りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

カテゴリ: つぶやき





親しい友人は、今の土地にはあまりいない。
これまでで、一番長く住んでいるのに。
沢山の人と知りあって、その時々で仲良くしていたが
お互いの環境が変わる度に連絡をしなくなっていった。

電話が嫌いなので、連絡はメールやライン。
若い時は、全国あちこちにいる友人に手紙を良く書いていた。
今ではすっかりご無沙汰。

母とだけは、長い年月、途切れることなく電話で話してきた。
亡くなる二日前まで。
ストレスだった元気な頃の母の愚痴電話も
今では懐かしく、寂しくなると
時々、留守電に残った母の声を聴いてみたりする。

電話って、相手の状況がわからないから
他人の場合、迷惑じゃないかと気を使う。
人の家にずかずかと土足で踏み込むみたいで。
だから、好きじゃない。

既読がつくラインも他人とやるのはあまり好きでは無く、
社交的な人から見れば、信じられないことだろう。

ある人などは、毎日誰かと話さないと不安みたいで
あちこち電話しては長く話し込んで、気分を落ち着かせている様だ。
常に誰かと一緒に何かしないと落ち着かない、
誘って買い物に行ったり、遊びに行ったりしている。

私にはそれができない。疲れてしまう。
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私は、1人で過ごすのは苦痛では無い。

散歩はしたい時に1人でゆっくり楽しみたい。買い物も。
人と一緒だと楽しめない。

1人でカフェで過ごしたり、ランチを食べたりするのが楽しい。
その時間が精神安定剤だ。
だから、友人はできないのだろう。
拒否しているような雰囲気を出してるのかもしれない。

今更、友人は増えなくていいと思っている。
全国あちこちにいてくれる。
会えないだけで、心は通じている。(と勝手に思っている。)
何故、そう思えるのか?
以前、大きな災害に合った時、
あちこちの友人から、心配の手紙、メール、宅配便などが
届いて、びっくりしたと同時に、感謝の気持ちでいっぱいになった。
自分の事を気にしてくれる人がいてくれるというのが
とても嬉しかった。

離れていても、通じているんだと。

子ども達も近くにいてくれるし
まだまだ、自分の役割はありそうだ。



友人が沢山いて、賑やかで楽しそうな場面をSNSにアップして、
自己アピールする?のが、世の中の傾向だったらしいが、
最近は、1人でも楽しい、友人が少なくても充実しているよ、
という事をアピールする傾向に変化してきているらしい。
コロナ禍が拍車をかけたのかもしれない。

1人キャンプも流行ってるし、
1人で外食もいいし、
遊びに1人でいくのもいい、
それもまた楽しということ。

「ついに私の時代がキター!」と思った。(笑)

多くの人と接する仕事は、意外と自分に合っていた。
自分は人間好きだとわかった。

それが、私的な時間になると
1人でいる方が良いと感じる。

子どもの時から雨の日が好きだった。
「子どもは子どもらしく外で元気に遊べ」と強制されるのが苦痛で
雨なら、堂々と家で過ごせたから。

家族旅行にも行った事が無い家庭だったので
進学で実家を出てから、自分の視野の狭さ、経験不足を思い知った。

なにより、出会う友人達が、活動的で、やりたい事をすぐに実行していた。
活き活きしていて、細かい事は気にしない。
そういう性格の人達を見て憧れた。
田舎者の自分を変えたいと思った。

友人に刺激を受け、真似をして
なりたい自分になろうとした。

その時の経験が、自分を少し変えてくれたと思う。
心が歪んでいた自分に少し自信をつけさせてもらった。

もしかしたら、内向的だと思っていた自分は
本当は、違ったのではないか、親によって抑圧されていたのかなと思うほど、変わった。
親から離れた事も良かったし、出会った友人にも恵まれていた。

私の性格が急に変わった、と親が話していたらしい。

大人しく弱虫で、従順だったのが
活発で強くなり、口が悪くなったと感じた様で、
母から注意されたこともあった。

親に、押し付けられ、演じていた性格でもあったから
大人になったら、自分の性格は自分で作るぞと思った。
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それが、結婚したら、夫に抑圧される事になったわけで。

