りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ: つぶやき


父の希望通りのサービス付き高齢者住宅?が一軒見つかった。

実家からも近く、マンションの1室を借りる感覚。

病院と併設なので急病にも対応。
料金も安く、父の年金でやっていける。

自由に過ごせるので、昼間はいつでも自宅に帰れる。
食事は部屋に運んでくれる。

ここいいねと盛り上がった。
が、まだ母がいる。入るのはまだ早い。

それに、父は今のところは、どうにか普通に動け、
自分の事は自分でできる。
歳相応の認知症が心配なだけ。

本人も、食事と急な病気だけが心配だという。

おそらく、父も母と同様、まさか息子の嫁がこんな変わった人だったとは
思いもよらなかったのだろう。

馬鹿にされ、嫌な思いをしてまで、
そしてお金をとられてまで
あの嫁さんに世話になりたくないし(しないけど)
嫌な思いもしたくないという心の表れだと思う。

私がこのまま、一緒に暮らせば何の心配も無い。

が、今はまだそこまでの準備ができていない。

弟夫婦が、最低限、食事さえ世話してくれたら
このまま1人で暮らせていけると思う。
が、お金を貰うのが条件でやるような奴等には
私からもお断りだ。

過去に、弟が持ってきた料理の内容を母に聞くと
とても高齢者が食べられる様な物じゃないと言っていた。
柔らかい物しか食べれないのを良く知っているはずだし
塩辛くて食べれない味など
嫌がらせかと思うほど、その料理に思いやりを感じなかったと。

そして、それを何かにつけて恩を着せる弟。
一つのタッパーに大量に入れた物を持ってきて
3日分だからと言われたらしい。
そしてお金を受け取って行く。
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そんな状況なら、
父は弟達によって、むしろ健康も財産も奪われてしまう。

母も、父からの暴言と弟夫婦の冷たさで
ストレスが多かったはずだ。

「息子の世話になる、居てくれて良かった。
嫁に虐げられて、息子は可哀想、助けなくては」と
言っていた母は、自分が間違っていたことに
今、やっと気が付いた。

元気なうちに、食事を提供してくれる施設に入りたいという
父の考えに対して、私もその方が安心だと思って賛成した。

弟は反対していた。
かといって世話をする気は無いという。

世間体が悪い?奥さんが世話しないのがばれる?
今更何言ってるのか。近所にも親族にももうばれてるし。

食事、病気、怪我を思えば、このまま1人暮らしより、施設は安心。

何だか父が可哀想になってきた。
私が近くに住んでいれば良かったのだが。
母と同様、幼い我が子を家から出すような感覚になる。

父も一人ぽっちで狭い部屋でぽつんと
過ごす事になる。

できるだけ、帰省しよう。
まだ、これからの事だけど。

いつまでも、家族に囲まれて賑やかにすごせたら
こんな幸せはないんだなあと感じる。

だからこそ、夫の愚かさが、
想像力の無さが、自業自得だけど
「ばっかだよなあ」と呆れてしまう。

自分のことしか考えない人は
人生の終わりは、それなりの結果になるということだろうか。



 


面会に行ってきた。

母は横になって泣いていた。
「だるくてだるくて…」
と言い、起き上がりベッドに腰かけた。

腰や背中をもんであげると
「気持ちいい。ここでは、痛いと言っても誰もさすってもくれない。
そうやって手をあててくれるだけでいいのに。」
と言いながら、嬉しそう。

背中にまだ肉がついていて
ホッとした。

手も指先から揉んでいると
冷たくて、母がぎゅっと握って離さない。

足もさすり、とにかく母にずっと触れていた。

母が何故泣いていたか、説明してくれた。
医師に「これから私はどうなるのでしょうか」
としつこく聞いたらしい。

「病気は治りません。これから悪化していくので、
薬で痛みを抑えていくだけになります。」みたいな事を言われ、
「ならば、私の体力が無くなれば終わりが来るのですね。」
「ただ、薬を点滴するだけの日々で、そのうち意識が無くなって終わりなんですね。
何の希望も無いのですね」
と念を押したという。

