りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ: つぶやき




映画"ボヘミアン ラブソディ"が元気をくれて、久し振りに懐かしい音楽と映像で気持ちも若返らせてくれた。


主役のラミ、マレックは、次々と色んな賞レースで主演男優賞を獲得。

次は、アカデミー賞。

若く見えるが30代後半、役者としても経験豊富、これまでの努力がやっと報われたと言う感じだろう。
         
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テニスの一流の選手の試合を見ていつも感動するのだが、無理に見える球でも絶対に拾おうとする。食らいつく。諦めない。そこまでしないと勝てない。一流の人ほど形振り構わず必死に頑張る。

何にでも通じる事だと思う。ラミマレックを見ていて共通するものを感じた。

競争の激しい、厳しい演技の世界~観ている人がその演技を通じて役者の持つ魂みたいなものに触れないと感動させられないし、評価されないのだなと改めて感じた。


フレディの役は、ラミが3人目の候補だったとか。他の2人のどちらかが演じていたらどうだったかなと想像する。


私個人の感想だけど、ラミが演じたからこその映画の成功があったと思う。

フレディのイメージを彼の持つ魅力で増幅しカバーした。

小柄で全く違うタイプに思えるが、あそこまで近づけたラミの努力と魅力と魂がフレディと重なり、憑依してるみたいだと言わせるほど、観る人の心を震わせたのかもしれない。

彼の目の美しさにハッとした人も多かったのではないだろうか。大きい彼の目の輝きがフレディの心の純粋さを表現していたと思う。これは演技ではカバーできない。
映画自体も、「輝き」を強調していた。

サングラス、車、ドア、鏡、ピアノ、フレディの目、色んな物が輝いており、それに映し出す映像~のテクニックも凝っていた。

この映画の上映が終わったら次は、何を楽しみにしようかと探していた。


あった!「Yesterday」という映画。(内容は後日)

あるシンガーソングライターが、事故して目が覚めたらビートルズが歴史から消えていたという物語。

日本では、夏か秋かな?

海外向けの予告編を見たら、面白そう。コメディだから曲を楽しみながら笑ってすっきりしそうだ。


ストレスまみれの自分を慰めてくれる映画が次々とでてきて、有り難い事です♡

(実は、パニック映画が好きなのですが)(笑)
                  
                            




飛び込んできた池江選手のニュース。


昨日まで元気一杯だった若い人が、突然発病したという話を良くきく。白血病。

私の知り合いにも、数人いた。どの人も若くて元気だった。私が高校生の時、同級生にもいたし、就職先の同僚のお姉さんもそうだった。

バリバリ銀行で働いて、役職も持っていた40代のママさんも。

壮絶な治療の後、自宅療養をしていた。ご主人は仕事を辞め、資産を全て奥さんの介護に充てて尽くされていた。

本人が一番辛いのは当然だが、家族も一緒に戦う事になる。

身近でみてきたので、自分の家族だっていつどうなるかわからないと、他人事には思えなかった。


今の幸せは、たまたまなだけ。感謝して一日を大事に生きて行こう、と思う。
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テレビで桜田大臣の発言を見て、腹が立って仕方がない。


この人、前から大臣どころか、国会議員の資質が疑われるなと思っていたが、やっぱりだ。

自分が同じ目にあわないとわからないのだろうか、今までどんな生き方してきたのだろうか。

もし自分の子どもや孫が、同じ立場にたっても言えるか?

池江さんは、国の道具じゃないぞ。1人の人間だぞ。水泳でメダルとる事だけが彼女の人生じゃない。

マスコミの扱い方もおかしい。オリンピックなんかどーでもいい。

私が彼女の親なら、”何も考え無くていい。水泳が強い事だけが価値じゃない。産まれてきてくれただけで嬉しかったのだから。あなたが生きてくれているだけで素晴らしいことよ。”って言いたい。


そう、ここで「自分の人生は自分のもの。誰の物でもない」
「貴方の人生は国のものでも国民のものでもないよ」といってあげたい。

病気になろうが関係なく、全ての選手に言いたい。

マスコミにはそっとしてあげてほしい。オリンピックなんてどーでもいい。(2回目)