理不尽な怒りと不安を与えられる生活で
自分らしさは消えてしまった。というかそれがモラハラ人間の目的。

今では、やっと山を越え、振り切れた。
法的に縁を切るまでは、片隅に不安はある。
でも、負けない。これからは、自分らしく生きて行こうと思っている。

が、もう昔ほど力は無い。
長い間、神経を擦り減らしてきた。
ちょっとしたストレスで、すぐに体調や気分が悪くなる。

これも、DV被害の後遺症か。
弟みたいに、近くに親がいて、
何もかも甘えて利用しまくっていたら
全然違っていたと思う。
まあ。親が近くにいても、私のことは助けなかっただろうが。
息子だから大事にしてきたのだから。
(親は裏切られた訳だけど)     続く








子どもが、お昼にカレーをテイクアウトして、ご馳走してくれた。
行きつけのお気に入りの店で買ったらしく、
インドの方が本場インドのカレーを作っているそう。

私は、本来カレーがあまり好きではなく、
外食で、カレーを食べたことが無い。

先日、キーマカレ―で、カレーへの意識が変わり
一口でカレーと言っても、
自分が食べて、作って来たカレーとは全く別物であることを知った。

歳をとって、やっとカレーの辛さに目覚めた事で、
今頃、美味しさを知るとは。

前にも書いたが、これまでは、毎日子供達を食べさせていく事が精一杯で
夫の経済的、精神的DVに振り回され、とてもそんな余裕が無かった。

やっと今、ゆっくり美味しい物を味わえる時になった訳だ。
が、肥満、コレステロールなどを気にして、
思い切り好きなだけ食べることが出来ない悲しさよ。( ;∀;)

で、買って来てくれたインドのカレーは、
ナンで食べるもので、
まだアツアツの出来立てほやほやだった。
ナンは、チーズとはちみつが練り込んであり
香ばしい、本当においしそうな臭いがした。

カレーのルーは、私は海鮮にしてもらい、辛さは中間レベルにしてもらった。

海の幸がたっぷり入っており、
ナンをつけなくても、そのままルーをスープの様に飲むと美味しい。
辛さもちょうどよく、甘みと旨みの後に、ピリっとくるだけ。

ナンがふっくらとしていて、太ることも気にせず
バクバクと食べた。
子どもみたいに、嬉しそうに?食べる私を見ている子どもは
満足気な顔。

思い出すと、自分も独身の時、いつも同じ和食メニューばかりの母に
洋食を作ったり、調理道具を買ってあげたりしていた。
「おいしいね、こんな料理があったんだね」
と喜ぶ親の様子を見て「自分が作って欲しかっただけなんだけど」と
内心、母の料理下手に不満があったとは言えなかった。
自分も我が子にそう思われているのかもしれない(笑)
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私の中の「カレー」とは違う、別の料理だった。

私が知らなかっただけで、若い人や、年配の方でもこの程度のものは
普通に食べておられるのだろう。

特に夫は、ありとあらゆる美味しい物を食べつくしていると思う。

家族にはひもじい思いをわざとさせて、
自分はまともに食べていないと嘘をつき、節約の演技をし、
実は浪費家だし、特に食べ物への執着が強い。
夫が、食べていないとか、食費の節約とかありえない。

おもいっきり、食べたい物を思う存分食べたいから
家を出て、給料を自分の欲を満たす為に使おうとしたのが一番の理由だろう。

子どものおかずまで奪って食べる人だ。
馬鹿らしい理由だが、夫ならありえる。

子どもの食費を自分の為に使って何が悪いと平気な人だ。

今では、対夫で、私を応援してくれる子どもたちが
美味しい物をご馳走してくれる年齢になった。
こんな幸せは無い。その気持ちが最高のプレゼントなのだ。

夫は、こんな幸せを味わえない。
と言うより、同じ事をしてもらっても、幸せも何も感じない人。
それどころか、ケチをつける。

私が、このささやかな幸せな気持ちを夫が知れば
必ず、陰湿な意地悪をしてくるはずだ。

本当に、夫のいない生活は気分が良い。
いない事が幸せ。







あの世があるとか、テレパシーとか
夢枕に立つとか、霊感とか、幽体離脱とか、
不思議なことは人間にはわかり得ない現象なのだから
人それぞれの願望や信じるか信じないかの自由に任されることになる。
(それを人に押し付けたり、利用して騙したり、カルト宗教みたいになったり、
商売に使うのは問題外だし危険。)

