りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ: つぶやき


昨日から歩く時に右足首に違和感を感じていた。
その度、足首をぐるぐる回したり、
ほぐす体操をしていた。

今朝から、足首が上がる時に痛みが走る様になった。

やばい。

こういう事は前からよくある。

痛みの場所は違うけれど
要するに、運動不足、筋力の衰え、筋肉そのものが減っているのだろう。

いやだなあ。
以前からなるべく歩く様にしているが、
猛暑と雨続き、コロナ禍もあって、車に頼り、さぼっている。

部屋で、体操はしているが
そんなものでは追いつかない。

昨日、久しぶりに歩いた。
用事があったので、歩きやすい靴では無く
堅めのお洒落靴を履いていた。
靴が悪かったのかもしれない。

運転の姿勢も悪いのは前から感じている。

そう言えば、一昨年の冬だったか、
足にあわないブーツで無理して歩いた後から
股関節の痛みがしばらく続いていた。

母が心配していたのを覚えている。

それ以降、足にあわない靴は捨てた。
かと言って、幅の広いゆるい靴もだめ。
適度に甲を締め付ける位がいい。
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胸が痛くなったり、足が痛くなったり、
頭痛はいつものことだし、
肋骨もまだむずむずするし、老化現象だと思う。

私の場合、今のところ、内臓ではなく、筋肉や神経のSOSぽいから
安静にすれば落ち着く。
 以前、派手に転倒して怪我をしたところも
ずっとチクチクしている。
頭と首が重い、と思ったら、奥歯の根に問題があったり、
治療した後からは、固い物は食べないようにしている。

根に負担がかかるので、
固い物をばりばり噛むのは、若い時だけの話で、
歳をとったら、よくないのだそうだ。
あごや、首や頭が痛くなるのは
そういう噛みしめる癖も原因のようだ。

高齢者は、動かなくなるとあっという間に
運動機能が衰える。
母がそれを若い時から気にしていて、
ジム的なリハビリに長く通い、頑張っていた。
最後に入院した時は、その面でも不安だったと思う。

足にはとりあえず、湿布を貼り、歩き方を変えて安静にする。
足をかばって歩く姿は、老婆に見えるかも?

最近、湿布をよく使うようになってきた。
若い頃は、母が背中に湿布を貼っていたのを
他人事の様に見ていた。
自分も老人の仲間に入ろうとしているってことか。

いつまでも元気に動けるとか無理がきくとか、
自分でやれるだけは絶対やろうとか、
若いつもりでやってしまうと、怪我をする。

これからは自分を過信せず、適当なところで
人に頼ることも大事だなと感じている。


最近、近所の飼い猫が時々遊びに来る。 

我が家は、通り道になっている様で
横を通り抜ける猫を何匹か見かける。

猫は犬と同じ位、大好きだ。

子どもの頃、猫を飼ったことはあるが、
何故か猫を飼うと、飼う度にすぐお別れが来るという
悲しい思い出しかない。

皆、動物が好きで、可愛いがっているのに、何故か猫に事件が起こる。
近所に猫嫌いな人がいて、
人の家の猫に暴力をふるったり、勝手にどこかに捨て去られたり、
病気で短命だったり、動物に縁の無い家だった。

猫とべったり一緒に過ごした時間は心が通っていたし、子ども心にかなり癒された。
両親も同じで、動物といると柔和になっていた。

数年前まで、我が家に室内犬がいたが、14歳で天国に。
私にとっては、寿命を全うさせてやれた初めてのペットだった。
亡くなる日、黒猫が突然現れ、不思議な体験をした。

ペットロスで、また動物を飼いたい、と思う様になったが
実家に帰ったり、旅行にいったりとする時、どこかに預けるのも
かなりのストレスを与えるし、
ペットが介護状態になった時、いつもそばにいてあげられるかどうかも
分からない今は、飼うのを我慢している。

責任を負うのだから、自分の為にペットを利用するのはやめたい。

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最近、たまに遊びに来てくれる近所の飼い猫と
触れ合うだけで満足だ。

