母を見送って、人生観がかわったかもしれない。

人は何のために生きているのだろうか、と考える様になった。
自分が少しでも世の中の役に立っていればよいけれど、
いずれは、時間が経てば忘れられ、自分の存在感は消えていく。

いつか消えるのなら、生まれて来る意味があるのかなと思ってしまう。

人類の為に功績を残すような人と違って、
自分がいなくなっても誰も困らない。
子ども達が悲しむのは辛いけど。

夫の害から子どもたちを守る為に
夫より先には逝けないというのが今の使命?かな。

母も、私程では無いだろうが、
似た様な気持ちを持っていたかもしれない。

父より自分が残って、父がやっている事を修正したい、
子ども達に迷惑をかけたくない。
まだ、やりたい事がある、と母は思っていたに違いない。
口では「思い残す事は無い」と言っていた。
苦しさのあまり「もういい。今すぐ楽になりたい」と言っていた。

本音は違ったと思う。

誰よりも、母本人が、自分は父より先には逝かないと信じていた。

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今でも、何故?そんなはずがないと
母がいないことが、どうしても納得できない時がある。

年齢的にも、寿命を全うしたと思うのだが、
母の悔しさが染み込んでいる。
何かの間違いでは?と思ってしまう。

「自分の人生は、何だったのか」と
母は入院中、ずっと考えて過ごしていた。
電話で色々、呟いていた。

この結婚で良かったのか。と。
「あの時、プロポーズを断っていたら~、でもそんな状況じゃなかった、
努力すれば、報われると信じていた」と話していた。

亡くなる前に、そんな事を考えるなんて。
母が病気になっても繰り返す父のモラハラが原因だった。

母は弟と私を育てた思い出が一番幸せだったと言った。
「人生の最期に、子ども2人と沢山話もできたし、悔いは無いよ。」
と泣きながら言っていた。
配偶者は憎くても、子どもと出会えた事は幸せだったと思う気持ち。
私自身がそうだから(誰でも同じだろうが)良く理解できる。

自分は、結婚を軽く考えていた。
若い時は、誰でもそうかもしれない。
体験しないとわからない。

母は、父のモラハラに苦労しても、
いつかは報われる、と信じていた。
父の態度がいつか自分への感謝にかわると信じていた。

信じた人から簡単に裏切られることがあるなんて、
結婚する時には、考えられるはずが無いから、仕方がない。

夢がないと生きる気力もわかない。
でも、人に対して、いつかは…と期待する様な我慢は止めた方がいい。

父には、残された人にかける迷惑は頭に無い。
好き勝手に動いている。
母の遺志も聞くはずもない。

弟から、「父と会うと気が滅入る」とラインがきていた。