昨夜は、バスケがまたまた盛り上がった。
どんな競技でも、ワクワクするのはいい気分転換になる。
お陰で、気分よく眠りにつけた。
そして別の番組もお楽しみで録画した。
NHK、チューリップの50周年ライブ特集。
以前も密着番組があり、その続きと言った感じ。
ツアーが始まった頃は、少し不安気な表情だった財津さんが、
これが最後と言って、無事全国を回り終えた達成感と幸福感で溢れた様子だった。
ツアーは大好評で、私の様にチケットが手に入らなかった人の為にと
追加公演を行うらしい。(私はそのチケットも手に入らないけど)
番組内でライブ映像を何曲か、綺麗な映像と音で観る事が出来た。
財津さんも語っていたように、懐かしい曲を聴くと、タイムスリップできる。
ビートルズも同じ、ポールが高齢になった今でも世界ツアーをするのは
ファンの人生と共に音楽があり、ファンと一緒にタイムスリップしようと言う事だと思う。
ポールが今でもビートルズを生で聴かせてくれるなんて、奇跡みたいな体験。
チューリップも、私にとっては青春の思い出の一部。
当時の事を色々思い出す。そして今となるとその頃の両親の事も。
チューリップが解散して、世間から次第に忘れられていった時期があった。
財津さんのソロのコンサートには何回か行っていたが、
寂しいステージで、いまいち盛り上がらなかった印象がある。
同じ曲であっても、チューリップでないと駄目なんだなと思ったのを覚えている。
そして、アルバイト先に向かう途中、駅を歩いていたら姫野君が目の前を歩いていた事があった。
新しく作ったバンドのライブの為に、駅に到着したところだったのだろう。
ギターと大きなスーツケースを持って、1人でコインロッカーまで歩いていた。
かつて、あんなに大人気で、どこでもキャーキャー言われて
遠い存在だったはずの人が、目の前にいる。
辺りに私以外、他には誰もいない。
何か話しかけようか、と思ったが、
チューリップのオリジナルメンバーが変わった頃から
自分は興味を持たなくなっていて、
話しかけたくても、言葉が何もでてこない、それにもうファンじゃないのに
失礼よねと思い、そのまま気が付かないふりをして離れた。
正直、芸能界って売れなくなったらこうなるのか、
厳しい世界だなあと、あの瞬間は思ったのだ。
熱心なファンの人なら、そんな事は思わなくて、
感激して話しかけたのだろうけど。
その後、再結成してツアーをした時には、ライブに行った。
あの頃、安部さんが痩せていたのが気になった。
でも、昔の好きな頃のチューリップに戻っていて嬉しかった。
それから、月日が過ぎ50周年。ファイナル。
最初チューリップを聴いた時「ビートルズのパクリじゃん!」と思った。
確かに彼等は強い影響を受けているし、作品にはオマージュ要素が強い。
が、私には、それがビートルズに会えない寂しさを埋めてくれる有り難い存在になった。
(そんな思いでファンになるのは他のファンに叱られそうだけど。)
音楽は常に人生と共にある。
芸術は人の生きる為の栄養、薬でもある。とつくづく思う。
我々ファンの中に眠っていた感情、
諦めていた心の若さを、一時的であっても
蘇らせてくれるアーテイスト達には感謝しかない。