スーパーに買物に行くと、ひなあられが沢山並んでいた。
パッケージが可愛らしくて1袋買って帰った。

ひな祭りと言えば、ちょっと切ない思い出がある。
結局は父親を批判する事になるけど、
父は当時の私の気持ちを全く知らない。

当時の父は、少ない給料から自分の実家へ仕送りをしていた事もあり、
贅沢は敵みたいな頑固な面もあり、男尊女卑も強く、
娘にひな人形なんて贅沢だ、と全く関心も示さず、
母も父には何も言えず、私に黙れと圧をかけながら育てた。
弟には違っていて、鯉のぼりや兜飾りを買って飾っていた。

自転車も何台も弟には買い、私は欲しがっても買って貰えなかった。
女だからという理由で。

私は、どこの家もそうなんだと思っていた。
だから、お雛様があるのはよっぽど裕福で特別な家だけだと思っていた。
fk-PAUI9865_TP_V

中学生の時に仲良くなった友達が
「今日、ひな人形を飾るんだ」といそいそと帰ろうとした。
「え?ひな人形があるの?私は持ってない。普通無いでしょ」
と私は言った。その友人は特に裕福でもなく私と同じ様な家庭だったからだ。

「えっ?あなたの家、ひな人形無いの?嘘でしょ。女の子がいる家なら絶対あるよ。
あなたの家、おかしいわ」
と、馬鹿にされてしまった。

普通と思っていた事が、そうではないと、うちの親はおかしいと言われたことが
中学生の自分にはかなりのショックだった。
この友人も私も自分の家を基準に考える視野の狭い年代だったし、
どっちもどっちだったのかもしれない。

小さい頃から、ひな祭りの時期には人形が欲しいと思う時があった。
子どもの女の子らしい単純な願望で。

でも、母が父にびくびくしながらお金を使っていたし、節約していたのもわかっていた。
うちは、お金持ちじゃないから無いのが当然だとこれが普通の家だと
自分に言い聞かせ、我慢していた。
欲しいと言える様な家庭環境では無かった。
こういう親の顔色を伺いながら、我慢をし自分の希望を言えない環境で
育った事が、今になれば自己愛のターゲットにぴったりだったのだろう。
                             
                                 続く