これまで、色んな猫が訪問したけど、用心深く、すぐ行ってしまう。

この一匹だけは、にゃーにゃーと鳴きながら私に近づいてきて
何か訴えて来る。

おやつをあげても、お腹いっぱいなのか、いつも食べない。
私にすりすりしてきて甘えて来る。

綺麗に手入れされており、飼い主に大事にされているのがわかる。

夏だからか、来るのは早朝6時頃。

その時間に、外で掃除をしていると会える。

「おはよう!おばちゃん!」と声をかけてくれる。
家に入りたそうにしているが、
入れたら終わりだ、と我慢する。

家に懐いてしまったら、こっちが離れられなくなる(笑)
通い猫?にしてはいけない(笑)

なので、心を鬼にして、
外で、なでなでしたり、話しかけている。

母の葬儀が終わった後、父から追い帰されたあの日も
いつもは来ないのに、猫が沢山うちの外に集まり、
ニャーニャーと賑やかだった。

母が私を心配して一緒について来たのかなと感じた。
猫たちが、母を弔ってくれたのねと感じたのだが
全て私の妄想で、そう思いたいのかな。

今朝も、朝起きて外を掃除していたら、
見たことの無い、大きな犬が散歩していて
私の方にクンクンと寄ってきてくれた。
飼い主さんが、リードを引っ張って、引き離そうとしても
私から離れない。私は嬉しかったが。

そう言えば、弟のラインに
「人より、動物と接した方が気が楽だ。」
とあった。

人と接するのが嫌になっているらしい。
父もあんなだし、家にはあの奥さんがいるし
神経すり減らしているのかなあ。

父より先に、弟が倒れないでほしい。


夜になると、「リーンリーン」「リリリリ」と虫たちの合唱が聞こえる。
またこの季節がきた。
この虫の声が大好きだ。
本当に癒される。最高の子守歌。
 朝にまだ鳴いている時もある。

小さい身体なのに、大きな声で綺麗な歌声を聴かせてくれる。
凄いなあ。頑張ってるなあ。

蝉もそうだ。あんなに小さいのに
凄いボリュームで一生懸命鳴く。
最近は、天候が不安定で
あまり声が聞こえないけど、たまに蝉が鳴くとほっとする。
やはり自然が一番。
私たちは「自然」の中で生まれた命を持っている。
心の傷を癒し、力を与えてくれる自然の力を大切にしたい。

夏は夏らしくあってほしい。
今より、爽やかだった夏に戻ってほしい。

こんな感染症も無く、
学校のプールに通ったり、
虫捕りに行ったり、外で遊んでも木陰は涼しくて
家にはクーラーは無くても、扇風機で充分涼しくて
空は青く、真っ白の雲。

それが夏だった。

夏休みが終わると寂しかった。

まさか、日本が世界がこんな事になるなんて誰が予想していたかな。
気候変動、感染症、毎年起きる水害、大地震、
こんな時によりによってこの権力者たち。
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子ども達に、人間らしい生活、
夏休み、学校生活を過ごしてほしい。
コロナ禍が与える悪影響が心配だ。

ネットで知ったが「コロナはただの風邪、マスクは悪、ワクチンは害」
と訴える集団が、全国を回り、デモ活動を行っているとか?
マスクをせずに、集団で密になり、駅前などで陰謀論を訴えるのだろうか。

毎日ニュースを見ていれば
そんな事は考えられないはずだが。
入院できず、自宅で苦しみ、恐怖と戦っている人々の声が
耳に入らないのだろうか。
ただの風邪だとどうして思えるのだろう。
そう言う人には、現実を認めたくない何かがあるのだろう。

夫もこの集団の仲間みたいなもの。

もし、同居していたらどうなったか。想像するだけでぞっとする。
2度と一緒には暮らせないし、暮らさない。
夫が、カルト好きな変人であるのはコロナではっきりした。

そんな嫌な事も虫の声が忘れさせてくれるので救われている。





もし、あの時、私のお迎えが遅くなり、
猛暑の日で、エアコンもついていなく、
窓も閉められ、鍵のかけられた部屋に閉じ込められた子が、
お迎えの時に部屋でぐったりしていたら?
園はどう責任をとったのか。何て言い訳しただろう。

あのバス事件の園長みたいに
「部屋から出たと思い込んで鍵をしめた」
と言ったかな。いや、あの部屋は、
我が子のクラスの部屋じゃなかったし、
絶対いるはずのない場所だった。

捜査が入れば、40代のこの先生は証言してくれたかなとか
色々想像してしまう。

そんな体験をしたから、
登園バスの中で亡くなった子どもさんの事件を思うと
他人事には思えないし、園が真実を話しているかどうかも疑う。
こういう事故が起こるたびに、
過去の嫌な思い出が甦る。