私は、あくまでそうだったらいいのにな、みたいなレベルで
考えることにしている。

あの世があって、この世と行ったり来たりできればいいのになとか、
心の声が聞こえていたらいいなとか、
不思議な夢を見た時は
多分そうなのだろうと、都合よく思うようにしたりとか。

あの夢以来、親友は夢に出て来なくなった。

その代わり、母が出て来る。
何回も夢に出て来るものじゃないはずと思うのに出て来る。
父が原因なのかもしれない。
母の願いをきいてあげられなかったのが辛くて、
自分の中にすっきりしないものがあるせいか。

それとも、何か言いたくて出てきているのかな。

母に話しかけても、いつも無言。
葬儀の翌日に見た夢では、母から聞かれた。
「ねえ私はどうしてこうなったのかなあ」
と、納得のいかない様子だった。
「病気になったのよ」と私は答えた。
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それ以降、夢に出て来た母は、若くて綺麗な服をきており、無言。
先日の夢の中で、私は今の母の気持ちを聞きたかった。
でも、母は黙っていた。
「もっとこっちに来て。お話しよう」と私が呼んでも、
母は少し離れた所から動かずにいた。
「じゃあ、帰るね」
と言って、母は、父と私のいる実家からどこかへ帰って行った。

でも、すぐまた帰って来て、黙って横になっていた。
問いかけても返事は無かった。

私に何か訴えたいのか、私がいつまでもこだわっているから
そんな夢を見たのだろうか。
葬儀の後、父から暴言吐かれて、
追い返されなかったら、こんな中途半端な気持ちにはならなかったかも。

葬儀後の予定は、父の世話をしながら、
来客の接待や、母の形見を整理し、仏壇を一緒に買ったりして、
落ち着いてから帰宅するつもりだった。

あの時、母を看取ったばかりで、悲しみで心の整理もついてないまま帰された。
母に頼まれていた事を何もやれず、ばたばたと帰宅させられた。
ショックだったのは、私は娘と思われていなかったこと。
父にとって、息子が居れば良く、娘は邪魔な存在だったということ。

その後、父が独断で母の嫌がる事ばかりをやっていく。
おそらく、入院中の母のボストンバッグも
まだそのまま放置されているだろう。
洗濯物だけは、私が何とか洗ってきたが、
その他の荷物は置いたままだ。

そして、父はその母の残した荷物を見て、
懐かしむどころか、邪魔だとか、俺の金で贅沢しやがってと文句を言いだした。

これからも何をされるかわからない。
父への不信感がこんな夢を見せているのかも。

ただ、夢の中では今のところ、母からは何のメッセージも無い。

「じゃあ、帰るね」と言って帰ったのに
すぐまた戻って来たと言うのは、
父が気になって、安心して天国にいけないということだったのかな。
もし、あの世があるとしたら母が可哀想になる。





高校生の時、色んな夢を見ていた。
当時はしっかり内容を覚えていて(目覚める前に見ていたのだろう)
まるで映画を観た様な、面白いストーリーが多く、
学校で友人に話して笑い話にしていた。
時々、全く話もしたことの無い人が出て来たりして
何故、あんな夢を見たのかなあと不思議に思う事もあった。

あの頃から、夢とは何なのだろうと
ただの記憶の整理とか、深層心理から来るものだけではなく
誰かからのメッセージとか、
予知みたいなものも含まれているんじゃないかと
(軽い気持ちで)思う事もあった。

亡くなった親友の夢を見てからは、
ちょっと真面目に夢について考える事が増えた。
 

以前書いたかもしれないが、
どんなに探しても見つからない探し物を
夢の中で見つけることがある。
実際に夢で見つけた場所にあったりした。

脳の深いところに残った記憶が夢の中で整理されて
思い出すのかもしれない。

若い時、前日にやった仕事の夢を見た。
とてもリアルで、このページのここが間違っている!と気が付く内容だった。
翌朝、急いで会社に行き確認すると
その通りで、すぐに訂正をし、助かったという経験もした。

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結婚してから一番嫌なのは、夫の夢だ。
だいたい、夫が何かしでかすか、こちらに嫌がらせをする予知夢が多い。

こちらはアンテナを張っていなくても
相手が、こちらに何かをしようと考えると
夢で伝わる様な感覚がする。

第6感というのか、夢で感じるのかも。

自分の幼児期は、毎日の様に悪夢を見て、
恐くて目が覚めていた。
おそらく幼い頃は誰でも似た体験があるのでは。

眠りに入る時に、
大きな黒い闇が自分を襲うのだ。
その闇に覆い尽くされると、自分が無くなってしまう気がして
恐くて逃げ惑うのだが、すぐに目が覚める。
おそらくだが、夜泣きしていたかもしれない。
夜泣きの原因はこんな悪夢のせい?

