最近、子どもの頃流行った音楽を
アレクサで聴いてみると
浮かぶのは、当時の母の姿。
母が「一番幸せだった子育て中の頃」の姿だ。
痩せた小さい身体で、よく動いていた。

これまでは、自分の思い出しか浮かばなかった。
親のことなんて、思い出したくなかったかも。

母がいなくなってからは、古い曲を聴くと
当時の母の姿が浮かんできて、
懐かしさよりも悔しさが溢れてどうしようもない。

今の私の中にいる母は、嫌いだった母ではなく
同年代の友人の様な存在に変わっている。
同じ女性として、父と父の実家に女、嫁というだけで、
差別的な扱いを受けて耐えて来た人生は何だったのかと
母に問いかけている。

自分の命は残り少ない…と悟った時の母の電話の声を思い出す。
病室で孤独に涙を流しながら、色んな事を思った事だろう。

私に一番訴えていたのは、
「自分の結婚はこの人で良かったのか、
こんなはずじゃなかった。
もっと報われると信じていたから
どんな苦労も我慢してきた。
せめて、夫より長生きしたかった。」
と言う事だ。

父がもっと母を労わってさえいれば
母は、自分の人生に満足していたはずだ。

elly21515C1866_TP_V

長く連れ添った妻が、重い病気と戦いながら家事をやり、
体調の悪さを訴えた時位は
父は夫として、人間として、労わる優しさやこれまでの感謝の気持ちが
態度にでそうなものだ。
父は、自分にとって役にたたなくなった人間は不要だと
言わんばかりの冷たさ、非人間的な態度をとった。

それが、母の後悔に繋がり、病気の悪化にも繋がった気がしてならない。

母の悔しさが私自身の心にも残っていて、
自分と重ねてしまい、どうもすっきりしない。

母は、あの世でもまだ、自分の運命に納得していないのでは?
亡くなった後も、次々と母の嫌がることをしている父に対して
腹をたてているのではないか。

と、私は感じるのだが、母の本心がわからない。
天国にいってもそんなの、可哀想すぎる。

母に会って、聞いてみたい。