りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ: つぶやき

今日から、令和。

あまり関心が無く、あらもうそんな時期と思っていたら、あっという間に変わってしまった。
ELL_aozoratoturubara_TP_V


元号が変わったからと言っても、すぐに何かが良くなるわけでもなく、世の中の問題はそのままだ。
平成時代の色んな問題、疑惑は終わったかのような、浮かれた様子のテレビには違和感がある。

平成時代の天皇(今日から上皇)と美智子様は本当に素晴らしいお方だった。

美智子様は、凄まじいご苦労の連続だったと思われるが、努力された。
優しいお人柄は本当に国民の心の拠り所になっていたのではないか。自分をしっかり持っておられた。

雅子様が適応障害になられたのも、美智子様のこれまでのご苦労を知ると当然のことだと思う。

さて、自分にとって令和はどんな時代になるのだろう。自分で変えていかなくちゃ。

そして、理不尽なニュースはもう聞きたくない。国が良い方向に変わる事を願う。

せめて少しだけでも、自分の人生を良くできれば良いなと思う。


さて、今午前0時すぎ。寝る事にしよう。お正月みたいな雰囲気なのが変な感じ…。





今日は平成最後の日。

そこもあそこも、「平成最後の~」と聞き飽きるほどだったが、いざその日になると神妙にならざるを得ない。


今日は愚痴はやめておこう。

自分にとって平成はどんな時代だったか、思い出してみた。

kazuhiro17810003_TP_V

自分の人生の中でも、激動の時代だった。グラフにすれば下降線をたどる一方だったと言えようか。


自分の意志でやった事ならどんな結果になろうとも、良い経験をしたと納得がいき、充実感を得られた。
平成はそれが少なかった。

ただ、最高の経験も色々した。かなわないと思っていた夢がかなえられたり、色んな人との出会いもあった。

自分の人生は置いといて、世の中が残念な方に向かってしまったのも平成ではなかっただろうか。

今の流れでは、日本はこれからどうなるのかという不安が強くなっている。

自分の子どもに「結婚して孫を」なんて、とても言えない気持ち。
これから生まれてくる若い人達には、苦労しか待っていない気がしてくる。

若い人達に明るい未来を感じさせてあげたい。明日からは、そんな世の中に向かっていける事を祈ろう。



事故の数日後、車を運転していた女性が、うちに挨拶に来られた。

自転車のお母さんは、命に別状はなかったようだが、頭がい骨骨折や内出血があり、重傷だったそうだ。

自転車が一時停止せず、横の路地から飛び出した様だ。少し下り坂になっているのでスピードも出ていたらしい。

「ショックで茫然として、何もできませんでした。被害者の方の救護も救急車や保育園への連絡、おまけに毛布までかけて頂いて、自分の代わりに皆さんがしてくださり、本当に感謝します。」とお礼を言われた。