介護、保育の業界の給与が低く、
人材不足による職員の精神、肉体的な疲労も
虐待や事故の要因の一つかもと言われる。

下の子の園の先生方は、公務員であり
収入は安定しており、残業もなく、時間外はパートさんを雇っていて、
公立なだけあって経営の危機感も無く、それは理由にはならない。

全て、個人の体験に基づく想像に過ぎないが
これを書く事で、私の親としての心の痛みもこれで成仏させられたかなと思う。
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子育て中には、感動したり楽しい事も多いが
自分のやり方に対して後悔することや
不安、焦り、などなど心を痛める事も多かった気がする。
ついカッとなって叱った後など
後悔して落ち込む事も多かった。

夫や仕事のことで、ついイライラして八つ当たりしてしまう。
それだけは、気を付けようと思っていても
未熟な自分ではなかなか難しかった。

それも今となれば、完璧な親なんていないし
皆そうやって奮闘している。
悩んだり、怒ったり、泣いたり~それが当たり前なのだ、
子育ては自分育てなんだなと感じた。

子どもには、自分を育ててくれてありがとう、
色んな思い出を残してくれて
ありがとうと言える年齢になった。







小学生になってから、子どもが当時の記憶を一気に話し始めた。
「あの時、○○先生にされた事は忘れたくても記憶から消えないと思う」
と言っていた。
聞くとやっぱりそうだったのかと思える様な事をされていた。
給食のおかずをわざと取り上げて、
食べさせないで、ゴミ箱に捨てられたり、
ある子だけ椅子を隠して座らせない、
その日の気分で無視する子を決めたりなどの事をされていたと言う。
これを2歳児にしていたのだ。鬼畜。
子どもが泣けば「あなたが悪い子だからよ!」
と言うだけ。

補助の先生もいたはずだが
何も言えない力関係や理由があったとしても許せない。
日常的になりすぎて、それが当たり前になっていたのかもしれない。

子の心の傷として残っていた。おそらく他のお子さんも。
我が子は、心の中に溜めていた悔しさを吐き出したことで、
今は成仏させたようだ。

今では先生より力は強いし、自信もある。
当時、大きくて、怖くてかなわないと思っていた先生は
今は中年の弱々しい小柄な女性にしか見えないことだろう。
「自分は絶対あんな人間になりたくないし、
あんな行動は絶対許さない、目にしたら絶対やめさせる」
とやたら正義感の強い大人になっている。

反面教師にしてくれただけでも(親としては心を痛めていたので)
少し救われたかなと思う。
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保育士さん達は、子どもたちが幼くて
言葉がうまく出てこない時期でも、
嫌な事も良い事もしっかり記憶に残り、
一生、先生の名前も顔も覚えている子もいるという事を
頭に入れておいていてほしい。

大人に成長した後に、偶然、見かけた保育園の先生方の中で
むこうは「小さかったから覚えてないよね」と、黙って通り過ぎる事がある。
でも、子どもはしっかり記憶しており
挨拶をすると「覚えていたの?」と驚かれる。

良い思い出の先生のことは特に一生記憶に残る。
嫌な事をされた先生のことも、しっかり残る。

「そんなことあったかしら、幼児だったしもう忘れてるでしょ」
なんて甘く考えて、自分の行動を振り返ることもなく
同じやり方で仕事をしてきたあの先生達には、
「いつどこで、誰に話題にされているかわかりませんよ」と言いたい。
しかも、この酷い先生方は、公務員だった。
今頃、偉くなってどこかで園長とかになっているかも。
若い親たちに立派なご指導をされていることだろう。

子どもは成長する。
すぐに大人になり、先生より背も伸びるかもしれないし強くなる。
いつどこで出会っても
「あの時、先生にされたこと、今でも忘れてません」
なんて言われるかもしれない。
もしかすると
「私を悪い子だといつも言われていましたね。
それが原因で、自分に自信が持てず、人生狂いました」
なんて言われたら…。(ないとは思うけど)

その時に、自分の過去の行動の罪深さを知る事になって、
後悔しても時は戻せない。







いつもより早めに園に迎えに行った日のことだ。

その日の担当として、異動してこられたばかりの40代の先生と
30代の先生が2人、計3人の姿が部屋の中に見えた。
全員を1階の大部屋にまとめて座らせ、絵本の読み聞かせをされていた。
他の先生もまだ廊下を歩いておられたりと
お迎えに来る親もまだ少ない時間帯だった。
子ども達の声が響いて、賑やかだった。

