りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ: つぶやき

知り合いの家に久し振りにお邪魔した。

マンションの4階なので
夜景の綺麗な事。

そこで思い出した。
高い所から街や海などの風景をみるのは
心が安らぎ、解放され、大好きだということ。

だから、2階でもいいから
高台で眺めのいい住居に住みたいとずっと思っていた。

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実家は高台なので、そこだけは救われる。
嫌な事があっても、
2階のベランダからの夜景が美しく、気分がかわる。


でも、今の自宅はそうじゃない。
ベランダにテーブルを置いて、景色をみながらお茶を飲みたい。
簡単なことなのに、そういう事ができる住居を選ぶことを忘れていた。


当時は住めたらいいみたいな余裕の無い状況だったので
今の住居にするしかなかった。
夫のあれこれで、生活することが精一杯だった。

今、余裕が出てきて?そんな事を思い出したわけか。

できることなら
今からでも、マンションの3階位で
眺めの良い部屋に引っ越したいなあ。
(3階というのは、地震などの災害時に階段ですぐに
避難できる高さが良いと思うから。

昨日、夜景を見ながら
久し振りに自分らしさを取り戻せた様な気がした。
独身気分に戻った。

いつか本当に独身に戻り
今度は自分の為に、自分だけの住居を選べたらいいなあ。

昨日は、たった一日だったのに
旅行に行った様な気分転換ができた。

昨日に続く内容だが

もし、実家にこんな強い台風が来るとなったら
どうなるのだろう。

マンションなら良かったが
古い木造の一軒家だ。
高齢の両親は、外の植木鉢を運ぶのもやっと。

弟が手伝うのだろうが
うちの実家なら、屋根とかが飛ばされそうな気がする。

私なら、絶対避難するだろう。

ホテルが予約できれば良いが
おそらく、すぐに満室になるだろう。

近くの避難所も、今はコロナが怖い、
2人とも癌だ。

それに、日本の避難所運営は遅れており、
場所を開放するけるだけで
まずは自分で準備しろという。

食べ物、毛布、水など全て自分で運ばねばならない。
おまけに歩いて来いと言う地区もあるそうだ。

夏だし、夕食と翌日の食べ物を用意していくのは
衛生面も心配。
パンを持っていこうとしても
これもすぐ売り切れて買えないこともある。

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車の無い家の人や高齢者はどうしようもできない。
とりあえず、着の身着のまま、命を守ることが優先。
でも、そのまま家が崩壊して
何も無くなったらと思うと。
そんな事を考えて居たら
憂鬱になる。
実際、そんな被害に遭われた方が大勢おられる。

弟が両親の近くにいて良かったが
もし、そんな台風がくることになったら

弟は自分の家に親を連れて行くだろうか。

鉄骨のしっかりした大きい家だから
実家よりは安心だし、部屋もある。


弟は、連れて行きたいだろう。
でも、あのお嫁さんだ、ダメというに違いない。

過去に似た様な事があったし、
世間の人から見れば、何故?
親の生命を守る為でもダメなの?

と世間は彼女の人間性に驚く。

しかも、少しも後ろめたさを感じない人で
「お母さん、しっかり気をつけなきゃだめですよ」
と説教までしてくるのだ。

弟はそういう事をぐっと我慢し
言いたいことを言えないので
ストレスが溜まっていると思う。

災害を思うと
色々、嫌なことを思い出す。


台風の事を考えると

色んな事を思ってしまう。


凄く怖い最大級の台風がきますよ。早く避難してくださいと
テレビで何度も聞いていると

これまでは、川沿いとか
崖崩れの不安とか家が古くて危険とか
それなりの避難する条件みたいなものが
ある人だけだと思っていた。

でも、今の日本では
「木造の家は吹き飛ぶ」
「車も飛ぶ」
「竜巻が何時間も居るのと同じ」
とか聞くと

マンションとか、しっかりした構造の建物以外に住んでいる
人は、怖くて家にいられないだろう。

地方は、一軒家も多いので
今回、避難する人が多いだろう。
全てのホテルが、台風の来る日だけ満室らしい。

コロナで、避難所は嫌だし
go toで安いし、ということで
これまで無かった事だろう。

ホテルもコロナは心配だが、
体育館よりは安心だ。

体育館は、密だし、トイレなどが感染リスクがありそうだし。
停電、断水になれば更に。


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仲の良い親族がマンションに住んでいて
そこに一晩、泊めてもらえたら助かるだろうなあ。