お互い様だ。自分だってその立場になったら、パニックになって何もできないかもしれない。


益々、運転が怖くなる。飛び出されたらどうしようもない。

PED_tomarenodourohyoushiki_TP_V1

ここは気をつけた方が良いと思う道は近所にあちこちある。

土地勘の無い人、逆に慣れ切ってしまった人は、事故を起こしやすいかもしれない。

その後も似た様な事故が連続した。その度、私が救急車を呼んだ。

たまたま家にいる時でこうなのだから、いない時にはもっと起こっているのかもしれない。

昨日も、同じ場所で「バン!」と大きな音がした。ああ、またかと思い、嫌な気分になった。現場を見るのが怖かった。

幸い、車が塀に接触しただけだったが、それでも、どうやったらこうなるんだ?と不思議な事故だった。

わき見か居眠りかスピードの出し過ぎか、若い人だったが、一旦止まって電話をかけてから去っていった。
たまたま歩行者がいない時だったから良かったが。

高齢者だけじゃなく、誰でもが気をつけていくしかない。
それでも、いつ自分の人生が変わるかわからない。

今まで、無事にこれたのは、運が良かっただけだと思っている。



昨日の続き


子どもの泣き声で、事故だとわかり、私はすぐに道路に出た。


住宅地の中の狭い道路。抜け道になっており、朝晩はスピードを出して走る車が多い。


微妙にカーブになっているし、坂になっているがそうは見えない。


見えている様で見えていない事に気が付きにくい場所。


そんな道路の真ん中に母親らしき女性が倒れていた。泣いている女の子は近所の人が抱きかかえていた。

音と共に近所の人たちも一斉に出てきていた。


倒れているお母さんは、弱々しい声で唸っているが動かない。目も閉じている。


自転車が横たわっていた。近所の人が救急車を呼んでいる。私は女の子が気になり話しかけた。


目立った傷は見えないが、ショックで泣いている。


おそらく近くの保育園に行く途中だったろうと予測し、聞いてみた。

「お名前は言えるかな?」
女の子は頷き、名前を言えた。大丈夫だなと少しほっとした。

「○○保育園に行ってるの?」うんと頷いた。


近所の人に「保育園に連絡してきますね」と声をかけ家に帰り、園に電話をして女の子の名前を伝え、説明をした。


ああいう時は、救急車の到着が遅く感じるものだ。
道路に倒れたままのお母さんの様子が心配だった。
「痛い…」と時々言葉をだしていたが、動けず、頭は膨れていた。

そばにいる人達で、意識が遠のきそうな女性に声かけを続けていた。

私は家から毛布を持ち出し、横たわる身体にかけた。

近所の人が、通行止めにしてくれており、周りを見ると野次馬の人が沢山立っていた。

倒れている人を見世物にしたくない気持ちもあるし、保温の必要もあるかなと感じて毛布は必要だと思ったのだ。

実は、日ごろから、こういう事を想定して古い毛布をすぐに出せる様に置いている。


災害の時も何にでも役にたつ。
polisFTHG5742_TP_V1

やっと救急車が到着した。私はもう用がないので、その場を少し離れていた。

園長先生がすぐに走って来られ、「○○ちゃん!」とその女の子を抱きしめ、到着した救急車に一緒に乗ってくれた。
ご家族への連絡は園がやってくれるだろうと安心した。

隊員が毛布をゴミを捨てるように投げた。女の子とお母さんと園長先生が救急車に乗って行った。

警察が車の運転者に事情を聞いている。

道路に投げられた毛布を拾って帰宅しようとしたら、ぶつかった車の中から女の子の泣き声がする。激しい泣き声だ。
「ああ、この子も保育園にいくところだったんだね。びっくりしただろうね。」と初めて近所の人たちも車の中に子どもがいた事に気が付いた。


毎日、悲惨な交通事故のニュースが入ってくる。

大切な命が奪われる事は、残念で悔しい。胸が苦しくなってくる。


誰でも家を出る時や、最後に誰かと会話した時は、まさかそれが最後になるとは思わずにいつもの通りに過ごしている。

平和な日常が永遠に続く気がするのは、被害者だけでなく、加害者にとっても同じだ。

自分もいつ加害者、被害者になってもおかしくはない。でも、まさか自分がと思っている。

高齢者は特に気をつけなければいけないのに、池袋の事故の加害者の老人は、足がうまく動かないのに運転したのは、考えが甘く、運転をなめていたと思う。

自分が大丈夫だからと思うのではなく、誰かに迷惑をかけてはいけないからという発想は無かったのか。自分が怪我をする事より、誰かを怪我させるとは想像できなかったのかと思う。


おまけに逮捕はされていない。報道の仕方も違う。
警察に電話をせず、息子に電話をしたらしいが、頼れる息子がいるのなら、その息子はもっと早くに運転をやめさせるべきだった。
事故が起きてからでは遅い。親の名誉を守ることより、先にやるべきことがあっただろう。

