りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ:つぶやき > 思うこと





親しい友人は、今の土地にはあまりいない。
これまでで、一番長く住んでいるのに。
沢山の人と知りあって、その時々で仲良くしていたが
お互いの環境が変わる度に連絡をしなくなっていった。

電話が嫌いなので、連絡はメールやライン。
若い時は、全国あちこちにいる友人に手紙を良く書いていた。
今ではすっかりご無沙汰。

母とだけは、長い年月、途切れることなく電話で話してきた。
亡くなる二日前まで。
ストレスだった元気な頃の母の愚痴電話も
今では懐かしく、寂しくなると
時々、留守電に残った母の声を聴いてみたりする。

電話って、相手の状況がわからないから
他人の場合、迷惑じゃないかと気を使う。
人の家にずかずかと土足で踏み込むみたいで。
だから、好きじゃない。

既読がつくラインも他人とやるのはあまり好きでは無く、
社交的な人から見れば、信じられないことだろう。

ある人などは、毎日誰かと話さないと不安みたいで
あちこち電話しては長く話し込んで、気分を落ち着かせている様だ。
常に誰かと一緒に何かしないと落ち着かない、
誘って買い物に行ったり、遊びに行ったりしている。

私にはそれができない。疲れてしまう。
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私は、1人で過ごすのは苦痛では無い。

散歩はしたい時に1人でゆっくり楽しみたい。買い物も。
人と一緒だと楽しめない。

1人でカフェで過ごしたり、ランチを食べたりするのが楽しい。
その時間が精神安定剤だ。
だから、友人はできないのだろう。
拒否しているような雰囲気を出してるのかもしれない。

今更、友人は増えなくていいと思っている。
全国あちこちにいてくれる。
会えないだけで、心は通じている。(と勝手に思っている。)
何故、そう思えるのか?
以前、大きな災害に合った時、
あちこちの友人から、心配の手紙、メール、宅配便などが
届いて、びっくりしたと同時に、感謝の気持ちでいっぱいになった。
自分の事を気にしてくれる人がいてくれるというのが
とても嬉しかった。

離れていても、通じているんだと。

子ども達も近くにいてくれるし
まだまだ、自分の役割はありそうだ。



友人が沢山いて、賑やかで楽しそうな場面をSNSにアップして、
自己アピールする?のが、世の中の傾向だったらしいが、
最近は、1人でも楽しい、友人が少なくても充実しているよ、
という事をアピールする傾向に変化してきているらしい。
コロナ禍が拍車をかけたのかもしれない。

1人キャンプも流行ってるし、
1人で外食もいいし、
遊びに1人でいくのもいい、
それもまた楽しということ。

「ついに私の時代がキター!」と思った。(笑)

多くの人と接する仕事は、意外と自分に合っていた。
自分は人間好きだとわかった。

それが、私的な時間になると
1人でいる方が良いと感じる。

子どもの時から雨の日が好きだった。
「子どもは子どもらしく外で元気に遊べ」と強制されるのが苦痛で
雨なら、堂々と家で過ごせたから。

家族旅行にも行った事が無い家庭だったので
進学で実家を出てから、自分の視野の狭さ、経験不足を思い知った。

なにより、出会う友人達が、活動的で、やりたい事をすぐに実行していた。
活き活きしていて、細かい事は気にしない。
そういう性格の人達を見て憧れた。
田舎者の自分を変えたいと思った。

友人に刺激を受け、真似をして
なりたい自分になろうとした。

その時の経験が、自分を少し変えてくれたと思う。
心が歪んでいた自分に少し自信をつけさせてもらった。

もしかしたら、内向的だと思っていた自分は
本当は、違ったのではないか、親によって抑圧されていたのかなと思うほど、変わった。
親から離れた事も良かったし、出会った友人にも恵まれていた。

私の性格が急に変わった、と親が話していたらしい。

大人しく弱虫で、従順だったのが
活発で強くなり、口が悪くなったと感じた様で、
母から注意されたこともあった。

親に、押し付けられ、演じていた性格でもあったから
大人になったら、自分の性格は自分で作るぞと思った。
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それが、結婚したら、夫に抑圧される事になったわけで。

