りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ: つぶやき

昨日はゴミ捨て場の掃除当番だった。

仕事が終わってからすぐに掃除にいったり、たまたま家にいる日なら収集車がきたら即掃除する。

年に2回ほど回ってくるから苦じゃないし、ほとんどゴミは無く、ほうきで掃いて水を流せばOK.

掃除は楽だが、それより困るのがゴミ置き場の土地の所有者で、目の前に住むお宅の人。


高齢のご夫婦。

うちが引っ越ししてきた時、そこのお婆さんが「ゴミ当番の時は、収集車が来たら即掃除して下さい。お仕事の都合で遅くなるなら、私がやりますよ。」と言って来た。

「いえ、代わりにしてくださらなくて大丈夫ですから」と断ったが、そのお宅では常にゴミ捨て場を見張っている気がした。

ある日、掃除しているとそのお婆さんが出てきて、「今日は誰が当番かと思っていたらあなただったのね。きちんとやってるわね。」と話しかけて来た。

そして「この町内でない人がゴミをここに捨ててるでしょ。ろくでもないね。当番でなくても汚れていたらあんたが掃除しときなさいよ」と言う。

町内でない人がゴミを捨てているというのは、どこでわかるのだろうか。

それにそこまで言う権利がこのお婆さんにある訳?と思ったが、ハイハイと聞いて退散した。

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その後、お隣の奥さんが話しかけてきて、
「聞いて。あそこのお婆さんから嫌なこと言われたわ。ゴミ捨てのマナーが悪いけど、どうせお宅らでしょ。私等がここに捨てさせてあげているんだから、きちんとやれって一方的に言われたのよ。捨てさせてやってるって言うけど、町内会で管理しているんでしょ。遠くてもいいから別のゴミ捨て場に持っていく事にしようかしら」とぷんぷんと怒っていた。


冤罪のかけ方が凄い、「うちの班にはそんな人はいない。別の班の人のマナーが悪いのだ」という理屈らしい。

ゴミ当番の連絡は、前日に回覧板で回ってくる。急に知る事になるので、もし旅行中とか、入院とか、都合悪い時は困ってしまう。そこで回覧が止まり、次の当番の人にも回らない。


だから、もっと前に予定表で連絡すればよいのに、それをやらない。
急に言われてできない人がいたら、そのお婆さんが騒ぎ出し、回覧で「ゴミ当番を守らない人がいて近所が迷惑しています」と苦情を回すのだ。

私が母の介護で実家に行っていた時も、突然当番の回覧が回って来た。
慌てて子どもにやる様、頼んだが、こういう無駄なストレスは無くしたい。

最近はお婆さんを避け、気にしない様にしている。

それより、注意してほしい相手は他にいる。家の前にゴミがあっても放置して迷惑なお宅はある。
通りかかりに見かねた人がいつも片付けている。
聞くところによると、そのお宅はお婆さんに挨拶もせず、お婆さんも話しかけないそうだ。

言いやすい相手を見て、話しかけているのだろうな。

実家の近所にも似た様な人はいる。どこも色んな人がいて面白い。?



足の怪我は、湿潤療法ではなかなか回復しなかった為、ガーゼをはるだけにし、乾燥させることにするとのことだった。
すると、じくじくしていた傷が乾燥してきた。

だが、まだその周りがはれていて鈍い痛みがある。長く歩くと痛みで足を引きずってしまう。

最近運転も歩行も気をつけているが、先日の自転車の奥さんみたいに不注意でひやっとする場面に合う。

今日もショッピングセンターの駐車場で、車から降りてドアをしめた時、目の前をスピードを出した車がすれすれに横切った。

広い駐車場で2車線ある。左側から目の前を横切ったというのは、逆走でしかもどこにとめようかと探しながら運転していたようで、わき見していたように見えた。

車線を普通に走れば絶対に目の前に来ないし、斜めに右折して逆走していた。

駐車場だから人が歩いていないと思い込んでいたのだろう。もし私が1歩前に出ていたら、小さい子どもだったら、ぶつかっていただろう。

きっとあの運転者は、ひやりともしなかっただろう。何も気が付いていない。たまたま事故にならなかただけ。あんなよそ見しながら、適当な運転していたら事故しない方がおかしい。