私は、家族も自分も外出する時には、「無事に帰ってきますように」と祈ってしまう。無事帰宅するとホッとする。

自分が出かける時、もし何かあったら、この家にはもう帰れないかもと思ってみる。

すると、帰ってから整理しようと思って大事な物を出しっぱなしにはできない。さっと片付けてから出かける様になった。


心配しすぎてもきりがないが、最近のショックな交通事故を知ると、今自分が生きているのが奇跡に感じて来てしまう。

亡くなった人たち、怪我をした人たちは、何の落ち度もないのだ。

いくら「気を付けてね」と言っても、ちゃんと気を付けていたのに、車にはねられた。何て理不尽な事か。

KAZUP1080833_TP_V1

運転をしていると、ひやっとする事も多い。

運が良かっただけと思ったり、落ち込んだり、運転するのが怖くなる時もある。


運転が上手いとか好きというのと、事故を起こさないという事は全く別だ。いつでも初心者のつもりでいたい。


我が家の近くに事故が頻発する場所がある。

整備の行き届かない田舎の道路だからか。PTAなどでお役所に事故防止の整備を訴えても、何も変わらない。

事故が起こる度、ああまたかと悲しくなる。そこを通る事もトラウマになる。

最近では、保育園に向かう親子の自転車が、車にはねられた。

たまたま家にいたのだが、バーンという音がしたあと、子どもの鳴き声が聞こえた。




連休前に、注意喚起ということで、「詐欺メールに気を付けましょう」という話題がテレビで取り上げられていた。
ELFA88_telephon_TP_V1


私にも良く怪しいメールがくる。慌てずに良く画面を見ると何か変で、気が付く事が多いのだが、一番無難なのは、メールのURLをさわらない事だろう。

調べたい時は、公式サイトからログインして、確認すればよい。


焦っていたり、雑にメールを読んで、簡単にクリックすると厄介な事になるのだろう。

メールは全て疑う。それが一番。

電話も同じ。

こんなに詐欺のメールや電話、悪徳商法が知られているのに、騙される人が多い。

それだけ巧妙なのだ。

以前、ご近所の高齢の一人暮らしの女性から聞いた話がある。

公共機関を名乗る電話がきて、実は詐欺だったのだが、騙されそうになったところにたまたま息子さんが立ち寄り、防ぐことができた。

警察にも連絡し、
「今後またこのような電話がきてもすぐに信用しない。」「かけ直すと言って、息子さんに相談する」「その場で即答しない」「留守電にしておく」
…などなど色んな注意をきき、「もう騙されないから!」と高齢女性は決心していた。


だが、すぐにまた別の詐欺の電話がかかってきて「詐欺かもしれない、でも一応聞いておこう」と相手の話に耳を傾けてしまった。

相手はプロだ。高齢者が乗ってきそうな甘い話をするのは当然だ。
「詐欺ではありません、安心してください。」と優しい女性の声で、お得な情報を語るのだ。


勿論、そんな話は嘘。

「私は騙されないわよ。でも、これはまともな相手に思えるわ。お得な話だし、ちょっと乗ってみようかしら」と女性は思ったという。

「私は騙されない」と気をつけているのを相手は承知の上でかけている。

プロ集団なのだから、そう簡単に見抜けないのだと思った方が良い。


自分を買い被るのは要注意だ。それで、女性は自宅訪問をOKしてしまった。


また運の良い事に、そこへヘルパーさんが訪問した。


その話を聞いて、ヘルパーさんはすぐにおかしいと感じた。
女性を説得し、私が相手をしますと機転を利かせた。

娘を装ったヘルパーさんが、うまく対処して追い返した。

暴言を吐き捨てて、詐欺師は帰って行った。

電話では優しい女性が話し、いかにもその人が訪問するかの様な口ぶりだったが、実際来たのは若い男だった。

一度中に入ると、居座ろうとする勢いを感じたという。

このお宅は、老人女性の一人暮らし、お金持ち、という情報が知られていたのか、その後も色んな怪しい電話が続いたという。
おそらくターゲットにしやすいリストが出回っているのかもしれない。