あの黒い闇は、あの世なのかなと思ったりする。
幼児期だけの悪夢なので
胎内に入る前のトンネルの中の記憶?
せっかくこの世に生れたばかりだから
元に戻さないで!
戻りたくないよという恐怖だったのか。

よくわからない。
とにかく、子どもはいつも不安をどこかに抱えている。
夜は特に怖くなる。
何故だかわからないけど、不安になる。
大人になるにつれ、その夢も不安も忘れていく。

我が子もそうだったろう。
自分は子どもたちの説明のできない不安を
和らげてあげていただろうか。
ダメな母親だったかもしれないと
色々、思いは広がっていく。

夢について調べても、夢占いを参考にする程度で終わる。
学問的に研究されているのかもしれないが
脳の機能とする研究が限界なのではないか。
全て脳のせい?
そうじゃないと思いたい自分がいる。                                         

                      続く


仕事で車を運転することがある。

これまで、事故の経験は無いが、ヒヤリハット体験は何回かあった。
高速道路でひやっとした後は
2度と高速は走らないぞと思うほど怖かった。

昨日、思わず「アーッ」と声が出る様なヒヤリ体験をした。

片側1車線の国道を走っていた。
道路は狭く、歩道も無い。
両側には店舗や住宅が並ぶ。
歩行者は、ひやひやしながら歩いて行く。

なのでスピードを出せる道では無い。
目の前の信号の無い横断歩道に、子どもが立っていたので停車した。
反対側の車も気がついて停車。 
子どもが横断歩道を渡り終える頃、すぐ後ろから老夫婦が歩いて来た。
車が停まっているのを見て、
急いで横断歩道を渡り始めた。

誰が見ても、目の前の歩行者は見える。

だから、反対側の車も老夫婦が渡り終えるのを待つと誰もが思ったはず。

奥さんの方が先に小走りで渡っていたのだが、
反対側の車が発進したのだ。
この時「アーッ」と思わず声がでた。

歩行者の奥さんの方は、車が動き出したことに気が付いていない。
ノロノロと動き出した車にまさに接触寸前。
ご主人が慌てて「止まれ」と叫んでいた。
奥さんは、(車は当然自分が見えていて、動くはずがない)
と信じている様子で、笑顔で後ろを振り返り
「何言ってんの?」ときょとん。

運転手の顔を見ると、これもまた笑顔で
後ろの座席の人とお喋り中なのか、
心ここにあらずと言う感じ。

渡り終えた子どもの事しか頭に無く、
もう誰も来ないという思いこみなのか、
目の前の人が見えていない様子。

たまたま、スピードを出せない道路だったから
発進がノロノロだったので、
歩行者の奥さんが、車が動いた事に気が付き
服をかすった位で止まり、
同時に、運転手もやっと気が付いて停止した。

もし車が、普通に勢いよく発進していて、
歩行者もご主人が声をかけて止めなかったら、バン!と跳ねていた事だろう。
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反対側の私の車が停止したまま動かない事に気が付けば、
まだ、歩行者が来るのかな?と予想できたかもしれない。

いくら横断歩道でも、よく見ずに
車が動いている事に気が付かず渡ろうとした奥さんも
不注意だったかもしれないが、
目の前にいる歩行者が目に入っているのに、
思いこみのせいで見えていなかった運転手。

両方共、注意散漫だったかも。
事故が起きたら、絶対的に車が悪いのだが。

以前も、目の前にボールが転がってきて、
停止したら子どもが走って来た。
反対側の車にはねられそうになり、
ひやっとしたことがあった。
まるで研修の動画そのものの場面だった。

歩行者になる時も、運転手になる時も、
しつこく疑ってかかる位がちょうど良いかもしれない。

自分も、考え事をしながらとか、
慣れた道で漫然と運転したり、
同乗者と話をしていたりすると
同じ不注意な事をする可能性はある。
話し込んでいて、道を間違う事も多い。

これまで、無事故でこれたのは
たまたま運が良かっただけ。
運転が上手、下手、好き、嫌い関係なく
事故は起こる場合があると思う。

たまにヒヤリハット体験をした方が
気を引き締めることができて良いかもしれない。
自分は、ぞっとしていつまでも引きずる方なので
運転がしばらく怖くなる。
あと何年運転できるだろうか。

恐がりだから、早めに免許返納するかも?




