31日に朝早く家を出発した。
車の旅は疲れたが、我が子に感謝。

まずは、お墓参り。
実家から離れた父の実家のあるへき地を目指し、
無事、到着した。
もしかして父が来ているのではないかと思い、
家を覗いてみたら、いた。

遅い昼食を食べているところだった。

私が突然目の前に現れたので、
びっくりした様で、誰?という顔。

本当に誰かわかっておらず、
声をかけて説明すると、すぐ気が付いた様だ。
孫の顔もすぐわかり、満面の笑顔が出た。

久し振りに父の笑顔を見た。

ちょうど、この後、帰宅する予定だったと言い、
一緒に車で実家まで帰ろうと言うと、
手を合わせて、有難う、良かった!と喜んだ。

おそらく、弟が留守をし、
母がいない初めての年末年始、父は寂しかったのだろう。

車の中でも、話がはずみ、ずっとはしゃいでいた父。

葬儀後の喧嘩は何だったんだろう、
弟から聞いている父とは違い、以前の穏やかな父に戻っていた。

顔色も良く、ふっくらしており、
会話も段々しっかりしてきて、安心した。

外も暗くなり、途中、夕食と翌朝の食べ物を買って帰った。

弟は、父は配達弁当を契約しているから大丈夫、と言っていた。
だから、父はそれでいいと言うのだろうと思っていた。

が、実家に帰ると、悲惨な状況だった。
座る間もなく、子が掃除を始めた。

食事の前に、まず座る場所を掃除しないといけなかった。
台所も、料理できるスペースも無く、
生ごみ臭く、まずは掃除から。

トイレも。

餅を持って行ったが、のどに詰めそうで、不安になり
使うのをやめた。
というか、以前は色々あった、食材や調味料が無く、
料理ができなかった。
冷蔵庫はからっぽ。

米もほとんどない。

父は自分で買い物に行けるし、
自炊をする方がいいと言い張るので、
またお節介をして、怒らせるのも嫌なので、
黙って、買って来た惣菜で、3人で、大晦日を過ごした。
ぜんざいを作ってあげたら、喜んでいた。

甘党な父に、和菓子を買っていったら、
一機に4個食べていた。
飢えていたのかな、お腹空いていたのかな、
それとも、寂しかったから、娘と孫がきて
嬉しくて食欲がでた?

認知症もあるので、そのせいかもしれないが
お菓子が好きな様だった。
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元旦朝、一緒に朝食を食べた後、私たちは帰った。
父はずっと嬉しそうで
孫と会話をして、はしゃいでいた。

やはり、大晦日に1人は寂しかったのだろうなあ。
母とのなれそめとか、一緒に旅行にいった話をしていた。

それにしても、近くにいて、
頻繁に実家に顔だけは出す弟、
どうして、ここまで放置しているのかと
我が子が呆れていた。

奥さんは一切来ないし、
旅行で逃亡しているし、
息子に期待すればするほど、辛いだろうなあと。

父は自分でやりたがるし、
まだ、何とかやっていけるが
栄養や衛生面が心配だ。
父には、これからは、なるべく帰省するようにするねと
声をかけてきた。

うん、うんと頷いた父は、我々の姿が見えなくなるまで、
外に立って手を振っていた。

弟はいつ妻と娘の所に出発したか、私には連絡も無かった。
父から30日に行ったと聞いた。
いつ帰るのかは聞いていない。

弟の話と父の様子は違っていた。
父が状況に応じて、態度を変えること、
弟の立場で、感じることと
私との感じ方は違うのだろう。

今回良かったのは、運転してくれた子が
父と墓のことや僻地の父の実家のことを
真剣に父と話し合っていた事。

弟の本心を、父はわかっていた。
「お爺ちゃんの実家を守りたい気持ちはわかる、自分が協力できるならするから」
と我が子が言いだした。

父は目がキラキラしていた。

これは、弟には面白くない展開だろう。
いつも弟が車を出し、様子を見に行き、
世話をしているのだから。
それは、助かるし感謝している。

なので、ざっと弟には報告のラインをしておいた。

自分が実家をしきりたいなら、奥さんの言いなりにならず、
大事な時に放り出すなだ。

父には温かい下着も買って渡してきた。
喜んでくれた。
母の荷物も全部、持ち帰ってほしいと言われ
弟の話を随分違うなと驚いたが、でも、良い方向に向かったのは最高だった。

今回の帰省は、気紛れに決めた。弟にも連絡せずに。
「姉さんが帰っても、父は喜ばないよ。下着なんかあげても嫌がるよ」
と反対する気がしたからだ。

帰宅した今も、父が可哀想に思えて仕方が無い。
何だか、母がずっと私に乗り移っている気がする。