いつもより早くお迎えに来た私を見て、
40代の先生が我が子を帰すべく、部屋を見渡し、探していた。

なかなか来ないので、外から部屋を覗くと、我が子も40代先生も見えない。
トイレに行っていたのかなと待っていると、2階から先生と我が子が降りて来た。

あれこれ必死で探してくれたのは、40代の先生だけだった。

他の先生方は、何も知らない風にこちらを見ることもなかった。

40代の先生が、
「すみませんでした。○○ちゃんの精神状態が心配です。
お家に帰られたら、様子をみてあげてください。こちらが悪いのです。
私は、こういうやり方に問題を感じていますが、どうしようもなくて」
と頭を何度も下げた。

子どもは、泣いてもいないし、普通にしていたし
何のことかさっぱりわからない私は、
「どういう事でしょうか」と聞いた。

我が子は、誰もいない2階の1部屋に、
30代の保育士により故意に閉じ込められており、
そのことを忘れ去られていたのか、放置されていた。
その保育士は私が来ても無反応で、
他の園児たちの世話をしていた。
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我が子は何故、閉じ込められたのか。
40代の先生が言うには
「大人しい反抗しない子を選んで、いう事聞かない手を焼く子の前で、
わざとお仕置きして見せて、その子を見せしめにして、
子ども達を脅すやり方でいう事をきかせようとする保育士が何人かいて
それが、この園では当たり前になっているようなんです。
親が迎えに来る前には、部屋に戻すからばれない。
2~3歳の子ども達ははまだ、うまく話せないし、
あなたが悪いからよと言えば、親には話さない子が多い。
私は、最近この園に来たばかりですが、こんな事許せません。
園長も見て見ぬふりです。」
の様な事を教えてくれた。

「○○ちゃんは、何も悪くないのです。
子どもさんの心の傷になるのが心配です。」
と言って、その先生のせいではないのに
何度も私に頭を下げ、我が子にも「ごめんね、ごめんね」と謝ってくれた。

それを聞いて、納得のいく事があった。

その1年前に、突然園に行きたくないと泣く日があり、
恐怖に震えた様な顔をしていたのだ。夜もおびえてないていた。
まだうまく話のできない歳だったし、
「余りに様子がおかしい、園で何かあったのですか」と
園長と担任に、問いただしたことがあった。

当然誤魔化されたが、後にその内容はわかった。
他にも色んな虐待めいたことをされていたのかもしれない。
抵抗しなそうな子をターゲットにして。

当時、園に問いただした事は良かったと思った。
うるさそうな親の子には気を使う様になったのか。
それ以降、園には楽しそうに行くようになった。
その担任は異動になった。

が、他の若い保育士が、悪い影響を受けたのか?
似た様なやり方をやり続けていた。
この園内派閥というのは、
虐待に近いことを指導とする保育士たちと
それはありえない、問題だと反発するまともな保育士たちとの対立があったとのこと。
前者の派には、主任がおり、力が強く、園長も言いなりで
まともな先生方がやり方を改善することができなかったという。

幸い、我が子は、部屋に閉じ込められてもマイペースで
そこで好きな絵本で遊んだり自由に遊べたと言い
全くこの件に関しては、大丈夫だった。

翌朝、登園時も、40代の先生が走り寄ってきて
「あれから大丈夫でしたか?○○ちゃんの心の傷が気になって。本当に申し訳なく思っています」
と声をかけて下さった。
それで、私は救われ、この先生がおられる間は安心だと思えた。

今なら、市に直接苦情を言うのだが、
証拠の動画もなく、とぼけられたら終わりだろう。
そして、この40代の先生にも何かの圧力がかかりそうだし
当時の私は弱く、何もできなかった。

それから卒園するまでに、
先生達の入れ替わりがあり、
良い先生がどんどん入って来られた。
こんなに違うものかと、子ども達を見ていて驚いた。
園の雰囲気も主任がいなくなり、変わってきて
卒園する頃には
良い先生方との出会いに、嫌な思い出も消えるほどで
本当に良かったと思った。