理不尽な怒りと不安を与えられる生活で
自分らしさは消えてしまった。というかそれがモラハラ人間の目的。

今では、やっと山を越え、振り切れた。
法的に縁を切るまでは、片隅に不安はある。
でも、負けない。これからは、自分らしく生きて行こうと思っている。

が、もう昔ほど力は無い。
長い間、神経を擦り減らしてきた。
ちょっとしたストレスで、すぐに体調や気分が悪くなる。

これも、DV被害の後遺症か。
弟みたいに、近くに親がいて、
何もかも甘えて利用しまくっていたら
全然違っていたと思う。
まあ。親が近くにいても、私のことは助けなかっただろうが。
息子だから大事にしてきたのだから。
(親は裏切られた訳だけど)     続く










あの世があるとか、テレパシーとか
夢枕に立つとか、霊感とか、幽体離脱とか、
不思議なことは人間にはわかり得ない現象なのだから
人それぞれの願望や信じるか信じないかの自由に任されることになる。
(それを人に押し付けたり、利用して騙したり、カルト宗教みたいになったり、
商売に使うのは問題外だし危険。)

私は、あくまでそうだったらいいのにな、みたいなレベルで
考えることにしている。

あの世があって、この世と行ったり来たりできればいいのになとか、
心の声が聞こえていたらいいなとか、
不思議な夢を見た時は
多分そうなのだろうと、都合よく思うようにしたりとか。

あの夢以来、親友は夢に出て来なくなった。

その代わり、母が出て来る。
何回も夢に出て来るものじゃないはずと思うのに出て来る。
父が原因なのかもしれない。
母の願いをきいてあげられなかったのが辛くて、
自分の中にすっきりしないものがあるせいか。

それとも、何か言いたくて出てきているのかな。

母に話しかけても、いつも無言。
葬儀の翌日に見た夢では、母から聞かれた。
「ねえ私はどうしてこうなったのかなあ」
と、納得のいかない様子だった。
「病気になったのよ」と私は答えた。
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それ以降、夢に出て来た母は、若くて綺麗な服をきており、無言。
先日の夢の中で、私は今の母の気持ちを聞きたかった。
でも、母は黙っていた。
「もっとこっちに来て。お話しよう」と私が呼んでも、
母は少し離れた所から動かずにいた。
「じゃあ、帰るね」
と言って、母は、父と私のいる実家からどこかへ帰って行った。

でも、すぐまた帰って来て、黙って横になっていた。
問いかけても返事は無かった。

私に何か訴えたいのか、私がいつまでもこだわっているから
そんな夢を見たのだろうか。
葬儀の後、父から暴言吐かれて、
追い返されなかったら、こんな中途半端な気持ちにはならなかったかも。

葬儀後の予定は、父の世話をしながら、
来客の接待や、母の形見を整理し、仏壇を一緒に買ったりして、
落ち着いてから帰宅するつもりだった。

あの時、母を看取ったばかりで、悲しみで心の整理もついてないまま帰された。
母に頼まれていた事を何もやれず、ばたばたと帰宅させられた。
ショックだったのは、私は娘と思われていなかったこと。
父にとって、息子が居れば良く、娘は邪魔な存在だったということ。

その後、父が独断で母の嫌がる事ばかりをやっていく。
おそらく、入院中の母のボストンバッグも
まだそのまま放置されているだろう。
洗濯物だけは、私が何とか洗ってきたが、
その他の荷物は置いたままだ。

そして、父はその母の残した荷物を見て、
懐かしむどころか、邪魔だとか、俺の金で贅沢しやがってと文句を言いだした。

これからも何をされるかわからない。
父への不信感がこんな夢を見せているのかも。

ただ、夢の中では今のところ、母からは何のメッセージも無い。

「じゃあ、帰るね」と言って帰ったのに
すぐまた戻って来たと言うのは、
父が気になって、安心して天国にいけないということだったのかな。
もし、あの世があるとしたら母が可哀想になる。