それにしても、「気をつけている、もう騙されない」と言っていた人が、すぐにまた騙されるわけだ。

それにしても、電話に簡単にでて、話を聞いてしまうという事自体がもうあぶない。




急遽会って話した友人は、なぜか私に突然
「ねえ、旦那さんはどんなタイプ?連休は帰ってくるの?」

と聞き始めた。
C785_coffeekukki-milk_TP_V1

普段私は、ほとんど聞き役で、自分の事はあまり話題にしない。

話題にするほどの事も無く、自慢できる事もなく、相談したいとも思っていない。


夫の事は言いたくない。だから聞かれた事だけ断片的に答えている。


友人は自分の事は色々話しているから、相手の事も同じ位聞きたいのだろう。

数年前からの知り合いなので、それまでの自分の家庭の色々を話すのは、しんどい。

その点、古くからの友人なら、おおまかでもお互いの歴史を知っているから楽だ。

それはお互い様なのだろう。友人も気を使ってくれているだろう。まだお互いを良く知らないから。


「単身赴任なのよね。いつ帰ってくるの?たまに会うと新鮮なんじゃない?」とか言われる。


おそらく本気でそう聞きたい訳ではなく、私が何か家庭の事を話すきっかけにと、話をふったのだろう。

新婚ならともかく、新鮮なはずがない。お互いに。

そもそも、連休であろうが、年末年始も帰ってこない。

仮に夫の事を愚痴っても、「でもいいじゃない。年金をあてにできるし」とか「でも、生活費だしてもらってるからいいじゃない」
などと言われるだけだ。真実を全部話してしまうと、今度は「なぜ、そんな人と別れないのか」と言われるだろう。

そして、どこかで他の人と私の事を心配してくれることになるだろう。

それが、面倒臭い。

本当に縁を切ると決めた時には、全てを話そうと思う。
いつになるかわからないけど。



私はいわゆる男尊女卑の家庭で育った。


父親がワンマンで、母は言いなり。おかしな事も、子どもがどんなに困る事でも。

自分の考え、文句を一切言うなと言われて育った。母に。

今思えば子どもの人権なんて無かった。

弟は男だから自転車を買ってもらえる。私は女だから必要ないと言われた。
いつの時代の話か。当時から我が家だけ戦時中に生きている様だった。

経済的な理由なのかと思っていたが、弟はすぐに物を無くす性格で、自転車もすぐに盗難にあったり、壊したりして、何台か買い直してもらっていた。だからお金の問題では無い事はわかった。弟は怒られている事もなく、叱られるのはいつも私だった。

自転車がないと不便だった。
友達は当たり前に乗っている時代に、女だからいらないとか意味がわからなかった。

学校に通学するにもバスで乗り換えて遠回りした。
友達と自転車で遊びに行こうと誘われても断るしかなかった。
周りから自転車に乗れない事を馬鹿にされてきた。

初めて自転車に乗ったのは、家を出て大学に入った後だ。

大人になってから練習したので、今でも下手だ。

自分が親になった時、子どもにはそんな事は絶対しない、ありえないと思った。

せめて母が父を説得すればよいのに、我が身可愛さで、とばっちりが自分にこないように知らん顔だった。

父親の虐待を母親が止めない、見て見ぬふりをする事が問題になるが、わかる気がする。

もし、私が父親に虐待を受けていたら、母は自分を守る事が最優先で、子どもを犠牲にしただろう。

父と直接話せば簡単に許可してくれた事も、母は「私にとばっちりがくるから絶対お父さんと話すな」と父と子の会話を遮断していた。

父は単純で気が小さい。話せばわかる人だったかもしれない。

父は母に良く怒っていた。でもそれは正しいことだった。
母は、マナーが悪くて下品なところがあったから、私も嫌でたまらなかった。友達にも「あなたのお母さん言葉が汚いし、変ね。」とよく馬鹿にされていた。

だから父が母に注意する事は嬉しかった。

だが、母は黙ってきいているふりで、そのストレスを子どもに向けていた。
「お父さんはおかしい、怖い。だからあなたたちも口を聞いてはいけない。」と洗脳していた。

marbee0319sakura_TP_V1


もしかしたら、自転車も直接ほしいと言えば買ってくれたのではないかと思う。すべて母が止めていたのだ。
高校3年になると、父の方から、「好きな進路に行っていいんだよ」と声をかけてきた。
父は、私を自由にしてくれた。
母の話と父の考えは違っていた。

母は自分の思い通りに娘を利用するしか頭になかった。近くにおいて、自分のストレス発散に使うつもりが、計算が狂った。


不満そうな母。私は父に救われたと今も思っている。(差別された環境で育ったことは確かだが。)

もしかすると差別していたのは母の方だったのかもしれない。


今でも母は、「男の子が一番。長男さえいればいい」みたいな事を言うし、「娘は自分の都合良く使う為に産んだ」と口にする。
介護状態になったら娘にさせ、弟には遠慮するだろう。弟自身もそのつもりだろう。


