りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ:つぶやき > 病気、怪我

ドライアイになっている様で、右目が乾燥し、涙が全く出ていない感じがする。

右側の首、肩、腕が凝っている。歯茎まで痛い時がある。

目薬を使って対処しているが、パソコンやエアコンを使う環境では良くなる気がしない。

頭痛や吐き気までしてくると嫌な不安感もでてくるし、何もかも億劫になってくる。

これが老化というものかな。

最近は、すぐに気持ちが弱くなる。

そこへ元気な声で母から電話がくると、昔の人はどうしてこんなに強いのだろうと思う。
どっちが病人かわからない。

母は、自分の子や孫の世代は自分達とは違うんだという事が理解できていない。

戦争を体験し、食べるものも無い子ども時代を過ごした世代。

私たちよりも栄養も悪かったし、怖い辛い体験を経て今まで生きて来た世代。医療も満足では無かったのに、強く生き延びてきた。

「自分たちの苦労を子ども達にはさせたくない」と頑張って働いて、ここまで日本を建て直してきたという自信を持っている世代。子どもの時、親のその意地みたいなものは何となく伝わっていた。

衣食住は豊かになったけど、「人としての強さ」においては逆行しているのではないか。

私は親より間違いなく弱いと思う。
親ほど長生きできない気がするし、精神的にも頑張れない。
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母の様に、夫に依存し何の心配もせず生活してきた人には「老後が不安な」事を想像できない。自分の生活が当然の事であり、それ以外の生活はありえないと思っている。

私が自分の年金予定額を教えても、信じない。親に助けてくれとも言っていないし、何もできないこともわかっている。

当然の様に私も楽な老後になると思い込んで話す母に、現実を教えているのだが。認めたくないのだろう。弟は優雅な老後だからそれだけで満足なのかも。

すべて自分に都合が良ければ、娘がどうなろうと関係ないようだ。
つまり、娘が年金で生活できなくなろうと、その前に自分の介護をしてくれさえすれば気にしない。

これからの日本を想像しても、漠然とした不安は常にある。
子ども達が結婚しても、安心して子どもを育てられる世の中だろうか、幸せになれるだろうかと心配になる。そんな話も親は耳をふさぐ。

「私たちには関係ないから」「孫の未来なんてどうでもいい」とはっきり言われた。

娘なんかのいう事なんか聞いても仕方ないという感じ。弟が言えば、耳を傾けるだろう。

そのせいか、頭痛が余計ひどくなってきたのだった(笑)


最近、頭痛がひどいのは気圧のせい?
冷えが原因という事もあるだろう。

周りにも同じ症状の人が多く、風邪かなあと薬を飲む人もいる。

曇って寒い日に多い気がする。晴れた日はあまり気にならない。

ドライアイも原因だろう。いつもなら目薬をさせば頭痛もだいたい落ち着く。

昨日は午後から目の痛みと頭痛がどんどん強くなり、夜はロキソニンを飲んで寝た。

今朝は治っていてホッとする。

寝ると治る時もあれば、逆に頭痛で目が覚める時もある。冬はいつもその傾向にある。
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早朝に起きて、身体を動かしほぐす。

肩こりもひどい。
あまりに痛い時は湿布を貼る。肩こりで湿布を貼りだしたのは最近のこと。

母が背中にペタペタ貼っているのを他人事みたいに見ていたのに、自分の老化を実感する。

早く暖かくなってほしい。

春は春で、花粉症だの風が強いだのとまた文句言うし、夏は猛暑でまた室内にこもるし(笑)。
やっぱり秋が好きだなあ。

最近の気候変動で、春と秋が短くなってきた気がする。

四季が無くなるのなら、ずっと秋のままがいいな。

そうそう、アマゾンプライムで MR.ROBOTのシーズン4がついに見れるようになった。
今の小さな楽しみ。
それだけで生きる力が湧いてくる単純な私。

徹子の部屋に、堀ちえみが出演していた。

元々の美しさもあっただろうが、予想したよりもとても輝いて見えた。大病を体験したとは思えないほどの美しさだった。

まだ52歳の若さで、仕事をしながら妻としてお母さんとして凄く頑張っていた時だった。
まさかの宣告にどれだけショックを受けたことだろう。

癌の前にも大変な病気をしていて、それを感じさせることなく芸能活動をしていた。

時々彼女のブログを見ていたが、家事も完璧で感心していた。どこにそんなパワーがあるのか不思議だった。
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彼女の舌癌の手術の話を聞いているだけで、辛さが伝わり心が折れそうになる。