高校生の時、色んな夢を見ていた。
当時はしっかり内容を覚えていて(目覚める前に見ていたのだろう)
まるで映画を観た様な、面白いストーリーが多く、
学校で友人に話して笑い話にしていた。
時々、全く話もしたことの無い人が出て来たりして
何故、あんな夢を見たのかなあと不思議に思う事もあった。

あの頃から、夢とは何なのだろうと
ただの記憶の整理とか、深層心理から来るものだけではなく
誰かからのメッセージとか、
予知みたいなものも含まれているんじゃないかと
(軽い気持ちで)思う事もあった。

亡くなった親友の夢を見てからは、
ちょっと真面目に夢について考える事が増えた。
 

以前書いたかもしれないが、
どんなに探しても見つからない探し物を
夢の中で見つけることがある。
実際に夢で見つけた場所にあったりした。

脳の深いところに残った記憶が夢の中で整理されて
思い出すのかもしれない。

若い時、前日にやった仕事の夢を見た。
とてもリアルで、このページのここが間違っている!と気が付く内容だった。
翌朝、急いで会社に行き確認すると
その通りで、すぐに訂正をし、助かったという経験もした。

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結婚してから一番嫌なのは、夫の夢だ。
だいたい、夫が何かしでかすか、こちらに嫌がらせをする予知夢が多い。

こちらはアンテナを張っていなくても
相手が、こちらに何かをしようと考えると
夢で伝わる様な感覚がする。

第6感というのか、夢で感じるのかも。

自分の幼児期は、毎日の様に悪夢を見て、
恐くて目が覚めていた。
おそらく幼い頃は誰でも似た体験があるのでは。

眠りに入る時に、
大きな黒い闇が自分を襲うのだ。
その闇に覆い尽くされると、自分が無くなってしまう気がして
恐くて逃げ惑うのだが、すぐに目が覚める。
おそらくだが、夜泣きしていたかもしれない。
夜泣きの原因はこんな悪夢のせい?

あの黒い闇は、あの世なのかなと思ったりする。
幼児期だけの悪夢なので
胎内に入る前のトンネルの中の記憶?
せっかくこの世に生れたばかりだから
元に戻さないで!
戻りたくないよという恐怖だったのか。

よくわからない。
とにかく、子どもはいつも不安をどこかに抱えている。
夜は特に怖くなる。
何故だかわからないけど、不安になる。
大人になるにつれ、その夢も不安も忘れていく。

我が子もそうだったろう。
自分は子どもたちの説明のできない不安を
和らげてあげていただろうか。
ダメな母親だったかもしれないと
色々、思いは広がっていく。

夢について調べても、夢占いを参考にする程度で終わる。
学問的に研究されているのかもしれないが
脳の機能とする研究が限界なのではないか。
全て脳のせい?
そうじゃないと思いたい自分がいる。                                         

                      続く


仕事で車を運転することがある。

これまで、事故の経験は無いが、ヒヤリハット体験は何回かあった。
高速道路でひやっとした後は
2度と高速は走らないぞと思うほど怖かった。

昨日、思わず「アーッ」と声が出る様なヒヤリ体験をした。

片側1車線の国道を走っていた。
道路は狭く、歩道も無い。
両側には店舗や住宅が並ぶ。
歩行者は、ひやひやしながら歩いて行く。

なのでスピードを出せる道では無い。
目の前の信号の無い横断歩道に、子どもが立っていたので停車した。
反対側の車も気がついて停車。 
子どもが横断歩道を渡り終える頃、すぐ後ろから老夫婦が歩いて来た。
車が停まっているのを見て、
急いで横断歩道を渡り始めた。

