昨日外を歩いている時、急に母に会いたくなった。
時間が経つにつれて思い出す機会が減り、寂しさも薄れて来ていた。
長生きして寿命を全うした、最後のお別れができたという納得感があるからこそだろう。
若い人の急な別れならこうはいかない。

残された人を苦しめない為には、「寿命を全うした」的な終わり方ができればいい。
でも、自分がどんな風に人生を終えるのかはわからない。
母は「家族に見守られながら、病院のベッドの上で~」が理想だと言っていた。
私一人だったけど、ちゃんと見送ったから良かったかな。
ただ、母本人は、父よりも先に逝くのは嫌だったようで、
今はまだ早いという悔しさを抱えたまま、逝った。

悔しいと思いながらこの世を去ったのが本当に可哀想だった。
(自分も絶対そうなりたくない)
最後の会話では「後の事は何も心配していない」と思い残す事は無いと何度も言っていた。
が、それは本心ではなく、自分にそう思い込ませていたのだと思う。

そんなあれこれを久しぶりにふと思い出した。
母に「あの世はどんな?」
「こっちの様子を見てる?どう思う?」
などなど、以前の様にお喋りしたくなった。
何て答えるだろう。色々言葉が聞こえてくる気がするが、
それは私の脳内で作られた独りよがりな言葉だとわかっている。
aig-ai230105004-xl_TP_V

母が生きていたら、そしてあの世でも、きっと弟のことを心配しているだろう。
可哀想に可哀想に、と。
それを聞いた私は、娘は心配じゃないの?老後破産予備軍だけどねと言って見たり、
相変わらず、あの世にいっても娘はどうでもいいのねなどとすねてみたりと、
あれこれ想像していた。
そして、今はもうそういう母へのストレスから解放されたんだなと改めて感じた。

それでも、母と一緒に買い物したり、
お喋りしたくなったのだ。
考えてみれば、生きていたらかなりの高齢。
そんな事、もうできなくなっているかもしれない。
いつまでも若い時の親の姿のままで思い出す自分は、まだ子どものままなのかも。

父が長生きしてくれているのは嬉しい事だが、時間が経つほど実家は荒れ放題になり、
泊まる事もできなくなっている。
何となく、弟は私が実家を掃除したりすることを嫌がっている気がする。
どっちみち、もう手がつけられす、無理すると自分の体調まで悪くなりそう。

いくら父が1人で暮らせるとは言え、
食事、衛生面を考えると、介護サービスや施設などのお世話になる方が安心。
だが、弟が嫌がる。
面倒なのだそうだ。手続きや長男として連絡が来たり、自分がする仕事が増えるのが嫌だと。
こういうところが冷たい。
何かがずれている弟。

最初の予定はどんどん変わっていく。
そんな事もあって、母と一緒に愚痴りたくなったのかもしれない。