りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ: つぶやき

最近、この国はどうなるんだろうと不安になったり、怒りを覚える事が多い。


国会中継を見ていてもそうだし、人権や差別問題についてもそうだし、外交、経済面でも色々あるが、今朝ネットで見つけたニュースは、本当に怒りが沸いた。
それは…

飲酒によって意識がもうろうとなっていた女性に性的暴行をしたとして、準強姦罪に問われた福岡市博多区の会社役員の男性(44)に対し、福岡地裁久留米支部は12日、無罪(求刑、懲役4年)を言い渡した。
西崎健児裁判長は「女性が拒否できない状態にあった事は認められるが、被告がそのことを認識していたと認められない」と述べた。
男性は2017年2月5日、福岡市の飲食店で当時22歳の女性が飲酒で深酔いして抵抗できない状況にある中、性的暴行をしたとして起訴された。

判決で西崎裁判長は、「女性はテキーラなどを数回一気飲みさせられ、嘔吐しても眠り込んでおり、抵抗できない状態だった」と認定。そのうえで、女性が目を開けたり、何度か声を出したりしたことなどから、「女性が許容している、と被告が誤信してしまうような状況にあった」と判断した。(毎日新聞より)

というニュースだ。
強いお酒を一気飲みさせ、嘔吐して倒れた状態の女性を介抱するどころか暴行し、しかも目を開けたから同意したと思ったと理由をつけて開き直っている事そのものが、人間としておかしい。

計画性も感じるほどだ。
伊藤詩織さんの事件(逮捕取り消し)や大学生の集団暴行事件(不起訴になった)が頭に浮かんだ人も多かったことだろう。
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具合悪くて倒れている人に対して
「目をあけたから、許容していると思いました」「相手が嫌がっているとは思えませんでした」と言えば、何をしても許されるという事になる。


この国はどうなっているのだろう。ここ最近、そう思う事が多すぎる。
嘘をついても、重要資料を改竄、隠ぺいしても、トップは責任をとらない。都合の悪い事は記憶から消える。

かつてなら、とっくに逮捕、辞任だろうと思える事件が、何もなかった様にうやむやに誤魔化されている。マスコミも力を失っている。


これからは(も)、女性は何をされても泣き寝入りする覚悟でいなければならないのか。


こういう判決に怒っているのは男性も同じだ。こんな男を無罪にされ「男は皆こんなもの」「男性とお酒は飲みたくない」と思われてはたまったものではないだろう。男性も性犯罪にあう事はあるし、女性だけの問題ではない。

性犯罪者は、刑務所からでても再犯率は高い。
人格を踏みにじられ、一生の心の傷を負った被害者の恐怖心やPTSDを考えても、厳罰に処し一生監視する必要があると思う。


性犯罪の厳罰化を望む署名運動も始まった様だ。
こんな理不尽な、犯罪を許す最悪な国は住みたくなくなる。


いつから日本はこんな国になってしまったのだろう。



卒業式の時期になった。

子どもの時の自分にとっては、卒業式なんて面倒臭い嫌な行事だった。緊張するだけの時間で苦痛だった。

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小、中、高と、卒業式の前になると、大声で指導する教師のもとで、何回も練習させられた。ひどい時は、ちょっと動きがずれただけで殴られた子もいた。

今思えば誰の為の式なのか、子ども達をお祝いする為の式なのに。馬鹿げている。

だから、自分にとって式というのは、「叱られない様に、学校の為にきちんと決められた通りに動くセレモニー」でしかなく、自分をお祝いする行事だなんて全く感じられなかった。


親になって初めて、式で感動する事になった。
「無事にここまで来たなあ。」という安堵感、色々な思い出があふれて涙がでる。
(そんな時、こんな感動も味わえない、思い出も無い、関心を持たない夫が愚かに思えた。)