誰が見ても、目の前の歩行者は見える。

だから、反対側の車も老夫婦が渡り終えるのを待つと誰もが思ったはず。

奥さんの方が先に小走りで渡っていたのだが、
反対側の車が発進したのだ。
この時「アーッ」と思わず声がでた。

歩行者の奥さんの方は、車が動き出したことに気が付いていない。
ノロノロと動き出した車にまさに接触寸前。
ご主人が慌てて「止まれ」と叫んでいた。
奥さんは、(車は当然自分が見えていて、動くはずがない)
と信じている様子で、笑顔で後ろを振り返り
「何言ってんの?」ときょとん。

運転手の顔を見ると、これもまた笑顔で
後ろの座席の人とお喋り中なのか、
心ここにあらずと言う感じ。

渡り終えた子どもの事しか頭に無く、
もう誰も来ないという思いこみなのか、
目の前の人が見えていない様子。

たまたま、スピードを出せない道路だったから
発進がノロノロだったので、
歩行者の奥さんが、車が動いた事に気が付き
服をかすった位で止まり、
同時に、運転手もやっと気が付いて停止した。

もし車が、普通に勢いよく発進していて、
歩行者もご主人が声をかけて止めなかったら、バン!と跳ねていた事だろう。
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反対側の私の車が停止したまま動かない事に気が付けば、
まだ、歩行者が来るのかな?と予想できたかもしれない。

いくら横断歩道でも、よく見ずに
車が動いている事に気が付かず渡ろうとした奥さんも
不注意だったかもしれないが、
目の前にいる歩行者が目に入っているのに、
思いこみのせいで見えていなかった運転手。

両方共、注意散漫だったかも。
事故が起きたら、絶対的に車が悪いのだが。

以前も、目の前にボールが転がってきて、
停止したら子どもが走って来た。
反対側の車にはねられそうになり、
ひやっとしたことがあった。
まるで研修の動画そのものの場面だった。

歩行者になる時も、運転手になる時も、
しつこく疑ってかかる位がちょうど良いかもしれない。

自分も、考え事をしながらとか、
慣れた道で漫然と運転したり、
同乗者と話をしていたりすると
同じ不注意な事をする可能性はある。
話し込んでいて、道を間違う事も多い。

これまで、無事故でこれたのは
たまたま運が良かっただけ。
運転が上手、下手、好き、嫌い関係なく
事故は起こる場合があると思う。

たまにヒヤリハット体験をした方が
気を引き締めることができて良いかもしれない。
自分は、ぞっとしていつまでも引きずる方なので
運転がしばらく怖くなる。
あと何年運転できるだろうか。

恐がりだから、早めに免許返納するかも?




 足首の痛みがまた復活。

しばらく痛みが消えていたのに、
歩けないのは、本当に困る。

痛いところを庇って歩くと、
他のところが痛くなりそう。
でも、歩かないといけないわけで。
病院に行くほどではないし
炎症が収まったら、運動不足解消に頑張ろう。

やっと少し涼しくなってきたことだし。
足は大事。

それとコレステロール値も気になっていて
これも、運動が必須。

子育て時代は、寝る時までずっと動いていた様な、
仕事から帰ってからも、立ちっぱなしで、
「やっと座れた」
と夕飯を食べる時に気が付くという毎日だった。

体力が無い方なので、
いつも疲労感があり、精神的に夫が追い打ちをかけ、
今思えば、私はいつも疲れていた。
夫は内心、それが快感だったろう。腹が立つ。

それにしても、子育てが終わると、こんなに楽になるものなのか。
体重も増えたまま減る事は無い…(´;ω;`)
これからは、遠慮なく自分の為に生きていこうと思うけど
その矢先にコロナが。

遠くにいる友人に会う約束も叶えられず、
ラインで「お互い生き延びようね」と誓い合う状態。

ワクチン打っても、油断できない。
いつ何がおこるわからない世の中になってきた。
まるで戦時中のよう。(戦時中を知らないけど)

身体のあちこちで、
何やかんやと異常がでる年齢。
たいした痛みじゃなくても不安感が襲う。
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母の闘病生活を見てから、健康面に関してマイナス思考になってきた。