頑張れたのは、彼女には良いご主人と子どもさんがいて、経済的にも恵まれている事も無いとは言えないと思う。

もし、自分が同じ立場になったら、頑張れないかもしれない。
良いご主人がいないし、お金も無い(笑)色んな心配ばかりしそうだ。

彼女が舌癌の手術後に食道がんが発見された時も、自分ならもう生きる気力無くすかもしれないと思った。

当事者は、計り知れない苦しみや絶望感が襲っていたことだろう。

でも、結果としてあんなに活き活きと輝いている。左側のリンパ節も切除したとの事で、頬が少し膨らみ、首の皮膚が左右違ってはいたが、それでも綺麗で彼女の努力と最高の医療を受けた結果が見えた。

家族の協力と愛に支えられてきたとの事。それだけの愛を、彼女が与えてきたからこそだろうなあ。

堀ちえみも、結婚では苦労をしてきたけど、結果最高の家庭に恵まれて良かったなあとしみじみ思う。

これから仕事の目標に向けて、頑張るとのことだった。
目標は生きる力になる。

目標、小さい事でも、楽しみな事が先に待っているという事は本当に大事。

母を見ていても感じるが、自分が命に関わる大きな病気になった時、周りの反応で、それまでの自分の生き様を見つめ直す機会になるのかなと思ったりする。


夜中にふと目が覚めた。

右手の真ん中の3本の指が痛い。押しつぶされて感覚が無い様な軽い痛み。

おそらくへんな格好で寝ていたのだろう。親指と小指は何ともないし、3本も動かしているうちに感覚が戻って来た。

左側を下に寝ていたのに、右手をどこに押しつぶしていたのか。よくわからない。

母の病気があってから、少し病気や怪我に対して敏感になってきた。

痺れは脳梗塞じゃないかとか、すぐに頭をよぎる。
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笠井アナウンサーの病気は、母と同じものだった。

他の病気の検査をきっかけに精密検査をしてわかったという。
母も、リンパ腫がたまたま小腸にできて、腸閉塞をおこしたからわかったわけで、別の場所だったら気が付かないまま悪化していたかもしれない。

肩が痛いと訴え、食欲が全くなくなっていて、電話の声の張りも無くなり、私は嫌な予感がしていた。母に「無理しないで。何か病気かも」と言っていたが、いつもの全否定で軽くあしらわれた。

近くにいる父や弟は、激しい腹痛を母が訴えても「ただの胃痛だ」と放置していたと後から聞いた。

私の意見よりも男性の意志を尊重する母は、二人の言いなりに我慢をしていた。
もし、私が現場にいて、救急車をよぼうと言っても、母は父と弟の言う通りにすると言っていたのかもしれない。
その点は自業自得なのだが。そういう事があっても、まだ私の意見はきいてもらえそうにない。

母は、薬の効果があって、元気になっている。
高齢で、持病が無かった事も幸いしている。

リンパ腫は薬が効きやすいのだという事は実感した。

自分も、いつ突然にどんな病気が見つかるかわからないのだと、最近気になる。

人間ドックに毎年かかっていても、発見されない病気もあるということだ。
だから、ちょっと寝相が悪くて手がしびれただけで、脳梗塞じゃないかと不安になったりする。


子どもさんが独立して遠い土地で暮らし、1人暮らしになっている知人は、夜が怖いみたいに話していた。「私は孤独死だわ」が口癖になっている。
私もいつかそうなるのだろうか。

子育てに追われていた時は、早く1人になりたい、気楽で自由な生活がしたいと思っていたが、いざそうなると不安になるものだろうな。
昨夜は、その気持ちがわかる気がした。


足の怪我をしてから、3か月。

見た目はというと、ほとんど変化なし。かさぶたになった皮膚の状態はそのままで、打撲痕も濃くついたまま消えていない。

怪我した部分の皮膚が薄いままだ。

治りが悪かった事を友人に話すと、
「どこか悪いんじゃない?検査したら?」と言われてしまった。
当時自分でもそう思って不安になり、落ち込んでいた。

治った今はもう平気だが、免疫力が落ちていた事は確かだし、精神的なものも原因だと思う。

打撲した部分は黒っぽくなり、たまにズキズキと痛む。

骨折もしてないのに。自分で想像するに、見た目より内部のダメージは酷かったのではないかと思う。
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先日会った友人は、今年の初めに交通事故にあった。車は大破したが、彼女は軽い怪我だったのが不幸中の幸い。

その時のトラウマが残り、運転が怖くなったと言っていた。

突然どこからか車がぶつかってきたショックは相当なものだったろう。

その時の音、衝撃、痛みなど、忘れるものではない。

私はそこまではないけれど、転倒した時、タイミングによっては車にひかれたかもとぞっとした。

あっと思った時はもう事故は起きている。何がなんだかわからないまま。

たいした怪我じゃなくても、こうなのだから、本当に気を付けよう。

冬はタイツで見えないけれど、足の怪我の跡がくっきりと見えるのは困る。

ズキズキしてくる度に、気を付けろと言われている気がする。



母が無事に我が家で過ごし帰宅するまでは、体調も崩さず、怪我もしない様に気を付けようと思っていた。
だが、やってしまった。

背中を。ぎっくり背中というものか?