残業でお迎えに行けない時は、この頃まだ同居していた
夫にお迎えを頼んでいた。


夫にお迎えを頼んだ日の翌日の朝、子どもを連れて行くと
担任の先生が怖い顔をして
「お母さん、何故昨日お迎えに来なかったのですかッ」
と聞いて来た。
訳が分からず、「仕事の都合で帰りが遅くなるから夫に行かせましたけど」
と答えると、「本当ですか?なら、ここに理由をかいてください!」
と、まるで始末書を書かせる様な態度で
紙を渡された。

子育てを放棄した、虐待の疑いのある母親?だと思われたかのような
故意にお迎えを放棄したかのような、
嫌な態度だった。

その紙は、お迎えに何故来なかったかを書く欄があり、
仕事都合、と書いた。

母親が絶対に迎えに行かねばならないという決まりでもあるのか、
何故、父親が迎えに行くのが問題視されるのか、
おかしい事を言う園だなあと不可解だった。

すると、子どもが話してくれた。
「昨日、うちが一番お迎えが遅かった。時間になっても誰も来ないから
先生が家に電話したらお父さんが慌てて迎えにきた」

はあ?夫は休みで家にいた。
私が頼んだことを忘れていたのだろう。

そして、園には「え?妻が行ってませんか?ダメだなあ、すみません、私から妻に注意しときます。」

と、私が子育てを放棄する親の様な嘘をついて自分の責任のがれをした。
だから、私は要注意母親とみられて、
あんな態度をとられたのだった。
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それを夫に問い詰めても、
しらばっくれて、誤魔化しただけ。
夫がもし、同じ会社の人間だったら
絶対、一緒に仕事をしたくない、関わりたくない人だ。

何を頼んでも、まともにできず、
その上、言い訳ばかりして反省もせず、人に責任を負わせる。
そのくせ、偉そうにいばる。指導してやるという態度をとる。
そんな人、嫌われて当たり前だ。

子どものお迎えひとつ、きちんとできず、しかも仕事を遅くまでしている妻を
陥れてまで自分を守るなんて、
そんな人は、結婚する資格ないだろう。

それ以降、夫にお迎えを頼むことは止めた。
良い先生との出会いもあったので救われていた。

が、ある時、お迎えに行くとまた園に失望する出来事があった。
                   
                     続く





それから何年かして
また夫の転職で引っ越しをし、そこで下の子を保育園に入れた。

近所に公立の保育園があり、
数か月待たされた後、やっと入園できたが、
初日から、不快な思いをした。

担任の先生に挨拶をしても、顔を歪めて無視されたり、
説明が手抜きで、後から慌てさせられた。
子にヒステリックに当たられたら困るので、
「それは説明を受けていませんでしたよ」
と言うと
「言わなくても、それ位予測すればいいでしょう」
と言い返す担任だった。
(謝ったら負ける病?と思う位)独特な上から目線で話す人だった。

保育士さんが沢山おられ、それぞれの先生を観察していると
能力のレベル?人間性の違いにより、
かなりの差があるということを感じた。

言葉使いが酷かったり、社会人としてのマナーすらない様な
ベテラン風な保育士さんが多くて気になった。

そういう人が担任になると、
学級崩壊状態で、先生を信頼するどころか、
いつも怒鳴るだけなので子ども達が落ち着かない。
で、担任は、親に文句ばかり言う。
顔がいつも怒っている。悪循環。

この人は、何故この職業を選んだのだろう、
子どもが嫌いなら、この仕事は向いてないよね、
でも、公務員だし、やめないよね。などと勝手に
心の中で思いながら、親としてモヤモヤしていた。

かと思えば、素晴らしい保育士さんもおられ、
存在感があり、人を引き付ける人間的魅力を感じた。
園内で怒鳴るところを見たことが無い。
子ども達がいつも落ち着いており
注意する時は、目を見て小声でつぶやくだけ。
それで、子どもはハッとし、集中する。
資質の問題なのか、こんなに人によって違うのだと驚いた。
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話を戻し、この園で最初に驚いたのは
朝の登園時、子どもが「先生、おはようございます」と
挨拶をしても、返事をしない先生がいることだった。
そんなのいいから、さっさと中に入ってよという顔をするのだ。

何日も無視が続くと、子どもは先生に挨拶をしなくなった。

お迎えの時も、担任の先生が当番の時は、本当に酷かった。

親の姿を部屋の窓から見つけて、
「○○ちゃん。おむかえよ!」と子に言うだけで、
子どもに荷物を持たせ「1人で行きなさい、バイバイ」と言って
部屋から追い出していた。