子の小学校の卒業式で、最後に教室で担任とお別れの会をした際の事だった。

先生が「クラス全員が揃って卒業できるということは、当たり前と思われがちですが、当たり前ではないんです。とても素晴らしい事です。」と言いながら泣き出した。

30代の男性の、感じの良い先生だった。

その時、先生の目の前の一番前に座っていた子どもさんが、一緒に泣き出した。

その子どもさんは、不登校で辛い日々を過ごした子どもさんだった。

担任の先生やクラスメイトがいつも気にかけていて、「卒業式に一緒にでられたらいいね」と声かけをしていた。

先生は、その子どもさんが皆と一緒に卒業式に出席できれば、それが自信となって、その子の未来が開くきっかけになるのではないかと期待していた。

「全員一緒に式の日を迎えさせたい」と心から願っていた様だ。

ストレスにならない様配慮し、強制する事もなくひたすら祈っておられたという。


その子が自発的に式に出席した事は、クラス全員にとっても、とても嬉しい事だった。

不登校は、虐めとかが原因では無く、心因的体調不良と聞いていた。
学校に行きたいのに身体がいう事を聞いてくれないと辛い日々を過ごしていたと。本人も親御さんも悩まれた事だろう。
今なら、医療の発達で正確な身体的な何か原因が見つかるかもしれないが、当時は全てが心因性と決めつけられていたと思う。

担任がいつも子供達に彼の事を忘れない様、いつでも友達であることを忘れない様、声かけしていた。

クラス内はいつでも温かく迎える雰囲気になっていた。

人間的に素晴らしい先生だったと思う。それがクラスの雰囲気に良い影響を与え、とても良いクラスだった。


卒業式のそのシーンは、今でも忘れられない。先生も彼も、クラスメイトも父兄も皆泣いていた。


「当たり前だと思っている事、それは当たり前じゃないんだよ。凄い事なんだよ。生きてるって素晴らしい事なんだよ」と言う言葉が、この時私の子どもの心にも刻まれている。

今でもその先生に出会えてよかったと親子で話している。


自分の子どもの時に比べれば、式への思いは変わった。

式に参加するたび、素晴らしい体験をさせてもらってきた。

主役の子ども達を心からお祝いしたい。そして子育てを頑張る親御さんにもエールを送りたい。


いつも夫の愚痴ばかり書いていると、吐き出してすっきりする反面、気が滅入る。

なるべく他の楽しい話題を書こうと思っているが、そう毎日楽しい出来事は無いし…。

友達が沢山いる学生とか、正社員でバリバリ働いて高給取りだとか、毎日お友達とランチしてお買い物三昧セレブとか、海外旅行が趣味だとか、そういう生活なら、楽しい話題はいくらでも書けるんだろうな。

独身時代にほんの少しそういう時期もあったが、全てはこれまでの自分の生き方の結果だ。

自分は本来1人でいるのが好きなタイプ。

人と接する事は好きなのだが、深くべったりな付き合いは疲れてしまう。でも友達がいないのは寂しいという我儘。
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自分が情けない。今振り返っても自分には何の取柄も無いし、何も残っていないし、何も成し遂げてない。夫と出会わなければもっと違う自分になっていたのだろうか。何の為に結婚したのかと自分にイラついている。


成し遂げた事は、子どもを育てた事だけだ。誰でもやっている事。


などとため息をついていると、子ども達からSOSが入る。

「来週の〇曜日、時間ある?」「〇月〇日、車で送ってほしいんだけど」「探してほしい物がある」などなど、頼んでくる。

頼りにされているのか、甘えているのか。
それでも、困った時に素直に相談してくれるのは安心する。

以前、子自身のストレスが身体の異変として現れた時もすぐに話してくれた。

普段は放任なのだが、弱った時は、全力で助けようと思っている。(お金以外で?)

