母が亡くなって1カ月が過ぎた。

毎日我が家オリジナルの祭壇に手を合わせ、
写真に向かって話しかけている。

遺影の大事さを日々感じる。

私は、葬儀の翌日に父から追い返されたので
実家の母の祭壇には一晩しか寄り添えなかった。

せっかく帰宅した母に話しかける事もできず。

なので、私は一緒に母を連れて帰って来たつもりでいる。

自宅の居間にオリジナル祭壇を作り、大きい遺影を飾っている。

その遺影は、私と子供達で撮ったもので葬儀で使った。

2年前の誕生日に、母は遺影用の写真を残したかったのだと思う。
はっきりは言わないが、
「お洒落をして、ちゃんとした写真を撮っておきたい」と言っていた。

誕生日に弟が写したが
あまりに投げやりで雑なうつし方で
「はい、うつすよ!」とも言わず、
ポーズもとる間もなく勝手に写したそうだ。

「え?もう写したの?いつの間に?」
と母が納得していないのに
「終わり」と言って
「どうせ年とってるんだからどんな風に映ってもいいじゃん」
みたいな態度だったそうだ。
弟はいつもそんな態度をとるが、母は黙っている。
愚痴は私に言う。

弟がプリントした写真に、母が満足するはずが無かった。

それで、私の所に旅行がてら来て、私に
写真を撮り直してほしいと頼まれたのだった。 

弟の写真の時は、洋服だったが
今度はお気に入りの着物で撮りたいと
本気で遺影を残す気持ちだったと思う。

そして、その着物はそのまま私に形見にと置いて帰った。

我が子が趣味のカメラを使い
色んな角度や場所で母の姿を撮影した。

当時、抗がん剤で脱毛していたので
ウイッグをつけ、お化粧をしてあげ、着物姿で沢山撮った。

出来上がったものを、更に肌をほんの少し綺麗に加工し
母に送った。

病気と、父から解放されたわずかな日数だったが
楽しい雰囲気が母の自然な笑顔を引き出した。

滞在中、母も満足してくれた。
「あの時が最後の旅行になった。最後に楽しい思い出ができて良かった。
ありがとうね。本当にありがとう。」
と言ってくれた。

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斎場で遺影の話が出た時、即その写真を出した。

斎場の方が「この写真は素晴らしいですね」と言って下さった。

葬儀の時からその後もずっと遺影を色んな人が見ることになる。
家族は毎日見る。

遺影がその人のイメージとなる。

だから、愛する人の遺影は
自分の一番好きな相手の顔を残して置きたい。

自分も普段から笑顔の写真を残しておこうと思った。
自分だっていつ何があるかわからない。

アルバムで他の母の写真を見ると
日常の無造作な写真は
母が嫌がる様な普通のおばあちゃんでしかない。

もし、そういう写真を遺影に使っていたら
母のイメージが違っていただろう。

着物の上品な母の遺影は、
亡くなる直前に、別人のように聡明になった母そのものだ。

本来の母とは別の人。
その母が好きだった。だから撮影していて本当に良かった。

自分が1人で母を看取ったと言う経験は
いつまでも、心に残り、
親じゃなくて我が子を送った様な気持ちを引きずっている。

前世で母は私の子だったのだろうかとさえ思えて来る。

コロナのせいで、なかなか会えず、
触れてあげる事も僅かな時間しかできず、
寂しかっただろう、もっとそばにいてあげたかったと
それだけが心残りになっている。