週末は、大きな布団セットや着替えのバッグを
小さい子どもに持たせて部屋から放り出していた。
自分より大きな荷物をぞろぞろと引きずりながら
廊下を歩いてくる子を見て、驚いた。

外から先生たちを見ると、2人いたが
部屋に座ったまま、お喋りしている。
子どもが無事に親と帰るかどうかを気にもしていない。

親に無事引き渡す確認をせず、
これが誘拐だったらどうするのかと思う。
「先生さようなら」の挨拶も無い訳で、
これが公立のレベル?とショックを受けた。

もっと驚いたのは、
(知事さん?)お偉方のお孫さんと登園時間が一緒になった時、
早く子を渡して仕事に行きたいのに、
他の子どもと親を何人も外に待たせたまま
全員の保育士が駐車場まで走って行って、車の前でお迎えをしていた。
お偉方の孫と親に向かっては
直立不動で「オハヨウゴザイマス!」
と挨拶していた。

まさか、今はこんな突っ込み所のある、滑稽な風景は無いと思う。
あの頃は、SNSも進んでいなく、苦情窓口もなく、緊張感も無かったのだろう。
その後、公な苦情窓口ができたし、
流石に今はまともになったと思いたい。

最初の担任は苦情が多かったのか、転勤になった。
帰りは親にきちんと子を渡すということも徹底され、
挨拶も全員の先生がするようになった。
(こんな事を言う事自体がおかしいのだが)

が、他にも最初の担任と似た様なタイプの保育士さんはいた。
当番の先生次第で、お迎えの子どもの様子が違っていた。

                    続く




あの時の自分は、最悪の事なんて全く頭に浮かばず、
大丈夫、すぐに解決すると信じて
園長にも文句も何も言わず、黙って帰宅した。
我が子を信じていたのだと思う。
子なりに、何か理由があり、考えて行動していると。

家のドアを開けたその時、問題は解決した。
子の園カバンと帽子が玄関にあったのだ。

でも、ドアの鍵は閉まっていて、子は家の中にいない。
子は、隠し鍵の場所を知っていた。
自分で開けて、閉めてどこかに行ったのだろう。

とりあえず、家に帰ったことはわかった。
それだけで、ホッとした。
が、子の姿を見るまではまだ安心できない。

とりあえず、園に電話をし、これから子を探すと連絡した。

その時の園の反応も冷ややかだった。

電話を切った時、子が帰って来た。
何事も無かった様に、元気に明るく。

「お母さん、お迎え遅いから、○○ちゃんと一緒に帰ってきたよ」
と言う。
そう言えば、先生が
「園の門には鍵がかけられているから、子どもだけでは勝手に出られないはずです」
と言っていた。
「○○ちゃんのママがお迎えに来た時、ママはまだ来ないのかなあと待ちきれなくて
○○ちゃんの後ろをついて行った」と言うのだ、
○○ちゃんは同じマンションに住んでいたので、安心できたのだろう。

一緒に帰ったのではなく、少し離れて後ろを歩いていた様だ。

その方は、我が子に気が付いていなかったかもしれない。
もし、知っておられたら、何だかの反応がありそうだが
向こうから何も連絡が無かったので、後ろをついて行っていた事は
ご存知なかったのだと思う。

どっちにしても、園がそれを見逃したことは確かだ。
親と一緒ではない子が1人で外に出ても気が付かなかった。

先生が門で立っていたんじゃないのと聞くと
誰もいなかったし、門はあいていたと言う。

知っている子の後をついて帰っただけでも良かったと思った。
家まで3歳で歩いて10分ほどの距離で、高台の自宅は、園から見えていたから
1人で帰れる気になったのだろう。
3歳児はそんなものだと思う。

いつもは、ちゃんと待っているのに、
何故、ママを待てなかったのと聞くと
「知ってる友達が誰もいなくて、先生もいなくて、何をしていいか退屈で
早く家に帰りたくなった」
と言っていた。居残りさせた自分のせいかなと
子どもに申し訳ない気持ちになった。が、この件とは別問題。