緩和ケア病棟は、本人に質問された場合、
ありのままを伝える事を家族は承諾しないと入れない。

なので、仕方がない。

母は「そのうちせん妄がでてくるって。私が私で無くなるんだよ。」
と、涙をふきながら話す。

「強い薬を使うから、そうなるみたいね。苦しむよりはいいけど」
と答えるしかなかった。

すると「もう幻覚は見えてる。光の玉が沢山飛ぶのが見えた」
と言う母。

ここまできても、しっかりしている。
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10年位前の方が、老化していた気さえする。
今の方が頭がさえている母。
それが逆に残酷だ。

「もっと早くに逝くと思っていたのに
ここまで長く生きるなんて、思ってなかった。」
と何回も言う。


昨日までわずかに持っていた希望で、何とか自分を奮い立たせてきたが
完全に打ち砕かれた様だ。

面会時間が20分と短く、1週間に1回の面会は
少なすぎる。

毎日会えて、毎日マッサージしてあげたら
少しは寂しさも不安も安らいだに違いない。

帰る時、寂しそうな母を置いて行くのが辛かった。

一緒に写真を撮ったら、笑顔になってくれたのが救い。

弟が、使った通帳の明細を渡してきて
使った分は戻した様だった。

母が悲しんでいた事を話したら
流石に反省したようだった。
この件はこれで終了。

帰宅すると、父が自分の入る施設をさがしてくれと言うので
ネットで一緒に探した。

いよいよ、実家が変わっていく…。


 


今日は、私にとって2度目の面会日。

実家にいる限り、約5日置きに母に会える可能性がある。
いつまでいようか。
一度帰宅したいが、帰ってしまうと
再び帰省した時、面会する為には
また2週間の待機期間がある。
どうしても、会うとしたら
病院でPCR検査を自費で(2万近く)受けなければならないそうだ。
PCR検査代は、もっと安くするか
無料にならないと、
無症状の人からの感染は防げないと思う。
無駄なマスク配布、GO TOより
こういった事を優先に税金を使ってほしい。

何度も思う。コロナさえ無ければ。
毎日面会できて、母の精神状態は
かなり違っていただろう。

私も気楽に実家に行ったり来たりできて
こんな風に気をもむ事も無かった。

私は、父に合わせた食事しか食べられないし、
車の無い生活で不便を感じる。

色々、実家の中を整理して
多量のゴミを出したり、掃除したりで
やる事はある。

あまりいじると
父が困るだろうし、場所はかえずに
片付けをしている。

無意識に「母が帰ってきたら喜ぶかな。使いやすくなったかな。」
と思ってしまう。

以前も何度かこういう場面があったから。
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4年前の母の足の手術の時、
帰省した私は、退院する母を掃除をすませた実家で迎えた。
食事の世話も暫くやってから
自宅に戻った。

リンパ腫の手術後も、同じ。

いずれも母が元気に回復し、
食事もよく食べていた。

弟夫婦が近所にいて
車は毎日だしてくれるが
実家ではいっさい何もしないので
母が退院した時も、
外でポンと降ろして、さっと帰った。

退院した時にそれ?
奥さんが昼食でも用意してくれるとか
何かお祝いの雰囲気はないの?

入院中の荷物もポイと置いたまま帰り、
まだ動けない母に自分でやれと言わんばかり。

その時も、いっさい顔もださず
知らん顔の弟の奥さん。

自分達は、さんざん母に世話になり
最後まで母に食事を作らせ、お客様状態だった。

こんな時位、恩返ししたら?
と、私も母と愚痴っていたが
結局は母は弟が可哀想だからと黙っていた。
それどころか、弟に感謝の言葉を言うばかりで
何もしない奥さんにもお金を渡す日々。

