最近はマンション生活の家庭が増え、場所を取るし保管する場所も無いと
あえて小さい飾りにしたり、古い慣習は不要と考える家庭も増えて居る。
ほとんどのお宅が祖父母からの贈り物だろう。
実家においてある母親の人形を受け継ぐというのもある。

友人に馬鹿にされて、落ち込んで帰宅したあの日、
母が手作りのお雛様を作ってくれていた。
おそらく近所のママ友?達との会話で、母も私と同じ思いをしていたのかもしれない。
娘に何もしてやらない情けない親だと感じたのかも。

母は、申し訳なさそうな笑顔で私に
「一応、お雛様なんだけど、作ってみたよ、不細工だけど。」
とインク瓶に色紙や端切れで作った人形を飾ってくれた。

その母の気持ちだけで、私は救われた。
お雛様が無い事よりも、親に愛されていないと感じて悲しかったのだ。
でも違った。私の事を不憫に思っていた母の悲しさが伝わって嬉しかった。

できる事なら母は買ってあげたいと思ったのだろう。
父に女なんかにお金は使わない、贅沢だと怒鳴られるのが怖くて言えなかった。
今思えば、実際言ってみれば、父は買ってくれたかもしれないけど。
母が怖がり過ぎて、自分を守る為に子どもに我慢させていた可能性もある。
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父はただ世間知らずだっただけで、他の件では母がぐずぐずしていた為
思い切って私が直接父に話したら「何でもっと早く言わなかった」
と慌てて買いに行ってくれた事もあった。
それも高校生になってからだ。父は少しづつ変化していたのかもしれない。

母が間に入って私を抑えていたことが良くなかった。
家を出て自立してからは、父は私には過去を償うかの様に甘くなった。
ずっと娘に甘い父でいてほしかった。
今また元に戻ってしまっている。

子ども時代に抑えつけられた理不尽な思いは消えないものなのだなとふとした瞬間に思う。
両親は、少ない給料で子どもを育てるのに必死だったのだとわかっているし、感謝している。
わかっているけれど、それでも悲しい気持ちだけが残っている。

完璧な親はいないし、誰だって手探り。お金に困っていれば尚更。

私も、自分の体験を我が子にはさせたくないと思っていたが、
とんでもない人と結婚して、まともじゃない家庭で育ててしまった。
私とは違う種類の、悲しさや辛さを味合せてしまった。
父の様に、夫が後からでもカバーしようとすればまだしも、
行動は悪化しているだけで、どうしようもない。

自分も子ども達には恨まれても仕方ないし、申し訳ないと思う。
全くそんな暗さを感じさせないで私と接してくれるのが、今の私の支えで、救いでもある。
夫不在で無責任だった分、私の両親が後ろで見守ってくれていた事も大きい。
頼りになり、孫たちを愛してくれる唯一のお爺ちゃん、お婆ちゃんだった。
弟家族との差別的扱いはあったけれど、それでも私や子ども達を無視してきた
夫や夫の両親よりも、どれだけ有り難い存在だったことか。