りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ: つぶやき

連休、私には関係なし。

でかけるにもお金がかかるし、最近は実家に帰っていることでその費用の為節約しなくてはいけない。

旅行は大好きだが、今はその気分ではない。

昨日、実家では色々あったようだ。

ご近所の1人暮らしをされている高齢の女性、母の友人だが、家に駆け込んできて「救急車を呼んで」と頼まれたという。
(3軒先から走ってくるくらいなら、自分で救急車をよべばよかったのではないかと思ったが)母が電話をし、一緒に救急車に乗り病院に付いて行ったそうだ。

「病人が病院に付きそうなんてね、皆そんな年齢になったのね」と母が言う。

そのご近所さんは、気分が悪くなりかかりつけの病院に電話をかけたそうだ。すると大病院なのにお休みだと断られ、「救急車を自分でよんではいかがですか」と言われたとか。

それで、なぜか、母のところまで来て、救急車を呼んでと頼んだらしい。

わざわざ来ないで、電話で頼んでもよかったのでは、と色々思うが、おそらくパニックになっておられたのだろう。

とっさに、うち実家の電話番号や、救急車は何番だったかわからなくなったという事もありえる。

家に行く方が早いと思ったのだろうか。でも、動けるくらいなら大丈夫じゃないかとも思ってしまう。

そこがパニック状態の不思議だろう。

この方は、脳梗塞もあったし、腎臓病もかかえておられた。

1人暮らしなので、不安もあったと思う。

母が付き添い、親族に連絡をとり、身内の人と交代して帰宅したという。
kyukyusyahashiru


母も病気だし、父がいるがあてにならない。
以前救急車を呼んだ時、このご近所さんにお世話になったらしい。

お互いに助け合える関係のお付き合いができているのは有り難いことだ。
いざとなると、身内より近くの他人。

こういうパニックになった時、自宅の住所も言えなくなったりする。

子どもが小さい時、留守番中に何かあったらこれを見て電話してと、警察、救急、火事、自宅の住所、電話、親の携帯などを大きく書いて、電話の近くに貼っていた。


今はそんな紙を、実家にも貼っている。

母も、近所の人が駆け込んだことに驚いて、一瞬119を忘れたらしい。

で、私が貼っていた紙を見て、「救急車はこれか」と確認できたと言っていた。

私も、小さな事ですぐパニックになる。(あの動悸が嫌なんだよなあ。)

落ち着けといくら言い聞かせても、無理。

パニックを少しでもコントロールできる様になりたいが、できればそんな状況に会わない事を祈るばかりだ。



母は、薬を続けているが副作用はほとんど出ていない様だ。

少し皮膚のかゆみがでる位だという。

髪は極端に抜けることもないが、かといって伸びているわけでもなく、頭皮の活動が止まっている感じらしい。だからヘアピースが届くのを心待ちにしているとのこと。

母の病気がわかってから、色々不安な気持ちになる事が多い気がする。

命について、人生について考える様になり、病気や怪我の痛みや苦しみはなるべく味わいたくないと強く願うようになった。
これまで軽く考えて居た事が、現実には違っていたというか、そう思う通りにはいかなものだと。

いつ何が起こるかわからないものだと。昨日他人事に思っていた事を今日自分が味わうかもしれないと。

今まで無事に生きて来れたのは奇跡なんだということ。

だから、運転していてもかなり慎重になってきたし、道路を歩くのも良く周りを見るようになった。

これも、今だけかもしれないが(笑)
N612_tomarejitensya

今朝、ゴミ置き場にゴミを出し、一旦周囲を見てから道路を渡って帰ろうとゴミ置き場の門で立っていた。自転車が来たのでよけて待った。

私の横をすーっとぬけていく自転車。年配の奥さんだった。

障害になるものは無く、良く見える位置。
自転車が通りすぎる時、「わーっ!びっくりしたあ」とその奥さんが叫んで行った。

前を見ていなかった様で、立っている私に気が付き驚いたようだった。

絶対に向こうから見える位置にいた。目の前できちんと避けて立って待っていたのだから。

下を見ていたのか、慣れていたからか、スピードも緩めず通り過ぎて行った。

おいおい、私が避けて立っていたから良かったけど、目の前を見ないで自分からぶつかってきたところよ。また私、怪我したじゃん。
もし、ぶつかっていたら、「いきなり目の前に出て来た」とか言われたかもしれない。