かといって、なかなか病院に足が向かない。
それほどでは無いからというのもあるし
コロナに感染したくないという恐怖もある。
元もと病院にいくのは好きじゃない。

混んでいる待合室が嫌い。
それで、病気の心配する自分はおかしいと思う。

歳をとり、それだけ余裕が出て来たという事かな。

コロナがなければ、とっくに何回か実家に帰り、
父の留守を狙って、母の形見を整理したり、
地元の友人に会ったりして、気分転換をしていたはず。

もう実家に泊まるつもりはなく、
ホテルに泊まるから、それだけでも旅行気分が味わえるかなと期待する。

僻地の山奥のお墓に母は入れられたから
交通が不便で、簡単にお参りにもいけない。

今日は、まとまりのない話を書いてしまった。
何か気晴らしをしなくては。

そんな時、子供が私の好きな和菓子を差し入れてくれた。
美味しい物を食べると笑顔になる。

和菓子に救われた(笑)実に単純な私。


昨日は、せっかく猫ちゃんが遊びに来てくれたのに
出かける前で遊べなかった。

私の顔を見つけると
ニャーンと声をかけてくれる。

昼は暑いから、お家にいるのかな。

朝の涼しい時に外に出るんだね。

また来てね、待ってるからと思っていたら
昨夜は、犬をペットショップで買った夢を見た。

もう飼うつもりはないし、
仮に飼うとしても、ショップにはいかない。

殺処分されそうな子、迷子の子猫や捨て猫、捨て犬など
行き場の無い子を歓迎したい。

夢の中で、犬に癒されていた。
やっぱり、動物はいいなあ、癒されるなあと思ったが
責任感がどっと来て、重荷に感じ、
やっぱり無理かなあと迷う夢だった。

人は生まれ変わったら
また人間になるのだろうか。
霊の時は、動物に憑依して会いに来ないかなあ
などと、色々妄想してしまう。

犬や猫であっても、心は通じるのだから、
どんな姿であっても
言葉は通じなくても、魂の会話はできる。
出来ない人もいるだろうけど、それはそれでいい。

心が通じる人のところへ動物が寄ってくる?
みたいな気もしてきた。
動物の好き嫌いが動物にはわかるというのは
そういうことかな?

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以前、用事で、知りあいのお宅へしばらく通った。
玄関には、番犬が繋がれていて、見た目も怖くて
家の前を人が通るたびに吠えていた。

近所のおばさんが
「うるさいわね、全くこの犬は!」
とぶつぶつ言いながら通ると、益々、そのワンコは吠え返していた(笑)。

初めてそのお宅に行った時、
ワンコは吠えずに、クゥン、クゥンと私にくっついてきた。

お宅の人は、慌てて「嫌なら、離れてね。怖いでしょう」
と気を使っていたが、私は嬉しくて、ワンコをなでなでして
大きな犬なのに、抱っこもしようとした。

初対面で、いきなり番犬とハグした私を
唖然とした顔で見ていた飼い主。

「ほとんどの方が怖がって、誰も近づかないんですよ。
じゃれたのはあなたが初めてですよ。」
と驚いていた。
ワンコが吠えないし、甘えてくれたから、それに答えただけで、
私から仕掛けた訳では無かったのだけど。

それ以降、そのワンコは、遠くから私の車の音が聞こえてくるだけで
クゥン、クゥンと甘えた声ではしゃぎだすと聞いた。

十数年間前、小型犬を飼うまで、全く犬に縁が無かった。
自分は犬に好かれるのかなと、この年になってやっと少し自信?を持てた。

ワンコの目が何かを訴えている。
その目をじっと見ながら、話しかける。
すると、心が通じている気になってくる。

動物好き、ペットを飼っている人なら、共通する事だと思う。
私だけでなく、こういう方は多い事だろう。
人間より、ずっと純粋で綺麗な心の持ち主。

我が家にいた小型犬も、夫よりも、ずっと責任感が強く、
家族を守ろうとする気持ちが感じられたし、助けられた。
亡くなる前には、何度も何度も感謝の言葉をかけた。

昨日の、犬を飼う夢は、家を守ってくれる存在を
自分が求めているのだろうか、無意識に。
なんて考えてしまった。

現実には、ありえない話だが、
それだけ夫に失望したという事だろう。


 


