土曜のお昼頃、元母の携帯から固定電話に着信があった。
母が使っていた携帯は解約せず、父が持っている。
自分の電話帳には、あえて「母の携帯」と登録したままにしている。
父は年齢的に使い方に慣れず、ほとんど使っていない。
普段から固定電話からもかけてこない。
耳が遠くなったこともあるし、弟と話して用が済むからだろう。

だから、母の携帯から着信があることは滅多にない。
家の固定電話にかかってきたのは、母が元気だった頃以来だ。
何年ぶりだろう。懐かしくて胸がいっぱいになった。
父が携帯を触ってしまい、誤って発信したのだろうと思ったが、
そう思いたくない自分がいた。

「もしもし」と受話器をとって声をかけると、
母の声が聞こえてくるのを期待した。ありえないのに。
父が電話にでるかなと思ったが、通信状況が悪いのか無音で通じない。
その後、すぐまたかかってきた。
やっぱり通じない。何か不具合?電話もかなり古いガラ携だし。

翌日、またお昼頃に同じ事があった。
かけ直そうかと思ったが、通じないから弟に父の様子を聞いてみた。
すると、僻地にある父の実家に父は2泊3日で掃除に行っていると言う。
携帯を持って行っているから触ったのかもと。
僻地で携帯もテレビも通信状態が悪いとのこと。

明日は帰宅するだろうから、帰ったら電話の件は聞いておくとのことだった。
結局、父は無事に帰宅し携帯は触ったはずみにかかってしまったのかもと言う。
幾ら電話を持ってても、どこにどうやって電話をかければよいのか
父はよくわかっていないみたいだ。
弟が教えたはずだろうけど、年齢的に覚えられないのだ。
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それにしても、高齢なのに1人でバス、電車を乗り継いで
定期的に空き家の朽ちた家を掃除に行くなんて凄いと思う。
若い頃からずっとスポーツ好きだったが、定年退職後も続けていて
若々しく元気に理想的な老後を過ごしてきた父。
ただ、頑固さだけはどんどん悪化していった。

母がいなくなった後、父は大丈夫かなと心配したが、本人の意思で1人で何とか頑張っている。
元気で長生きをめざし、努力が実ってはいるけど。
父の予想では、”母も友人も親族も皆も同じ様にいつまでも元気で賑やかな生活が前提”だった。

気が付けば、誰もいなくなっていた。
今頃になって、母の存在がいかに大事で助けられていたかが分かったと言う。
もっと早くに気が付けば良かったのにね。

上の子に「長生きしても仕方が無いと思う様になった」と気弱な言葉を吐いていた父。
若い頃思うのは自分の事ばかりで、周囲も変わっていくという事を想像できない。
実家の周囲はお年寄りばかりで、次々といなくなられ、
家を壊し売りに出され、新築が建ち、若い人が入居している。

たまに実家に帰るとどんどん風景が変っていて
私も変な焦りというか寂しさに襲われる。

もっと頻繁に帰省し、父の相手をしたい気持ちはあるが、
それが父の負担になるようだし、弟もいい顔をしない。
家が荒れていくので、掃除だけでもしに行きたいが
たまにやってもすぐ元通りになって意味は無さそう。

寂しそうな父が可哀想にもなるが、近くにいる弟には頑固さがストレスのようだ。
父は自分の朽ちた実家の掃除に行く事を生きがいにしている。
今住む家を掃除したらいいのにと思うが、これも歳のせいだろう。
それが今の父の支えになるならそれでいい。

もし、元母の携帯を父が触らなかったのに着信したのなら
(父の事を心配した母からのメッセージかな?)なんて思っていたかもしれない。