運が良かっただけ。それもわかっていないのだろうな。

駐車場で子どもの手をつながない親御さんを見るとハラハラする。

こんな時、間違いなくはねられていると思う。
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心配性な位、気をつけた方がいいと思う。

運転中でも、予測運転を意識して事故を防げたと思う事は何回もあった。それと反対に、ぼんやりしていてひやっとする事もある。

何かに守られていて、運が強い時と、逆に運が弱くなる時があるのだろうか。

よくわからないが、昔から厄年とか魔除けとか、お祓いとか、そういうことからできた風習なのだろうか。
説明のできないバイオリズムみたいなものは、確かにありそうだ。

気が弱ってくる時期が巡ってくるのかもしれない。身内に病人や怪我人がでると特に。とにかく気をつけたい。



母は、薬を続けているが副作用はほとんど出ていない様だ。

少し皮膚のかゆみがでる位だという。

髪は極端に抜けることもないが、かといって伸びているわけでもなく、頭皮の活動が止まっている感じらしい。だからヘアピースが届くのを心待ちにしているとのこと。

母の病気がわかってから、色々不安な気持ちになる事が多い気がする。

命について、人生について考える様になり、病気や怪我の痛みや苦しみはなるべく味わいたくないと強く願うようになった。
これまで軽く考えて居た事が、現実には違っていたというか、そう思う通りにはいかなものだと。

いつ何が起こるかわからないものだと。昨日他人事に思っていた事を今日自分が味わうかもしれないと。

今まで無事に生きて来れたのは奇跡なんだということ。

だから、運転していてもかなり慎重になってきたし、道路を歩くのも良く周りを見るようになった。

これも、今だけかもしれないが(笑)
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今朝、ゴミ置き場にゴミを出し、一旦周囲を見てから道路を渡って帰ろうとゴミ置き場の門で立っていた。自転車が来たのでよけて待った。

私の横をすーっとぬけていく自転車。年配の奥さんだった。

障害になるものは無く、良く見える位置。
自転車が通りすぎる時、「わーっ!びっくりしたあ」とその奥さんが叫んで行った。

前を見ていなかった様で、立っている私に気が付き驚いたようだった。

絶対に向こうから見える位置にいた。目の前できちんと避けて立って待っていたのだから。

下を見ていたのか、慣れていたからか、スピードも緩めず通り過ぎて行った。

おいおい、私が避けて立っていたから良かったけど、目の前を見ないで自分からぶつかってきたところよ。また私、怪我したじゃん。
もし、ぶつかっていたら、「いきなり目の前に出て来た」とか言われたかもしれない。

こっちは、自転車を見ていたから何も驚かなかったけど「わっ。人がいた」と驚くその声にこっちがびっくりした。

もし私が車だったら、この人、停まっている車にぶつかっていたかもしれない。

こうやって事故になるんだなあ。とひやっとした。

中には、当たり屋もいるし、以前当たり屋らしきおじいさんがいて、関わらないようにうまく避けられたこともあった。

こんな事があると、外出も怖くなってしまう。



足を怪我して今日で2週間。
全治2週間も長いと思っていたが、もっとかかるとは予想もしなかった。

そう言えば、子どもが踵をえぐる怪我をした時、結構長くかかった。1カ月以上かかった記憶がある。
綺麗な切り傷ならすぐくっつくが、石やアスファルトなどのごつごつしたところで打撲したり、自転車に足を巻き込んだりと、断面が不規則な傷の場合、完治までに時間がかかると言われた。

今回私は、でこぼこのアスファルトで骨の上を思いっきり打撲している。
ぱっと見は、切り傷が小さくてたいしたことは無いように見えた。

腫れがあり、痛みが強かったが、駆け込んだ病院では、「たいしたことない、1週間かな」と、男性看護師が呟いていた。
医師が言った訳ではないので、聞き流したが、(もっとかかるのでは?きちんと治療してくれるのかな)と少し不安になった。
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2週間たっても、まだ腫れている。傷口はあいたままだ。10日ほどたってやっと浸出液が出始めた。

