りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ: つぶやき

知り合いの人から、クーポンがあるから一緒に行こうと誘われ、”ボヘミアン、ラブソディ”をまた観に行って来た。
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近くの映画館にはIMAXも応援上映もなく、静かに観るのも音響もいまいち不満だった。

足を動かしたくても、手拍子したくてもできず、うずうずしていた。

なんと、この時期に、とある映画館で4DXでの上映が始まった。是非行きたいと思ったところへタイミング良い誘い。しかも、この映画館は他よりも音響設備が良かった。


知人の車に乗せてもらい、ドキドキワクワクで入った。荷物はロッカーに入れるようにと言われ、ええ?と思いながら、蓋付の飲み物だけ持って入った。

始まる前に、4DXのデモンストレーションがあった。

カーアクションの場面が出て、ドカン!という音と共にいきなりの揺れ。びっくりする。震度7の地震はこんな感じかと恐怖が一瞬襲う。すでに4DXを体験された方、子どもさんにとっては、刺激的で楽しかったかもしれない。

座席後頭部から耳元へシュッと当たる風、横壁からのピカッと光る照明、前から横からの風や臭い、スモークなどを紹介し、カーアクションの激しいシーンを体験する。

雨のシーンは濡れたくないので、座席のスイッチをオフにした。(これは後悔した)

自分は、激しいアトラクションは元々苦手。
メニエール持ちの私には、酔いそうで怖い。どこか捕まえないと席から落ちそうになる。

確かにバッグ持っていたら飛んでいくかもしれない。なるほどロッカーに預ける意味はこれか。

これから観る映画が、音楽映画で良かったと思った。


デモンストレーションの動きの激しさに、心臓がバクバクしたのを落ち着かせていたら、すぐにボヘミアンラブソディが始まった。

20世紀FOXのファンファーレ。クィーンバージョン。
サントラで家でも何回も聴いていたが、音響の良い映画館でしか聴こえない音がある。それを聴く為に来たと言ってもいい位だ。


ファンファーレの最後の部分に、左の方から聴こえるギュイーン!という音。このわずかな音が胸にドウーンと響く。もうここで涙が出て来たのだった。      続く    






      

知人から「引っ越しを考えているけど、紹介してもらった家がお宅の近くらしい。明日、家の中を見せてもらいにいく予定なんだけど、環境がどんなかなと聞きたくて~」と相談があった。

場所を聞くと、近くは近くだが、町内も違い、行った事の無い地区だった。

「散歩がてら、外観だけでも見て来ましょうか」と答えて、夕方ブラブラと見に行く事にした。

地図を思い出しながら歩くと、すぐに見つかった。

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知人は、賃貸マンション住まいだが、一戸建てに住みたいらしい。家賃は同じ位で、中古の家を探している。知り合いの不動産屋からその家を勧められたそうだ。