こっちは、自転車を見ていたから何も驚かなかったけど「わっ。人がいた」と驚くその声にこっちがびっくりした。

もし私が車だったら、この人、停まっている車にぶつかっていたかもしれない。

こうやって事故になるんだなあ。とひやっとした。

中には、当たり屋もいるし、以前当たり屋らしきおじいさんがいて、関わらないようにうまく避けられたこともあった。

こんな事があると、外出も怖くなってしまう。



足を怪我して今日で2週間。
全治2週間も長いと思っていたが、もっとかかるとは予想もしなかった。

そう言えば、子どもが踵をえぐる怪我をした時、結構長くかかった。1カ月以上かかった記憶がある。
綺麗な切り傷ならすぐくっつくが、石やアスファルトなどのごつごつしたところで打撲したり、自転車に足を巻き込んだりと、断面が不規則な傷の場合、完治までに時間がかかると言われた。

今回私は、でこぼこのアスファルトで骨の上を思いっきり打撲している。
ぱっと見は、切り傷が小さくてたいしたことは無いように見えた。

腫れがあり、痛みが強かったが、駆け込んだ病院では、「たいしたことない、1週間かな」と、男性看護師が呟いていた。
医師が言った訳ではないので、聞き流したが、(もっとかかるのでは?きちんと治療してくれるのかな)と少し不安になった。
AME20181123C009

2週間たっても、まだ腫れている。傷口はあいたままだ。10日ほどたってやっと浸出液が出始めた。

シャワーをあびれるパッドを張っている。

病院では、そっと傷口をふき、パッドを張り替えるだけ。湿潤療法だと思う。
消毒はしないはずだが、表面についた出血の塊などをふき取っている。

浸出液がでてこないと治らないわけだ。

長い間液がでてこなかったのは、見た目より深いところが傷ついて、皮膚の深い部分から順に修復されてきたのだろうか。
他の小さな擦り傷はとっくに綺麗になったが、一か所深く切れていた様だ。

やっと表面の修復にとりかかったということか。
医師は「感染もないし、順調です」と言うので、心配はしていない。

不便なだけだ。まだ痛いし、長い時間歩けない。動きに制限がかかってしまう。

でも人間の身体とは凄いなあ。きちんと自分で修理しようと動くのだから。

母の病気の件で、免疫の力がどれだけ大事かを思い知った。
まだ私の身体の修復する力は大丈夫なんだな、と身体の神秘を感じている。


台風による千葉の被害のニュースに心を痛めている。お見舞い申し上げます。

こんな時、政府は何をしているのだろう。マスコミも、内閣改造より災害のニュースを優先してどんどん放送するべきだ。

停電が続き、水も食料もなかなか手に入らない様で、この暑さの中どれだけ大変なことか。
PAK86_amekiiroisen1299 (1)

自分も以前大きな災害を体験した事がある。

水が無い、食べ物がない、トイレが困る、停電でテレビも見れず、情報が入らない、避難所は何の工夫もされていない、不衛生…などなど。

日本の災害対策は遅れている。お金をかけるところが間違っている。こんなにだいぶ前から災害が連続し、困難な生活がその都度繰り返されているのに、全く改善策が見られない。

これで南海トラフがきたら?首都直下地震がきたら?