とりあえず、これだけは自分の存在が認められる様で有り難い。

子育てが大変な時は「早く自立して私を開放して~!早く1人になりたいよ~」と心の中で思っていた。

いざ手がかからなくなるとホッとする反面、これからの自分はどう生きていこうかなどと考えて不安になってくる。

ずっと待っていたはずの~子に頼らない1人の生活。夫の存在は頭に無し (笑)。経済的な問題も考えなくてはいけない。

夫は夫で自分勝手な老後計画をたてているんだろうな。当然その中に妻子の存在を入れ、自分の言いなりにさせる事が前提で。それは妄想というものだ。(笑)

まず体調と気力が大事。自分を取り戻す心の旅~の準備を始めよう。




3年前なので、実は細かい事は忘れてしまっている。

目を閉じて、緊張しているので、何をされているかはその時の想像なのだ。

多分、こうだったよねみたいな記憶だが、まず、舌の患部に麻酔の為の麻酔を塗布されたと思う。


しびれてきたら、舌に麻酔の注射をうたれる。

恐くて目を閉じて身体に力が入っているのがわかる。

レーザーでちょんちょんと触って居る様な気がした。そして縫合。


麻痺しているので、良くわからない。でも、ほんの5分位だった気がする。


焦げ臭い臭いがする。


え?もう終わり?簡単すぎない?という感想。それだけたいした事のないできものだったという事。

舌癌だったら、とんでもなく大変な手術で、こんな事で不安だなんだと言う事自体が甘い話。


それでも、体験したからわかること。他の人は、同じ様な切除でも、もっと大変な事になっていたけどな。


医師で違うのか。

抗生物質と痛み止めを貰い、料金はなんと1500円位だった。何かの間違いではないかと思った。

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麻酔がきれても痛みもなく、食事も普通にとれた。舌をみると数針縫ってある。できものだけでなく少し広めに切ったとのこと。


その後も歯の治療と同時に消毒や抜糸をした記憶があるが、親知らずの方がよっぽど大変だった。


どうってことはない。もし、口の中に気になるできものができたら、不安にならずにまず歯科に行く事をおすすめする。

ただ、舌の一部をほんの少しだが切ったわけで、その部分の軽い痛みや話す時に違和感はある。


数ミリでもこうなのだから、舌癌で舌の半分でも切除すれば、どれだけ不便になることだろうと想像する。

そして医師でやり方も費用も違うという事もわかった。

堀ちえみさんのブログで、舌癌になるとこうなるのだと参考にさせてもらっている。明日は我が身だと思って。

でも、絶対に今は生きて居たい。夫よりも長く生きてやるぞ。





堀ちえみさんの病気がきっかけで、自分も舌癌ではないかと病院に行く人が増えたそう。

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早期発見が大切なので、関心を持つ事は大事だと思う。

私も過去に舌のできものを取った事があり、その後も違和感がたまにあるので気にしていた。


舌のできものは、痛みで気が付いた。鏡を見ると舌の横に白い小さいできものがあった。

その場所は数日前に強く噛んでいた事を思い出した。普段から噛みやすい場所だった。

口内炎では無い、炎症を起こしている感じではない。

調べてみると乳頭腫かもしれないと思ったが、歯の治療のついでに歯科で見てもらう事にした。


歯より先に舌を看てほしくて、話したのだが、医師はちらっと見ただけで、歯の治療を先にし始めた。

堀さんの場合もそうだったが、歯科では舌の病気について苦手意識があるのだろうか。

すぐに舌癌を疑って調べる様な反応は無かった。


この機会に口の中を全て診てもらおうと思っていた。
1本目の歯の治療が終わった時、再び医師に訴えてみた。

「先に舌を看てほしい。切除できるならとってほしい。違和感があるので。」と話した。

歯科医師はにこやかに受け入れてくれ、(内心は厄介だなと思われたかも)患部を触ったり、良く観察してくれた。
触ってしこりがないか、痛みを感じないかなどを診てくれているのだろうと思った。

そして「これはただのできものですね。いぼみたいな物です。取らなくても大丈夫ですが、ご希望なので切除しますね。多分取っても、またできると思います。もし更に悪化する様な事になったら次は大学病院で検査するという事になるでしょう」と言われた。


