母は耳も遠くなっており、声も弱々しい。

何度も聞き直すと
「輸血をすると言われた」と言っている。

おそらく、輸血の為の同意書だろう。
説明をされたと思うが
聞こえていないし、理解もしてないまま
母は、ハイハイと頷いているのだろう。

何かわからないけど、お医者さんのする事に従えばいいと
思っているから。

父も弟も同意書については聞いていなかった。

そう言えば、数日前に
「何かの数値が下がっているとかいわれた。」と母が言ったが
何のことやらわからず、だった。

白血球が減っているのは知っているから
その他に何が?と思っていた。

輸血するほどの酷い数値だったのか。

全く家族にはわからない。


母が電話していなければ
さっぱり様子がわからない。


一旦電話を切り、
数時間後にまた電話がきた。
penPAR50529_TP_V

電話の後に輸血はしたようだ。

一時的な効果はあるだろうが
この話を聞いて
一機に悪化してきたなあと
いつまでもつのだろうか、と不安になった。

検査が予定より早くなっている。
それも、母から聞いたこと。

検査結果次第で、どうなるかだ。
今の感じでは回復は難しそうだ。

覚悟をして緩和ケア病棟にうつることを頭に入れ、
転院の時に、病院の外で母の顔を見れないか、チャンスを待とう。
県外の人の面会お断りのままなら
緩和ケア病棟に移動しても、
このまま、お互いに顔を見れずにお別れになるかもしれない。

コロナで、昨年何もできなかった。
母も通院してはいたが
密かにじわじわと再発し始めていたのだろう。

「だるい、食欲が無くなった、と
来年まで生きている気がしない」と何度か言っていた。

弟はそれを聞き流し、相変わらず家事をいっさい手伝わずにいる。(今でも)
それに加え、暴言を吐く父に耐えていた母。

気分の落ち込みやだるさは
コロナの影響かと、本人も周りも誤魔化していた。

弟夫婦に、複雑な思いを持っていた母。

ただの胃もたれだろうと思い、
すぐに帰宅できると思って病院に行ったまま、帰れなくなった。

最後に家にいた日は、元日。
その前日まで、母は父、弟夫婦に家政婦みたいに
扱われていた。

そういう事なら、コロナが無ければ
両親と私と3人で静かに年末年始を過ごしたかった。

コロナが落ち着いたら、次の年末はそうしようなんて言っていた。

もう、できなくなりそうだ。
母は、二度と食事ができないのだ。