衣料品の店で買い物をしていたら
幼い女の子の泣き声が聞こえてきた。
しくしくではなく、必死で親に何か訴える様な大きな声。

親は一緒にいるけれど、放置している。
何か買ってほしい物があったりして、駄々をこねているのかなと思った。
遠くから聞こえていた声が近づいてきて
親子はすぐ近くに来た。

女の子はずっと泣いている。
お店中に響いているし、本当に悲しそうに泣いていて
母親に何かを訴えている。

お母さんを見ると、知らん顔で服を見ながら歩き回っている。
女の子が何を訴えているのかなと耳を澄ますと
「ママ~!トイレに行きたい~!」
と言っているではないか。
母親にすがりついて、もう我慢できないから早く!と言っている風。

母親は顔色を変えず、無視している。
え?ありえないでしょ。
もらしたらどうするの。お店への迷惑もだけど、
子どもさんの心の傷になるのでは、などなど色々心配になって
自分の買い物より、女の子の事が気になってしまった。

結構前から泣いていたから、
長く我慢させられているよなあ。
これも虐待よねとか思いながら気になりチラチラ見ていた。

もしかして、トイレと言いながら意味が違ってたりして、
また、始まったわ、みたいな感じ?
ぞうならまだ良いけれど、もし本当にトイレだったら。
おせっかいにも、心配していた。
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自分が子育てしている時は、こんな風に他人の子どもさんの泣き声に
敏感では無かったかもしれない。
今では、どこにいても、幼児の泣き声が聞こえると、どうしたのかな、
大丈夫かなと気になって、胸が苦しくなる。

きっと、自分の子育てを振り返れば、後悔する事ばかりだからだろう。
もっと抱きしめてあげたらよかった、
あんなに叱らなければよかった、
もっと話を聞いてあげれば良かった、
もっとちゃんと見てあげてたら良かった、
などなど、きりがない。

後になって後悔するのは、今余裕があるからだろう。
当時は精一杯で、どうにかこうにか乗り換えたと言う感じ。
勿論、楽しい時間も沢山あったけど。
もっとちゃんとできたのではと今になって反省している。

そのせいか、今他人の子どもさんの悲しそうな声が聞こえると
キュンと辛くなるのだ。
泣いている子どもさんの親御さんの大変さも想像する。

母親は、そのうち泣き止まない子を抱っこして
どこかへ消えたので、トイレに連れて行ったのかも。
泣き声が聞こえなくなり、安心して買い物を続けた。

この女の子が、もし一人で泣いていたら、
どうしたのと声をかけて対処してあげたかったが、
母親がそばにいたので、離れて見ていた。

それにしても、最近は不審者と間違われたりして、
子ども達にうかつに声もかけられないのは困ったものだ。