災害がくるとわかっているのに、何故もっとお金を使って、しっかりした避難設備やライフラインの工夫対策をとっておかないのか。誰の為の税金なのか。と憤りを感じる。

戦闘機やトウモロコシを買っている場合じゃないだろうに。

新内閣の顔ぶれを見ても、笑ってしまうというか、益々不安になるばかり。


1カ月前くらいから、右耳に違和感あり、いよいよ難聴になってしまったかと思っていた。

右耳はよく耳鳴りがするし、聴こえにくい時がよくある。

以前はめまいなどで、よく耳鼻科に行っていたが、最近はご無沙汰だった。

音が聴こえにくいので、色々覚悟して久し振りに耳鼻科に。

耳垢が鼓膜をふさいでいるような気もするが、もしそうでなくて難聴の始まりだったらどうしようと緊張感がマックス。

めまいの恐怖も甦る。
SHI1987A007

「どうしましたか?」
「右の耳だけ、塞がった感じで違和感あるんです」と言ったら、医師が両耳を見て「右だけ耳垢があるからとりましょうね」と言った。

以前別の耳鼻科でとってもらった時は、いきなりぶちっと取られ痛かった。垢をとっても、違和感も耳鳴りもとれず、何回か通った。


今回の耳鼻科は、優しい年配の医師。「取りにくいタイプの垢なので、ベッドに寝て」と言われ、痛いのかなと不安になった。

耳にライトをあて、ゆっくり、数回にわけて取りだしてくれた。その気持ち良い事。
「ほらこれですよ。耳に栓をしていましたね」と笑顔で言われ、おしまい。

一気に解決した。

音が良く聞こえるようになり、違和感も無くなった。


耳垢は自分でとろうとしてはいけないと聞く、綿棒の太いものは使わないようにと言われた。

定期的に、耳鼻科で取ってもらうのが正解だ。

垢で鼓膜が塞がり、聴こえが悪くなって、難聴かと不安になるし、会話も面倒になってくる。
放置すると炎症が起こり、本当に難聴になることも。

足の怪我もなかなか塞がらず、耳鼻科と並行して通院かと思っていたが、その心配が消えて良かった。

病院は待ち時間が長く、疲れるしおっくうで、私みたいな病院嫌いには苦行だが、思い切って行くとストレスが消えるので、元気があるうちに早めに行く事が大事だと痛感した。


足の怪我の治りが遅くて気になる。

早く完治して普通に歩きたい。まだ傷が塞がらず、内出血の跡が移動し凄く汚い色になっている。
血が溜まっている部分に違和感があるのと、まだ痛みもあり、傷をかばう為に力加減がおかしくなる。

だからおかしなところが痛くなってきたり、面倒臭い。

もう10日たつのに、傷が塞がらないし、痛みがあるのは、見た目より傷が深かったからだろう。

治療に通う病院の男性の看護師は、フフンと笑顔で「たいしたことない」と独り言。初日は「1週間かなあ」みたいな態度だった。ドジなおばさんが大げさにとでも思っているのかなと不快になったが我慢した。

女性の看護師は、こちらが何も言わなくても「骨の上なので傷が深くなりやすく、治りにくいんですよね。内出血も下に流れて行って別の場所にあざが広がりますよ。2週間はかかるかもしれませんね」と親切だ。

実際、2週間以上はかかりそうだ。

寝ていても、ズキズキと痛い時があり、何で今頃?と不安になったりする。

この程度で不安になるなら、もし車にはねられていたらどうなるのか。

痛いなんてものじゃないだろう。

今回骨折していたらどうなっていたことか。本当に気をつけなくてはと自分に言い聞かせる。
PPP_tablenokomono

そう言えば、数年前、お隣に朝、救急車が来たことがあった。
後から知った話では、隣の奥さんが洗濯物を干していて転倒、おかしな転び方をしたらしく立ち上がれなくて、本人は「やばい!骨折した」と感じたという。

その場に座り込んだまま、通りすがりの人に声をかけ、救急車を読んでもらったそうだ。

家の中は誰もいなくて、そのままにしては行けないから、声をかけた人に家に入ってもらい、鍵や携帯などを取ってきてもらったとか。

隣と言っても、距離があり叫んでも聞こえないので、目の前の通行人に気が付いてもらうしかなかったそうだ。


そのまま入院され、3か月ほどで帰宅された。

こういう事があるんだなあと、ゴミ捨てとか、ちょっと家の前まで出て事故にあうとか、何があるかわからない。

テレビをつけっぱなしだったり、窓もあけたまま、何かしたままで、それっきり家に入ることもなくなることもある。

もし自分がそうなった時、夫が喜んで帰宅してくる姿が浮かぶ。
そして家の中を荒さがしすることだろう。私のバッグの中や引き出しや、通帳とか探すことだろう。

表むきは、心配する夫のふりで、実は色んな計算をしながら家の中を滅茶苦茶にしそうな気がする。

お隣の奥さんは、ご主人に電話して後は全てご主人がやってくれたとのことだった。家の中の事も安心して任されたと。

いざという時に、頼れるご主人がいるのは羨ましいことだ。

私は、子ども達を頼ることになりそうだ。迷惑はかけたくないが、いてくれるだけでまだ救われる。
夫は、家族から逃げて遠い土地にいる。何かあったら誰を頼るつもりなのか。

