NHKの番組で「教育虐待」について放送していた。
教育熱心と教育虐待は似ている様で違う。
〇教育虐待
{子どもは作品}
・子どもと自分の成功が大切
・”良かれ”と信じて疑わない
〇教育熱心
{子どもは別の人格}
・子どもが幸せかどうか
・無理なら別の道を考える (NHKクローズアップ現代より)
これはもしかしたら誰もがついやってしまう事ではないかと、
自分の事を振り返った。
教育熱心では無かったが、心構えは”熱心”と同じだったと思う。
自分の作品だとか、成功が大切とか考えた事は無いと思う。
(それに、経済的に限界があり、なりようも無かった。)
すぐに思い出したのは、子どもの頃、近所に教育虐待をしていた母親が何人もいた事だ。
たまたま文教地区的な場所に父が家を建てたので、
周囲には、教育熱心な家庭が集まっていた。

小学生の頃、放課後一緒に遊んでいると、友達の母親が来て
「うちの〇子はあなたたちとは遊べないの。お勉強があるから邪魔しないでね」
と、無理やり連れて帰ったり、成績優秀な子としか遊ばせなかったりしていた。
「東大に入る為に今から勉強をやらせないと」と言う母親が狭い町内に何人もいた。
まずは、良い塾、良い学校からと中学、高校受験の時は大変そうだった。
自分は東大を出た訳でもなく、子どもの意志、性格、能力はきちんと見ずに、
(暴力をふるってでも)勉強さえさせればかなうはずと信じて居る様に見えた。
そんな人と近所付き合いする母は、理解ができないと愚痴っていた。
母はそんな母親たちから、馬鹿にされた目で見られ、
かなりのストレスを抱えていたのを覚えている。
母は教育に関しては父に任せていて、父は教育熱心ではあったが、
そこまで酷くなく、子どもが行きたい学校にいけばいいと言う程度だった。
私の両親は、近所の教育虐待する親たちを反面教師にしてくれていた。
小4の時、友達が「テストが90点以上でないと、お父さんから殴られる」と言っていたので、
その話を父にすると「そんな事をしていたら、やがてその子の心は潰れてしまうかも」
と心配していた。
その点、私は恵まれていたんだなと親には感謝している。
色々思い出すと、しんどくなってくる。
で、その虐待を受けていた近所の子供達、同じクラスの友達はどうなったのか。
続く