最近、近所の飼い猫が時々遊びに来る。 

我が家は、通り道になっている様で
横を通り抜ける猫を何匹か見かける。

猫は犬と同じ位、大好きだ。

子どもの頃、猫を飼ったことはあるが、
何故か猫を飼うと、飼う度にすぐお別れが来るという
悲しい思い出しかない。

皆、動物が好きで、可愛いがっているのに、何故か猫に事件が起こる。
近所に猫嫌いな人がいて、
人の家の猫に暴力をふるったり、勝手にどこかに捨て去られたり、
病気で短命だったり、動物に縁の無い家だった。

猫とべったり一緒に過ごした時間は心が通っていたし、子ども心にかなり癒された。
両親も同じで、動物といると柔和になっていた。

数年前まで、我が家に室内犬がいたが、14歳で天国に。
私にとっては、寿命を全うさせてやれた初めてのペットだった。
亡くなる日、黒猫が突然現れ、不思議な体験をした。

ペットロスで、また動物を飼いたい、と思う様になったが
実家に帰ったり、旅行にいったりとする時、どこかに預けるのも
かなりのストレスを与えるし、
ペットが介護状態になった時、いつもそばにいてあげられるかどうかも
分からない今は、飼うのを我慢している。

責任を負うのだから、自分の為にペットを利用するのはやめたい。

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最近、たまに遊びに来てくれる近所の飼い猫と
触れ合うだけで満足だ。

これまで、色んな猫が訪問したけど、用心深く、すぐ行ってしまう。

この一匹だけは、にゃーにゃーと鳴きながら私に近づいてきて
何か訴えて来る。

おやつをあげても、お腹いっぱいなのか、いつも食べない。
私にすりすりしてきて甘えて来る。

綺麗に手入れされており、飼い主に大事にされているのがわかる。

夏だからか、来るのは早朝6時頃。

その時間に、外で掃除をしていると会える。

「おはよう!おばちゃん!」と声をかけてくれる。
家に入りたそうにしているが、
入れたら終わりだ、と我慢する。

家に懐いてしまったら、こっちが離れられなくなる(笑)
通い猫?にしてはいけない(笑)

なので、心を鬼にして、
外で、なでなでしたり、話しかけている。

母の葬儀が終わった後、父から追い帰されたあの日も
いつもは来ないのに、猫が沢山うちの外に集まり、
ニャーニャーと賑やかだった。

母が私を心配して一緒について来たのかなと感じた。
猫たちが、母を弔ってくれたのねと感じたのだが
全て私の妄想で、そう思いたいのかな。

今朝も、朝起きて外を掃除していたら、
見たことの無い、大きな犬が散歩していて
私の方にクンクンと寄ってきてくれた。
飼い主さんが、リードを引っ張って、引き離そうとしても
私から離れない。私は嬉しかったが。

そう言えば、弟のラインに
「人より、動物と接した方が気が楽だ。」
とあった。

人と接するのが嫌になっているらしい。
父もあんなだし、家にはあの奥さんがいるし
神経すり減らしているのかなあ。

父より先に、弟が倒れないでほしい。


一番気温が高いであろう時間帯の中、
インターフォンが鳴り、来客?セールス?と思ったら
共済保険の営業の人。
子が加入しているので、玄関で対応することに。

営業の人は、帽子をかぶり、日焼け対策の格好で
見た目はジョギング中の人みたいだった。

こんな暑い危険な日でも、外周りしないといけないのは大変だなあ。
命の方が大事なのになあ。と思った。
本当に外で作業をする仕事の方々、
猛暑の時は、命がけ。
どうかご無事で、と祈るのみ。