実際私がやった事でも、世間には「息子がやってくれたのよ」と自慢し、「娘は何もしなかった事にしよう」と言っていた。もちろん私は抗議し、いつも母に怒っている。

男尊女卑の扱いを私にしながら、弟夫婦に対しては、女尊男卑だ。弟嫁がどんなに非常識でも、冷たくても何も言わず、弟と一緒にご機嫌うかがいをしている。


弟夫婦に多額のお小遣いをわたし、ペコペコする母。
弟嫁は、母の前で弟を罵倒し、私の方が上よと、なめんなよと強い態度で好きな事をしている。
父が救急車で運ばれても、遊びに行って帰らない。
我が子が入院しても、母に付き添いをさせ、自分は世話をしない。頭をさげたくないからと母に会わない。そんなお嫁さん。親を大事にしてくれるはずがない。それをわかっていても、ご機嫌をとり続けている両親。

私と弟では、両親の気の使い方が違い過ぎるのだ。


こんなとんちんかんな親だから、私も弟も親も配偶者に馬鹿にされるのだ。と私は勝手に思っている。母にも話した。母は、何も言えず黙っていた。





親孝行な息子さんが、まさかそんな辞め方をするとは誰も予想していなかった。

アルバイトも真面目にやって、親に負担をかけないように頑張って大学をでた良い子だった。

人を学歴で馬鹿にする子には見えなかった。
両親は高卒だし、特に教育パパ、ママではない。それどころか、借金だの離婚だの夫婦喧嘩が絶えず、子育てなんて後回しだった。

子どもをほったらかしでパチンコに行く事も多かった。

どうしてこんな環境でこんな良い子が育ったのだろうと言われていたほどだ。


N853_mankainonanohana_TP_V

息子さんはひきこもり、ニート状態になった。一流企業に入った息子の給料をあてにしていた夫婦は落胆した。

自分達の生活も荒れているのに、息子まで帰ってきたらお荷物になると言い出した。

その雰囲気を察した息子さんは、荒れだした。

「お前らは、最初から俺なんかいない方が良かったんだろう!生まれた時からずっと俺のこと、邪魔だと思ってたんだろう!こうなったのはお前らのせいだ!許さない!」

と親に暴力をふるいだしたのだ。


両親の為に頑張ってきた良い子が、就職してからのストレスをきっかけに、それまでの長い我慢の蓄積が怒りになって爆発してしまったのだろうか。

子どもの時から、何もかも我慢してきたのは確かだろう。両親を自分のせいでもめさせないように、少しでも家庭が平和になるようにと。小さい胸に重い心を貯め続けてきたのだろう。


でもそれと、学歴で人を見下す事とは話が違うと思う。

それは何故だろうと不思議だった。

彼等を良く知る親族の人から詳しく聞くことができた。

「お父さんがあれではね。良い子もおかしくなるわ。

ずっとお父さんは職が安定せず、生活が苦しかったでしょ。自分のせいなのにいつも会社のせい、上司のせい、誰かのせいだと文句ばかり家で話しているのよ。

手に職もないし、大学もでていないし、あの年齢なら仕事を選んでいる場合じゃないのにね。

せっかく良い仕事を紹介してあげたのに、そこの女子社員を馬鹿にして辞めたのよ。若くても自分より先輩だし、仕事もできるのに、女性だというだけで、女のくせに自分より給料が高いだの、良い仕事を貰っているだの、いばっているだの、まあ馬鹿にしてるのよ。