いやいや、そういう事は考えない様にしよう。





ブライダルのCMを見ていると、いつも違和感を感じる。

こういうひねくれ者は私くらいのものだろう。女性なら誰でも憧れるはずのもの。

子どもの時から、全く憧れなかった。むしろ恥ずかしい、どうしてあんな事しないといけないのと思っていた。

友人、知人の結婚披露宴に出席しても、その思いは変わらなかった。逆に更に強くなった。

勿論、祝う気持ちはあるが、セレモニーだけが抵抗があったのだ。


若い時に結婚に夢が無かったからかもしれない。したいと思った事も無かった。むしろ「何故結婚しないといけないの。人と同じ生き方をしないといけないの。」と学生時代には口にしていた。


ただ、好奇心から何でも体験はしてみたかった。結婚とはどんなものか、出産とはどんなものか、体験する事はせっかく人間に生まれてきたからには、一度は経験したいと思っていた。
ただ、いちいちセレモニーをして騒ぐ必要はないと思っていた。

なぜそう思っていたのだろう。当時の自分は、一生独身か、パートーナーがいても籍を入れず、子どももいない人生になるんだろうと予想していた。

結婚に失敗した今思うと、本来そういう生き方の方が自分に向いていたのかもしれない。
KMajisainohanataba

親が結婚しろとうるさくなってきて、喧嘩をしたこともある。
結婚しろと言いながら、付き合っている人がいると話すと、相手に難癖をつけ、すぐに別れろと母が毎日電話してきた時もある。一流企業か公務員以外はダメだという。

父からは「若いうちに結婚しないと、おばさんになったら売れ残って一生孤独な婆あになるぞ。」と言われた。娘を信用できないんだな、若さだけが結婚の要素で、人間的魅力では誰もふりむかない娘だと言われている気がした。

その頃の私は自棄になっていた。
親にそんな風に言われて、結局自分はその程度か。なら復讐してやろう、とどこかに思っていたのかもしれない。

体験として結婚したなら、離婚も体験してもいい。ただ、子どもだけは親としてしっかり責任もたないとと。
子どもが生まれたことで、自分の思う通りにできないことは当然だ。

親に復讐してやりたいと思い、結果色々巻き込んだが、それは馬鹿な考えとわかった。

困るのは結局自分と子どもたちだった。

何故娘はこうなったのだろうとか、深く考える親でなければ、どんな復讐したつもりでも意味はない。

幸せになれる人となれない人(心の持ち方が)は、自分を大事にするかどうかで決まるのかな。

自分を大事にするということがどういうことか、をまず知ることが大事だと思う。


弟から連絡あり。

母から泊まってくれと頼まれ、2晩泊まったとのこと。

通院日だったので、いつもの様に車で連れて行った。
具合が悪くなったのは、副作用ではなかったらしい。ただの疲れと言われたそうだ。

それで安心したのか、母は元気を取り戻したらしい。
amazonIMGL0450

母がおかしなかつらをかぶろうとしたと聞いて、それならと試しに私がネットでヘアピースを買って母に直送した。

それとドアホンも買って送った。

今使っている物は音が小さく、聴こえにくい。2階にいたら絶対きこえるわけもない。来客や宅配便の人に迷惑かけると気にしていた。

無線で、子機が2台ある物を買った。最近はこういった物が安くなっていることに驚いた。
子どものおもちゃより、しっかりしていて役に立つ。
おもちゃより安い。

工事もいらない。こんなのがあればねと話していたが、本当にあった。

親機は電池も電源もいらない。ただ壁に貼り付けるだけ。
ボタンを押すことで、発電するのだそう。

使ってみて良好なら、次は母から2階にいる父への合図用に、またチャイムを買えばよいかなと思う。


そういう事は、弟は無頓着だ。近くにいて車をだしてくれて、それだけで助かるのだが、(もしいなかったら私がどうにかしないといけなかったわけで)
細かい事に配慮するのを嫌うのだ。

転倒防止とか、食事療法とか、どうでもいいと知らん顔をする。

このチャイムの件も、「2階にも聞こえるように、無線の物に変えたい。音ももっとはっきりしたのがいい」と父が話していた。
それを私がネットで探していたのだが、横眼に見ていた弟が「ふん、そんなことする必要ない。どれも同じ。聞こえるのに聞こえないと言ってるだけ」と馬鹿にしていた。
例の仮病扱いと同じだ。


髪が脱毛しているのを気にする母にも、「はげてもいいじゃん。どうせはえかわるんだから」と気持ちをはねつける。他者の気持ちに共感する力が無いのか、あえてそうしているのか。


女性として髪の悩みはわかるし、自分もいつそうなるかわからないという気持ちもあり、将来の自分の為に今私は母の病気を参考にしている。

帽子を買ってあげるととても喜んだ。でも、室内でどうしよう、かつらをかぶろうかと悩んでいた。で、ヘアピースを買って送ると、かなり喜んでいる。
それを冷めた目でみる弟。


外出などで一緒に動いてくれるのは良いが、人の弱さに対する優しさが足りないのでは。

こんなだったっけ。もっと優しい性格だったよね。いつのまにか変わってしまった。これは、あの人の影響なのだろうか。それとも、育ち方?