帰宅した時、近所のお友達に会い、
一緒に遊ぼうと言われ、カバンと帽子を玄関に置き、
そのまま遊びに行ったらしい。

でも、ママが帰る頃だなと思って、
すぐ帰って来たと言う。

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子が無事だったことを報告する為に
再び園に電話をした。

まずは、迷惑をかけた事を詫びた。
すると、調子に乗った?園の方は、
強気な態度で、まあ許してやろうみたいな言い方だった。

そうじゃないだろう。
管理が悪かったからこういう事が起きたのだろう。
部屋に子どもを放置したまま、先生はどこかへ消えていた。
親がまだ来ていない子が帽子、カバンをさげて
勝手に部屋を出ていくのも知らなかったし、
門の出入りもノーチェックだった。

鍵も開いていたし、嘘ばかりじゃないかと
今になれば、怒りが沸いてくる。

それでも、翌日には園から何だかの説明や、
お御詫びの言葉があるかと思ったが、一切なかった。
子に聞くと
翌日登園すると、いきなり担任から叱られたという。
全てあなたが悪いのよ、で終わったらしい。
親から子にきちんと言い聞かせた後なのに。
私はそれ以降、延長保育は利用するのをやめた。

一歩間違えると、大事故になったかもしれない。
園は3歳児を叱っただけで、園の管理の悪さは無かったかのように、うやむやにした。

私から、園には手紙を渡して気持ちは伝えたが
返事も無く、担任から適当に誤魔化されて終わりだった。

世間に知られたら、どうなったことか。
もし、我が子ではなく、他のお子さんで、
迷子になったり、途中事故に巻き込まれていたら?
園には事の重大さを思い知ってほしかった。
(今なら拡散されて大騒ぎになるぞ)

当時の園は、こういう事件が起こりうるほどの、酷い経営状態だったようで、
この後、園の立て直しがあり、
園長も交代し、かなり雰囲気がまともになったので
気分的には救われた。

この後、夫の転職癖が始まり、引っ越しでこの園とはおさらばした(笑)。
そういえば、この時の夫の存在は記憶にない。
おそらくこの時から、他人事だったのだろう。





もうかなり古い話。
結婚してまだ数年目、別の都市に住んでいた頃。

3歳から幼稚園に入れた上の子の話である。
夫はまだ同居中、私はお迎えに間に合う時間帯のパートで働いていた。
たまに、どうしても残業がある時などは、
園の延長保育制度を利用していた。
と言っても、4時までで、長くは預けられない。

ある日、残業になり、延長保育を申し込んだ。
それまでも何回か利用していたので
子どもも理解しており、今日は4時にお迎えに行くからねと伝えた。

で、仕事を終え、急いで4時に迎えに行った。
お預かりの部屋に行くと、先生がいない。
数人の子ども達が遊んでいる。
その中に我が子がいない。
園庭にも誰も見当たらない。

子ども達に聞いても「さあ。わかんない」と言うだけ。

子ども達を部屋に放置したままで、大丈夫だろうか、
先生と我が子はどこへ?トイレかな?
と思いながら待っていると、当番の先生が走って来た。
この日の延長保育は、1人で10人程の園児を見ていた様だった。

「○○です。お迎えに来ました」
「はい、○○さんですね。えーっと、あれ?いない。」
と言う先生。え?先生と一緒じゃなかったの?ならうちの子はどこ?

他の子に、慌てて聞く先生。
さあ、知らないと言う子供達。

「ちょっとお待ちくださいね」と言い、先生は慌てて職員室へ。
その間、他の子達はママがお迎えに来て、皆帰って行った。

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茫然と私1人、誰もいない園庭に立ち尽くす。

園長が園内放送で
「○○さん、お母さんがお迎えに来ています。お部屋に帰りましょう」
とメッセージを流している。

そして、慌てた様子の先生達が、園内を探しながら
送迎バスの中や下を覗いている。
園のすぐそばには、大きな池もある。
園長先生は、池も見に行っていた。

ここまで書けば、もうどういう状況かお分かりだろう。
思い出すとぞっとしてくる。

あの時の私の気持ちは、予想もしていなかった事で、
まさか、嘘でしょと、ピンと来ない感じだった。
1時的にも、先生が部屋に居なかったのは事実だし、
その間、我が子は園の中で勝手にかくれんぼか何かしているのだろうと
思っていた。

先生方があちこち探しても、園内も園の周囲にも我が子はいなかった。

時間が経ち、園長先生が
「お母さんは、お家で待機していてください。
見つかったら連絡します。お母さんも、何かわかったら連絡ください」
と事務的に、冷静を装った風に言って来た。

園を守ることで頭が一杯だったのは伝わった。

                                  続く

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