昨夜は、オリンピックの開会式があった。
私にとっては、今までで一番印象に残ったのは
やはりロンドンだな。サイコーだった。

それに比べると…。

日本で行われるオリンピックをもう2度と体験する事は無いだろう。
だからしっかり見ておきたいと、発言する人がいる。
自分はそんな風に考えた事が無かった。

テレビが、一斉に競技の放送を始める。
オリンピック一色になる。
一生懸命頑張る選手たちに罪は無い。
頑張れと応援したくなる。

そして勝ってくれると、嬉しいし感動もするだろう。
そうやって、国民はすぐに忘れる。コロナがどうなろうが
オリンピックをやって良かった、感動した、となるんだろうなあ。

で、つい、母から電話がきて
「開会式見た?」とお互い感想を言いあう気がして
あ、もういないんだと我に返る朝。

母がいなくなり、次第にその生活に慣れて来ると、
心が前よりも穏やかでいる気がしてきた。

母が元気だった頃、長い間、母親に反発する気持ちが継続していた。
娘だからという理由で、母のストレス発散に利用され、
父や弟に言えないことを娘にぶつけ、娘を使って周りを動かそうとする。
そんな身勝手さに、いつもイライラしていた。

亡くなった時、
親族から「叱られたことある?いつも優しかったでしょう」
と聞かれた。お弟はそうだねと頷いていたが
私は、母が優しかったという印象は無かった。
常に、叱られているという感覚だった。

亡くなった後に、実は優しかったんだ、としみじみ感じた。
それは、父と比較したせいもあるが、
亡くなる前の別の母を思っていたから。
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私の中に、母が二人いる。

●長年ずっと娘をコントロールしようとしてきた母親。
●同じ女性、母親として、娘を理解し、味方についてくれた人。

亡くなる前から今まで、後者の理想の母しか記憶に無かった。

時間が経ち、過去の母の姿を思い出すと、
だんだん、前者の母が思い出されてきた。
前にも書いたが、母がまだ元気だったら
弟のことを見抜けず、
いい格好して弟夫婦を甘やかし、
私をイライラさせる母のままだったと思う。

だから、これで良かったのだと思ったりもする。

昔話を話した時の母は、
この世とあの世を行ったり来たりし始めていたのかもしれない。
(私が勝手にそう思っているだけ)

あの時の話し方は、高齢の母では無かった。
独身の頃の若い母に戻っていたと思う。
話す相手は私を選んでくれたが、娘だと思っていない様な
素を出せる友人に語っている風だった。

あの時の母の魂は、幼い子どもに戻っていく途中だった。

この世とあの世を行き来しながら。
母の胎内に戻るべく、魂がどんどん逆行していく様だった。

そんな映画があったなあ。ベンジャミンバトンかな。

魂が胎児にもどり、生まれる前の世界に戻る=この世との別れ

そう言う事なんだと感じた。
だから、母が聡明で理想の人みたいになったのは
素の、結婚する前の本来の母に戻ったからかもしれない。
結婚によって、辛い事が多く、理不尽な目にあい。
我慢してきた事で、母は変わっていったのかもしれないなと思った。