでいたら、嫌な事も多かったかもしれないが、こういう時は弟より役にたっていたかもしれない。


弟夫婦はこんな時も、父の世話や、掃除はしない。

私はたった1日しかいなかったのに、実家の掃除だけで汗だくだった。

母も弟夫婦も、面倒な作業は私にさせて、目立つところや世間体の良いところは弟がいいと思っているようだ。在宅介護になったら、と思うと思いやられる。

たった一日しか滞在しなかったが、疲れてしまった。




実家にいる時、ご近所の方が来られて
「もう1週間たったのにまだ入院しているなんて、どうしているのか気になって…」と母の様子を聞かれた。

母から、その方については色々聞いており、トラブルの多いちょっと面倒な人だった。
母はうまく付き合っているのだが、母から「もしあの人から聞かれたら、こんな風に話しといて」と言われていた。

言われた通りに話しておいた。嘘は言っていないし、安心してもらえるように明るく話した。

普段、お世話になっている事もしっかりお礼を言って、帰って頂いた。

ご近所も高齢者、特に女性のおひとり様が増えてきて、皆さんどこか病気を持っておられる。
なので尚更、誰かが入院したりすると気になる様だ。

このお婆ちゃんは、家の窓から家の前を通る人をよく観察しており、たまたま私が通ったのを見たのだろう。わざわざ遠くから帰省している、おかしい、何か重大な事が?と思ったらしい。

母はそれも予測していて、「もしかしたらお見舞いに来るかもしれないから、元気だと言う事を見せなきゃ。」と言って、昨日から昼は許可されている私服に着替えている様だ。

肌の手入れや髪型も気にしていた。病院にいても、病人ぽくなりたくない。綺麗にしていたいと言う。

そこまでの余裕がでてきたことは嬉しい。いくつになっても女性は女性。
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今日も念入りな検査があるらしい。おそらく手術になるのかもしれない。その為の検査だろう。

よく考えればその方が良いと思う。
退院後の生活を考えれば、残された時間が短いからこそ腫瘍の存在を恐れないで、好きな物を食べて普通に生活できる方が良い。

本人がそれを望んでいるのだから、答えは決まった様なものだ。

きっと良くなる。何もかも良い方向に進む。そう信じよう。

母だけでなく、父も高齢な為、いつ何があるかわからない。

先日会った時は、母の料理の努力もあり、少し太って顔色も良く、以前のフラフラしていた頃に比べて健康的に見えた。

これで、母が動けなくなったら父の栄養管理はどうなるのだろうかと不安になる。施設には入らないと言いそうだ。それ以前に母が弱ったら同時に父も弱りそうな気がする。

私が一緒に手伝えればよいが、自分の生活もあり自由に動けない。

介護の問題はこれから老人人口が増え、少子化の時代では大きな問題だ。

子どもが遠方にいたり、仕事があったり、経済的な余裕が無かったり、シングルだったり、色んな事情のある家庭の方が多いと思う。

夫婦のどちらかが倒れたら、家にいる親の世話ものしかかってくる。

元気なのが母親なら良いが、父親が残った場合、そちらの世話も必要になる。

「自分の事は出来るよ」と私の父も言っていたが、実際は、掃除はできない、食べ物は放置して腐らせる、食べないままでいる、台所が不衛生になるなど、色々気をつけてあげないといけなかった。

まずは母が手術を無事終えて、元の元気な生活に戻れることが一番だ。それが短い間であろうとも、今は早く家に帰らせてあげたい。


母は流動食になり、「味がついていて美味しい。便も少しづつ出る様になったよ。」と話していた。
が、昨日から腹痛があり苦しくて、吐かないと楽にならないという。

入院する前と同じだ。
色んな検査の結果、母が手術に耐えられると思われ、医師は手術をする方向にしていたところらしい。

予定は1週間後。

腹痛が出てきた事で、医師は少し戸惑っていたと聞いた。
また一週間、絶食になると、栄養や体力が心配だ。絶食しないと腹痛が起きる。

深夜にも痛くなり、トイレに走るのは不安と疲労が襲うだろう。

母は、元気に振る舞っていたが、自分でも何となく感じているのかもしれない。これはただならぬことかもと。


この前「昼はお見舞いの人が来ても良い様に、私服を着て綺麗にしているの。病人みたいに見られたくないから。」と言っていた。
その時は、腹痛も無く、元気だったから。
腹痛と吐き気を繰り返す時に、見舞客が来たら、どれだけストレスになるのだろう。
そこも心配だ。

弟は「そんな事気にしないで病人らしくしとけばいいのに」と言うが、いやいや、その気持ちがあるだけまだましだと思う。
その気力が大事だ。本当に苦しければそんな事考える余裕も無くなるのだから。

お見舞いも考え物だなと、参考になる。
他人に義理でむやみにお見舞いに行くのは辞めたほうがいいなと感じた。

迷惑でしかない。これについては、思い出す事があるので後日に。

弟からのメールなので詳しい様子はわからないが、昨日は母が痛がるので痛みが治まるまで見守ってから帰宅したらしい。それは助かった。
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私の個人的な考えだが、本人が永遠に苦しみ、痛みに耐えて過ごさないといけないのなら、例え寿命が縮んでもいいから苦しまず、楽に日常を味わえる生活を過ごしてほしい。

手術後は、副作用の無い苦しまない処置だけで良いと思う。日常生活が苦しい治療だけの時間ならいらない。母の意志は尊重するが、私はそう思う。

自分が余命短い病気になっても、そうしてほしい。

電話で、母が「デパートで今日、お茶の売り出しがあったはずなのよ。行きたかったけどね。でも、退院してから、また買いにいけばいいわね」と言っていた。

そう、手術して退院したら、またいつもの様にデパートに行って買い物してほしい。
いつもの日常を早く戻してほしい。

手術の日や時間が確定したら、その日だけは行こう。麻酔から無事醒めたのを確認してから帰るつもりだ。

母より父の方が先に病気になると思っていた。
高齢の男性が一人で暮らす事の世話も家族にかかってくる。
弟夫婦は父の世話はしたがらない。

私が近くにいたら良かったのだが。
なので、私は母が倒れると父の方が逆に心配で、二人同時に入院なんて事になるんじゃないかと思ってしまう。

今日、改めて手術についての説明があるようだ。また連絡を待とう。

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