悪い物ではないと言われて、安心した。

切除する時~痛いのだろうか?後は食事はできるのだろうか?縫うのだろうか?費用は高いのか?など、不安になった。

ブログで体験談を読むと、結構大変だった、とか2~3万かかったなどと書いてあったから。


でも、舌のできものを気にしながら生活するのは嫌だったので、レーザーで切除してもらう事にした。

                                  続く



母親になって気が付いたことがある。


良く考えれば当たり前の事。今更何言ってるのと言われるかもしれない。


"誕生日は出産記念日"だということ。

勿論、誕生日を祝うのは、ここまで無事に生きて来れたというお祝いであり、この世に生まれて来た記念日だから本人が主人公になるのは当然だ。

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でも、それはお母さんが命がけで出産した結果だという事。


自分の子どもが1歳の誕生日お祝いをした時の事。

”新米ママの自分が良くここまで育てて来れたな”という安堵と疲労感。

出産前後のドタバタと感動と子育てへの不安を思い出す。お世話になった方々への感謝の気持ちも浮かんだ。

子どもの時、誕生日の主役は自分だった。誰でもそうだった。それが当たり前だった。

でも、出産して初めて気が付いた。

誕生日には、母親や出産する時にお世話になった方々へ敬意を払おうと。



今でも私の誕生日になると母から電話がくるが、自分が子どもを産むまでは「わざわざいいよ」とそっけなくしていた。

が、母にとっては~新婚時代の自分、子どもができた時の父の様子や名前を考えていた時の気持ち、出産した時の祖母の協力など、懐かしい思い出が浮かんでいたに違いない。

私はそこに気が付かなかった。

出産して、母親の寂しさみたいなものに気が付いた。

妊婦の時は、周囲の関心やいたわりは母親に集中し大事にされる。
だが出産すると全てが子どもに目がいく。疲労困憊しながら母乳やミルクをあげ、どうしてよいのかわからず、不安になる。

昨日まで労わってくれていた周囲の態度が「母親なんだから、しっかりしなさい」とがらっとかわる。

育児ノイローゼはそこから始まる気がした。

出産した日を境に、周囲が厳しくなり母親の孤独感と不安が増すのだ。

母親とはそういう立場を強いられてきた存在だと初めて知った。

愛おしいはずの我が子が、自分を責めて泣いている様に感じて涙がでる。

そうやって必死で育ててきた親の気持ちが、自分が体験して初めてわかった。

誕生日に思い出すあの日のこと。子を思う純粋な愛の原点に戻れるのが子どもの誕生日。
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かといって、我が子の誕生日には自分への感謝なんて期待しない。どこの親もそうだろう。

自分の子どもとして産まれてくれた事に感謝する日だ。(自分は申し訳なく思う)

出産記念日としてあの日の自分を思い出し、お世話になった人に感謝し、親としてどうだったかなと振り返る日にしている。

親としてどうだったかは~反省しか思いつかない。









弟から連絡があり、車を買い換えたと言う。


さぞ高い車を買ったのだろうなと思った。これまでがそうだったから。


中古の軽自動車に買い換えたらしい。意外だった。これまで新車の普通車しか乗らなかったのに。
私とは世界が違う、金銭感覚が違うと思っていた。
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私は軽自動車しか乗らない。乗れない。好きな車を自由に買える弟が羨ましいと思っていた。
買い換えたのは弟の車で、お嫁さんはまだ高級車のまま。

「老後を考えて、これからは節約する事にした」と言う。


これが私からすれば気に障る。弟は節約節約!と言いながら、実は趣味や遊びに相当お金を使っている。

一人っ子も県外で1人暮らしをさせている。
大学も出て、とっくに自立しないといけない年齢だが我儘を許し、仕送りを続け遊ばせている。子どもに使うお金は節約しない。服はブランド品ばかりだし、節約を考える必要なんて無いと思う。

