りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ:つぶやき > 世の中のこと


毎朝、まだ外が暗いうちに目が覚める。

布団の中から出たくないはずが、
何故か逆で出たくなる。
早く動きたくなるのは老化のせい?

古いエアコンだからか、暖房をつけても
なかなか部屋が暖かくならない。

去年に比べて電気代がかなり高くなっている。
免疫力が落ちないよう、我慢せずに暖房はつける。

テーブルの上を片付けようと、ノートパソコンを持ちあげたその時、
背中がピリッ。あ、なんかヤバイ感じ。

特に変な姿勢していないぞ、PCを取ろうと
手を伸ばしただけ。

それだけで、ぎっくり背中?
すぐに身体を動かし、ほぐしたが
段々、痛みが増してきた。

冷えのせいだろう。
まずはホッカイロをあてて
気にしないよう、普通に過ごした。
動けるので良かったが
なにげない動作で、痛みが走る。

筋力の弱くなった腕だけの力で
片手でノートPCを持ちあげる動作が良くなかったのだろう、

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PCは意外に重い。
身体が冷えたままだったし、背中の一部の筋肉に負荷がかかった様だ。
 
こうやって、何気ない動作で、筋を傷める訳だ。

コロナだし、寒さもあり、運動不足。
筋力が衰えているのは明らかだ。

なるべく歩く様にはしているが
次の健康診断が怖い。

武田真治が、コロナが回復した後、インフルエンザに感染したとのこと。

免疫力が弱っていたところに
どこかで感染したのだろうが
ほとんど感染者のいないインフルエンザにかかるなんて
ウイルスは、そこらへんに存在しているという事だろうか。

未だに、コロナはただの風邪だとかインフルエンザと同じという
人がいたり、陰謀論を信じる夫のような人もいる。

世間では、ちょっと気を付けただけで
インフルエンザの感染をこんなに防げるのは凄いと思う。

それに比べて、気を付けても増え続けるコロナ感染者数をみると
どれだけ、怖いウイルスかがわかる。


あだ名禁止の小学校が増えてきたとか。

本人が嫌がり、虐めに繋がるあだ名は禁止した方が良いのだろうが、
自分の記憶では、あだ名で呼ぶのは親しみの表れで
つけてもらうと嬉しかった記憶がある。

いじめや悪口で、酷い名前をつけるのは
それはすでにあだ名とは言えないだろう。

この件で思い出した事件がある。

子どもが小学5年生の時だったか、
50代半ばの男性教師が担任になった。

ある日の休み時間に、B君が、廊下を通った友達と目が合い
「よお!Aコウ!」
と 声をかけて、お互いに手を振り合った。

すると、たまたまそれを見た担任は
「コラ!そんなあだ名で呼ぶな!」
と怒鳴り、B君に突然つかみかかった。

訳のわからないB君は、
びっくりしてただ固まっていた。

それを反抗したと誤解した担任は
更に激高し、柔道技をかけ、
倒れたB君を首をつかんで起こし、
ロッカーに押し付け、首を絞めた。

「お前は、軽い気持ちでつけたかもしれないが
言われて嫌な思いをする人もいるんだぞ!オラ!」
と怒鳴った。

まわりの、子どもたちは
先生が怒る理由がわからないので
先生がふざけているのだろうと思い、
笑っていた。

ところが、B君がロッカーに背中を押しつけられたまま
先生に首を絞められて
苦しそうに唸り始めた頃には
これは、おかしい、やばい、と
恐怖で皆凍り付いたという。

そこで
誰かが「先生、それは違うよ!」
と叫んで、担任は、はっと我に返った。

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「Aコウ」
というあだ名に異常に反応した担任。

どうやら「エテ公」と言う言葉と重なったらしい。

今時、エテ公なんて誰も使わないし、
ましてや子ども達は意味も知らないだろう。

「Aコウ」は、この子の名前が「A山 コウ樹」君で
単純に、名前を略しただけのあだ名。

しかも、B君が付けた訳ではなく
小さい時から、皆からそうよばれており、
本人もお気に入りの親しみあるあだ名だった。

そういう話を
クラスの皆で、担任に説明し、
誤解は解けた。
担任は謝ったが
それで終わるはずが無い。

当然、B君の親は校長に怒鳴り込み、
「突然キレて暴力をふるう先生だ」と
噂が学校中に広まった。
B君は、ショックで登校できなくなった。

「Aコウ」君のママも
「こっちが嫌がってる訳でも
相談してる訳でもないのに
うちの子のあだ名がきっかけで
B君が傷ついたのは
こっちも迷惑な話だわ」
と戸惑っていた。