ドジな転倒してから1週間。

切り傷が思ったより深かったようで、まだ塞がらない。
骨の上は傷が深くなりやすいらしい。

打撲の内出血は、色が変化してくるのだが、血液が下に流れて行っている。
こんなところは打っていないのに、という場所に紫色のあざが広がっている。

足の下部に血が溜まって少し膨れている。

打撲した所はあざが薄くなり、腫れもひきつつある。

見た目は、全く関係のない痛くも無い場所がどんどん色がついていき、まるでそこを激しく打撲したかのように見える。

PP_englishrose


そう言えば、友人にばったり会った時、目の周りが青くあざになっていて、まるで顔面を殴られたみたいだった。
本人に聞くと、数日前に自転車で転んだという。手を怪我したが、顔は全く打っていない。

なのにだんだん目の周りが青く色がついてきたという。

はずかしくて外出できないと言っていた。

それもおそらくおでこか、頭のどこかを打撲して、内出血していたのだろう。
日が経つにつれて、内出血した血が下に流れてきたようだった。
重力を感じる。下に血が引っ張られているという感覚がする。

顔は困る。青あざを見るとびっくりする。自分も他人も。

目のまわりなんて、パンダみたいになるし、隠しようもないし、殴られたと誤解されたくない。

私は足で良かった。頭を打ってなかったのは本当に良かった。

歩くと痛みがあるので、動きがいつもより鈍くなる。

それだけで太る。悪循環だ。


昨夜寝ようとしたら母から電話。

強い副作用がでてきたらしい。
強いだるさ、吐き気、食欲不振、めまい、皮膚掻痒感、おできなど。

これまででなかった事がむしろ珍しく、やっと薬が効いていたのかなと言う話だろう。だが、本人にすれば不安になり、悪い病気なんだと嫌でも自覚させられているようだ。

2日後に診察なので、それまで我慢して薬を飲み、夜が不安なので何かあったらすぐに弟に来てもらうという事で落ち着いた。
父は手が掛かり、あてにならないのだそうだ。母は1階、父は2階で寝るので、何かあってもお互いにわからない。なのに何も手をうたない父。
父は母の事は他人事。自分のことしか頭にない。母の前で、母が亡くなるのを前提で話をしたりする。

もし近くに子どもがいなかったらどうしていたんだろう。
父が病気だったり、先に亡くなっていたら。

KMIMG_9360


おひとりさまで頑張って暮らしている高齢の方は、ご近所にも沢山おられる。
その人達に比べれば、母は恵まれている。


近くにいないし、どうにもできない私じゃなくて、すぐ近くにいる弟にももっと話せばよいことだ。

結局は弟にまた同じ話をして世話になるのだから。

例え私が今から帰省しようかと言ったとしても「世間体が悪いからだめ」と言うだろうし。

「不安なら弟に早く連絡して、何かあったらすぐ来てと連絡しときなさいよ。私と喋ってる場合じゃないでしよ。」と言って電話をきった。

「家事もできなくなっているのに、知らん顔をするあの人に、これからはそうはいかないことをもう話した方がいい。抗がん剤治療している人に向かって、”あなたは元気だから”みたいな事はもう通用しないってこと。をね。」

と最後に言ったら、母も流石に「本当に。ここまで冷たくされるとは。」と言っていた。
世間体が悪いのは、私が手伝いに行く事じゃなくて、嫁さんが旦那(弟)やその親に対してモラっぽい人だと知れ渡っていることだ。


娘の私が帰省すると、それが確実だと認めることになるから、世間体が悪いということ。


昨夜は、もうそんな事はどうでも良くなったようだった。弱ってきたら世間体を気にするエネルギーもないんだろう。それより誰か助けてくれる人がいればいいと切羽詰まってくるのだろう。

今の母の状況を参考にしようと思う。いつか自分が似た様な病気になった時のために。

そこで心配になるのが、夫の存在。そこが母と違う。大きな違いだ。

老後は夫によって子ども達の生活をかき回されないことだけを願う。



↑このページのトップヘ