表向きではさも貧乏しているふりをしている。お嫁さんや子どもの派手な生活ぶりを見ればバレバレなのに。

私の方が実態は弟に比べれば、何十倍も節約生活を普通だと思ってやっているのだが、その私に節約をアピールするからおかしい。私は貧乏アピールもしないし、明るくしているから弟は私が自分より贅沢していると思っているのかもしれない。

母と同じで、真の貧乏なんてありえないと思っている気がする。お金は誰もが持っているものというのが前提でいるみたいだ。本当に貧困とわかれば、軽蔑されそうだ。母などは、世間体が悪いから助けないし、縁をきると言いそうだ。


馬鹿な母は、そんな弟に「お金に困って可哀想に」とお金をやるのだ。毎晩夕ご飯のおかずを届けたり、食材を買ってあげたりする。私では無くて、裕福な弟に。

ひどい時は、母の看病の為に仕事を休んで帰省した私の夕食の食材まで弟夫婦にあげようとした事もあった。
流石にそれは酷い、と私は食事ももらえないのかと母を怒鳴ったが。何が悪いのときょとんとしていた。

弟は実は贅沢な暮らしをしていて、いつも食材は捨てている。買い過ぎて余らせている。

「あの子は子どもに仕送りがあるから可哀想に」と言う母。弟がお金に余裕があり、勝手にやっている事なのに。

母は、弟だけではなくお嫁さんにもお金をあげている。当たり前に受け取る夫婦。親よりずっとお金持ちな夫婦は、いまだにお小遣いを受け取る。

年金生活の親から貰うだけで、何もしない。お土産もプレゼントもあげない。非常識な夫婦。


完全に母は彼等に馬鹿にされていると思う。節約パフォーマンスは、母を騙す為にしているのかと思う位だ。

車を軽にかえても、嫁さんが高級車に乗っているから、普段はそれを使うだろう。

でも、母はまた弟が可哀想だと車代をあげるんじゃないかと思ってしまう。


母の話を、母と同じ年齢の方に話したら、驚いていた。

「あなたのお母さんはおかしいわよ。ありえないわよ。普通は娘を心配して助けたくなるもので、息子はちゃんと稼いでいるなら気にしないわよ。私も娘と息子がいるけど、娘の方が困っているからいつも気にかけているわ。あなた、可哀想ね。」と同情されてしまった。


私は貧乏や節約をアピールしない、節約の意識が無いから。これが当たり前だから。今は不安だけど生活できるだけで充分だと思っているから。
ただ、夫が父を騙して借金したまま遠くに逃げている立場の私は、何も言えないのだ。弟はそこまで迷惑をかけた事は無いのだから。親にとってダメな結婚をした娘より、世間体の良い弟の方が可愛いのだろう。


節約とは、お金のある人が使い方を考える意識で使う言葉に思えて来た。最初からお金が無い人は使い方を考える必要が無いもんね(笑)






母は、退屈になったり愚痴を言いたくなると電話をしてくる。

ばたばたと家事をしていたり、やっとじっくり観れると思ってDVDをセットした時に限って電話がくる。
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今から仕事に出ようと準備中でもかかってくる。

高齢なので、また父に何かあったかと思い、その都度慌ててでるのだが、「暇なんでしょ」「何していたの」「昨日は出なかったけど、どうして?」など勝手気ままだ。


「今から仕事だから時間無い!」と言っても延々とお喋りを止めない。


一度電話をとると、1~2時間は同じ話を繰り返し聞かされる。


大事な時間が束縛されるのは困る。「どうせ暇なんでしょ」「ろくなご飯作ってないんでしょ」と言われ、否定しても聞いていない。仕事に行く時間になったり、切りたくなったら強引に切ることにしている。

母は「私は毎日忙しいんだから」「この歳になったらいつ何があるかわからないからね」と自分の事ばかり言う。

これが高齢になったから仕方ないと思えるならいいが、実は若い時からずっと続いてきた。


私の家庭の事情も、暇ではない事もわかっているはずなのに、自分のいる世界以外の状況を想像できないようだ。そして自分のいる世界が一番正しいと信じている。

こちらの都合はお構いなしにふるまうのに、母自身はいきなりガチャッと電話をきる事が多い。

父が帰って来たとか、2階から降りて来た時に、いきなりきる。まるで私と電話をしている事が悪い事をしていると思っているみたいだ。父は娘と話す事を喜ぶ。怒るはずがない。