シャワーをあびれるパッドを張っている。

病院では、そっと傷口をふき、パッドを張り替えるだけ。湿潤療法だと思う。
消毒はしないはずだが、表面についた出血の塊などをふき取っている。

浸出液がでてこないと治らないわけだ。

長い間液がでてこなかったのは、見た目より深いところが傷ついて、皮膚の深い部分から順に修復されてきたのだろうか。
他の小さな擦り傷はとっくに綺麗になったが、一か所深く切れていた様だ。

やっと表面の修復にとりかかったということか。
医師は「感染もないし、順調です」と言うので、心配はしていない。

不便なだけだ。まだ痛いし、長い時間歩けない。動きに制限がかかってしまう。

でも人間の身体とは凄いなあ。きちんと自分で修理しようと動くのだから。

母の病気の件で、免疫の力がどれだけ大事かを思い知った。
まだ私の身体の修復する力は大丈夫なんだな、と身体の神秘を感じている。


台風による千葉の被害のニュースに心を痛めている。お見舞い申し上げます。

こんな時、政府は何をしているのだろう。マスコミも、内閣改造より災害のニュースを優先してどんどん放送するべきだ。

停電が続き、水も食料もなかなか手に入らない様で、この暑さの中どれだけ大変なことか。
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自分も以前大きな災害を体験した事がある。

水が無い、食べ物がない、トイレが困る、停電でテレビも見れず、情報が入らない、避難所は何の工夫もされていない、不衛生…などなど。

日本の災害対策は遅れている。お金をかけるところが間違っている。こんなにだいぶ前から災害が連続し、困難な生活がその都度繰り返されているのに、全く改善策が見られない。

これで南海トラフがきたら?首都直下地震がきたら?

災害がくるとわかっているのに、何故もっとお金を使って、しっかりした避難設備やライフラインの工夫対策をとっておかないのか。誰の為の税金なのか。と憤りを感じる。

戦闘機やトウモロコシを買っている場合じゃないだろうに。

新内閣の顔ぶれを見ても、笑ってしまうというか、益々不安になるばかり。


1カ月前くらいから、右耳に違和感あり、いよいよ難聴になってしまったかと思っていた。

右耳はよく耳鳴りがするし、聴こえにくい時がよくある。

以前はめまいなどで、よく耳鼻科に行っていたが、最近はご無沙汰だった。

音が聴こえにくいので、色々覚悟して久し振りに耳鼻科に。

耳垢が鼓膜をふさいでいるような気もするが、もしそうでなくて難聴の始まりだったらどうしようと緊張感がマックス。

めまいの恐怖も甦る。
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「どうしましたか?」
「右の耳だけ、塞がった感じで違和感あるんです」と言ったら、医師が両耳を見て「右だけ耳垢があるからとりましょうね」と言った。

以前別の耳鼻科でとってもらった時は、いきなりぶちっと取られ痛かった。垢をとっても、違和感も耳鳴りもとれず、何回か通った。


今回の耳鼻科は、優しい年配の医師。「取りにくいタイプの垢なので、ベッドに寝て」と言われ、痛いのかなと不安になった。

耳にライトをあて、ゆっくり、数回にわけて取りだしてくれた。その気持ち良い事。
「ほらこれですよ。耳に栓をしていましたね」と笑顔で言われ、おしまい。

一気に解決した。

音が良く聞こえるようになり、違和感も無くなった。


耳垢は自分でとろうとしてはいけないと聞く、綿棒の太いものは使わないようにと言われた。

定期的に、耳鼻科で取ってもらうのが正解だ。

垢で鼓膜が塞がり、聴こえが悪くなって、難聴かと不安になるし、会話も面倒になってくる。
放置すると炎症が起こり、本当に難聴になることも。

足の怪我もなかなか塞がらず、耳鼻科と並行して通院かと思っていたが、その心配が消えて良かった。

病院は待ち時間が長く、疲れるしおっくうで、私みたいな病院嫌いには苦行だが、思い切って行くとストレスが消えるので、元気があるうちに早めに行く事が大事だと痛感した。


足の怪我の治りが遅くて気になる。

早く完治して普通に歩きたい。まだ傷が塞がらず、内出血の跡が移動し凄く汚い色になっている。
血が溜まっている部分に違和感があるのと、まだ痛みもあり、傷をかばう為に力加減がおかしくなる。