東北も熊本もオリンピックのせいで復興が進まず困っている。

熊本も東北同様、まだ仮設住宅に住んでいる人もいる上、県民が楽しみにしているラグビーのワールドカップの会場の工事が止まって困っているそうだ。

オリンピック工事が優先され、材料が不足しているらしい。そうやって国は、口だけは復興といい、実は足を引っ張っている。

腹がたって、テレビに向かってぶつぶつ文句を言っていたら、コメンテーターが全く同じ事を言ってくれてすっきりした。

朝から血圧が上がった。落ち着け私。



女性上司から夕方メールがきた翌日のこと。

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朝礼後、ちょっとしたミニ研修があった。

仕事に役立つ色んな情報を伝えたり、教育をしてくれていた。

その日のテーマは、なんと
「メールを扱う時の注意」だった。その時は、前日に誤送信なんてしていないと思い込んでいた私。

当時、全職員にパソコンが配置されだところだったので、仕事上のメールのやり取りについてのレクチャーを受ける事は何の不思議も無かった。

携帯で慣れているし、一応建前上やっているのかな位に思い、お気楽に聞いていた。


男性の上司が、「メールでの失敗談は、結構あるんですよ。僕の知り合いの人が、上司の悪口のメールを同僚に送るつもりが、その上司に間違えて送ったなんて事もあったんですよ。」と言って、皆を笑わせた。


今思えば、これは私への遠まわしな注意だったのかと思うのだ。


何故かと言うと、メールをしてきた女性上司は、何かあるとすぐにその男性上司に泣きつく人だったからだ。

表むきは優しい良い上司なのだが、裏では自分の気に入らない人の事を色々脚色して上に話し、評価を下げ、やめるように仕向けていた。
(それにしても、前日の夕方受け取ったであろうメールの事を、翌日他の上司に研修させるとは。いつのまに打ち合わせしたのか。前日の夜?凄くないか?)


私の同僚も、彼女から陰湿な目にあって悩んでいた。その相談に私がのっていた。前日のメールもその一つだった。

私は男性の上司にその事を相談したこともあった。だが、ただの女性同士の妬みからくるトラブルにしか受け取ってもらえなかった。

優秀な女性上司を優先するのは当然かと諦め、自分はまだ新人だったし実力が無い事が悔しかった。企業ってそんなものだ。

で、その女性上司にべったりな男性上司は、おそらく私から誤送信されたメールを見せられて、うまく対処したつもりだったのだろう。確かに、研修の内容は正解だし、必要なものだ。

おそらく、私が気が付くことを期待して、上司たちは私の表情や行動をじーっと観察していただろう。
残念ながら、鈍い私は、全く気がつかず、普段通り普通に堂々としていた。


それ以降、結局意地悪を受けた同僚は辞め、私も女性上司から何かと目を付けられるようになり、結果的には辞める様にしむけられた。
私が誤送信した事が原因で、気が付かなかった事も原因だから仕方がない。

夫の事でストレスが多い上に、子育て、その上仕事での嫌がらせがあるなら、とりあえず手っ取り早いのは仕事のストレスを排除することだった。

上司は、いかにも残念そうに引き留めてきたが、内心ほっとした事だろう。

男性上司から、辞める前に聞いた。
「彼女は何でも嫌な事を僕に押し付けてくる。自分はいい子で、僕が悪者だよ。あなたの嫌がる事をさせて辞める様に仕向けろと僕に言ってきて困ったよ。僕を恨まないでくださいね。」だった。

