家族の誰かと暮らしていると、食事に気を使う。
貧乏なので、安いお店を回って買っても、食費に一番お金がかかる。

独り暮らしになれば、やっと本格的な節約ができて、
いずれわずかな年金でも生きていける自信がつくだろうと思っていた。
でも、なかなかそうはいかない。

何だかんだと子ども達が入れ替わりで、お土産持参で出入りしてくる。
それはそれで、とても幸せで嬉しいこと。
独り暮らしの私を気にしてくれてるのかもしれないし
避けられるよりはずっと有り難い。
夫がいつ帰宅するかわからないという発想も消えている。
とっくの昔に縁を切ったかのような、
未亡人になったかのような雰囲気だ。

子ども達には、ご飯をたらふく食べさせてお土産を渡して笑顔で帰ってほしくなる。
なので、なかなか1人暮らしをしている感覚にならない。

1人の時は、食事がつい手抜きになる。 
やっと自由になったからには、好きな時に好きな物を食べて、
自由に、開放的に過ごしたい。
これは、やるべきことをやった後の達成感があるから尚更かな。
夫の様に、親としてやるべきことから逃げて、
何も成し遂げず、自分を誤魔化してきた人には味わえない開放感だろう。
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籍だけは夫婦なのに、時間が経った今、正反対の方向を向いて、遠く離れた所で生きている。

夫は、別の人と結婚していたら、とっくに縁を切られているかもしれない。
それも、もめにもめて。
実家が裕福で、親が強い人なら、
「うちの娘も我々も騙したな!許さないぞ」
と怒って、弁護士を雇い徹底的に夫を叩いてくれたかもしれない。

どうなっても、自分は悪くない、妻の親がおかしい、
妻の親が無理やり別れさせたなどと言うだろう。

それでも、親がそうやって協力してくれれば、精神的には楽だろう。
どんな親馬鹿であっても、そこまで娘を思う親の元に生れた人が羨ましい。

もし、自分の子供が、自分と似た様な結婚をしてしまい、
助けを求めて来たら、全力で助けたい。
お金のことは協力できなくて情けないけど、
精神的にも肉体的にも守るし、いつでも駆け込み寺になってあげたいと思っている。

私という反面教師がいるので、大丈夫だとは思うけど、
NPDなどのターゲットにならず、幸せになってほしいと願う。