あんな女どもより後輩で、給料が安いのはおかしいと言って辞めたのよ。プライドなんていうものではないわね。ただの妬み、負け惜しみよ。」


だと言う。こんな父親の愚痴をいつも聞いて育った息子さんは、内心嫌だったのではないか。

友人の家庭と比べて、文句ばかり言って仕事が続かないお父さん。パチンコ依存症で借金に追われる両親なんて、本音は嫌だったろう。

自分はこうはならないぞ、勉強して父親とは違う人生を歩むんだと思っていたのかもしれない。

彼は心を病み、働けなくなった。

息子をあてにしていた夫婦は、あてが外れたどころか息子の世話をする事になった訳だ。


息子さんは「こうなったのはお前らのせいだ!」とスイッチが入ると今も暴れるそうだ。

それでもこの両親は「何を言ってるんだ、子どもの頃の事なんて忘れたらよいのに。病院に入れてしまおう」と全く気にしない。彼の訴えを受け入れない。

勝手に息子がおかしい事を言いだしたとしか思わないようだ。


この家庭を見ていて、一歩間違えば我が家だってこうなりかねなかったと思った。
私は夫の与える子どもへの精神的な影響を心配してきた。

このお父さんよりも夫の方がもっと我儘で、冷酷な気がする。

別居していたから、子ども達が嫌な思いをする機会が少なかったのが救いだったかもしれない。

嫌な思いはしていても、それは「家族を捨てたいい加減な父親」という怒りで、日常に嫌な面を見たり、嫌な目にあったりするよりは、精神的に良かったと思う。


これまで怒りと不安な日々もあり、いまだに許せない気持ちはあるが、今はやっとそう思える。

親の何気ない言葉、考え、振る舞いは、子どもに影響を与え、それがいつ大きな反動となって表れるかわからない。我が家ももまだまだ気をつけていこう。明るい、笑顔の日々を過ごそう。





他にも、似た様なケースを知っている。

ある知り合いのお宅は、夫婦のもめ事が多く、経済的にも苦しくいつもゴタゴタしている家庭だった。

そんな落ち着かない環境の中、息子さんは、奨学金とアルバイトで親に経済的負担をかけずに大学に行った。
成績優秀で一流大学を首席で卒業し、一流企業に就職した。
親孝行な息子だとその夫婦は自慢し、

「もう老後は安心、息子を頼れる。家も建ててもらおう」などと、まだ入社したての息子さんの給料をあてにした。
「それはまだ早いでしょ。彼の人生なのに」と周りは息子さんに同情気味だった。

akihabaraFTHG5664_TP_V1

結局、この息子さんも1年で退職してしまった。

理由は「上司が僕よりレベルの低い大学卒で、頭悪い。僕の考えが正しいのに聞き入れない。馬鹿な上司の言う事を聞くのが苦痛だ。」という事だった。


実際は、何があったかはわからないが、上司と相性が悪かったのは確かな様だ。


「自分の方が、先輩より上」こういう事を言う人は結構いる気がする。

「自分より上司が学歴低い」という理由だけで。

うちの夫も言う。頭良い訳でもなく、一流大学もでていないのにそんな事をいう。
勘違いして、恥かしいことだ。それでトラブルを起こして転職の連続。

夫は頭は良くないが、辞める理由は彼等と同じだ。


異常なパワハラやセクハラとか過重労働とか、給料が嘘だったとか、企業側に責任のある場合なら理解できるが、「自分より学歴が低い人の指示をうけたくない」という発想はどこからくるのだろう。


市役所に勤めているママ友が、鬱病になり休職した。


その理由を聞いて驚いた。

「新入社員から軽蔑され、一切指示を聞いてもらえない。自信をなくした。」と言うのだ。

新入社員に、資料を作る様に指示したが、無視されたという。
なぜやらないのかと問いただすと、謝る訳でもなく「あんたがやればいいじゃん。何でこんな仕事させるの?」と言い返してくるのだという。

大学でたばかりの若い人が、40代のベテラン上司に対してそんな口をきいてくるとは驚きだ。

「僕たちあんたたちより良い大学でてるんだから、僕たちの方がレベルは上ですよ」という事らしい。


その新入社員らは、県外の一流大学卒で、学歴と成績でおそらくスムーズに採用されたのだろう、人物より学歴を優先して選ばれたのかもしれない。
それとも、面接では、真面目で謙虚な態度をとって、面接官も見抜けなかったのだろうか。


こういう新入社員は1人ではなく、何人かいたそうだ。

ママ友は、馬鹿にされたショックと自信喪失で、鬱になってしまった。


全員がそうではないだろうが、こんな人たちが公務員であり、地域の人の為に本気で貢献するのだろうかと疑いたくなる話だった。

上に書いた息子さんのその後は、次回に……





↑このページのトップヘ