だからおかしなところが痛くなってきたり、面倒臭い。

もう10日たつのに、傷が塞がらないし、痛みがあるのは、見た目より傷が深かったからだろう。

治療に通う病院の男性の看護師は、フフンと笑顔で「たいしたことない」と独り言。初日は「1週間かなあ」みたいな態度だった。ドジなおばさんが大げさにとでも思っているのかなと不快になったが我慢した。

女性の看護師は、こちらが何も言わなくても「骨の上なので傷が深くなりやすく、治りにくいんですよね。内出血も下に流れて行って別の場所にあざが広がりますよ。2週間はかかるかもしれませんね」と親切だ。

実際、2週間以上はかかりそうだ。

寝ていても、ズキズキと痛い時があり、何で今頃?と不安になったりする。

この程度で不安になるなら、もし車にはねられていたらどうなるのか。

痛いなんてものじゃないだろう。

今回骨折していたらどうなっていたことか。本当に気をつけなくてはと自分に言い聞かせる。
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そう言えば、数年前、お隣に朝、救急車が来たことがあった。
後から知った話では、隣の奥さんが洗濯物を干していて転倒、おかしな転び方をしたらしく立ち上がれなくて、本人は「やばい!骨折した」と感じたという。

その場に座り込んだまま、通りすがりの人に声をかけ、救急車を読んでもらったそうだ。

家の中は誰もいなくて、そのままにしては行けないから、声をかけた人に家に入ってもらい、鍵や携帯などを取ってきてもらったとか。

隣と言っても、距離があり叫んでも聞こえないので、目の前の通行人に気が付いてもらうしかなかったそうだ。


そのまま入院され、3か月ほどで帰宅された。

こういう事があるんだなあと、ゴミ捨てとか、ちょっと家の前まで出て事故にあうとか、何があるかわからない。

テレビをつけっぱなしだったり、窓もあけたまま、何かしたままで、それっきり家に入ることもなくなることもある。

もし自分がそうなった時、夫が喜んで帰宅してくる姿が浮かぶ。
そして家の中を荒さがしすることだろう。私のバッグの中や引き出しや、通帳とか探すことだろう。

表むきは、心配する夫のふりで、実は色んな計算をしながら家の中を滅茶苦茶にしそうな気がする。

お隣の奥さんは、ご主人に電話して後は全てご主人がやってくれたとのことだった。家の中の事も安心して任されたと。

いざという時に、頼れるご主人がいるのは羨ましいことだ。

私は、子ども達を頼ることになりそうだ。迷惑はかけたくないが、いてくれるだけでまだ救われる。
夫は、家族から逃げて遠い土地にいる。何かあったら誰を頼るつもりなのか。

いやいや、そういう事は考えない様にしよう。





ブライダルのCMを見ていると、いつも違和感を感じる。

こういうひねくれ者は私くらいのものだろう。女性なら誰でも憧れるはずのもの。

子どもの時から、全く憧れなかった。むしろ恥ずかしい、どうしてあんな事しないといけないのと思っていた。

友人、知人の結婚披露宴に出席しても、その思いは変わらなかった。逆に更に強くなった。

勿論、祝う気持ちはあるが、セレモニーだけが抵抗があったのだ。


若い時に結婚に夢が無かったからかもしれない。したいと思った事も無かった。むしろ「何故結婚しないといけないの。人と同じ生き方をしないといけないの。」と学生時代には口にしていた。


ただ、好奇心から何でも体験はしてみたかった。結婚とはどんなものか、出産とはどんなものか、体験する事はせっかく人間に生まれてきたからには、一度は経験したいと思っていた。
ただ、いちいちセレモニーをして騒ぐ必要はないと思っていた。

なぜそう思っていたのだろう。当時の自分は、一生独身か、パートーナーがいても籍を入れず、子どももいない人生になるんだろうと予想していた。

結婚に失敗した今思うと、本来そういう生き方の方が自分に向いていたのかもしれない。
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親が結婚しろとうるさくなってきて、喧嘩をしたこともある。
結婚しろと言いながら、付き合っている人がいると話すと、相手に難癖をつけ、すぐに別れろと母が毎日電話してきた時もある。一流企業か公務員以外はダメだという。

