資産家で、立派なお宅だった。
90歳の男性が1人で暮らしていた。
男性は、背筋が伸びて、紳士的で年齢よりも若く見えた。
車庫には高級車。
車にまだ乗っているとのことで、
施設におられる奥様を定期的に車で家に連れて帰ると話していた。
しっかりとした口調で話をされ、
脳年齢は70代位に感じた。
奥様は、認知症で施設に長く入られているとのこと。
子どもさんは、2人。
全く付き合いがなく、孫の顔も良く知らないとのこと。
「私は最低な夫でひどい父親だったんですよ。」と話し始めた。
「若い頃は、時代の波に乗って、商売が成功し、大儲けをし、
不動産を買いあさり、今では多くの資産を残している」そうだ。
そういった功績を話した後、暗い顔になり
「成功と引き換えに、家庭は滅茶苦茶になった」と言う。
「調子に乗った自分が悪いんですよ。
ワンマンで、家庭を顧みず、家族を奴隷みたいに扱ってました。
暴言や暴力もふるっていたし、そんな時代だったという事もあるけど、
子ども達は、自立してからは私と縁を切り、音信不通です。」
「耐えてついて来た妻は、認知症になり、老後を一緒に旅行でもと思っていたけど
それもできませんでした。妻には苦労をかけた。お金の苦労は無かったけど
家庭の幸せは無かったと思う。」
と反省されていた。
90歳で、過去の自分を振り返り、
後悔の言葉を口にする頭の柔らかさに驚いた。
「今の生きがいは、施設の妻に会いに行く事と、家に定期的に家に連れて帰ること。
妻は私のことは誰だかわかっていない。子どもみたいで可愛いんですよ。」
と愛おしそうに話される。

引退し、老後を迎え、気が付いたら孤独だったのだろう。
家族の大切さに気が付いた時は手遅れだった。
せめて奥様を大事にすることで罪滅ぼしをしようと思われている。
それでも、手遅れなのは変わらない。
時間は元に戻せない。
私は、最後に複雑な気持ちになった。
「過去の私を知る人からは、今の私は優しくて別人だと言います。
でもね、もし、妻が認知症じゃなかったら、
自分は以前のままだったと思うんだよね。
過去の自分を知っている妻を、こんなに愛せないし、
世話もしませんよ。今の妻が過去の嫌な自分を知らない別人だからこそ
素直に優しくできるんです。」
と言うのだ。
奥さんに記憶があると、お世話するのが照れくさい?
負けたみたいで嫌なのか。
奥さんがまだ記憶があるうちに、
素直に謝ってほしかったなあ。
子どもさんから縁を切られるほどの酷いお父さんだったのだろうが、
仕事を必死でされた結果、子どもさん達には財産を残している。
自分を振り返り、後悔をし、自分を責めておられる。
うちの夫よりは何百倍もまともな方に思えた。