散歩がきつく感じる季節になってきた。
涼しい時間に家を出ても、すぐに汗が出てくる。
これから梅雨に向けて益々身体が重くなってくる。
でも頑張るしかない、なんて大袈裟な、たいしたことやってないのに。

思い出すと、母は膝が悪かったので、筋肉を鍛える為にジムやプールに通い、
80歳過ぎても、ゆっくりだが毎日よく歩いていた。
父は定年退職してから全国のマラソン大会に旅行も兼ねて参加していた。
距離は短いコースだったけど、長い間走り続けていた。
それに加え、バトミントンのサークルにも入っていて、運動三昧の日々だった。

今の私や弟の年齢の時の父は、信じられないほどの体力と若さがあったと思う。
だからこんなに長生きなのか、運動は関係なく遺伝的なものなのか?
(でもね、脳が老化しては意味がない、脳とのバランスが大事)

運動をして社交的で充実した生活をしていても、病気になる時はなる。
やりすぎて、逆に身体を壊すこともある。
何が良いのかわからない。体質もあるし人それぞれ。

両親の老後は、充実していて健康的で、今の自分とは雲泥の差だと今思う。
当時はそんな風には写っていなかった。
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父は楽しかったかもしれないが、母は私に愚痴ばかり言っていた。
父が全部準備して全国に旅行できて、ジムやプールに通う母の老後生活は
今の自分から見れば羨ましいが、母はいつも文句ばかりだった。

なら何が母の幸せだったのか。
早くお一人様になって気楽に過ごしたかった?ぽい。
つまり、母から見れば今の私の生活が羨ましいということになる。
結局、自分の幸せに気が付かず人を羨む癖が人間にはあるってこと?

人から学んだり、知識を得たり参考にすることは大切だし、
刺激を貰えて有難い~で留めておくのが良さそう。

人と自分の生活ぶりを比べて焦ったり、卑屈になるのは無意味と頭ではわかっている。
でも、シニアになると自分のこれまでの生き方の結果が出て
自分が望んでいた老後と違っている事に落ち込みがち。

そう言えば、私は、若い頃無意識に「どうしよう」と、よく独り言を言っていた。
結果、どうにかなってきたじゃないか。
大丈夫だよ、無駄な心配はやめようとあの頃の自分にいってやりたい。

それを思うと、今の自分の心配事も無意味なのかも。
未来の自分が「大丈夫だよ」と今の自分に声をかけているかもしれないし…。