だが、母は勝手に切ってしまう。とても失礼なことだ。私の方が来客があろうが、電話は切ろうとしない。


最近の電話の内容は、「自分に何かあったら~○○を△△してほしい」という話が多い。

存続人は私だけでは無いし、大事な事なので、「私だけに言わずに弟や父にも話して」とか「紙に書いて残して」と頼むのだが、「面倒臭い」と言って聞かない。

「なら私には何もできない」と答える様にしている。何もかも私にやらせようとしているからだ。しかも内緒で。

弟にも父にも言えない様な内容を私にこっそり押し付ける。

もし私が「母がこれを望んでいた」と弟や父にいったところで、証拠もなく、聞き入れてもらえないかもしれないのに、なぜ私がそこまでやる必要があるのか、しかも相続権も私は冷遇されそうな感じだ。

裕福な弟にプラスの資産を全てを渡し、私は負の資産や嫌な仕事をこそこそ押し付けられる。そこまで娘を馬鹿にするものか。

「息子に迷惑かけたくないから言えない。あんたは娘だから何でも言える」と言う。

父や弟には嫌われたくない様だ。「娘にはどう思われてもいい。利用する為に娘は存在する」のだからと。

私は「親が先に逝くとは限らないよ。私たちだって毎日車を運転していればいつ事故にあうかわからないし、私の方が先にいなくなるかもしれない」といつも言い返す。

母が望む事も父がしている事も、残された子ども達の負担を増やしているだけで、世間一般の「終活」とは真逆の事をしている。

片付けるどころか物を増やし続け、管理にお金も労力もかかる負の資産を放置しているというか増やしている。
老後の貯金もその為に使っている。子ども達に負担を書けない様にしたいとは思わず、負担を頑張って引き継ぐのが当たり前だと思っている。
子どもには子どもの生活があるという事が頭に無い。特に娘に対して。

私は、ただでさえ生活が不安定、いつ夫が何かしでかすかもわからず、老後破産がありえる事を母は知っているのに、「そんなお金はどこにあるの」と言いたくなる様な事ばかりをやらせようとしているのだ。


両親には「自分達は貧乏で苦労した」と自慢気に聞かされてきたし、事実自分も貧しい暮らしで育ったが、それでも両親より私の方が悲惨な生活をしているのは確かだ。だから「私を頼らないで」と話している。

母の性格から考えて、知りたくない事は聞かなかったことにしているのだろう。

幸せな人だ。

私に比べれば、幸せな楽な結婚生活だったはずだ。
私は幼い頃は、「どこかに本当の母親がいるんじゃないか」と思っていた。

母に違和感を感じていた。今も子どもから「お母さんとおばあちゃんは親子とは思えない」と言われる。
顔は似ているが、全く母のDNAが入っているとは思えないほど、タイプが違うのだ。雰囲気が違うと言うのか。

以前、ご近所さんからも言われた事がある。「あの方がお母さんなの?想像と全然タイプが違ったわ」と。悪い意味でそう言われる。だから友人に母を見られるのがいつも嫌だった。


今お互い、親子で元気でいるからこんな事を言えるのだろうが、いざ電話で話す事も会う事も無くなったら寂しくなるのだろうか。

親の愚痴を言えるというのは、贅沢な事なのだろう。





やっと自分には縁が無くなったPTA活動。

役員を決める時は、全員くじ。欠席しても関係なし。だったらむしろ率先して引き受けた方が意外に楽。
何回か引き受けたが、そんなに大変でも無かった。学校の様子や裏話を聞けたりしてやればやったで良かったという感じだった。