先日かなり重い荷物が届いた。配達の人も腰を痛めたのではと心配になるほど重かった。

私が持てる重さではなく、玄関から家の中に運べず、引きずった。
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その翌日、背中に鈍い痛み。

荷物のせいだなと思ったが、その時はたいしたことはなかった。

でも、またその翌日の朝、起き上がった時に背中に電流みたいな痛みが走った。
息が苦しくなるほどの痛み。

すぐに湿布を張り、痛み止めを飲んだ。しばらくして痛みはかなり治まった。
幸い、歩く事はできた。

背中の筋膜の傷か、筋肉痛かというレベルだろうか。

普通に動ける様にはなった。でも、まだ油断はできない。

明日にはだいぶ回復するかなと期待する。

何だか、最近怪我やらなんやらで、薬を飲む事が多いなあ。

運動不足もあるし、年齢のせいだなあ。

へたすると、気が付かないうちに骨折とかもあるので気を付けないと。

母が来るまでにはまだ日が少しあるので良かった。

それにしても、これも夫の呪いか。この重い荷物は夫が注文した物だった。

連絡も無く、突然送ってくる。帰宅した時に使うと思っているのだろうか。

まだ俺様の家だぞということなのだろう。

邪魔でしかたないし、こんな目に私が会うことくらい想像できそうなものだ。

受け取る相手の事を想像して思いやる事が出来ない人だ。

でも、自分がやりたい我儘は、自分の言う通りにしないとこうなるぞ、想像してみろ、それでいいのかと、脅迫する時は想像しろと言う。

無意識に嫌がらせをする人って、存在するんだなあと大人になってから知った。

そしてこういう人は、とっさの言い訳が上手い。

まあそれはいいとして、早く治さなきゃ。背中のことは夫には絶対言わない。喜ばせたくないから。

最近病院嫌いになってきていて、少しの風邪くらいなら熱があっても市販の薬で誤魔化しながら、仕事や家事をしているうちに治っていた。
忙しいママさんたちはほとんどがそうじゃないかなと思う。

もう動けない、こりゃまずいぞと思った時だけ病院に行っていた。
少し前まで、子どもをよくあれこれ病院に連れて行く事が多く、自分の事は構ってられなかった。

そばに心配してくれる人がいて、車で病院にも付き添ってくれ、育児や家事も変わってくれる人がいる環境なら、話は別だが、自分にそれは無い。
風邪くらいなら、子どもには言わないで元気なふりして自分で何とかしてきた。
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最近、そういう事がもうできなくなってきたのかもしれない。

転倒して以来、傷がなかなか治らなかった事や母のことなどで、これまでどうってことなかった些細な事にストレスを感じている。

最近体調が良くなかったが、誰にも言わず、漢方薬で誤魔化していた。これまではそれで何とかなっていた。

でも、夜眠れず、何だか身体が悪いものに蝕まれていくような不安感がし、動悸がした。
薬の副作用かもしれないと思い「こんなこと毎日繰り返していたらストレスに負けてしまう。病院に行こう、行かなきゃ」と決心してかかりつけの病院に行った。

夫が出て行って、一番地獄な日々を過ごしていたあの頃、仕事と夫のストレスで体調を崩し、休職した頃、良く通ったかかりつけの病院。自分のことで通うのは久しぶりだった。

以前のカルテを見て、医師は「この人はストレスを抱えている人」と思っているのだろう。

名医で、顔を見るだけでほっとする。医師の理想ともいえるだろう。近所の人達は色んな自分の境遇を話し、心からくる病までこの先生は治してくれると感じる。

我が家も子どもがとてもお世話になった。熱がでたら「新学期の緊張からくる疲れだよ。ほらこんなに肩が凝ってる。もっと気楽にね。」と子どもの肩をもんでくれ、笑顔で安心させてくれる。