でも、いざ台風が去り、帰宅すると
自宅は壊滅で、長い停電や断水になったら
どうなるのか。
しかもコロナがある。

どうして今年は、こんな試練が次々とおこるのだろう。

もう災害は起きてほしくない。

こんな時代に、
避難所運営が全く改善されない、
被災者に冷たい国なのはどうにかならないのか。

これからは、もっと災害対策に強い国にしてほしいものだ。
税金の使い方を考えてほしい。

9月なのに、猛暑だったり
恐い規模の台風がきたり
災害が多い時代になってきた。
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この時期になると
夫が私たちが被害にあって
不幸な目にあうことを期待している気がして
憂鬱になってくる。

世の中の同情が欲しかったり、
自分は遠くで何もせず、
口はだしてくる。

今年は、コロナといい
本当に嫌な年になった。


昨日の続きを書きたかったが
夫の話はエネルギーを消耗するので
今日は思い出して書く気力が無い。

で、以前から気になっている夢の話を。

同じ数パターンの夢を定期的に見ることが気になる。

最近多いのが
家に帰れない夢だ。
電車に乗って帰りたいのに
どれに乗ればよいのかわからなかったり
駅に降りても
家がどこだったか忘れたり、

ある時は、
昔住んでいた街に遊びにきたのに
バスでいざ帰ろうとすると
乗り場がわからなくなったり
行先がわからないとか

バスはいつも混んでいて
どこで降りたらよいのかわからず
パニックになる。

昨日見た夢は
1人旅にでて
色々観光した後、すっかり疲れて
夜になってきたので
帰ろうとするが
そこがどこで、
自分の家がどこかも忘れている。

途方にくれて
1人暗い道をうろつく夢だった。

団体旅行をする夢も見る。

それも、ホテルで自分の部屋がわからなくなったり
帰る時に乗るバスがわからないとか

いつも夢の中で焦っている。

良い夢ではない。

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夢診断などで調べると
色んな説があるが

〇何か決断しなければならない事で
迷っている…

〇今後の自分の生き方について
迷っている


らしい。
確かに。そうかもしれない。

でも、疲れるので
こういう夢はあまり見たくないものだ。

他にも気になる夢を見る。

良い夢といえば
探し物がどこを探してもない時、
最期は夢にお願いする。

すると、それを見つける夢を見る。
現実も夢と同じ場所にあった、という事が多いのだ。

無意識にそこに置いた記憶が
夢となって甦るのかもしれない。

もっと楽しい夢を見たいものだ。



時々、何でこうなった?と思う。

自分は結婚せずに(できずに)一生独身だったはず。

独身時代は、子どもの可愛さもわからず、
どっちかというと嫌いな方で
赤ちゃんのあやし方も知らなかった。


20歳の頃、
何故、人は皆同じ様な生き方をしなくてはいけないのだろう。
色んな生き方があってもいいじゃないか。
何故、結婚しないといけないのだろう。
と疑問に思っていた。

こうでないといけない、と人からの圧力で
自分の人生を決められてしまうのが
とても嫌だった。

就職すれば、すぐ結婚するんだろうとか
結婚したら辞めるよね、とか
親からも、早く結婚しないと
歳をとったら誰も相手にしないよ、みっともない、
と言われた時期があった。

女性が仕事に夢中になると批判されるような
そういう時代だった。

結婚したら家庭に入れとか
共稼ぎでも何もかも女がやるべきと言う男性は
嫌だった。

そんな自分の気持ちを理解する相手じゃないと
結婚なんかしたくない、
妥協して、焦って結婚する位なら
一生独身で、バリバリ仕事して
稼いで、東京のど真ん中にマンション買って
優雅に独身生活を過ごしてやる、
きっと、世間や親が
「結婚しないの?」「孫は?」と
うるさいだろう。

