散歩すると、あちこちのお宅のお花が綺麗だ。
満開の綺麗な花壇を見ると、そのお宅のお花への愛情が伝わってくる。
同じ花でも、全然違って見えるので、
こんな風にすると綺麗だなとか、参考にさせて貰っている。

散歩コースには、土地が広くて資産家ぽいお宅が多く
家庭菜園を本格的にされているのも羨ましい。
とは言え、これから夏の作業は大変そうだし、
そもそもうちにはそんな土地すらない(笑)。

実家も土地が狭くて庭がほとんどない。
土いじりが好きだった母は、玄関前に植木鉢をずらりと並べて、
季節毎に綺麗な花を飾っていた。

母は、入院するたびに花のことを気にしていた。
父は無関心で、弟は水やりはしていたようだが、目に見える一部だけ。
母が本当に気にかけていた花は、家の裏側の目立たない場所にあった。

私が帰省した時は、その花の手入れはしていたが、
帰った後は父も弟も放置しており、母が退院した時には枯れる寸前か枯れた鉢もあったようだ。
「植物も命あるものなのに、父と弟は大事にしない」と私に愚痴っていた。
父と弟はそういうところが似ている。

自分の価値観しか信じない。
自分がしたくない事には価値が無いと決めつけてやらない。
そして母の気持ちなんてどうでもいい扱いだった。
救急車をよんでほしいと言うほど母が苦しんでも二人共無視したのだから。
弟にも無意識な男尊女卑が染みついていると感じる。(妻子は別で母と私だけ)
(母はそんな風に育てた自分のせいだと悔いていた)
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母の最後の入院で、私が帰省した時はほとんどの鉢が枯れていた。

私がどうにか手入れしても手遅れだった。
母が花で綺麗にしていた玄関先は荒れてしまい、
母がいないことが一目瞭然なのが悲しかった。
今では、家の前は植木鉢も捨てられ、まるで空き家みたいに無機質になっている。

母は緩和ケア病院に移動する途中、家に30分ほど立ち寄ることができた。
これが最後になるだろうと母自身も思っていた。
酷い状態の植木鉢を見て、がっかりしていた。
私がどうにか手入れするからと声をかけたが
「もうすぐ私はいなくなるんだからどうでもいいわ」
と不機嫌で投げやりになっていて、悲しかったのを覚えている。

花の話題から、実家の嫌な事も良い事も色々思い出す。

動物も植物も同じで、長い間留守する時、世話をどうするか気になる。
だから、鉢を増やすのをやめ、枯れてもいい物だけ、枯れにくい物だけにしよう。
と決めたはずだった。
新しい花は買っていないけど、
どんどん株が増えていき、綺麗に花を咲かせるものだから
結局、手をかけることになる。

今朝も自分が育てた植物を観ていると、
「ねえ、こっちを見て!」
と皆が訴えてくる気がして、よしよし、綺麗だねと可愛くなってしまうのだ。