娘さんもいる事も配慮して考えると、私はその家の雰囲気や環境が引っ掛かった。

もし自分なら絶対住みたくないと思った。まだ中も見ていないが、直感的に無理だった。

他人が決める事なので、口を出す事もないが、もし、相談されたらここが気になるけどと言う位は話すかもしれない。


不動産からやけに押されているというのも気になった。焦らず娘さんの安全も考えて色々見てから決めた方がいいのではと内心思う。

私は子どもの時から親の転勤も多く、大人になった後も引っ越しが多かったせいか、住居探しには独特のこだわりができている。身体で感じる直感も大事にする。


中には、前に住んでいた人の残像を感じる時もある。その印象が良いか悪いかでも変わる。

家探しに失敗すると、精神的にかなり影響を与え、運まで変える。家賃が安いとか外見だけで不動産の宣伝を信じて選ぶのは危険だ。

賃貸であろうが、どんな事情であろうが、住居は人生も換えてしまうと大げさに考える位がいいと思う。

それ位慎重に選んで良いと思う。急がなければ、何十件と見て回り、納得いく物件に出会うまで焦らない方がいい。

私は何回か失敗した。

遠方にいて、自分で見ずに人に任せて決めた家は、どれも問題ありだった。

探してくれた人の責任ではない。任せた自分の責任だ。

一軒は、大家さんが覗き魔で、留守中に勝手に家に侵入している疑惑まであった。

たまたま平日具合悪くて仕事を休み、家で寝ていたら、誰かがいきなり玄関のドアノブをガチャガチャと開けようとしていた。

泥棒かと思い、玄関に行きドアを開けると、大家の爺さんが目の前の塀の下にしゃがんで隠れていた。丸見えなのに。慌てたのだろう。

昼間は留守と知り、そうやって侵入していたのかと気持ち悪くなった。

盗聴器があるのではないかと感じる事もあり、1年で出た。

もう一軒は、夫が勝手に探して決めた家だった。学校との距離や評判をよく調べてから決めてほしいと言った時には、相談も無く、何も調べないまま決めてしまっていた。

引越すと学校は荒れている事で有名な学校だった。

近所の人から「よりによってわざわざこんな環境の悪いところにどうしてきたの」と言われた。

事件の多い町で、我が家も泥棒や覗きの被害にあい、夫に良く調べたのかと聞くと、「安かったからいいじゃないか。文句あるなら家賃を自分でだせ」と開き直った。

その後、また夫が勝手に転職し引越す事になった。

私は次からは自分で探すと宣言し、何軒も見て回り、校区の評判も調べて決めた。


家賃は同じで、条件にあう家があった。

夫は安心する事もなく、(転職して引っ越しや転校させた自分の事は頭になく)不機嫌になった。
給料はほとんど自分で使うようになり、次第に経済的DVが始まっていった。

話がそれたので、戻します(笑)

                 



私は、近所の人とは顔みしりではあるが、めったに合わないし、職場の友人も私生活でも仲良い人は少ない。一時べったりしていた人も、仕事を辞めてしまうとそれっきりになる人が多い。
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私の場合、引っ越しが多かったので、県外に友人が多く、会いたいなと思ってもすぐに会えず、寂しい。今の土地に来てから、多くの人と出会ったが、気の合う友人となって残った人は少ない。

嬉しかったのは、大きな風水害が襲った時、すぐに連絡をくれた友人達がいた事だった。

北海道から九州まで、あちこちから、メール、手紙やはがきが来た。
私の親族からも沢山心配の連絡がきた。


夫の親族からは一件もいっさい連絡が無かった。おそらく夫に問合せがいき、夫が何かしたのだろう。
(自宅には連絡するな、僕に聞いてくれ、被害が酷い、自分も心配なので近いうちに帰る。といってお見舞い金を色んな人から受け取り、こちらには黙っていた。この事も私は知らないと思っている)
何の被害も無かったのに、人の好意に付け込む嘘つきだ。こういう時に、嫌な気持ちにさせるのはいつも夫の方。

私は友人や親族に恵まれていると思う。優しい人たちばかりだ。

そんな良い人間関係を子どもに見せる事ができただけでも救われたし、感謝している。

もし夫だけの人間関係しか無かったら、いつも嫌な思いばかりして人間不信になっていただろう。
夫と離れた事で、嫌な世界に関わらずにすんだ事だけは良かったと思う。


遠くにいる友人たちが、何年も会わなくても気にしてくれた、覚えてくれたんだなと嬉しかった。もうだいぶ前の事だけど。私もその気持ちを忘れず、恩返しをしていきたい。

今の土地で、ママ友と賑やかな付き合いをしていたのも遠い過去の話。今では皆どうしているのだろう。という関係。

子や夫のつながりでは無く、自分の世界で自然にできた友人が残った。ママ友の中で今でも仲良しなのは、県外の人たち。

今では若い時と違って、なかなか友人はできにくい。

仲良くしてくれる人の存在は宝ものだ。

私は何か無神経な事を言ったりしているかもしれないし、自分の家庭の話もしない、良くわからないであろう自分を受け入れてくれるのだ。


勝手なものだ。子育てしながら仕事に追われ、夫に振り回された日々、いつも「1人になりたい」「また独身時代みたいに、アパートで一人暮らしをしたい」と思っていた。毎日くたくたで、やせ細っていた。