わかっていたので、どうでも良かった。

もう遠い昔の事。ふと思い出すと、そうか、あの意地悪はあのメールを根にもっていたからか、あれは誤送信したからか、と納得がいく。

当時、誤送信に気が付いていたら、直接謝って、内容について素直に話していただろう。へたな言い訳をしても気まずさが残るだけだと思うから。どっちみち結果は同じだ。


それ以来、送信先はしっかり確認して、慌てずにメールやラインをする様にしている。悪口は書かない。

当たり前か。結構私は、雑だったり鈍かったりする。知らないところで、色んな人に迷惑をかけてきた事だろう。でも、鈍くて救われたのも確かだが。





携帯電話が普及し始めた頃、機能が今ほど良くなく、メールなどは、まだ編集中でも決定ボタンを押しただけで即送信されていたと思う。
クレームが多かったのか、次々と改善されてきた。
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慎重にやれば間違いも無いのだが、私は当時良く誤送信していた気がする。と今になって反省している。なんて鈍感だったのだろうと。機能のせいにはできない。

AさんにBさんの用事でメールを送ろうとして、間違えてBさんに送る様なミスは起こりがちだ。

それが悪口だったら悲惨だ。

今はラインでは、すぐなら送信取り消しできるが、メールはできない。


安倍さんのお友達のあの山口氏が事件を起こして「何とかしてほしい」みたいなメールをマスコミに誤送信したのも話題になった。本当に権力の力で何とかしてもらったのは、許せないが。

慌てるのは失敗のもとだ。

ラインも、グループだったというのを忘れて、個人対個人のやり取りをしてしまい、他のメンバーにばれたりとかはある。

上に書いた話だが、私は職場の上司にメールを誤送信したかもしれないと思う。

もうかなり前の話で、その会社も辞めて長いから今は全く会う事も無く、関係ないから良いけれど。

今になって気が付くというドジな自分に呆れる。何か変だな、とは思っていたがそのまま気にしないで忘れていた。

今になって、待てよ、どうみてもそうだろうと気が付くという鈍くささ。
その状況を説明すると…

当時、同期の友人からメールがきて、上司についての愚痴が書いてあった。返事をすぐに返信した。
私は仕事から帰ったところで、夕飯の準備などでバタバタしていた。

メールには、上司の名前は書かなかったが、私も同意するみたいな事を書いて、送ったと思う。

そのまま家事をしていたら、またメールがきた。

また同期の子かと思ったら、私の上司からだった。女性で歳も近かった。
普段からメールのやり取りはしていたので、そのタイミングで来た事に何も違和感を持たなかった。

メールの内容は「明日も頑張ってね。いつも偉そうな事ばかり言ってごめんね。」だった。

今思えば、そこで気がつきそうなものだ。

私はそれを読んでも全く何も思わなかった。鈍感すぎた。

おそらく、私はこの女性上司に間違えて送信してしまい、それに対しての彼女からの反応だったのだと思う。

私に「間違えて私に届いたよ」と遠まわしに教えているのと、半分は嫌味だったかもしれない。

私のメールには、具体的には名前も何も書いていなかったが、上司の愚痴だとはわかったと思う。

私はその時「今頃何を言っているんだろう」と読み流していた。

「そんな事全く思っていませんから、気にしないでください」みたいな返事を、面倒臭いなと思いながら返信した記憶がある。

そこでなぜ気が付かなかったのか、自分に聞きたい。

よっぽど余裕が無い時間帯だった気もするし、仮に誤送信していても、別にいいやと思っていたのかもしれない。

絶対誤送信をしていたという確証はない。その上司に確認していない。
携帯の送信履歴もすぐに消していたし、同期の子とは他にも色々やり取りしており、いちいち確認する事もなかった。

真実はわからない。

でも、色々後から辻褄の合う事が出てきて、今頃気が付いているのだ。

鈍い自分に呆れるが、逆にそれで良かったのかもしれないとも思う。

あの時からずっと、誤送信に全く気が付かず、堂々としている私を見て、上司が「あれ?間違えではなくて自分にメールくれたのかな、自分の事じゃなかったのかな」と思ってくれた可能性もある。

だとしたらラッキーな話で、感謝しよう。
                           
でも、この件はまだ続きがある…




毎日子どもの虐待のニュースが入って来る。

特にあの心愛ちゃんの事件の続報は、もう聞きたくないほど嫌な内容が次々と。
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親とはこういうものである。親になれば落ち着く。良くなる。