その時は親と縁を切ろう。

恋人はいても、結婚はしない。
それでいいじゃない。

私は、人と違う人生でいいんだ。
もてないし、きっとそうなっていく。
優雅な生活はできないかもしれないけど
世間の偏見と闘って生きていくのだ、

と覚悟していた。

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そうなるはずだったのに
いつのまに、こんな結婚をしてしまったのだろうと
夢から醒めたような
異次元の世界に来たような気がする時がある。

本当に、どうしてこうなったのだろう。
やっぱり、自分は結婚すべきじゃなかったのでは。

良かったのは、子どもの存在だけだ。

子どもと出会えたのは良かった。
でも、今の世の中を見ていると
自分の若かった頃の、夢をもてる時代とは違っている。

こんな時代で、こんな家庭で
こんなだめな親のところに産んでしまって
申し訳なく思う。

やっぱり、一生独身でいた方が良かったのかもと思う。

今さらどうしようもないが
夫の嘘、洗脳の仕方、
それに乗せられた自分のダメさ、
あれよ、あれよと言う間に
ここまで来たと言う感じ。

考えようによっては
夫のいない独身みたいな生活だったし
大事な子どもたちと一緒にいて
嫌な奴はいなくて
好きな人だけがそばにいた訳だから
そう思えば良かったわけだけど。

納得がいかないのは
私と子どもたちの生き方を
夫が勝手に決めてきたということだ。

これからは、子どもたちも自分の力で
自由に生きていく。
私も、自分のやりたいようにやっていく。

後は、縁をきる時期とタイミングがいつになるかだけ。

まずは、早くコロナが収束しますように。

母の近所付き合いが大変だった話。

病気に関しても、見栄をはる?みたいな事を聞いて
驚いた。

仲の良いご近所さんは数人おられたが
亡くなったり、病気になられて
今は、2人の方と親しくしているようだ。

1人は、道をはさんで隣だが
以前そこの御主人がうちの実家を覗いていた。

こっちからは丸見えなのに
本人は見えていないと思ったのだろう。

母に伝えると
笑って気にしていなかった。

気にするところがずれている?

覗いていたご主人は、
病気が悪化してその後
亡くなられた。

母は、近年まで
大きな病気もすることはなく
元気だったが、
若い時から足が悪く、治療に長く通っていた。

それを、近所の仲良しさんは
何かにつけ
「私は、どこも悪い所が無いのよ。
病院なんて通う事も無いわ。」
と母に対して自慢していたそうだ。


それが母は、気に入らなくて
「馬鹿にされてる。私の方があなたより健康よ。
とマウントとられるのが悔しい」と愚痴っていた。

ところが、健康自慢のそのご近所さんが
脳梗塞を起こされた。

幸い軽く、すぐに回復されて良かった。
今は自宅でお1人暮らしだが
不安なので、何かあると母に助けを求めてこられるそう。

母は、人助けは献身的にやるタイプなので
お互い助け合い、今は順調な付き合いができているはずだ。

が、どこかで母が
「あの人、病気の人を馬鹿にしていたけど
自分だって病気になったじゃないの。
これで人の気持ちがわかったでしょう」
と、どこかいい気味と思っているのを
言葉の端々に感じた時があった。

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そうしているうちに
母が足の手術をし
その後、悪性リンパ腫で腸の手術をした。

母が最初に腸閉塞で入院した時に
私が帰省した時の話。

その時、そのご近所さんが訪ねて来た。

母の容態を聞きたくて来たのだ。

その時は、まだ腸閉塞の原因も病気もわかっておらず
はっきりと説明できず、
する気もなかったが
ご近所さんが、私にこう言ったのだ。

「あなたのお母さんは、
私が具合悪いと言うと、自分は何ともないわ、
自分は病気知らずだといつも私に自慢していたのよ。
あんなに、人に自慢していた人が
まさか、こんな事になるとはねえ。びっくりよ。
手術でもされるのかと思って、気になって聞きにきたのよ」