この教師の性格に問題があると思うが
そういう人は結構いる。
50過ぎてもまだそんな事をするのだから
「カッとなって暴力をふるう」病気だ。

あだ名を禁止すれば虐めが無くなるとは
思えないが、
あだ名があることで
より仲良くなることも多いと思う。

何でも、禁止して縛りつけ、
軍隊みたいな場所にならないよう
もう一度、学校の在り方を
考え直す時期が来ているのではないだろうか。





別居したおかげで?
最近は引っ越しする必要が無くなり
同じ家に長く住んでいる。

夫といたら、転職のたびに何回引っ越しさせられていたことか。

出て行った夫は、何度も引っ越しを続けている。
人には「家族をよぶ」と嘘を言い続けている。

家族から逃げた人が呼ぶはずがないのは
わかっている。
夫の仕事も家も落ち着かないのに
仮に呼ばれても行く気も無い。

職場で聞いた話だが
同僚の息子さんが
数年1人暮らしをしていたアパートから
引越しをした。
部屋は綺麗に使い、傷も破損もなく
台所も風呂も綺麗に掃除をして出たという。

退去時、不動産屋のチェックも
何も言われずに終わった。

しばらくして
敷金の精算の書類が届いたそうだ。
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見てびっくり。

掃除代は敷金で精算されると聞いていたが
ぼったくりと思うほどの追加金額を請求されたそうだ。

請求できるものが特に無かったから
掃除代を高く見積もり、お金をとろうとしたのだろうか。


他にも入居時からすでに設置してあった備品の廃棄処理代まで
請求されていたそう。

廃棄する?そのまま使うはずの綺麗な物を?

本当に廃棄したかどうかは
確認しようがない。

納得がいかずに、不動産屋に
電話をしたらしい。

すると、後ろめたかったのか
「備え付けでしたか、お宅の忘れ物だと思いました」と
すんなり訂正したという。

「チェックに来た時には
何も言わなかったのに
忘れ物だと思うなら
電話して、確認すればよいことだ。
自分の管理するアパ―トの情報も知らずに
請求するとかおかしい。」
と、同僚は怒っていた。

「どうにかして小銭でも稼ごうとしているのが
見え見えよね。
安いボロアパートに住む、貧乏学生から
毟り取ろうなんて許せないわ」
とぶつぶつ言っていた。

そこのアパートは、古くて壁にひびが入っても
修理もしてくれず、
ドアもうまく閉まらなくなり
管理会社がだらしないので引越したそうだ。
空き部屋が増えてきて
赤字なのだろう。

そう言えばうちの近所のアパートも
持ち主が変わった。
不動産業界も昔とは変わって
大変な時代になったのだろう。

「アパート経営で豊かな老後」に憧れていたが、
とっくに時代は変わっていた。

どっちみち
そんな資産もないし、
出来る訳がないけれど(笑)。




友人から
「知り合いがコロナになっちゃった」
とラインがきた。

毎日、どこの何歳で性別も発表されるから
ニュースを見れば、
ああこの人かとわかる。

お役所のHPで、感染者情報を見れば
「○○件目の濃厚接触者として〇月〇日、PCR検査をした」
などと行動歴なども記載されている。

ニュースで、この人は夜の街のクラスターの1人だと
発表された。


「風評被害を心配して、感染経路は
口止めされたけど、お店の名前が発表されちゃったわ」
と話す友人。

ニュースでの大雑把な発表でも、
色々わかってしまうものなんだなあ。

もしかして、
感染経路不明と発表される人の中には
実は「本人だけが知っている」みたいな事もあるだろう。

コロナは、容赦なく
個人の秘密まで暴いてしまうわけだ。
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で、この方は、検査するまでは無症状だったそうで
その頃、この友人は会っていなかったから
ほっとしたと言う。

