未だに、母が居なくなったことが信じられない。
亡くなった事は、頭ではわかってはいるが、
感覚的には、まだ生きていると思ってしまう。

母を自分1人で看取った体験以降、
私の中で何かが変わった感じ。

それが何なのかはわからない。
一般的に、親を看取ったと言うと
さぞ悲しい体験でしたねとのイメージを持たれる。

確かに、薬で意識の無い母の肉体を見ていて、
肌色が悪くなり、呼吸が弱くなってきた時、
ああ、もう逝ってしまう、と感じた瞬間、
心の底から「ごめんね、こんな娘で」と謝る自分がいた。
申し訳なさで、涙が出た。

呼吸が止まるのを確認した時、
とても悲しいのに、不思議な幸福感に溢れた。
とても神秘的な、紫色の光に溢れた様な
何て言うのだろう、神々しい清らかな世界に溢れた様な、
母と一緒に優しい光に包まれた様な、
そんな不思議な体験だった。

以前も書いたが、母が胎児に見えてきて
再び、母の胎内に戻って行ったような、
やっとこの世の苦しみから逃れられて、良かったねと
まるで我が子の様な愛おしさまで感じた。

私にとって、不幸と言う言葉があの瞬間には当てはまらない。

私は、ずっと誤解をしていた。
人が亡くなる時は、肉体が何か異常行動を起こし、
汚い状態になるものと、勝手に想像していた。

以前、伯母を看取った時も、静かに、眠る様で、
美しかった。

事件事故などで、残酷な亡くなり方をする場合に比べて
理想的な最期を迎えられたと思うからそう感じるのかも。

私しかいなかったけど、
おそらく、弟だったら寝ていて見逃したと思う。
私は、あの日、母が亡くなるのがわかっていた。
 医師はあと数日と言ったが、早かったのは、母の意志で
あの日、あの時間を選んだと思う。

「もう私はあの世にいくから」という母からの最後の電話で、
私に託された気がした。
今思えば、あの電話も不思議だった。
母から電話が来ていた時、
同時に、病院から弟に、母が危篤だと電話がきており、
「今、母から電話が来た」と私が言うと、
弟が驚いていた。そんなはずはないと。
母は「病院から私が危篤だと連絡が行くよ」
とも私に言っていた。

しっかりとした口調で、どこが危篤なのと
後から思えば不思議でならない。
翌朝、母との最後の会話で、
「こんな苦しい状態だったのに、私に電話をかけてくれたんだね。」
と、あえて明るく、いつも通りに話しかけた。
コロナ禍だったが、病院の配慮で、この日から毎日の面会と部屋に泊まる事を許された。
が、翌日には亡くなった。

母が予定していた通りに進んだという不思議な達成感。
母は何もかもわかっていて、さ、行くわよ、と私に声をかけた気がした。
予定通りに行かない方が良かったはずなのに
母がそれほど苦しく、早く逝きたかったのなら
それが一番良いと家族皆、賛成していたから。

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亡くなる前のお迎え現象のこと、
母が話す夢の内容を思い出すと
あの頃からあの世に行ったり来たりしていたと思う。

母の顔付き、話す内容が聡明になっていったから。

これまで、深く考えてこなかった。
あの体験から、肉体と魂は別ものだと確信した。

あの世があるかどうかは誰も知らない。

少なくても、肉体が滅びても、魂は生きているのを感じた。

頭がおかしくなった?と思われるかもしれない。

私の脳の問題かもしれない。

緩和ケアを担当する医師や看護師さんは
こういう人を何人も毎日見ているわけで、
不思議な体験もあるのではないかと予想する。

どうしてこんな事を今頃思うかというと
毎日、母の写真を見て、話しかけているのだが
問いかけると、返事が聞こえる気がするからだ
実際には聞こえないが、
向こうからはこっちが見えていて、
何か伝えようとしている気がする。

「生きていたら、電話で娘に愚痴ったのに!」
とあの世で、母がお喋りしている気がする。