と、これまでの母への鬱憤を吐き出すかのように
娘の私は何も知らないと思ってか
お喋りをして、帰って行った。

流石に、最後には「いつも助けてもらって
ほんとうに有り難く感謝してます」とお礼を言われたが。

その前に、私も先に母の事を御詫びし、お礼も言っておいた。

ああ面倒臭い。これなんだな。

現実には、ご近所はいざと言う時には助けあう大事な存在。

でも、どこか競い合う部分があって
世間体も気にして
本音は、腹がたつこともお互いあるという関係。

今では、母が、救急車をよんであげたり
病院まで付き添ったりする事も増えたそう。
その逆も。

こういう近所の付き合いは大事だし、貴重だ。

だから、喧嘩したくない。
神経を使うけど仕方ない、という事だ。


誰でもどこでもそうなんだけど。
特別な事じゃなく。
会社勤めをしたことのない
専業主婦の母にとって
人間関係は狭い。

それにしても、
母から聞いていた話は、逆だった。
自慢してマウントとっていたのは母の方?
それとも、相手が病気をした時点で
母が復讐した?のかな。

何だか、レベルの低い話。

差別意識の強い昔の人のつまらない競争。

もし、私が重い持病や、障がいを持って生まれてきた子だったら
と想像すると
うちの親なら、生まれてこなかった事にされていたかも、
捨てられていたかも、とずっと思って来た。

そう子どもに思わせる親とは
どうなんだろうか。

自分の子には、そんな風には感じさせたくない。
夫は問題外だが
せめて私だけでも
信じてもらいたいと思ってる。


コロナ禍で
山を買う人が増えているという。
自然の中でキャンプをしたり
小屋を建てて、別荘にしたり
コロナから逃れてストレスなく過ごす為に
山が人気なのだとか。

昨日父の話をしたが、父が相続した山がある。

父から聞いた話では、父の子ども時代は
「山は宝、山を持っていると生きていける」
と言われるほど
山の資源は貴重だったようだ。

家を作る木材、杉などを植えたり
それを売ってお金にもなるし
食材も取れる。
ガスや電気が完備されるまでは
山から資源の薪を運び、水を汲んだりして
生活に必要な物は山で得られた。

今では、誰も行かない荒れた山になり
手のつけられない状況になっているらしい。

歩く道すら無くなっているから
人が出入りできる様にするには
労力もお金もかかるだろう。
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今では負の遺産。

場所もとても不便な遠い所にあるのだそう。
私は言った事は無い。

もっと近くで、ちょっとでも手入れされていたら
キャンプができたかもしれない。

それに、買ってくれる人もでてくるかも?

世の中何が起こるかわからないものだなと
思う。

水道も電気も通らない不便な山の中でも
あえてそういう場所に家を建て、
住みたいと思う人も世の中にはおられる。

自分が体調が悪かった時
父の実家の空き家で過ごしたいと思ったことがある。

自然に囲まれ、
静かで澄んだ空気の中で過ごせば
すぐに元気になりそうな気がした。

そういう別荘として維持するのも良いかもしれない。

今のところは、汚くて不衛生な状態なので
それは期待できないので
お金をかけて山小屋的に作り直さないと駄目だ。

お金さえあれば、
有効活用はできそうだが
弟は反対することだろう。

今のままでは
厄介な負の遺産のままだろう。

それでも父にとっては
大事な財産で宝物なのだ。



父の手術跡はおそらく順調に回復しているのだろう。

何かあれば弟から報告がくるはず。


父は歳相応の認知症になって
頑固さ、意味のなさそうな事へのこだわり、
過去への執着が強くなり
怒りっぽくなってきた。
まだ生活に支障はないので
病院で治療する様なレベルでは無い。

人の話をきかなくなり
注意したりすればするほど
カッとなってこじれる。

だから母のストレスもたまる。

父の過去への執着には
子として寂しさも感じる。

認知症は過去の記憶は鮮明に残り
新しい記憶は消えてしまう。

そのせいか
父は、自分の子ども時代の事ばかりが
頭にあるようで
誰もいない壊れそうな古い父の実家を手入れし
執着が強くなった。

ぼろぼろでとても住める様な家じゃないのだが
「思い出が詰まっている」とか
「この家を守ることが生きがい」と言い始めた。

結婚してから、自分の事は後回しにして
家族の為に必死で働き
自分の家を建て、
子どもを育てあげたという自分の大事な思い出は
どこへいった?