そういう幻想はやめよう。

犬や猫を虐めたり、残酷な事をする子どもがいたとして、子どもだからとそのまま放置され、大人になっても残虐性が抜けなかったとしよう。生まれ持った性質として。


そんな人が結婚して子どもを作ったら?親になれば変わるだろうなんて甘い。


格好の餌食として、弱い者にターゲットがむかうのは当然の事。

毎日、しかも家庭という閉鎖された空間は鬼畜にとって絶好の場じゃないか。


親なのに、とか夫婦なのにとか一般的な理想論なんて関係ない。

親だからこと夫婦だからこそ、鬼畜にとっては目の前に結構な獲物がいることになる。


そう思って、周りは対処しないといけない。
相手は人間の顔をした悪魔だ。親子だからとか家族はこうあるべきとか、凝り固まった指導が悪魔に通用すると思うのが間違いだ。






ファンファーレで感動し、「ヘイヘイヘイー!」のフレディの声。

椅子はゆらりゆらりと動く。フレディの動きや、カメラの動きに合わせてゆらりゆらり。
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車に乗るとエンジン音と共に椅子がブルブルと振動する。一緒に車に乗っている感覚。

ライブエイドのステージへの階段を下がると下を向き、また上がると上を向く。

風も色んなシーンで吹いて来る。

ライブの場面になると、照明がピカッ、スモークがフワーッ、ドラムとベースに合せて椅子が動く。
ライブ会場に居る様な感覚になる。

まるで会場が音に合わせて乗りまくり、椅子が生きている様だ。
椅子の下と腰の部分は、頻繁にブルブルしていて、マッサージチェアみたいだった。


椅子と一緒に足を動かせたし、気にせずノリノリになれた。

勿論、ドンドンパッ(We will rock you)の場面では足踏みの振動がしっかりきた。

パーティのシーンでは、ハーブ系の臭いがたちこめる。ドラッグをイメージしたのだろうか。
紅茶みたいな香りだった。香りには感動した。パーティの部屋にいる様だった。

フレディの動きに合せて、自分も動く。

雨のシーンは、濡れるのかと思い、椅子の手元のスイッチをオフにした。

だが、それは失敗だった。
他の椅子では、ほんのり雨の演出があったのではないかと思う。濡れるほどは無かった様だ。オンにしとけば良かったと後悔。


やはりライブエイドのシーンが、臨場感と迫力が最高だった。

会場の大勢の人々のいる位置からステージに向けてカメラが飛んでいくシーンは、フワーツと飛んでいる感覚がした。


ピアノの下をくぐって、ドラムの方へ抜けるシーンも、まるで自分が滑りぬけていく感覚だった。

臨場感を味わいたいなら4DXは良いと思う。
音楽やストーリーをじっくり味わいたい時は、少し気が散るかもしれない。動きに気をとられるかもしれない。と言っても、激しくはなく繊細だった。

料金は千円プラス。それだけの価値はあったと思う。

4DXが終わった後、無意識に踏ん張っていた様で足が凝っていた。

この映画は何回みても新鮮だ。新しい発見があり、感動する。細かくこだわり、良く作ってあると思う。

色んな人のカメオ出演、日本画や日本の置物、お札、前には感じなかった登場人物の隠れた表情など、いくらでも発見がある。


辛い不安な日常を忘れて、過去の自分に戻ったり、新しい興味に走ったり、現実逃避と言えばそれまでだが、この映画は、元気を与えてくれる。

もうフレディがいないと思うと悲しくなるが、彼の彼等の残した作品は永遠に残る。

音楽の力は素晴らしい。この余韻を大事にエネルギーにして、頑張ろう。





知り合いの人から、クーポンがあるから一緒に行こうと誘われ、”ボヘミアン、ラブソディ”をまた観に行って来た。
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近くの映画館にはIMAXも応援上映もなく、静かに観るのも音響もいまいち不満だった。