子ども達が早く自立して、早く1人で気楽に老後を過ごしたい。と望んでいた。


現在、その日が近づいてきて、1人で過ごす時間が増えてくると、今度はもっと友達が欲しいとか、ペットを飼いたい、とか子どもが家にいたら活気がでるなあとか、思いを巡らす。体重も10キロ増えた。自分勝手な私。

私の老後はどうなるのだろう。貧困であることは間違いない。私の老後は私が決める。その為にはまず健康でいなくては。




10歳の女の子が、父親に虐待されて命を落とした事件。

次々と辛い内容のニュースが流れ、辛すぎて目をそらしてしまう。

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この父親の行動は虐待とかDVとかのレベルを超えている。

鬼畜、人格障害であり、逮捕された今でも悪い事をしたと思っていないとか躾けだったと自分を正当化している。


どんな理由があろうと、我が手で子の命を奪ったというだけで、ショックを受け、後悔の念にさいなまれそうなものだ。まさかこうなるとは思わなかったと言うなら、尚更だ。

躾けとは子を思う愛情の上に成り立つもの。
これが躾けの結果だと言うなら、間違っていたと自分を責めるはずだ。

この父親は、親として子どもに愛情があったとは到底思えない。
いや、子どもにだけではなく、自分より弱い立場のものに対して、守るのではなく、暴力で支配する事が自分にとって無くてはならない生きる術だった。

こういう人格障害者が、見えないところで人を踏みつけながらどれだけ世の中で堂々と生きていて、社会で評価されていることか。

精神バランスを崩して、生活に支障がでれば病院で治療はできるし、周囲の人も対処はできる。


病気とも言えない、診断も難しい、外では良い人、仕事も有能であれば、こんな危険人物だとは誰もわからないし信じてもらえない。


家庭内DV,虐待を家族が訴えた場合、公の機関がどう動くかが問題だ。

以前に比べればきちんと対応をするようになり、相談機関も増えている。

DV加害者の人格について、もっと分析、研究してもらいたいと思う。


この事件は、父親の異常性を知りながら、各機関が家族を守る事を怠り、それどころか父親に女児のSOSまで教えてしまい、それがきっかけで事件になったともいえる。これに対しては、怒りがおさまらない。


実は、我が子も虐めに会った時、学校のアンケートにSOSを書いたことがあった。「秘密は守ります」と言う言葉を信じて。
だが、担任教師は、その紙をクラス全員の前で見せ、我が子の名前まで晒した。そして虐めをしたのは誰ですかと大声で聞いた。当然、全員沈黙だ。

その為、虐めは陰湿になり更に悪化、ターゲットも次々と増えて行った。他の子が、虐めグループの主犯の名前を担任に教えた。

教師は、虐めっ子の言い分だけを信じ、虐められる方に原因ありと結論をだした。

担任の間違った対処により、どんどん裏で虐めは広がっていた。秘密は守られないと知った子どもたちは誰も教師に相談もせず、黙った。不登校になった子もいた。担任は、「虐めは解決し、いいクラスになった」と自慢していた。

私も子も、学校に裏切られた。もう過去の話だが、一生忘れない。

この時、子を守れるのは親だけだと実感し転校させた。この学校は荒れ、授業妨害する子、火をつける子まででた。それでも、校長は問題の無い学校と「事なかれ主義」を貫いた。勿論、私が校長に実態を訴えても、意見は潰された。「その問題は解決ずみ」としか返事が無かった。


この時、学校からも虐めを受けている様な感覚だった。転校先の学校がとても良く、学校全体で虐め撲滅に取り組み、相談にも熱心に乗ってくれ、救われた。こんなに学校で、教師で違うものかと驚いた。