検査後に発熱し、
そのまま指定病院へ入院。
すぐに症状がおさまったので
今はホテルに移動し、退屈してるそうだ。

「コロナはただの風邪」ですむ人もいるが
それでも、隔離される。
重症化したり、亡くなる人もいるから
感染予防は大事。
若い人でも、後遺症が残る人もいる。

不安なのは、自分が感染したら
どんな症状になるかが
わからないこと。
自分の濃厚接触者になる全ての人に
迷惑をかけること。

更に怖いのは

ニュースで感染者の情報が発表され、
一部のプライバシーが公になること、
長い間の隔離、家庭、職場などは感染対策に神経を使い
感染者が白い目で見られること。

早く、インフルエンザ同様の扱いに
なってほしい。安全で有効な薬とワクチンで。

でも、これから第3波がくるとか・・
どうなることやら。
国の対策も、何だかなあ。

今、私が恐いなと思うのはウイルスよりも
人の様な気がしてきた。



若い時からずっと自分の中で、
もやもやしていたもの。
その中の一つの思いを、
最近自信を持って言える事がある。

色んなところで
尊敬する人からも同じ考えを聞き、
確信を持てた。

人間には、知性が必要だということ。

哲学的な言い方になるが
何においても
「物事の本質を見抜く」事が大事だと思う。

その為には、知識や学ぶ事
視野を広めることが大事。

そう言っても、家庭の事情やその他の事情で
なかなか難しいこともある。
出来ない事の方が多い。

自分は高校生の頃、
田舎しか知らない視野の狭い人間になりたくない、
世界に出たい。
できるだけ広い視野を持ちたいと思っていた。

一時、海外で仕事ができそうなチャンスはあった。
でも、実現できなかった。
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それはそれで後悔してない。


知性の欠如は、不幸をもたらすこともある。

そして、差別もおこる。

歴史は何故学ぶのか。

現実に世界の問題に触れて
初めてその意味がわかる。
学校の勉強では実感がわかなかった。

これまで生きて来た中で
こんなに世界が、日本が変わっていくなんて
思っても居なかった。

将来の日本に不安を感じる日がくるなんて
予想もしていなかった。

人間は失敗に学び、
もっと賢いのだと子どもの時は思っていた。

歴史を学ぶということは
同じ不幸を繰り返さない為に
人間のしてきた事を振り返る事なのだと
今思う。

だから、その内容を都合よく修正してはいけない。
と、歳をとったからこそ感じている。

知性を感じさせる人、というのは
学歴とか成績が良い事では無い。

醸し出す雰囲気、顔付きでわかる。
本人にはどうしようもないもの。

高価な物を身につけたり
知ったかぶりをすればいいと言う物でも無い。

自分の知性は手遅れでどうしようもない。

これからでもせめて
本を読もう。
芸術にも触れよう。

世の中の事に問題意識を持ち
おかしな事には抵抗しよう。
諦めず、戦おう。

ちょっと危ない人みたいに思われそう?(笑)



友人から、ランチのお誘いがきた。

喜んだけど、指定されたお店がいまいち不安…。
以前何度か行ったけれど
狭い、席が小さく隣と接触する。
テーブルも小さく、コロナを思うと怖い。

3人での会食なら、隣とも前の人とも近くなる。

しかも、誘ってくれた友人は医療関係の仕事をしているし
1人は、病気持ち。

大丈夫なのかな?と不安がよぎる。

唯一残った?この土地での貴重な友人。
誘って貰えて有り難い。
会って、色々お喋りしたい。

でも、あの店はなあ。

それに、友人の仕事や身体は大丈夫なのだろうかと
心配になる。

いつも、お店は私の希望を聞いてもらっているので
また、自分の我儘を言う訳にはいかない。

コロナの中、以前も誘ってもらったが断った。

何度も断ったら、もう相手してもらえないかも?

