新婚の頃住んでいた土地で,仲良くなったママ友がいて、
その人はお母様を幼い頃に亡くされていた。
結婚しても、お父様と同居していた。
1人目を出産してすぐに、お父様が重い病に倒れた。

赤ちゃんを育てながら、自宅で介護をしていた。
さっぱりした性格の人で、
介護の辛さも顔に出さず、時間をつくっては
私と子供とよく遊んでくれた。
「気分転換になるから、また誘ってね」
と言ってくれていた。

彼女は、いつも明るかった。
たまに頼まれて、私は家事の手伝いに行ったりした。

しばらく会えない時期があり、
久し振りに会った時、お父様は亡くなっていた。
あの頃、まだ自分の親は若かったし
親が亡くなるなんて、ピンと来なくて、
20代で、まだ子どもさんも小さいのに、
両親を亡くしてしまうなんて、想像もできないほど辛いだろうと思っていた。

あの時、彼女が口にした言葉で、印象に残ったのは、

「父が亡くなる前、一時おかしくなったのよ。
目を覚ますと、きょとんとして、私の事が誰かわからなくなり、
自分の事を、16歳位の少年だと思っていた様なの。
父の頭は16歳の頃にタイムスリップしていて、当時の話を話すの。
その時の目つきも顔も子どもになっていたのよ。
しばらくすると、元の父に戻ったけど、翌日、息を引き取ったの。
あれは、不思議な体験だったわ。」
「自分が体調が悪い時、父の気持ちを想像してみるの。
父は病の辛さを何も語らなかったけど、親の気持ちは
いなくなってから、わかってくるものね」
と言う内容だった。

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お父様の変化は、脳の機能が弱り、せん妄かなと思うが、
私が、今も記憶に残している、理想の母、
亡くなる前に、聡明になった母の変化と重なった。

最後に長電話した時も、
母は、20代の独身女性になっていたと思える。
独身時代の事、結婚するまでの葛藤、
今起きているかのような、乙女の気持ちが伝わった。
その後、まだ小さい私たちを育てている若いママになり、
子育て楽しかったなあと笑っていた。

人は、もうすぐ命が消えようとする直前に、
急にしっかりする瞬間があるという。
家族は、元気になったと誤解する。
私も、まさか、その後すぐに急変するとは
思ってもいなかった。
だから、もっともっと話を聞いていればよかったと後悔した。

声だけ聴いていると、本当に高齢者とは思えない、
若い母の声だった。

翌日夜に急変し、まさかあんなに弱った姿を見る事になるなんて信じられなかった。

彼女のお父様の話を思い出し、
彼女もお父様も、私も母も、最後にベッドの上で見送る事ができて
幸せなお別れだったことは確かだろう。