先日から、古いビデオテープを処分するのに
ざっと目を通しているのだが
幼い頃の子ども達の動画を見ると、愛おしさが湧き出てきて
この時、もっとかまってあげたら良かったとか
怒ってばかりじゃなかったかなとか
当時の自分がどうだったかを振り返ってしまう。

自分がどんな母親だったのか、思い出せない。
自分の事はわからない。
当時は、毎日悩んで不安だったが、
家では、子ども達に不安が伝わらない様に
笑顔を意識していたことだけ記憶にある。

でも、もっと平穏な気持ちで育てたかった。
申し訳ない思いでいっぱい。
子育て中は、皆必死だから余裕が無いし、
後から、もっとこうしたらよかったと欲がでるものなのかな。

今思えば、夫が意地悪していたということ。
私が悩めば悩むほど、快感だったのだろうと
自分は安全な場所に逃げて、責任は全て私に押し付けて
自分が仕向けたとわからないように、
常に被害者ぶって、我慢を強いるやり方。

弱らせて、逃げる気力を奪った上で
自分を頼ればすぐに解決してやるし
すぐに楽になるから、今だけだからと嘘で引き留める。

結果、全て嘘だった。
一度も解決しなかったし、楽にもならなかった。
途中から嘘だとわかっていたから
信じていなかったけど。
いつか、ギャフンと言わせることだけを目標にしてきた。

どうなっても、言い訳を言うだろうし、責任逃れをするのはわかっている。

だからもうどうでもいい。立場が悪いのは向こう。

母が亡くなったことはまだ教えていない。
夫に言ったところで、何もかわらない。
実質、他人の様なもの。
夫が喜ぶのが分かるから言いたくない。
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定期的に、こうやって夫の性質を確認している。

時間がたつと、嫌な事は記憶が薄れてしまう。
長く会わないでいると
過去の嫌な事をもういいや、と流してしまうのが怖い。

誤魔化されるな、許すとまたひどい目にあうぞ、と
自分に言い聞かせる。

むこうから、縁をきってくれないだろうか。

自分から言うと、不利になると思っているのだろう。

それを計算に入れても、もっと得をする新しいターゲット、逃げ場が
見つかったら、縁を切ってくれるだろうか。

まあ、あんなじゃ誰も相手にしないだろうな。

もう昔とは全然違うから。今では風貌と中身の印象が似通ってきていて、
騙せなくなっているかもしれない。

夫の幼児性から思うに、
仮に我々が邪魔になっても、
「俺様が縁を切りたいなんて言ったら、妻子は嫌がるだろう。
俺様から離れられないだろうし、慕っているから、抵抗してくるだろうなあ。
家族に必要とされてる俺様は、辛いなあ」
みたいに、自分で自分を騙して、調子に乗りそうだ。

もし、私があっさりと「縁をきってもいいよ」と
言えば、「妻がそんな事を思う訳が無い。誰かに洗脳されている」
と騒ぐと思う。(「縁をきりたい」と言いたいが、それは危険)

自己愛だから、妻に嫌われてるなんて認められない。
でも、心の奥では、いつ捨てられるかびくびくしているのだ。

その不安を消す為に、賞賛を求める。
自分を非難する言葉、存在を必要とされない事が
目の前に起こると、衝撃を受けるだろう。

認めたくないから、誰かの嘘に騙されたのだと必死で反論する。

全て、自分が原因なのに、自分のしてきた行動は全て美化する。

早く、縁をきりたいと言ってきてほしい。

その日を楽しみに、こっちはこっちで、準備をしていくから。