一概に全てが悪いと決めつける事はできない。

でも、この女児のいた環境は悪かった。

せっかく訴えたのに。助けてもらえなかった。悔しい。腹立たしい。

お母さんも、もっともがいてほしかった。子どもさんと一緒に安全な場所に逃げてほしかった。恐怖で動けないなら、誰かに連れ出してほしかった。

国をあげて、DVがあるとわかった時点で、母子を守るしっかりした制度をもっと強化すべきだ。

これは虐めでも同じだと思う。

この父親に、女児が味わった同じ思いを味わわせてやりたい。どんなに辛かったか、怖かったかを思いしらせたい。辛すぎて仕方がない。

続き


普通のサラリーマン家庭で、妻の浮気を疑い、子どもの戸籍をめぐって裁判までする男性はいるのだろうか。036ELLY18420_TP_V1


この夫婦の場合、奥さんは、周りに「夫が私の浮気を疑って、自分の子じゃないというのよ。ひどいわよね」と訴えていた。

「妻を疑うなんて失礼な旦那さんね」「ひどい。産まれてくる赤ちゃんが可哀想」などと周りは奥さんに同情していた。
浮気する様な人にも見えず、地味で家庭的だったから。


しかし、旦那さんの主張を聞くと、「単身赴任でいなかった時期だ」「夫婦関係は冷めていた。離婚話が進んでいた」「妊娠した事をぎりぎりまで隠されていた」「男性が夫の留守中に良く家に入っていたという近所の声」など、まあ芸能人のゴシップみたいな事になっていた。

両方の話を聞かないとわからないものだ。でも、真実は奥さんにしかわからない。

どう騒いでも、奥さんが否定する限り、裁判にしてDNA鑑定をしなければこのご主人の意見は、証明されないのだった。勿論奥さんの潔白も。(なのに奥さんは拒否)

奥さんは、ご主人の上司にも泣きついた。鑑定をさせない為に必死だったのだろう。

上司はご主人にこう言ったそうだ。

「仮に奥さんが浮気してたっていいじゃないか。自分の子でなくても、目をつぶって広い心で自分の子として育てればいいじゃないか。心が狭いぞ。」

この上司は、自分が同じ立場でもそうするのだろうか。他人の家庭の問題に巻き込まれたくなかったのか。なら黙っていればよいのに。

職場の上司にまで言いつけ、自分を追いつめる奥さんに対して更に怒りが増したそうだ。

家庭のゴタゴタが職場にばれ、上司とも気まずくなり、ご主人は会社を辞めてしまった。奥さんの嫌がらせにも思われ、子どもの事より離婚話の方が先に進んでしまった。

もし、仮に奥さんが不貞の子を産んでいたら、実の父親は自分だけ関係ないところで平然と暮らしていたわけだ。
もし、その相手と本気で恋愛していたら、さっさと離婚して、その人と一緒に暮したはずだろう。

そうせずに、夫に嘘をついて出産したとしたら、相手とは一緒になれない関係だったのか?
何だか、子どもが一番可哀想だなあ。とお節介だが、こういう事はしてはいけないよ、と思う。


同じく、罪な事をした喜多嶋舞さんの長男への無責任さ、冷たさには驚く。彼女は自分の幸せの為にそうしたのか。
それで幸せになったのかな?

綺麗で、女優で、両親は大物で、何もかも恵まれていてこんな羨ましい人はいないのに、どうしてこうなるのだろう。幸せって何だろうとつくづく考える。




喜多嶋舞さんの長男の事件が報道されたことで、再び長男さんの人生が話題になっている。


今はもう父親ではなくなった大沢樹生が、障害を抱えた幼い彼を必死で育てていた頃の様子をテレビで見た事があった。


父親として精一杯の愛情で子育てしている印象。時にはぶつかりあい、身体を張って?息子さんと向かい合っている様に見えた。

確か、福祉系の学校主催の講演、(子育てについて)もされていたと思う。

息子さんの顔は、個性的な大沢樹生には全く似ていなくてお母さん似なのかなと思っていた。

その頃から、母親である喜多嶋舞さんは何故子どもを手放したのかと不思議だった。

その後のDNA鑑定の件では、大沢の方に、そこまでしたくなる何かがあったのだろうと個人的に思う。子の障害の原因が自分にあるかどうかを調べる為とは説明していたけれど。それ以外に。


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自分の周囲の人からも、DNA鑑定をするしないの話題を耳にする様になった。

それだけ簡単に安くできる時代になったという事か。科学の力で解明される事の無かった時代は、どれだけの嘘がまかり通ってきたのだろう。冤罪も解明されないまま終わった事件は多かっただろう。


