昨日は、無事到着し
病院のすぐ近くのホテルにチェックイン後
すぐ歩いて母のいるであろう部屋の下の道路の向こうから電話をかけ
「外を見て!」とお願いし手を振った。

ふらついて、危ないかなと思ったが
母の手を振る姿が遠くの高いビルの窓に見えた。

手を振りながら電話で何を話したか、覚えていないが
こみあげる涙を抑えるのが大変だった。
横で我が子は泣いていた。
これが最後の別れになりませんようにと願いながら。

コロナさえなければ
こんな苦労はしないのに。こんな形でしか会えないなんて。

帰省している間、毎日母に触れてあげたい。手や足をさすってあげられたら
どんなにか良いだろう。コロナが無ければそれができたのだ。

母の孤独感は、死への不安を更に強くしているに違いない。

もう一緒にお茶もお土産のお菓子も食べられない。

一番母が悔しいのだ。
「こんな姿になった私の事は誰にも言わないで」と何度も繰り返す。

私は、転院の時にほんの少しの時間、外でこっそり会えると思うが、
県外の人間なので接触は気をつけないといけない。
病院には県外の人間は立ち入り禁止だ。

抗原検査は陰性。それでも気をつける。
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マスクを実家にいてもずっとしたまま。
父とはソーシャルデイスタンスを保つ。

我が子は帰った。車をだしてくれて助かった。

しばらくは、実家で私と父だけの生活。
父は嬉しそうで、色々話しかけてくる。
まだ、しっかりしているし、前より元気になっている位だ。

父の世話ができるのは良かったが
本来、ここにいて一緒にご飯をたべたりお茶を飲んだりしているはずの母が
もういない。
母は、2度と実家でこんな風には過ごせないんだと思ったら、
1人病院で毎日泣いている母が
寂しくて辛いだろうなと胸が苦しくなった。

実家は、母の残像がありすぎる。
本当に、すぐ帰るつもりで
ちょっと病院行ってくると軽い気持ちで行ったままなのが
家の状態に表れていた。

母のお茶碗。ベッド、服、そのままだった。
またすぐ帰宅して、元の生活に戻りそうな気がして来る。
以前も母の入院中、こうやって帰省して
父と二人で過ごした。

あの時は、母が退院して帰宅してきた。
母が帰ったら、これを話そう、こうしようと
思いながら過ごした。

今もふと、そんな事を思っている。

母が帰宅したら、と。
もう帰れないんだ。
帰っても、何もできない。
お茶もできない、会話もできなくなっているかも。

そこまでもつかどうか。
実家にいるのが苦しくなる。
父も弟も毎日そんな心境なのだったのだろうか。

「帰ってから、自分で片付けるからそのままにしといてね」
「お箸とスプーン持ってきて」
なんて、ついこの前まで元気に言っていた。

あの時、本当にそうなる気がした。

今は、声に力が無く、言葉もおぼつかずまるで別人だ。

人間はこんなにあっという間に弱っていくものなのか。

弟が異常にやつれていたのも気になった。
お願いだ。今、倒れないでくれ。