母の抗がん剤治療が始まった。
2週間の予定だという。
医師は、気休め❔的な処置で、効果は期待できないと弟には話したらしい。

2週間後には、緩和ケア病院に転院予定になっている。

母は、以前の小腸の手術後の時と同じだと思い込んでいる。
2週間の点滴が終われば、食事をとる練習が始まり、
1カ月後には、退院できて、元の生活に戻れると。

なので、電話がくると
相変わらず、帰宅した後の予定ばかり話してくる。
今回は、手術が出来ず、
腫瘍はそのままだから訳が違う。

声に力があり、具合も悪くないと言い
自分が重病だという自覚が無い。

むしろ、入院するまでの自宅で家事をしていた時の方が
だるい、もうだめかもと弱音を吐いていた。
きつくても家事をやらせ、暴言を吐く父へのストレス。
絶対に家事を手伝いに来ない息子夫婦への不満が
母の心を蝕んでいたのがわかる。

病院に居る方が、解放されている様に見える。

母にすれば、家に居る限り
どんなに具合悪くても父と弟夫婦は冷たい。
入院すると、態度がかわって優しくなる。

入院しないと、人の痛みがわからない人達。
嫁さんは、入院しようが寝込もうが、かわらない。

だから、本来、段々弱るはずが
元気になっていく様に感じる。

医師の1週間前の話では
今頃から、苦しみだして、急変したりもありえて
手のつけようがなくなるかもという事だった。

誤診じゃないかと思えてくる。

確かに検査では、どうしようもなく末期なのだろう。 
寿命でいつ亡くなってもおかしくない年齢だし。

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が、母は、同じ年齢の人に比べて
話し方もしっかりしており、
足の手術後は、しゃきしゃきと歩いていた。

10歳は若いというか、強い気がする。身体も精神も。
おそらく、母の歳での症例は少ないのではないか。

この歳で、こんなに頑張って長生きしたという貴重な例にならないかな。

この前までは、母が帰宅後の話をすると辛かったけど
今は、本当に母の思い通りになりそうに思えて来る。

母が自分でそう思うなら、そうなのだろうと。
自分の事は自分が一番わかると思うからだ。

隣のベッドに、若い人が入ってきたという。
おそらく、母と同じ病気か、血液の病気だろう。
「若いのに深刻そうで、可哀想に。」
と言う母。

自分の方が、もっと深刻なのに
まるで他人事。病気だということを忘れている。

そこまで、辛い思いをしていないということ。
苦しんでいないだけで救われる。

これから、少しづつ変化がでてくるのだろうか。

仮に、少し回復したとしても、
自宅には日帰りで戻らせ、
緩和ケア病院で過ごさせないと
家に戻ると、再びストレスで苦しむと思う。

自宅に戻したいと思っていたが
自宅に置いたらストレスで母が弱るだろう。

電話がかかってくる間は安心だ。

来なくなったらと思うと不安になる。

携帯電話の無い時代だったら
面会ができない時、どんなに気になっていた事だろう。

母は大丈夫だと、昨日は安心して
ぐっすり眠れた。