その結果が今。

先の無い母は、今更弟に気を使う必要も無くなったと
開き直ったのか、弟夫婦に見切りをつけた。

態度には出していないが。
もう庇う事も無い。

表面的には何も変わらず
今まで通りの態度。

母は、痛み止めのせいか、だるさが強くなり
寝ている時間が増えて来たそうだ。
昼なのか夜なのかもわからないと言う。

「ちょっと前まで
1人で廊下を歩けたのに
もう今は、介助なしでは歩けず
息切れもし、やる気もでない」という。

光が眩しく感じ、部屋を暗くしているらしい。

昨日は午前中に電話がきた。
声が枯れていた。
またかけるね、と言ってきれたが、結局こなかった。

悪い事を思い詰める精神状態になるのは当然だろう。
大丈夫、家の事は私に任せてと言って落ち着かせている。

母が以前に比べて
冷静に自分の弱っていく状況を観察しているのが
残酷でならない。

本人も「いっそ、脳がおかしくなって何もわからない方が楽だ」
と何度も言う。


食事ができさえすれば
たとえ腫瘍が無くならなくても
母なら長く生きたことだろう。

鎖骨からの栄養点滴になったことが
致命的で、つくづく、残念だ。

さて、今日は早めに実家をでて
たまには外で昼食をとり、気分転換してから
母に会う事にしよう。
弟から迎えにくると連絡が来た。






続き

母は、今までの健康な時なら
私には言わず、弟をかばうだけだったと思う。

でも、今はそうではない。

心から失望し、全ての本音を私に吐き出す。
父が管理する様になって、結果的には良かったと思う。

更に、弟に対して腹がたつことがあった。

弟が、使い込んだお金を私に渡したことにしてほしいと
共犯関係にしようとしてきた。
その代わりに、姉さんにお金を少しあげてやれ、
交通費とかかかるんだしと親父に言ってやると言うのだ。
つまり、金を親父から取ってあげるから、
共犯になれと言うことだ。

父への不満を理由に、誤魔化そうとした。
当然、私は怒った。
何に使ったのか、きちんと明細を書けと言った。

弟の顔面麻痺は、何が原因なのか。

母の心配や父へのストレスかと思ったが
そうじゃない。
自分へのストレスだろう。
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弟の口から出る言葉や行動から感じるに、
母はどうせ、直ぐいなくなるんだからと思い込んでいる。
母が、二度と通帳を見る事はないだろうと思っているから
勝手に使い込んでいたと
母が感じ取っている。

悲しいとか母が可哀想とか、
父が母の貯金を奪ったとか
怒っていたけど、お前が言うかだ。

これも、ずっと異常に甘やかして来た両親の自業自得なのだ。

本当は、辛く苦しい母に、こんな話題でストレスを与えたくないが
逆に、今こそ、何もかも母に吐き出してもらい
私も母に聞いてほしいことや
2人にしかわかり得ない事を話したかった。

今後、こういう事は誰と話せばいいのか。
母がいなければ困る。

父より先に逝かないでと何度も頼んだ。
母も、こんな事があると
父より先に逝けないと言っていた。




先日、父が自分がお金の管理をすると言い出し、
通帳全てを書斎に持って行った。
両親の物だから当然と言えば当然。
ただ、父に任せて大丈夫かなと不安があった。
詐欺に騙されたり、不用心なので泥棒に盗まれる心配があった。