父からは「若いうちに結婚しないと、おばさんになったら売れ残って一生孤独な婆あになるぞ。」と言われた。娘を信用できないんだな、若さだけが結婚の要素で、人間的魅力では誰もふりむかない娘だと言われている気がした。

その頃の私は自棄になっていた。
親にそんな風に言われて、結局自分はその程度か。なら復讐してやろう、とどこかに思っていたのかもしれない。

体験として結婚したなら、離婚も体験してもいい。ただ、子どもだけは親としてしっかり責任もたないとと。
子どもが生まれたことで、自分の思う通りにできないことは当然だ。

親に復讐してやりたいと思い、結果色々巻き込んだが、それは馬鹿な考えとわかった。

困るのは結局自分と子どもたちだった。

何故娘はこうなったのだろうとか、深く考える親でなければ、どんな復讐したつもりでも意味はない。

幸せになれる人となれない人(心の持ち方が)は、自分を大事にするかどうかで決まるのかな。

自分を大事にするということがどういうことか、をまず知ることが大事だと思う。


ドジな転倒してから1週間。

切り傷が思ったより深かったようで、まだ塞がらない。
骨の上は傷が深くなりやすいらしい。

打撲の内出血は、色が変化してくるのだが、血液が下に流れて行っている。
こんなところは打っていないのに、という場所に紫色のあざが広がっている。

足の下部に血が溜まって少し膨れている。

打撲した所はあざが薄くなり、腫れもひきつつある。

見た目は、全く関係のない痛くも無い場所がどんどん色がついていき、まるでそこを激しく打撲したかのように見える。

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そう言えば、友人にばったり会った時、目の周りが青くあざになっていて、まるで顔面を殴られたみたいだった。
本人に聞くと、数日前に自転車で転んだという。手を怪我したが、顔は全く打っていない。

なのにだんだん目の周りが青く色がついてきたという。

はずかしくて外出できないと言っていた。

それもおそらくおでこか、頭のどこかを打撲して、内出血していたのだろう。
日が経つにつれて、内出血した血が下に流れてきたようだった。
重力を感じる。下に血が引っ張られているという感覚がする。

顔は困る。青あざを見るとびっくりする。自分も他人も。

目のまわりなんて、パンダみたいになるし、隠しようもないし、殴られたと誤解されたくない。

私は足で良かった。頭を打ってなかったのは本当に良かった。

歩くと痛みがあるので、動きがいつもより鈍くなる。

それだけで太る。悪循環だ。


昨日はカラオケに行って良かった。

足の絆創膏を隠して、何ともないふりをして行った。


行く前と行った後の気分が全く違った。

これまでは、母が病気になってから、実家に行ったり来たりで、母からの毎日の様にくる電話や家の事にも追われ、たまに映画には行っていたけど、どこかでのんびり遊んでいる場合じゃないと思っていた。

カラオケで大きな声をだすことが良かったのかもしれない。
行きたい映画も次々と予定されてるし、少しでも気分転換できる様にしよう。
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体調管理にばかり神経使いがちだったが、精神的な管理ももっと大事だなと感じた。

寝たきりになったら、それもできないんだなあ。どうやって気分転換したらよいんだろうと、介護面でのサポートも考えたりした。

ベッドの横に窓があり、外の景色が眺められるだけで随分違う。そこが庭で、花がさいていたり、緑いっぱいなら心穏やかになるだろうし、好きな音楽を聴くのも良いかもしれない。

本人の気持ち次第だが、もし自分ならどうかなと想像してみた。

父も言っていたが、長く寝込むのは避けたいものだ。家族に迷惑かけたくないのと自分も地獄な気がする。

この前の転倒もそうだが、人生のヒヤリハットという体験は何度かあった。一歩間違うと命を落としていたか、誰かを怪我させていたかもと思えるような体験だ。

車を運転していると特にそういう事がある。

だれでも、いつ何があるかわからない、今日一日、無事に生きてこれたのは奇跡なのだと思う。

この話、実は20歳の同窓会で、友人が皆に話していた。当時も、素直にそうなんだな、生きてるって大変なことなんだなと思ったのだが、それを自分の体験で実感するようになってきている。



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