同級生に聞いた話を思い出す。

結婚して数年後に妊娠した。ご主人から浮気を疑われ、否定したが信じてもらえす、DNA鑑定ではっきりさせようと迫られた奥さんがいた。

「浮気なんかしていない。絶対にあなたの子どもです」と主張した。

喜多嶋舞と同様、否定しながらも、なぜか鑑定を拒否し続けた。

出産で実家に帰ったまま、戻らなかった。

赤ちゃんのDNA鑑定を拒否したので、益々疑いは濃くなった。奥さんが出生届を出し、戸籍上はご主人が父親となった。

ご主人は、自分は父親ではないと訴えを起こしたが、否定する奥さんとの調停が上手くいかず、奥さんの言い分を信じる調停委員から説教されたり、周りからも悪い夫と思われてしまった。


疲れたご主人は、気力と弁護士費用も無いとの理由で、裁判をあきらめた。戸籍はそのまま。結局離婚する事で話が終わった。


鑑定を拒否すれば自分への疑いは晴れないが、子どもの戸籍はそのままだ。だから奥さんにとっては勝利だった。

奥さんは裁判になるのは怖かったはずだ。

負けて父親の名を書き換えるのは、子の戸籍に自分の不貞の事実が残される様なものだ。周りの心配してくれた人からも軽蔑されるだろうし、夫から慰謝料も請求されるだろう。実家からも恥をかかされたと見放されるかもしれなかった。

だから、離婚しようが、裁判にならなかっただけで、大勝利だったのだ。(ご主人が正しければの話。)離婚して夫と子どを引き離す事も彼女にとっては良かった訳だ。

私なら、「鑑定で私の潔白が証明されたら、しっかり謝罪をしてもらい、慰謝料を払ってもらいます」と宣言してから、積極的に鑑定に協力し、慰謝料をがっぽり頂きますが(笑)
                                        
                                                                           続く




眞子様の婚約者(の予定?)の小室圭さんが、お金のトラブルの件で「解決済み」と書面で発表された。
お母様の元婚約者の反論があって、テレビではあれこれと話題になっている。

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個人的には、自分の娘の結婚相手と思って考えると~秋篠宮様の気持ちが良くわかる。


母親が人とトラブルがあり、親子で問題を放置している感が、娘側の親にしたら不安材料になるだろう。


良く知らない小室さん親子について、勝手にあれこれ言うのもおこがましいが、薄っすらと違和感を感じてしまう。


一般的に考えて「本当に結婚したいなら」「親なら」「人にお世話になったのなら」など、この言葉の後に続く行動は、誰でもが思いつくことであり、今回のトラブルの解決はさほど困難ではないと思う。

すぐに解決に向けて動いてほしかった。

なぜこの親子は何も努力をしないのだろう。


最初、圭さんの経歴を聞いて、裕福な家のお坊ちゃまかと思った。


元婚約者の話では、圭さんのお母様は圭さんの成人式の日も、高級ホテルに車で乗せていくように頼み、そこで食事をし、ホテル内の高い写真館で、母子2人だけの撮影をし、プレゼントも支払いも男性にさせていたという。一緒に写真を撮る事もなく、「自分の存在は何なんだ?家族ではないのかな」と感じたと報じられていた。


小室圭さんを見ていると、よくわからなくなってきた。
母親と仲良しで、優しく、良い息子さんなのは伝わる。結婚してから何かあった時、速やかに自分の意志を持って決断し、眞子様を守れる様な行動できる人なら良いのだが。皇室の人に結婚を申し込んだ人だから、自信と覚悟をもっておられると思う。

それを今ここで、行動で示すべきなのだ。


人に感じる違和感は、大事にした方がいいと思う。

世間の人は、小室さんの方から結婚を辞退すると思っていたのではないだろうか。

一旦、身を引く方が良いのではという世間の意見は多いだろう。

今のところでは、解決しようとする動きもなく、資格をとる努力はされてはいるが、けっして自分から辞退はしないつもりなのだろうか。


皇室側から断ることになれば、どうなるか想像がつく。(おそらく税金が使われる。)