必要な経費は言えばだしてくれると思うから
私は何も困らない。
父と母のお金だから
弟が管理するより、自分には抵抗が無い。

とりあげられた弟は不機嫌だ。
母は、私と二人で管理するように言っていたのに
弟は相談なく勝手に出し入れしていた。

今になると
最初から弟ではなく、父に管理してもらえば良かったと思う。

私も母も、最初は弟を信用していた。
が、父に渡した後、どうも弟の様子が変なので
まだ何か隠し事がある気がして
父に通帳を見せて貰った。

すると、母が入院してから数日後、
弟に預けたその日に、多額のお金が引き出されていた。

その後も、たった1カ月の間に、多額のお金が引き出されていた。

母の通帳の残高はかなり減っていた。

無くなれば、父の通帳からお金を移動し、
再び引き出していた。

こんなに何に使ったのか。
弟は、父の世話に使ったとか、
母から頼まれた買い物、各支払いに使っただけという。
それでも、引き出した額が多すぎる。

母が、弟が自分のお金を使い込むのではと
心配していた意味がやっとわかった。

母に弟に頼んだ支払い額を聞いてみた。
だるさで、きつそうな母には申し訳なかったが。

「入院費用と買い物を頼んだだけで
そんなに降ろす必要はないはず。
ガソリン代などは自由にとってとは言っていたけど
やっぱりね、予想通りだわ。
あの夫婦は、お金の亡者なのよ。うちより何倍もお金持ちなのに
親のお金は自分のものと思っているんだわ。」

そして、そのお金で、娘にお金を送っていると思うと言う母。
大学を卒業しても働かず、
親の仕送りで遊んでいる馬鹿娘。
その娘を甘やかす馬鹿親。
しかも病気の老親の大事な年金をそんな馬鹿娘に使うとは。
これまでも、母のお金を娘を甘やかす為に使われたことがあり、
それを知っていても、黙認していた母も悪い。

私の知らないうちに
母は弟夫婦に年金からお金を渡して
ご機嫌をとり続けていたことがわかった。
だから、母のお金は自分のもの、と弟は思い込んでいたに違いない。


母は、自分が甘やかしすぎたと反省していた。
そういう母の素直な面を初めて見た。
死を前に、やっと現実が見えてきたのかもしれない。

母が「前にも、家のリフォームをするからお金を出してくれ」と
弟から言われて唖然とした事があったと言い出した。
結果、だしていなかったから良かったが、
母はへたすると可哀想にと出そうとしたことだろう。

息子が可哀想、といつも言って
お金を渡し、ご機嫌を伺い、
その結果がこれ。最期まで奴隷。
そしてまだ、息子に世話になる。すまないねと頭を下げる。
世間には、よく世話をする真面目な息子と思われている。
私しか、この事実は知らないが、
親の弱味に付け込んでいると思われても仕方がないだろう。

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母が病院で使う下着が破れたので
弟に新しいのを持ってきてと言うと
「そのまま着てればいいじゃん。年寄りなんだし
何、見た目を気にしてんの」と言い無視するし、
脱毛しているので、帽子をかぶりたいというと
「気にせんでいい。」と言うだけで持っていこうともしない。

弟に説教?して、そういう考え方は間違っていると
母に寄り添う気持ちが無いのかと、
結果、恥をかくのは母ではなく、
あなた達夫婦自身なのだと伝えた事もある。

母が私に話してなければ、
何もわからなかったし、
母も、私の存在が無ければ、弟の言いなりで
どんな犠牲になっても許していた事だろう。

「まだ私は生きているのに
通帳を返してと言うことだってあるかもしれないのに
もう、すぐいなくなるからばれないと思っているのか?
まだ私は生きているのに。」
と、息切れしながら話す母。

私も弟に失望したが
決定的になったのは、
「金をくれないなら、もう一切親父におかずを持って行かない」
と言った事だ。

これは、愕然とした。
母に聞くと
父が1人でいる間、弟はいっさい家事は手伝わず、
汚れた部屋に短時間顔を出すだけで、
自分が使ったカップを洗うこともなく置いて帰り
父に洗わせている。
3日に一度、夕飯のおかずをタッパーに入れて
ポンと置いて帰っていたという。
嫁さんは、一度も来ていない。

それが「自分等は世話をしてやっている」と
しきりに私にアピールする。
自分ちの夕飯の一部を分けるだけ。
3日に1食のみなのに、これまでも
1回1万円を母から取っていたと言うのだ。

渡す母も母だが、当然のように受け取る夫婦も馬鹿だろう。

という事は、これまで親からどれだけお金を奪っていたのだ?