足を動かしたくても、手拍子したくてもできず、うずうずしていた。

なんと、この時期に、とある映画館で4DXでの上映が始まった。是非行きたいと思ったところへタイミング良い誘い。しかも、この映画館は他よりも音響設備が良かった。


知人の車に乗せてもらい、ドキドキワクワクで入った。荷物はロッカーに入れるようにと言われ、ええ?と思いながら、蓋付の飲み物だけ持って入った。

始まる前に、4DXのデモンストレーションがあった。

カーアクションの場面が出て、ドカン!という音と共にいきなりの揺れ。びっくりする。震度7の地震はこんな感じかと恐怖が一瞬襲う。すでに4DXを体験された方、子どもさんにとっては、刺激的で楽しかったかもしれない。

座席後頭部から耳元へシュッと当たる風、横壁からのピカッと光る照明、前から横からの風や臭い、スモークなどを紹介し、カーアクションの激しいシーンを体験する。

雨のシーンは濡れたくないので、座席のスイッチをオフにした。(これは後悔した)

自分は、激しいアトラクションは元々苦手。
メニエール持ちの私には、酔いそうで怖い。どこか捕まえないと席から落ちそうになる。

確かにバッグ持っていたら飛んでいくかもしれない。なるほどロッカーに預ける意味はこれか。

これから観る映画が、音楽映画で良かったと思った。


デモンストレーションの動きの激しさに、心臓がバクバクしたのを落ち着かせていたら、すぐにボヘミアンラブソディが始まった。

20世紀FOXのファンファーレ。クィーンバージョン。
サントラで家でも何回も聴いていたが、音響の良い映画館でしか聴こえない音がある。それを聴く為に来たと言ってもいい位だ。


ファンファーレの最後の部分に、左の方から聴こえるギュイーン!という音。このわずかな音が胸にドウーンと響く。もうここで涙が出て来たのだった。      続く    






      

知人から「引っ越しを考えているけど、紹介してもらった家がお宅の近くらしい。明日、家の中を見せてもらいにいく予定なんだけど、環境がどんなかなと聞きたくて~」と相談があった。

場所を聞くと、近くは近くだが、町内も違い、行った事の無い地区だった。

「散歩がてら、外観だけでも見て来ましょうか」と答えて、夕方ブラブラと見に行く事にした。

地図を思い出しながら歩くと、すぐに見つかった。

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知人は、賃貸マンション住まいだが、一戸建てに住みたいらしい。家賃は同じ位で、中古の家を探している。知り合いの不動産屋からその家を勧められたそうだ。