若い時は、私も外を回る仕事をしたことあったが
夏は汗びっしょりで、お化粧も崩れまくりだったが
日本は当時はまだここまで暑くなかったので
それほど苦ではなかった。

最近は違う。

で、マスクをして玄関で対応したのだが、
挨拶だけして、帰ってもらうつもりだった。
コロナ禍、知らない人と長くは接触したくない。

ドアを閉めようとすると、
その人が大きな声で、我が家の家族の名前や構成を聞きだす。
名前は○○ですか?
などなど、質問攻め。
仮にハイ、イイエで答えても、
私的な事が回りに聞こえてしまう。

どうしてこの時代に、玄関先で
人のプライバシーを聞けるのだろう。
しかもコロナだよ。
マスクをしても、大声で目の前で話されたら恐怖だよ。
それに、玄関は猛暑だよ。

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この暑さでお仕事大変だろうけど
いきなり訪問してあれこれ聞かれ、
断っても話しかけて来るのはこの時期、
タイミング悪いと思わないのかな。

きちんとお仕事をしているのは理解できるが、
こんな状況で営業は無理でしょ。
玄関先が涼しくて声も響かない、大丈夫そうなお宅で頑張ってください。

顧客に負担をかけさせてまで頑張っても
むしろ逆効果だと思う。

営業は、技術的なものもあるだろうけど
その人自身の持つ判断力、雰囲気も大事だと感じる。

(暑さで、怒りっぽくなっているのかな。)

話は変わり、父は手紙を読んだだろうか。

弟がまた無神経な事を言って、かき回さない事を祈る。




昨日、母が夢に出て来た。

50代位の若くて綺麗にしている母だった。
実家の玄関に立っていて、無言。

夢の中で、私が「これは霊なんだよね」と言っていた。

母が夢の中で、何か話していた訳でもなく
ただ玄関に立っている。
ストーリーははっきり覚えていないが
母の顔だけは、鮮明に覚えている。

もしかしたら、本当に実家に母は行ったのかもしれない。
父のことを気にかけて。

亡くなった親友が、子どもさんの下校時に、
霊になって校門で立って見ている姿を 夢で見た。
現実に、その姿(霊)を、同じ場所で、子どもさんが見ていたとご主人から聞いた。

だから、母は現実に父の様子を見に行ったのかもしれない。

先日、ある番組で、
お笑い芸人の人が語っていた。
幼児の我が子を初めて実家に連れて行った時、
子どもさんが、玄関を指さして「あーっ」と言ったそうだ。

家に入って、亡きお母さんの仏壇の前に座ったら
子どもさんが、写真を指差し「この人知ってる。さっきそこにいた。」と
言ったという。

「母親が僕達を迎えてくれていたのだと思います」と話していた。

そう言う話は良く耳にする。
中には、勘違いや偶然の何かでそう思い込む事も多いと思う。

でも、母が亡くなるまでの様子を観察し、見送ってから、
自分の願望かもしれないが、
魂はこの世とあの世を自在に行き来するのではないか、
と思ったりする。
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私は、霊感は無いし、霊が見えた事も無いので
本来、そういう事は信じない方なのだが、
不思議な感覚を味わったり、
母や好きな人たちとの別れが多いせいなのか、
魂は存在してほしいと願ってしまう。

昨日は、母が私に何か言いたかったのだろうか。
まだ生きてるよ、というような内容の夢だった気がする。

近くで見ているよ、と言いたかったのかな。
そう思いたいので、
毎日、母の写真に話しかけ、お水やお供えをし
線香をたいている。

おそらく、父や弟はそういう事は全くしていないと思う。
母のため息が聞こえてきそうだ。
以前の様に、私に愚痴を聞いてほしくてたまらなかったりして。

信じれば魂同士で、会話もできそうな気がして来る。
何だか、怪しい宗教みたいになってきたぞ(笑)

それにしても、昨年、今年と親しい人との別れが多すぎて参ってしまう。

本当に別れたい人とはしぶとく縁が切れないのが残念だが(笑)。

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