子どもが自立し家を出た後、部屋の模様替えをした。
それぞれが自分の物や家具を運び出した事もあって
気分的にがらんとした空間になった。
とは言え、物が減ったのは快適だ。
掃除も楽。
やっと自分の部屋ができた。
結婚以来、初めての自分の部屋。
誰もいないんだし、家全部が自分の部屋みたいなものだけど。
(夫はいないものとしている)
模様換えのついでに、母の遺影コーナーを私の部屋に移した。
寝る時に一緒にいる方が良い気がするから。
それと、母の事も夫から守りたいという意識が強くある。
夫が母の遺影を見て、反応する時を思うと憂鬱になる。
わざとらしく悲しむふりをしながらも、嬉しそうな表情をするのを
私は感じ取ると思う。
そして、すぐに父はどうしているのか、まだ生きているのかを
またまた心配するふりして、聞きだすだろう。
まだ元気とわかると、がっかりするのもバレバレだろう。
そして母から何か相続していないか探り、急に帰宅が増えてきて
私に執着してくるかもしれない。お金目当てで。
何も無いと言っても、隠していると信じないだろう。
夫がそうだったから。
考えると不快になるので、遺影を私の部屋に移した。

一昨日、熱帯夜で眠れず、昨日は気分がずっと悪かった。
新自分部屋が家の中で一番暑い。
なので、試しに昨日は、リビングに寝てみた。
ごろ寝で熟睡はできなかったけど、長く寝られて
今朝は気分良く起きることができた。
朝、カーテンをあけていると、
自分の部屋の方から、私の名前を呼ぶ母の声がした。
えっ?今のは?聞き間違い?と思ったが、
すぐ部屋に行き、母の遺影に向かって挨拶をした。
昨日、部屋で寝なかったから心配したのかな?
聞き間違いだろうが、母の声が久し振りで、
とっても懐かしかった。
あんな風に、呼ばれていたなあと思い出した。
最近、母の若い頃を見て見たくなる。
写真でしか見られないが、私の幼い頃、一生懸命子育てしていたのは
伝わるし、記憶もある。
昔は今よりも家事、育児は大変だったし
女性の立場も弱かったし、やりくりも大変だったろうし、
苦労の多いことだったろう。
でも、頑張ったね。私よりずっと強くて充実した人生だったよね。
と労う気持ちが募るようになった。
生きているうちに、そう言えば良かった。
亡くなる前に、よくがんばったよね、って。
でも、半分毒親に思えた部分がそれを邪魔していた。
毒親の思い出は横に置いて、
母の人生を1人の女性として想像し、記憶をたどり、
どんな思いで生きて来たのだろうと、
思いを巡らせることも多くなってきた。
自分がこれから一人でどう生きていくか、
何か参考になり、励みにしていく事もあると思うから。