家で映画を沢山みていると
以前観たことを忘れて、1年後位にまた観てしまう事がある。
タイトルをいちいち覚えていないので
大まかなストーリーを読んで、面白そうだなと思う物を選ぶとそうなってしまう。

始まると、前に観たなとすぐに気が付く。
それでも面白かったものは、そのまま何度でも観る。

先日観た映画「ゴーン・ガール」は、2年前に観ていた。
ラストがどうだったかを忘れていたので、再度じっくり観た。
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                                                                                                         (Amazonより)
                    
ネタバレになってしまうが、
モラハラ、DVヒモ夫の犠牲になった優秀で 美しい妻の物語かと思いきや、
え~そうだったのか~!というショックを受けるどんでん返し。

ラストが近づくと恐怖を感じて来る。

サイコパス、演技性人格障害の話かなあ。
たまにあんな人いるなあ。
映画程じゃないけど、狙った相手を捕まえる為には何でもする人。
絶対に関わりたくない人。

でも、能力があり、お金を稼ぎ、魅力的で人気がある。
それが表の顔だから、誰もが騙される。
裏の顔を知り、関わりたくないと思っても、
ターゲットにされたら、怖くて逃げられなくなりそうだ。

映画そのものは面白かった。
が、ラストは個人的にはがっかりした。
だから、この映画のラストが記憶に無かったのかも。

2年前もきっと、がっかりしたのだろうな。


昨日の続き。


翌日、陰性だったとの連絡があったそうだ。

 ならば、これから診察してもらえるかと思ったら
「まだ、咳はでますか?」と聞かれ
たまにコホンと出る程度ですと答えたところ、
「なら、完全に咳がでなくなるまでは、診察出来ません。」
と断られたそうだ。

肋骨の骨折かもと思う位、痛いのに診てもらえないとは。

なら何のための検査だった?

陰性なのに、まだコロナ疑いで診察拒否されたわーと不満気に話すご近所さん。

保険で安く検査を受けられ
陰性が確認できたのは良かったが、
一番の苦痛と不安に対処してもらえなかったのはどうなのか、と
複雑な様子だった。

痛みは、激痛は少し収まってきたとかで
結局、このまま病院に行かずに済むかもしれないのでまあ良かったが。
かかりつけ医にも、痛みの話はしたが
特に検査もせず、だったそう。
専門外だからかなと思い、整形外科に行ったという訳で。

もし、重大な病気や怪我だったらどうなっていたのかなと
他の病院に行けということかしら、とぶつぶつ。

1800円の支払いは、2週間後にするか、振り込みでと言われたそう。
徹底している。

人から聞いた話なので
自分もこの病院の事は正確にはわからないが
何だか、おかしな話だなと感じた。

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「かかりつけ医で咳は診て貰った」と書いた問診票を見て、
取り急ぎ手当をする必要はないだろうと
この病院では判断したのかもしれない。

それとも、受付の人が
マニュアル通りに、事務的に答えたのかも?

とにかく、風邪っぽい症状がほんの少しでもあれば
診察しないということ?
検査して陰性でも?

それだけ、病院での感染を防ごうとするのは正しいし
高齢の入院患者さんも多い病院なので仕方ないのかもしれない。

かかりつけ医は、別室に入れてくれ、
防護服で診てくれたというし、
いかに良心的かを感じる。

コロナ禍で、色んな方面で色んな対応をし、
人の受け止め方や行動の仕方も別れたり、
これまで見えていなかったものが見えて来た。
特に、政治というものがいかに国民の命と生活に影響を与えるかを実感する事となった。