母が口では、通帳から費用は取ってねと言っていたらしいが
まさか、こんなに卑しくされるなんて
想像もしていなかったと言う。
                 続く




結果から言うと
母はまだ大丈夫だった。
母の顔は子どもの様に幼くなり、
話はいつもの母に戻った様にしっかりお喋りができた。

鎮痛剤を強くしたお陰だろうが、
母がとにかく苦しまなければいい。

副作用なのか、弱って来たせいなのか
「ほんの短時間のうたた寝で
夢ばかり見るのは何でだろう」と言っていた。

亡くなった母の母や姉が出て来るらしい。

ある説では、先が短くなった人は、お迎え現象といって
亡くなった人の夢、幻覚を見る時期があるそうだ。
脳の血流の悪化などの影響か。

そのうち、せん妄がでて
人格が変わったようになる日がくるのかな。

弟や父はそういった話を興味もなく
ふーんと言うだけで終わらせる。

私は「薬の影響かもしれないね。でも、会いたい人に
夢でも会えるなら楽しいじゃない」と答える。

母には、「お迎え」などという発想は今のところ無いのが救い。

やはり、電話の来なかった一昨日は
だるくて気力が無かったと言う。
今日も、電話は来ないので
昨日、私と沢山話して、疲れたのだろう。
電話は必要ないほど、満足しただけなら良いが。

薬が効いているせいか
「1年は生きるかもしれないよ」
と希望を持ちだした。
苦しい時は、「もう嫌だ、あの世に行きたい。」
と嘆くが、少しでも楽になると
やっぱり生きたいと本音が出る。

もっと、私と弟とお喋りして、遊んで、
一日でも長く一緒にいたいと言う。
父との結婚は、後悔している様な
事を以前、私に吐いていた。
父の反応は気にするが、
会いたくないと言い出した。

少し前までは、
会いたそう、話したそうにしていたのに。
会っても、話しても、
父の態度が冷たく感じた様だ。

弟が、薄くなった母の髪を切り、
私は、足の爪を切った。

看護師さんが、3人の写真を撮ってくれた。
弟は麻痺した顔を何とか誤魔化す。

家族2名までしか面会できないので
今後も弟と二人で面会する。
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あの後、疲れてぐったり寝ていた事だろう。
私たちが帰る時、
引き留めたいような、寂しそうな顔をしていた。
これが最後になるかもしれないという
不安もあるのだろう。

母が思ったより元気で良かったと話すと
弟は、いつものマイナス思考で返事をする。
「薬が効いているだけ、本人の錯覚。」と
冷たく言う。

母が頑張っているのに、そんな事を思ってはダメ。
本人が希望をもっているうちは
それに寄り添うことにしよう。と言った。

コロナで面会も厳しくて、次は土曜日。

しばらくは、このまま実家生活になりそうだ。
母が頑張っているから、良い事なのだが、
我が家の様子も気になって来た。

コロナさえなければ、行き来するのだが
1度帰ると再び2週間、待機しないと母に会えなくなる。

自宅は我が子に頼んで、しばらく実家に居座る事にしよう。

コロナで唯一良かったことは
夫が絶対帰宅しないという安心感を得られる事だった。



昨日から、母からの着信がなくなった。

かけてみようかと何度も思ったが
夜、また苦しんで、疲れて、そして強い薬で
眠っているのかもしれないし
電話が負担になってはいけないと思い、
かけられない。
弟にもかけていない様子。

日に日に悪化している。

神様どうか、母を苦しませないでほしい。

一昨日、電話を切る時に
「あさってね(面会)」と言ってきったので
ひょっとすると今日 会えるから
体力を温存しようとか、
面会の時に話そうと思っているのかも?
と良い方向に考えようとするが
気になって仕方がない。

自分の親なのに
まるで我が子の心配をしている様な気持ちになっている。

私は、今日の午後、やっと病院に足を踏み入れられ、
面会ができる。
コロナのせいで、
病人も家族も、本当に辛い目にあっている。

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母は、弱り、痩せて痛みに耐える自分の姿を
見せたくないだろう。
心配かけさせたくないと思うだろう。