もしそうなったら、小室さん親子は更にパッシングを受け、これから先は大変だろう。


小室さん親子に関してのこの意見は、個人の勝手な想像である。

全てが私の誤解であり、これから誠実な対応をされて無事結婚され、眞子様と幸せな家庭を築いて下さる事が一番の願いである。




他のカテゴリーのブログなどを、時々読ませて頂いている。

感心したり、同情したり、羨ましかったり、人生色々で~面白い。

もしかして、我が家の生活ぶりを赤裸々?に書けば、間違いなく「生活苦」とか「老後破産」のカテゴリーがぴったりの様だ。
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生活苦や節約のカテゴリーなのに、これで貧乏?と思う人がいることに驚く。

”こんなに節約しています。”とか”無駄使いをやめています。”と、その生活ぶりを書いてあるのだが、「毎年行く海外旅行を節約の為に国内旅行にした」とか、「今月のクレジットカードの支払いが〇〇万円」とか、「子どもの塾が〇〇万円」だとか、高収入で退職金、年金貰えるのに老後が心配だとか。

写真にみる食事の様子もうちよりずっとご馳走。素直じゃない私は、自慢?とまで思ってしまうほど。


え~これで貧乏、生活苦なの?ならうちはどうなるの?

私は貧乏の底辺にいるの?と落ち込んでしまいそうになった。一部のブログだし、書いてある事が全て真実とは限らないものの…。

貧乏とは、結局人の主観にもよるんだな。と思う。

私は、我が家は貧乏だとか、節約生活だとか口にしない。これが普通、これで充分と思っているから。

本当はそうじゃないとわかっているけど、口にはしない。うちは貧乏だと意識してしまったら、心が本当に貧乏になってしまいそう。




ご無沙汰していた古い付き合いの友人から、メールが来た。

本当に久し振りで、メールと電話でやりとりをしていたら話が盛り上がり、つい長くなってしまった。


面白い話を聞いた。今だから…みたいな事だろう。

この友人は夫の大学の後輩で、当時の夫の事を私より知っている。

お互い、就職や結婚で遠く離れてしまい、年賀状だけのお付き合いになってしまった。でも、若い時の友人は、いつ会っても分かり合える気がする。

お互い子育てで追われていた時期を乗り越え、少しほっと落ち着いてきたところだ。

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彼女は、うちの今の状態は知らなかった。


てっきり、夫婦仲良くお正月を過ごしたのだろうと思ってのメールだった。


簡単に家庭の状況を説明した。やはり夫の事を「そんな人とは思いたくなかった。がっかりした。」と驚いていた。彼女自身も結婚生活は苦労の連続だったらしく、最近やっと楽になってきたとの事だった。


そして、私の知らなかった過去の話を教えてくれた。


睡眠不足気味のお正月。

楽しいからいいのですが。


昨夜はレイトショーで、ボヘミアンラブソデイーを再び観て来た。あの音楽を劇場で聴きたいので、何回でも観たい。



ドライアイ気味なのと睡眠不足で、少しボーッとはしていたが、始まったらあっという間、またのめりこんでしまった。


クラプトンの曲も一瞬流れるし、マッカートニーの名前も出て来る。
現実と多少異なる部分はわかっていても、映画として素晴らしく、良くできていると思う。

前回とは別の劇場だったが、音響が違い(IMAXではない)前回聴こえなかった音が聴こえて来た。

最初の20世紀フォックスファンファーレのギターの音からして聴こえ方が違った。鳥肌がたち感動した。



もっともっと爆音で、一緒に歌いたい、動きたいと思ったが、応援上映ではなかったので、こらえた?(笑)


終了し、満足感一杯で立ちあがったら、ふらついて酔っ払いみたいになったがすぐに立ち直った。

目のせいか、脳が疲労していたのだろうか、映画はなるべく昼に観る様にしよう。

老化を感じて嫌になる。かつて体調不良を起こしてから、予期不安がまだ残っているので無理はしないようにしている。


何でも良いから、ささやかでも好きな事をして、明るく元気にいこう。

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