先日、魂について少し考えた。
色々、海外の死後の世界について研究した人の話などや
立花隆さんの解説などを読んだ感じでは、
やっぱりわからない、というのが結論。
死後の世界なんて、そう簡単にわかるはずがない。
でも、それでも信じたい、知りたいと思う人が多いはずだ。
人が亡くなる前、最後に脳が一瞬活発に動くので(動物実験で証明あり)
臨死体験は、その時の脳が見せた幻覚ではないかという説が強い。
が、実際に臨死体験をした人の話を聞くと、
天井側から下を見下ろして、
そこに居た人が誰だったとか、何をしていたとか、
使った道具などはっきり言い当てている場合、
ただの幻覚とは言えない気もするし、
偶然なのか、その証言が本当なのかもわからず、もやもやする。
お迎え現象についても、調べた学者がいた。
国は違っても皆同じ体験をするのは、人間だから当たり前だけど面白い。
せん妄と言われてはいるが、意識もしっかりし、
せん妄状態とは言えない人が、亡き親がそこにいると話す動画も見た。
母は、
「そこに白い球が沢山見えるよ。ほらそこにも」と
冷静に指さしていた。
その話は、母と、いつかせん妄を見る時がくるのかなと言う話題をしていた時に
そう言えば、という感じで、言い出した。
母は、しっかりしていて、冷静。これは幻覚よねと話した。
元気な頃の母なら、
「変なものが見える、私、おかしくなったのかな」
と騒いだと思う。そう言う事にとても恐怖を感じる人だった。
とても冷静で、当然な事の様に話していたのは、
今思えば不思議だ。
お迎え現象で、亡き祖母や伯母が目をつぶるとすぐ目の前に表れる、
何で?とキョトンとした顔で話していた。
私は、もっと長く生きていたい、生きれるかもと言っていた頃だ。
元気な時の母とは違って、
表情は穏やかで、聡明な感じになっていた。
私には、二人の母の姿が残った。
好きなのは、この時の亡くなる前の母。
魂があの世を行ったり来たりしていた感じがした。
だから、俗っぽさが抜けて、清らかな魂になっていたのかも。
脳の機能が衰えていたとか、酸欠だったのかもしれないが、
そうは見えなかった。
身体はボロボロで今にも滅びる寸前なのに、
魂は、若返り綺麗になっていくような感じがした。
葬儀が済んだ後、父に帰宅させられた日の夜、
私の寝室はパチンパチンとラップ音がうるさかった。
子どもは「棚の上に」と言う声を聞いた。
心配してそばにいてくれるんだねと、母の存在を感じた。
偶然にしても、不思議なことがある。

子どもさんを亡くし、悲しみで心が救われないままの人や
家族との突然のお別れに納得のいかない人など、
死後の世界があるなら、また会えるし、
魂はいつもそばにいてくれていると思いたいだろう。
魂の存在を信じたい、その思いは私も同じ。
それを利用して騙す人の多い事。
霊能者のほとんどは偽物。だから困る。
カルト宗教に勧誘されたり、詐欺商売に騙される被害もある。
(夫と姑は騙されて霊感商法に多額のお金を使っていた)
死後の世界があり、魂は永遠で、
幽体離脱とか、臨死体験が現実のものなら
何か、証拠を残せないものなのだろうか。
天井に浮いているなら
そこに細工するとか、何か動かすとか。
ライトが点滅とかはよくある現象だが、
その原因は証明されていない。
あの世の人は、この世では何もできないのだろうか。
声も出せない?触れることもできない?
霊媒者に乗り移って話すのは、私は信じていない。
学者たちが本気で研究をしても、結局は確実に証明する材料は見つからない様だ。
あの世はあってほしいと思いつつ、
でも、あの世でも嫌いな人にまた付きまとわれたら嫌だよなとも思ったりする(笑)
私自身は、この世に産まれてきたくなかったし、
2度と産まれかわりたくないとも思う。
子ども達と会えたのだけは良かったけど。
伊勢正三の曲「ささやかなこの人生」を思い出した。
「~誰でも心の扉を閉め忘れては
傷つき、そして傷つけて
引き返すことのできない人生に気が付く
優しかった恋人たちよ
振り返るのはやめよう
時の流れを背中で感じて
夕焼けに涙すればいい~」
アレクサで聴いてみようかな。