どうしようかと悩んだ。
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すると、母から電話。

いつもと同じ。家事を誰もしてくれない。と。

要するに、私に家事をやりに来て、と言いたいのだ。
それは良くわかっている。

私しか近くにいないのなら、そうしよう。
でも、すぐ近くに暇をもてあましている主婦もいるのに
その人の顔色をビクビクと伺っている両親と弟。

そこへ、ハイハイと、私がコロナの感染覚悟で
県を超えて行かねばならないのか。

私が実家に行ったとして
もし、コロナに感染させたら
そんな時は、弟の奥さんは、
私を責めたてるだろう。
自分の後ろめたさを隠す為に。

今コロナやインフルエンザに感染したら、
間違いなく、両親は命を落とすだろう。

だから、帰省する気にならない。
私自身、感染したら重症化するかもしれないのだ。
でも、親は困っている。

この話を理由に
両親に接触する可能性もあるから
会食は控えたいと
友人のお誘いを断る事にした。

すると友人から了解した上で
「自分も職場の規定で、県外への移動禁止、
会食は3人までと言われている」
との返事。

なあんだ、規制があるし、
コロナへの意識もあったのね。
とほっとした。


少しでも不安があるなら、
自分の気持ちに素直に行動するのがいい。



たまには本を買おうと
久し振りに蔦屋に行った。

最近は、本を読まなくなった事を反省。

というか、一時期、本を読めなくなった時があった。

本を読むと疲労感が半端なく
眼精疲労と頭痛で寝込むほど。

集中力が無かったし、不定愁訴というのか
調子の悪い時期があった。

最近は、元気になり、普通に読めるようになった。

最近はどこもセルフレジになっていて
蔦屋もいつのまにか、変わっていた。

お店によって、レジの機械が違うけど
スーパーは、だいたい似たり寄ったりで
スムーズに使える。

蔦屋は、最初、スーパーとは勝手が違って
機械をじーっと見ていたら
店員さんが来てくれたはいいが
とても愛想悪かった。

質問しても
ぶすっとして返事も無く
教えてくれず、店員さんが勝手にレジを扱った。
教えるより、自分でやった方が早いと思ったのか。

いや、教えてほしかったんだけど。
自分で操作したかったのだけど。
客は少ないし、並んでもいないし。

「こんなのもできないのかい。だからおばさんは嫌なんだよ」
とでも思っているのかなと
想像してしまうような態度だった。
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かと思えば、横のレジでは
年配らしき女性に
使い方を丁寧に教えている店員さんがいた。

かなり大きな声だ。
耳が遠いとでも思ったのか、そこまで高齢ではなさそうだが、
大袈裟なパフォーマンスというか。
「ハイ!ここをこうするんですよ~。は~い、そうそう!」

ああ、うるさいな、
そんなに顔をくっつけて、
べたべたボタンに触ったあとに
はい、やってみて、と、子ども扱いしなくても。
コロナも心配。

私がやる前から、説明している。
もうとっくに私は終わったのに
まだやってる。

うざいよ。もっと離れてよ、
そんなに大げさに説明しなくてもわかりますよ

と私なら言ってしまうかも。

1人は、愛想悪く、1人は愛想よすぎ。

それも私の主観。

人間観察って面白い。



いつも母の事ばかり書いているが
最近は、父の若かった頃を思い出す。
朝ドラ「エール」を見ていて
懐かしい?歌が次々と出て来るからだ。


父は、終戦の時はまだ子供だった。

が、戦争体験の記憶ははっきりしていて
私が幼かった頃から戦時中やその後の話を聞かせてくれた。

軍歌や、当時の流行歌をよく口ずさんでいた。

歌う事が大好きだった父は
歌わない日は無い位、家に居る時はいつも歌っていた。
近所に聞こえるからやめてほしいと思う時もあった。

それだけ毎日聞かされていたら
覚えてしまう。

当時は貴重だったレコードも実家にいけば
どこかにあると思う。
きちんとした木のレコードケースに入っていた。
今となっては、骨董品?