すると翌日はけろっと治るのだ。

そんな医師なので、昨日は久しぶりに見て貰った。

「忙しいですか?何か我慢していませんか?」などなどの問診。「原因は、自分ではどれだと思う?」など優しく聞いてくださる。全く変わっていない医師にほっとした。

検査もしたが、漢方の効目もあったのか、大したことはなかった。でも、炎症反応はあったので薬をだしてくれた。
「もしかしたら、ストレスからくる脳の誤作動ということもあるからね、でも、今は大丈夫でしょう。薬で治るよ。」とのことだった。(はっきり症状は書きません。ぼかしています)

大したことは無いと言われたが、自分ではきつかった。

漢方は今回、全く効かないどころか悪化している気がした。

医師を信じて、処方の薬を飲み始めたら、数時間後、嘘みたいに症状が治まった。
精神を安定させる効能はないのに、すっかり悪いものが抜けた感じになった。

お金も安くすみ、市販の薬で誤魔化すのも良し悪しだと思った。

若くて免疫力が強い時はそれでいいと思う。でも、今の自分は、おそらく免疫力がかなり落ちているのだと思う。

そういう時は、やはり病院にいくに限るなと痛感した。

本来、自分は病院の薬というものは抵抗があった。できれば漢方でと思っていた。

この医師も漢方を勧めてくれ、以前は何年か漢方を処方してもらい、症状が治まったこともあった。

次々と良い薬ができてくるのだろう。劇的な効果を感じたのは今回が初めてだった。

不安感が一気に消えた。

今回、母に関するストレス、引き金は転倒だ。若い時なら、ドジだなですんで、なんてことはなかった。今回は命の危険を感じたので余計ストレスになった。
それも、なかなか治癒しないことで色んな悪い事を考えた。母の病気が原因だろう。

血液の癌。白血病といってもいいかもしれない。まさかあんなに元気なのに?というショックと、自分も同じ病気になるのではという不安もわいた。

以前、検診で「白血病減少症」の疑いを言われたこともあり、よけいに不安になった。

気にしても仕方がなく、発病もしていないのに、ただ不安だけが大きくなる。

無駄なことだとわかっていてもだ。

それが、昨日すっと消えた。

これで、心から映画を楽しめる。心をポジテイブに。


自分では気にしていないつもりでも、ストレスが溜まっているんだなと感じる時がある。

最近の自分の体調がそうだ。少し前まで自分の気持ちをコントロールできていたと思うが最近急にその力が弱くなっている気がする。

ストレスと言っても、楽しい事も含めてだ。普通に気楽にやっていたことが、とても慎重になり緊張感がある。

血圧が高くなっているのかなと思うとそうでは無い。

規則正しく、休みもひきこもりみたいな生活しているのに、それがいけないのかな。
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分析すると、母の病気が発覚してから、心の中にじわりじわりと重い物が溜まり始めている。
抗がん剤の治療が始まり、親の寿命を意識せざるを得なくなり、行ったり来たりも負担が大きく、弟以外に協力を頼めない現実。ストレスが次第に積み重なっている。

これからもっと大変な介護の生活がくるかもしれないのに。
こんな時、夫がまともな人だったら少しは違っていただろう。


昨日も、検査結果の数値をファックスしてきたので見たら、腎臓の数値が悪くなっていた。

薬のせいであるのは明らか。それでも投薬をやめないのは、医師がまだ大丈夫だと判断したからだろう。

母にばかり気をとられているが、父もいつどうなるかわからない年齢だ。

もし急に連絡がきて、慌てて駆けつけるとか、いつかそんな日が来るのだろうか。

そう言う事は、心の準備ができているはずなのに、思うだけでしんどくなる。

夫へのストレスを長年抱えてきたせいなのか、心に余裕が無い。

年齢的に「私だって年とってきているのよ。いつも元気じゃないのよ」と、甘えてくる親に言いたくなってくる。母が暇潰しにかけてくる電話も昨日は苦痛に感じて、早くきった。

精神的には、両親の方が私よりも強いと思う。戦争を生き延び、たくましく頑張ってきた世代。

親の面倒を見る方が先に倒れてしまうというケースはよくわかる。

今は実家には行かず、エネルギーを蓄えておこう。

足の怪我もゆっくりと治っているが、跡がひどくてしみも残り、目立つので気になる。

特に無理もせず、疲れてもいないはずなのに、昨日は調子が悪くて夜あまり眠れなかった。

足の怪我がなかなか治らないのは、場所のせいもあるだろうが、ストレスで免疫力が落ちているのだろう。母の事が頭に浮かび、まさか私も同じ病気じゃないだろうなと思ったり、悪く考えてしまう。

気候のせい?