娘さんもいる事も配慮して考えると、私はその家の雰囲気や環境が引っ掛かった。

もし自分なら絶対住みたくないと思った。まだ中も見ていないが、直感的に無理だった。

他人が決める事なので、口を出す事もないが、もし、相談されたらここが気になるけどと言う位は話すかもしれない。


不動産からやけに押されているというのも気になった。焦らず娘さんの安全も考えて色々見てから決めた方がいいのではと内心思う。

私は子どもの時から親の転勤も多く、大人になった後も引っ越しが多かったせいか、住居探しには独特のこだわりができている。身体で感じる直感も大事にする。


中には、前に住んでいた人の残像を感じる時もある。その印象が良いか悪いかでも変わる。

家探しに失敗すると、精神的にかなり影響を与え、運まで変える。家賃が安いとか外見だけで不動産の宣伝を信じて選ぶのは危険だ。

賃貸であろうが、どんな事情であろうが、住居は人生も換えてしまうと大げさに考える位がいいと思う。

それ位慎重に選んで良いと思う。急がなければ、何十件と見て回り、納得いく物件に出会うまで焦らない方がいい。

私は何回か失敗した。

遠方にいて、自分で見ずに人に任せて決めた家は、どれも問題ありだった。

探してくれた人の責任ではない。任せた自分の責任だ。

一軒は、大家さんが覗き魔で、留守中に勝手に家に侵入している疑惑まであった。

たまたま平日具合悪くて仕事を休み、家で寝ていたら、誰かがいきなり玄関のドアノブをガチャガチャと開けようとしていた。

泥棒かと思い、玄関に行きドアを開けると、大家の爺さんが目の前の塀の下にしゃがんで隠れていた。丸見えなのに。慌てたのだろう。

昼間は留守と知り、そうやって侵入していたのかと気持ち悪くなった。

盗聴器があるのではないかと感じる事もあり、1年で出た。

もう一軒は、夫が勝手に探して決めた家だった。学校との距離や評判をよく調べてから決めてほしいと言った時には、相談も無く、何も調べないまま決めてしまっていた。

引越すと学校は荒れている事で有名な学校だった。

近所の人から「よりによってわざわざこんな環境の悪いところにどうしてきたの」と言われた。

事件の多い町で、我が家も泥棒や覗きの被害にあい、夫に良く調べたのかと聞くと、「安かったからいいじゃないか。文句あるなら家賃を自分でだせ」と開き直った。

その後、また夫が勝手に転職し引越す事になった。

私は次からは自分で探すと宣言し、何軒も見て回り、校区の評判も調べて決めた。


家賃は同じで、条件にあう家があった。

夫は安心する事もなく、(転職して引っ越しや転校させた自分の事は頭になく)不機嫌になった。
給料はほとんど自分で使うようになり、次第に経済的DVが始まっていった。

話がそれたので、戻します(笑)

                 



私は、近所の人とは顔みしりではあるが、めったに合わないし、職場の友人も私生活でも仲良い人は少ない。一時べったりしていた人も、仕事を辞めてしまうとそれっきりになる人が多い。
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私の場合、引っ越しが多かったので、県外に友人が多く、会いたいなと思ってもすぐに会えず、寂しい。今の土地に来てから、多くの人と出会ったが、気の合う友人となって残った人は少ない。

嬉しかったのは、大きな風水害が襲った時、すぐに連絡をくれた友人達がいた事だった。

北海道から九州まで、あちこちから、メール、手紙やはがきが来た。
私の親族からも沢山心配の連絡がきた。


夫の親族からは一件もいっさい連絡が無かった。おそらく夫に問合せがいき、夫が何かしたのだろう。
(自宅には連絡するな、僕に聞いてくれ、被害が酷い、自分も心配なので近いうちに帰る。といってお見舞い金を色んな人から受け取り、こちらには黙っていた。この事も私は知らないと思っている)
何の被害も無かったのに、人の好意に付け込む嘘つきだ。こういう時に、嫌な気持ちにさせるのはいつも夫の方。

私は友人や親族に恵まれていると思う。優しい人たちばかりだ。

そんな良い人間関係を子どもに見せる事ができただけでも救われたし、感謝している。

もし夫だけの人間関係しか無かったら、いつも嫌な思いばかりして人間不信になっていただろう。
夫と離れた事で、嫌な世界に関わらずにすんだ事だけは良かったと思う。


遠くにいる友人たちが、何年も会わなくても気にしてくれた、覚えてくれたんだなと嬉しかった。もうだいぶ前の事だけど。私もその気持ちを忘れず、恩返しをしていきたい。

今の土地で、ママ友と賑やかな付き合いをしていたのも遠い過去の話。今では皆どうしているのだろう。という関係。

子や夫のつながりでは無く、自分の世界で自然にできた友人が残った。ママ友の中で今でも仲良しなのは、県外の人たち。

今では若い時と違って、なかなか友人はできにくい。

仲良くしてくれる人の存在は宝ものだ。

私は何か無神経な事を言ったりしているかもしれないし、自分の家庭の話もしない、良くわからないであろう自分を受け入れてくれるのだ。


勝手なものだ。子育てしながら仕事に追われ、夫に振り回された日々、いつも「1人になりたい」「また独身時代みたいに、アパートで一人暮らしをしたい」と思っていた。毎日くたくたで、やせ細っていた。

子ども達が早く自立して、早く1人で気楽に老後を過ごしたい。と望んでいた。


現在、その日が近づいてきて、1人で過ごす時間が増えてくると、今度はもっと友達が欲しいとか、ペットを飼いたい、とか子どもが家にいたら活気がでるなあとか、思いを巡らす。体重も10キロ増えた。自分勝手な私。