壊れていくだけの空き家の手入れに使う
エネルギーとお金、何と言ってもその執着心を
自分の建てた、妻子と過ごした今の家に
向けてくれたらどんなに良いかと思うのだ。

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父は、まだ今ほど認知がない頃
自分のアルバムを整理していた。

自分の人生をまとめるような感じで。

「自分の親の写真や思い出の品が少なすぎて嫌だったから
自分の記録は残したい」
と言っていたらしい。

戦争や貧困でそれどころじゃなかった時代の事は仕方がない。

当時の父の心の中には
(自分がいなくなった後も
子や孫に自分の存在や生きて来た証を残したい。)
という願望があったのだろう。

以前から父と良く会話するのは
私と私の子供達だけ。

母も弟家族も
父とほとんど話さない。
うっとおしいと思っている。


私たちが近くにいないので
父は話し相手がおらず、孤独なのかもしれない。

そこで、
自分の持っている限りで
父の写真を全て集め、
コピーするか、焼き直すかして
父と私の思い出写真集を作ってみようかなと思った。


古いアルバムから現在まで、全て出して
大変な作業になるかもしれないが
ぼちぼちやってみようかな。

父がどう感じるかはわからないが
少しは、思い出してくれればと思う。


実家の近所付き合いは神経を使うと
もう何年も前から愚痴っていた母。


近所の方々も、高齢になられ
亡くなられた方も多く
最近はコロナで家に籠りだしてから
付き合いも無くなり、気楽になってきたらしい。

誰かとお喋りはしたいが
心の中では競争意識や世間体を気にする関係。

歳をとるとそうなるのだろうか。

嫌だなと思うのは
お土産を渡すと
その日のうちに即お返しを持ってこられること。

母はそれがこの辺では当たり前だと言う。

個人的には
そんなの意味がないから
お返し制度反対と言いたい。

純粋に、あの人にこれをプレゼントしたいと思って
渡しても、
即、お返しがきたら
こっちの好意を突き返された様な気がする。

自分は、何か頂いたら、すぐにではなくて

時間が経ってから、誕生日とかお土産とかで
さりげなくお返しをする。
またそのお返しをされたら意味がないので
渡す時に、「先日頂いて嬉しかったからお礼の気持ち。」と一言付け足す。

すると、それで相手も素直に受け取って終わる。

何て疲れる事だろう。

仲が良くて分かり合える相手なら
気を使わず、お互い、お返しなしで、と言ってすむ。

絶対貰いたくない人、貰う理由の無い人から
宅配で届いた時は
あえて即効お返しした事が過去にある。
私が即返す時はそういう気持ちのアピール。
それも、伝わりそうに無い人なら
無視するかも。

というか、そういう険悪な人間関係は
過去に1度だけ。

でも、誰にでもそういう訳にはいかない。

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結婚や出産祝いなどの、内祝いは全く別。

ちょっとしたおすそ分けをしただけで
即、何か買って持って来られると
やらなきゃよかったと後悔する、

気もお金も使わせてしまって
迷惑だったんじゃないかと心配になる。

近所の高齢の女性と立ち話をした事があったが
その人も
「自家菜園で作り過ぎた野菜を、あちこちに配ってあげてるんだけど
○○さんだけ、お返しをくれた事がない。」
と愚痴っていた。

おそらく、こういう人は
「お返しなんかしないで。」と言って渡したり
それでもお返しをもらうと
「気を使わなくて良かったのに、いらなかったのに」
と言っているだろう。

言葉と本音の違いがあるのが怖い。

相手の言う言葉を信じて何もしないと
こんな風に、どこかで悪く言いふらされる事もある。
お返しを期待して
贈り物をする人もいるから。

母は、そういう付き合いに疲れていて
自分の葬儀の香典返しも、ケチるなといつも言う。
香典と同額をお返しをする様にと。

弟夫婦が、ケチるのではないかと心配している。

でも、もう次第に、そういうご近所さんも
高齢で、居なくなってきて
ご近所は新しい、若い人に入れ替わり
煩わしい付き合いも無くなって来ている。

それはそれで、寂しいことだが。

驚いたのは
お返しだけでなく
病気についても競い合っているというか
世間体を気にしている事だった。

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