もう、そんな気は使わなくていいから
本当は、父の世話じゃなく母の世話をしたいのに。

ずっと付き添って
孤独な時間を無くしてあげたい。

ついこの前まで、「いつか家に帰った時に使うから」などと
まだ、帰宅する気力は口にしていた。

抗がん剤治療の時は、
患部の痛みや肉体的な副作用はでなかったようだが
身体機能の衰えにショックを受け
精神的に参っていっていた。


それでも、緩和ケアに移って
何とか少しでも生きようとしていた。
痛みが襲い始めるまでは。

どうか、面会の時に会話ができます様に。


母は、夜になると痛みが増し
体力を消耗し、睡眠もとれず
電話をかけてくる気力も減ってきた様子。

緩和ケアは、痛みに即対応して
患者が安楽に過ごせる様、処置が早いのかと思っていた。

そうでもない様だ。
薬の効目が弱い時は、
更に痛みを訴えさせてから強い薬に変えるので
痛み止めは乱用できないので当然だが
必ず痛みにもがき苦しまなければならないのは
どうにかできないものか。

自分に置き換えても辛すぎる。
想像を絶する残酷さだ。

「この痛み、苦しさを耐えたところで、
回復するあてもなく、死に近づくだけで
何の希望も未来も無い。
何の為に我慢しなければいけないのか。
こんな日が続くなら耐えられない。
いっそこのまま永遠に眠れたらと
痛みがくるたびに思う。」

と訴える母に、ただただ共感して聞いてあげる事しかできない。

こんな壮絶な状況の母に
父も弟も「何も考えるな。頑張れ」と電話で言うらしい。


その言葉で、母は更に絶望感を持つ。


「頑張れ、って、頑張っても助からないのに」
「何も考えるな、心配するなって言うけど、愚痴も言えないの?」

と訴える。
「うちの男2人は、こんなダメな人間だったのか。」
「お金に執着しケチで、人に冷たいところは親子そっくりだ」
と失望している。

今の母が自分と重なる部分も多く
こういう母がもっと元気な時に存在していたら良かったのになあと思う。
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弟にも電話をして、何やら説教をしているのか
弟が最近、不機嫌になっている。

母は、最近父とも電話で話さなくなり
父の方も、電話にでなくなった。
私と弟とだけ連絡を取り、
他の一切の親族、友人とは縁を切った。
(相手は知らない)
体調が悪化するにつれて
人と連絡をとるのを嫌がった。

仲良しだった親族の人に対しても
信用できないと言い出した。
これまで、相手に対して我慢していた事が
ここにきて、噴き出したと言う感じか。

父は、そういう母の意志を無視し
自分の考えと違う点は全て間違っていると非難し
母の事なんて他人事のようだ。

母の具合が悪くなるにつれ
父が元気になっていくように見えるのは気のせいか。
それとも、私がいるから食事をきちんと食べてるし、
話相手になっているから元気になったのか。

最初は、父がさぞがっかりして
父の方が先に突然死するんじゃないかと心配した。

普通の老夫婦では良くあるパターンだ。

でも、うちの父は母に冷たかった。

歳相応の認知症のせいかなとも思うが
普段はしっかりしているし
介護認定もされていない。
DV夫の父は、最後まで俺様のことしか頭にないのだろうか。

母が愚痴っていた内容が、今よく理解できる。

最期に、優しい言葉をかけるとか
謝るとか、これまでのことを労うとかできないのか。

母の今の気持ちも知らず、
毎日楽しそうに趣味に走る父を見ていると
こんな親の悪影響を受けて育ったから
私も弟も
あんな結婚相手のターゲットになったんだなと思いたくなる。



母の終わりが近くなるにつれ、周りの人間の本質が露わになってくる。

最近、母の口から出る言葉は人としてまともであり、
元気だった頃より、賢明になってきた感じさえする。
まさか、このまま死を待つことになるなんて
2か月前には思ってもいなかった母。