私の老後はどうなるのだろう。貧困であることは間違いない。私の老後は私が決める。その為にはまず健康でいなくては。




10歳の女の子が、父親に虐待されて命を落とした事件。

次々と辛い内容のニュースが流れ、辛すぎて目をそらしてしまう。

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この父親の行動は虐待とかDVとかのレベルを超えている。

鬼畜、人格障害であり、逮捕された今でも悪い事をしたと思っていないとか躾けだったと自分を正当化している。


どんな理由があろうと、我が手で子の命を奪ったというだけで、ショックを受け、後悔の念にさいなまれそうなものだ。まさかこうなるとは思わなかったと言うなら、尚更だ。

躾けとは子を思う愛情の上に成り立つもの。
これが躾けの結果だと言うなら、間違っていたと自分を責めるはずだ。

この父親は、親として子どもに愛情があったとは到底思えない。
いや、子どもにだけではなく、自分より弱い立場のものに対して、守るのではなく、暴力で支配する事が自分にとって無くてはならない生きる術だった。

こういう人格障害者が、見えないところで人を踏みつけながらどれだけ世の中で堂々と生きていて、社会で評価されていることか。

精神バランスを崩して、生活に支障がでれば病院で治療はできるし、周囲の人も対処はできる。


病気とも言えない、診断も難しい、外では良い人、仕事も有能であれば、こんな危険人物だとは誰もわからないし信じてもらえない。


家庭内DV,虐待を家族が訴えた場合、公の機関がどう動くかが問題だ。

以前に比べればきちんと対応をするようになり、相談機関も増えている。

DV加害者の人格について、もっと分析、研究してもらいたいと思う。


この事件は、父親の異常性を知りながら、各機関が家族を守る事を怠り、それどころか父親に女児のSOSまで教えてしまい、それがきっかけで事件になったともいえる。これに対しては、怒りがおさまらない。


実は、我が子も虐めに会った時、学校のアンケートにSOSを書いたことがあった。「秘密は守ります」と言う言葉を信じて。
だが、担任教師は、その紙をクラス全員の前で見せ、我が子の名前まで晒した。そして虐めをしたのは誰ですかと大声で聞いた。当然、全員沈黙だ。

その為、虐めは陰湿になり更に悪化、ターゲットも次々と増えて行った。他の子が、虐めグループの主犯の名前を担任に教えた。

教師は、虐めっ子の言い分だけを信じ、虐められる方に原因ありと結論をだした。

担任の間違った対処により、どんどん裏で虐めは広がっていた。秘密は守られないと知った子どもたちは誰も教師に相談もせず、黙った。不登校になった子もいた。担任は、「虐めは解決し、いいクラスになった」と自慢していた。

私も子も、学校に裏切られた。もう過去の話だが、一生忘れない。

この時、子を守れるのは親だけだと実感し転校させた。この学校は荒れ、授業妨害する子、火をつける子まででた。それでも、校長は問題の無い学校と「事なかれ主義」を貫いた。勿論、私が校長に実態を訴えても、意見は潰された。「その問題は解決ずみ」としか返事が無かった。


この時、学校からも虐めを受けている様な感覚だった。転校先の学校がとても良く、学校全体で虐め撲滅に取り組み、相談にも熱心に乗ってくれ、救われた。こんなに学校で、教師で違うものかと驚いた。


一概に全てが悪いと決めつける事はできない。

でも、この女児のいた環境は悪かった。

せっかく訴えたのに。助けてもらえなかった。悔しい。腹立たしい。

お母さんも、もっともがいてほしかった。子どもさんと一緒に安全な場所に逃げてほしかった。恐怖で動けないなら、誰かに連れ出してほしかった。

国をあげて、DVがあるとわかった時点で、母子を守るしっかりした制度をもっと強化すべきだ。

これは虐めでも同じだと思う。

この父親に、女児が味わった同じ思いを味わわせてやりたい。どんなに辛かったか、怖かったかを思いしらせたい。辛すぎて仕方がない。

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