古関裕而は、元々好きな作曲家だったが
ドラマを見て
これも、あれも、古関裕而の作品だったのかと驚いた。
そして、父が歌っていた曲も
ほとんど彼の曲だとドラマで知った。


脚色があるにしても、
作品ができるまでのドラマティックな展開と
歌を聴いた時の感動は
自分が幼かった頃に良く聴いた父の歌声と重なり
涙がでてくる。

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父は、このドラマを見ているのだろうか。

最近、年齢的な認知症もでてきて
ずっと好きで見ていたテレビも
興味を示さなくなったと母から聞いた。

朝ドラ「エール」を見ている父と年齢の近い方々は
当時を懐かしみ、歌と共に自分の青春時代と
戦争の悲惨さを、あらためて思い出し
何を思うのだろうか。

あの数々の名曲の意味が、今ようやくわかった。

そして戦後の作品に込められた意味も。

絶対に同じ失敗を繰り返してはいけないと言う事。

気がついたら、手遅れだったとならない様にしなくては。


”自由は、突然なくなるのではない。だんだんなくなっていくんです。
気が付いた時には酸欠でどうにもできなくなっている。
はじめの時を気を付けるしかないのです。自由がおかされそうになるあらゆる兆しに
厳しく監視の目を向けなければならないのです。”(宮澤喜一、21世紀への委任状より)


「おカネの切れ目が恋のはじまり」
三浦春馬君の最後の仕事となったドラマ。

昨日最終回だった。

本来、これから物語が盛り上がっていくはずだったが
4回で終わってしまった。

内容は、恋愛コメデイなので
春馬君はいつも笑顔で優しいキャラクターを演じている。
それに反して、彼の顔がやつれていくのが気になってくる。

笑顔の多いほのぼのとしたドラマで
見ている方はほっとするというか
良いドラマでよかったと思うが
何か悩んでいたなら、彼にとっては
笑顔が辛かったのかもしれない。

最終回は、亡くなった後に脚本を変更して制作、
春馬君を追悼する様な内容になっていた。


急に春馬君(の役)がふらっと家を出て行き、
行方不明という前提で始まった。

彼がいつも着ていた衣装のジャケットを
ドラマの中の母親(キムラ緑子)がハンガーにかけて
「いつだって、ファンだからね」とジャケットを触りながら声をかけたり、
父親(草刈正雄)の「人を笑顔にする才能を持ってた。あいつはあいつのままでいい」
と息子への想いを語るシーンは、三浦春馬へ捧げる言葉そのもの。

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ラストシーンは、彼に会いたい、寂しいと思うヒロイン(松岡茉優)の元へ
彼がふらっと帰ってきたと思わせる演出で終わった。

戻って来た彼の顔を見て
微笑む彼女の表情でドラマは終わった。
涙、涙の最後だった。

悲しみの中、涙をこらえて演じていたのだろう。

最後の共演が松岡茉優で良かったと思った。

でも、ファンの間では、
色々彼の死についてざわざわしている様だ。

発表された内容を認めたくない心理もあるだろうが、
この件で、「ガスライティング」という言葉を知った。

気候が良くなって
街は人や車が多くなった。

そういう自分も、結構出歩いている。

恐いのは、家に居る時に近所の人が来て
玄関で立ち話をする時だ。

家の中ではマスクをしていないから
相手もしていないし、私もしていない。
(自分が訪問するならマスクをつけていくが)

お互いマスク無しで、結構近い距離で話すと
はっとする時がある。

国勢調査の用紙を持ってきた人も
マスク無しで大きな声で説明するので困った。

人が来たら、マスクをつけて応対した方がいいのかも。

その都度、後からうがい、手洗いをする。

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話は戻り、
夏は暑すぎて熱中症が怖い、
冬は寒くてインフルエンザが怖いといった
具合に、家にこもりがちだ。

となると、春と秋しか活動できない。

今年の春はコロナ騒動が始まり
外出が怖かった。

最近、コロナにも慣れて来て?
気候も良くなったので、皆一斉に活動しているのだろうか。

私も気が付けば、掃除や片付け、
買物など、休日ごとに良く動いている。

それにしても、これまで動かなかったので
すっかり体力が衰えている。

何でもない事が筋肉痛や腰痛になったり
疲労感が残る。

まだ、一晩寝れば治る程度で良いけれど。

健康じゃないと何もできない。

まだまだ、子ども達を見守る為には
元気でいないと。

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