毎日泣いて、助けてと電話をしてきたり、
抗がん剤で弱った時期もあったが
それを乗りきり、今は悟った様な、
諦めたような境地なのだろうか。
残酷すぎて、本当に可哀想になる。

こんなに脳はしっかりしているのに。
つくづく、これで身体が元気だったらと残念だ。

夜に痛みが増し眠れないので、
飲み薬から点滴での痛み止めに変わる様だ。
これから、段々意識が朦朧としたり
せん妄がでたりして
今のまともな母が変わっていくのだろうか。

「子ども達と沢山電話で話せて良かった、もう悔いはないよ」
と言う。
電話がかかってこなくなったら。と思うだけで胸が苦しい。
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病気とは思えないほどしっかり話す日もある。
家で母と雑談しているかの様に錯覚するほど。

薬が強くなるにつれ、意識レベルが低くなるのだろう。

父が母の電話での様子を聞いてくる。

心配なのだろうが、本心はどうなのだろう。

母に「父は母の様子を心配しているよ」と伝えると嬉しそうだった。

でも、心から心配していないのではないかと
父の人間性を疑う時もある。

母には絶対に知られたくない。




父や弟と濃厚接触しない様に神経を使う生活。
帰省してから2週間が過ぎた。
何とか、母との面会がかないそうだ。


できれば一晩付き添いたいが許可がでるかどうか。
許可を得られるならそばにいて
背中をさすったり、手を握りたい。
ずっと孤独で、苦しさ、辛さを耐えて来た母。

昨夜、父のお金についての話をやんわりと母に伝え
母の指示を仰いだ。

父を落ち着かせる為にこうしてみたらと母からアドバイス。

こういう父の嫌な面は見たくなかった。
典型的なモラハラ、DVだ。
母を働かせず、自由なお金を作らせず
仮に母が仕事をしていたとしても
家事をしっかりやることが条件だったろう。

女は劣っている。夫の言いなりになるべきだと
脅して母をコントロールしてきた父。
子どもの時は、父の事は良くわからず、
母から永遠と愚痴をきくだけだった。

今、これまでの母の苦労が良くわかる。

弟の嫁さんなんて
父から見ればとんでもない女性じゃないか。

嫁さんにも説教したらどうだ。

何も言えず、ペコペコしているくせに
母には威張り散らす。
結局、相手によって態度をかえ、計算で差別しているだけ。
私には言いたい放題いっても
弟には、男で後継ぎ、世話になるからと何も言わない。

妻をお金で縛りつけようとするのは夫も同じだが、

夫は逆のパターンで、もっと馬鹿っぽい。

お金を渡さなければ、しがみつくだろうという
愚かな考えは、流石に父には無い。
夫は扶養もしないで、ほらをふいたり、脅したり、
おだてたりして家族をキープしようとするのは
馬鹿としか言いようが無い。
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父の場合は典型的な昭和の頑固おやじ。

しかし、皮肉な話だ。

そんな父の最も嫌うタイプの女性が息子の嫁さんだったとは。

父の嫌な面を嫌う弟は
奥さんの性質と自分の狡さを父のせいにして誤魔化す。
それとこれは話は別。

母が「人生の終わりになって、嫌な事が色々出て来るね。嫌になるわ」と
言う。そして「あなたが帰ってきてから、自分のもやもやがすっきり晴れて来た。
悩んできた事があなたによって、次々と解決された感じ。帰って来てくれて良かった」
と感謝してくれた。

父と弟のお金の問題が露わになったが、どうにか落ち着いた。
父を世話せず、放置していた弟夫婦のことも、
とりあえず、私がいる間は父の事は安心だろう。
母の部屋の片づけや、弟にはわかりにくい下着の買い物など
なかなか動かない、弟達に比べれば、動きが早いという事だろう。

最後に和解というか、良い形で話ができて良かった。
もっともっと、生きてほしい。


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