とりあえず健康維持の為に、
私は毎日、ラジオ体操第1と第2をやっている。
汗が吹き出し、結構良い運動になっている。






整形外科、内科もある中規模な病院が近所にある。
救急でいつでも駆け込めるので、心強い。


近所の人は、肋骨の痛みを診てもらう為に
その病院に行ったそうだ。 

前に、かかりつけの内科に行き、
アレルギーも咳も治まっている。
肋骨の痛みを診てもらいたいと受付で伝えると、
「咳のしすぎで肋骨が痛い」という言葉を聞いた途端
「外に出て下さい」と言われ、外で問診をされたそう。

「咳が出たことが原因の痛みということで、PCR検査を受けて頂かないと、
診察はできません。陰性を確認後、診察になります。」
と言われたそうだ。
検査は午後になり、また出直すことに。
結局その日は、検査を受けただけで終わったそうだ。

結果の連絡は翌日の午後に電話が来るので、
陰性であれば、それから診察を受けに病院に行くことになる。

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痛みを我慢しながら、2日目の午後の診察に間に合えばよいが、
連絡の時刻次第では、診察はまた翌日?
これは、他の苦しい症状の人は、困る事だろうなあ。
もっと早く結果が出せないのか。

陰性を確認すれば、家族も職場も安心するし、
痛みは我慢できるから仕方ないと話すご近所さん。

症状があり診察目的での検査なので
検査費用は1800円。
初診料と問診料?
これが、健康で検査だけが目的だったら、自費で2~3万?

この病院は、昨年は抗原検査を行っており
発熱の場合、30分ほどで結果が出て、
そのまま車の中で診察してもらえたそうだ。

今は、対策を徹底している訳だから良い事なのだが、
すぐに診察してもらえないのは辛いかも。
でも、コロナになっても治療を受けられず、
自宅放置されている方々の事を思うと
そんな事言ってられない。

自分が発熱したら、この病院にかかるつもりだ。
いざという時、駆け込む病院を決めておくと
少し安心する。

そうならない事が一番なのだけど。


ワクチンもどこまで効果があるのか。
3回目を打つまでには、
変異株にも有効なワクチンが開発されて
いたらよいけれど。

今、熱、のどの痛み、咳がでれば、まずはコロナが疑われる。
だから、ただの風邪であっても、とにかく
体調を崩さないようにと気をつけてはいる。

冷房で冷えすぎたり、
急な温度変化で喉を傷めたり、鼻炎などの
アレルギーを起こしたり、咳がでたりすれば
コロナと紛らわしいので、この時期は本当に予防が大事。

なるべく病院に行かずにすむように、と
誰でも思う事だろう。

昨年末、歯科に行った時、まだデルタ株では無く、
世間が今より楽観的な時期だった事もあり、
歯科のコロナ対策が甘い気がして不安になった。

受付では、来客に対して体温チェックも無く、
消毒液も、入り口に置けばいいのに、受付のカウンターにあり、
誰も使っていなかった。
待合室の椅子はくっついていた。

歯科医師は、マスクはしていたが、
手袋も、フェイスガードも無し。
こちらは、口をあけて無防備。
かなり不安だった。

今は、どうなっているのだろう。
流石に、今はきちんとしていると思いたい。

最近、病院に行っていないので
近所にある色んな病院がどのような対策をしているのか
軽い病気や怪我でも、診て貰えるのかと気にはなっている。

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そんな時に、近所の人から様子を聞くことができた。

近所の方は、熱は無いが、アレルギーで咳が止まらなくなったので
近所のクリニックに行ったそうだ。

この方は、アレルギーからの咳は、毎年でるそうで
今回は、秋の花粉症らしい。

受付で「咳がでる」と言うと、顔色が変わり、
別室に通され「PCR検査しますか」と聞かれたそうだ。
その部屋に出入りする看護師さんは、防護服。
検査は断り、診察を受けると
防護服状態の医師が「いつものアレルギーだね、コロナじゃないね」
とホッとした表情で、いつもの薬を出してもらって帰ったそうだ。

風邪っぽい症状全ての人をコロナと仮定して対応していたらしい。

昨年はここまでピリピリしていなかったそうだ。
デルタ株の脅威だ。

で、薬が効いて、症状は落ち着いてきたところに
今度は、咳のし過ぎで、肋骨に激痛があるとのこと。

ちょっとした動きでも、かなりの痛みで
仕事にも支障がでるので
整形外科に行って、診てもらうことにしたそうだ。

最初のクリニックも、この整形外科も私のかかりつけでもあるので
今、どんな状態なのか、聞く事ができた。

                              続く

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