やっぱり、根底にある長年の別のストレスが原因なのかもしれない。

楽しいことを考えよう。


足の怪我の通院がやっと終わった。16回通院。27日間。

でも、見た目はまだ悪い。切り傷(擦り傷)は小さいものが2か所。大きいものが一か所。この大きい傷が中々塞がらなかった。

脛なので、血流が悪く、新しい肉の再生が遅いらしい。その周囲の皮膚もまだ赤い。


かさぶたがやっとできて、お風呂でぬらしても大丈夫になった。

絆創膏もはずされたが、見た目はまだ気持ち悪いので、バンドエイドの大きいのを張る事にした。
まだ回復していない皮膚をどこでまたぶつけるかわからないので、かさぶたが自然にとれて、赤い皮膚がもう少し再生されるまで、保護しておこう。

それにしても、ストレスのかかる病院だった。
処置室に呼ばれると、ベッドに座らせられる。両足をのばして患部を見せる。

上半身は起こしているので、両腕を後ろ側に置いて身体を支える。

その姿勢で毎回5分以上待たされる。だんだん腕が疲れてきてプルプルと震えて来る。

腕を前に持ってきて、休憩するが、その格好では腰に負担がかかるので、また後ろに腕を置く。

やっと医師が来たかと思うと、診る時間は10秒もない。

それだけの為に待たされる。

お医者さんは忙しいんだから、待たされるのは当たり前よ。そんなものよ。と言われるのはわかっている。
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でも、なかなか治らないと不安になってくる。良く診てないんじゃないかとか、本当はどこか悪い状態なのに見逃しているんじゃないかとか。

もう通院終わったので、そのストレスから解放される。が、まだ打撲の痛みは残っているし少し腫れている。
「自然に吸収されますから大丈夫」とか「時間がたてば消えますよ」とか、一言説明してほしかった。聞いても頷くだけ。

痛みは皮膚の表面だけで、骨に何かある感じではないから時間が経てば回復するだろう。と自分で自分を納得させている。

自分がドジで、転倒さえしなければ良かったのだが、もうこりごりだ。

この程度で病院にストレスを感じる私は、母みたいな病気になったらいったいどうなるんだろう。



足の怪我がやっと回復してきた。

前々回、副院長は、暗い顔で「長くかかります」と言い、前回の院長は「もうバンドエイドでいいからね。」と次回で終了みたいな言いかたをされた。

早く治療が終わる方がいいので、院長を信じることにしよう(笑)。
回復を早める為にはどうすればよいのかを自分で調べた。

足、特に骨の上は、怪我が深くなりやすく、血流も悪いので治りが遅いという事は病院で聞いた。

なので、血流を良くする為に温めることが良いとわかった。
(怪我した直後は冷やすことが大事。氷で冷やしながら病院に行った。)

傷口が塞がるまではシャワーしかできないので、足だけお湯につける。タオルを温めて足にのせたりして、まだ腫れて居たり、血腫があったり、あざが残っていたりする所の血流を促す事にした。

偶然か、温めが良かったのか、なかなか塞がらなかった傷口が乾燥してかざぶたになってきた。

腫れと鈍痛はまだ残っている。もう3週間たったのに長すぎる。

通院するたび、「治りが悪いですね~」と言われる。

ぽこっと腫れている部分が気になるが、時間がたてば吸収されると思う。
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年齢のせいか、怪我が治らなかったり、痛みが長引くと色んな悪い事を考えてしまう。

レントゲンではわからない何か悪いことになっているんじゃないかとか、中で化膿していないかとか。

一番不安にさせられたのは、やはり病院の対応にも原因があるかもしれない。

説明が医師や看護師によって全然違ったり、質問しても困った暗い顔で、「う~ん」とうなったり、かと思えば
たいしたことないと決めつけて、雑に扱う看護師(男性だった)がいたり、失礼な事を言って笑う医師がいたり。

子どもが小さかった時、似た様な怪我で1カ月以上、別の病院に通院した事があった。

そこは、初日に傷をみてすぐに「この怪我のしかたは、完治に一か月以上かかりますね。」とその理由も教えてくれ、安心して通えた。

今回自分も似た様な怪我だったわけだが、最初に軽くあしらわれた感じがあの病院とは違った。

たいしたことない、この程度で、みたいな感じだった。医師は一瞬しか患部を見ない。

後から色々違ってきて、色々言い出さずに、最初に良く見て判断し、説明してくれたら安心して通えたと思う。

近くでいつでも診てくれて、救急病院で助かるが、重病になった時にはここはやめておこう。




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