とは言え、時代や校区で違っている様で、私の体験は参考にはならない様だ。

先日驚く話を耳にした。

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知人の若いママさんは、PTAの執行部で活躍している。


近隣の学校のPTA役員と会合で会う機会も多いそうで、お互い情報交換や交流を深めているそう。

「○○小学校の役員さんは、とても変わっていると有名なのよ」と聞き、「変わっている」の意味がわからずきょとんとしていた。

何と、役員のパパ、ママの婚外恋愛の場になっているとか。


そう言えば、自分が役員していた時にも似た様な話はちらっと聞いた事がある。その時はパパさん役員からさりげなく誘惑があり、ついのっちゃったという話だった。


出会いの場が、PTAというのが嫌じゃないか。子どもの事を話し合い、考える場で、そんな気持ちになれる人がいるということか。


シングル同士ならわかるけど、お互い家庭があり、遊びで?刺激を求めて?

「それがね、ママさん役員の方が積極的らしいのよ。何人も競い合ってて。パパさん役員に積極的に迫っていくらしい。」とその迫り方まで聞いて、吐き気がしてきた。


シングル同士のパパ、ママが役員活動で意気投合しお互い子どもと一緒に家を行き来し始め、いずれは再婚する予定だという話もあった。

そういう出会いならともかく、PTAをそんな事に利用しなくてもいいじゃないか。何の為の活動?一番は子どもの事を最優先する事だろうに。と、もう恋愛はこりごりなおばさんは今日もぶつぶつと呟くのだった(笑)






女性患者へのわいせつ罪に問われた乳腺外科医の無罪判決の記事を読んで、複雑な気持ちになった。
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この事件は、(わいせつ行為を受けたと訴えた)A子さんも、外科医も被害者だと思う。

「術後せん妄」についてもっと研究が進み、現実かせん妄であるかの科学的判断、誰でも納得できる判断基準の様なものがもっと確立していればと感じた。

術後せん妄についてのガイドラインはある様だが、A子さんから訴えがあった時、すぐに専門家が対応していればここまでこじれなかったのではないかと思う。
警察はわいせつ事件と決めつけ、科学的証拠の扱いもいい加減だった事が2人の不幸を大きくしたのではないか。


現在もA子さんは「せん妄ではない、現実だ」と主張している。それほどリアルなものらしい。嘘はついていない。本人は現実だと信じているのだから。

看護師の色んな証言や、現場の状況を聞くとありえない事件だとは感じる。警察のわいせつ事件ありきの捜査が、A子さんの心情を更に煽ってしまったのではないか。

A子さんも不幸だし、医師も大変な痛手を負った。誰も悪くないから空しい。

私の知り合いにも、家族が術後せん妄で夜中に騒いだり、暴力を振るったりしたという人がいた。

その時はまるで別人だと。その事を本人は記憶していない。
「見知らぬ男が窓から侵入してきた。」と騒ぎだし、窓に向かって椅子を投げようとしたとか。ある時は、子どもに戻り、娘の顔を見て「お姉さんは誰?」と聞いて来たり。


看護師によるとA子さんの記憶にない、色んな行動はあったらしいが、この医師のせん妄だけは記憶していた様だ。

A子さんにとっては判決がでようと被害は現実のものと信じ、誰にも信じてもらえないと本人は辛く悔しい思いをしているに違いない。深く傷ついている事は確かなのだ。
せん妄のせいだと認めるにしても悲しい。

この事件には、他にも問題がある。


医師がまだ裁判を受けていない段階で、100日以上拘束され、社会的信用を失い、職を失い、ネットの悪意ある書き込みで家族まで傷ついたことだ。


警察のいい加減な科学鑑定に問題があった事も考えると、この事件に限らず、簡単に冤罪が起こりやすい状況があるのは恐ろしい。

事件とは関係ないが、SNSでは故意にデマを流しても、流した時点で被害者のイメージが世間に広まってしまう。
後にデマを認め謝罪して貰っても、ついたイメージはなかなか払拭できない。他人事では無い。自分もいつ当事者になるかわからない。




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