夕飯を食べていると
実家の番号から着信があった。

一瞬母かなと思ってしまった。
入院しているのに、離れているからピンと来ない。

これまで父から電話が来るなんて、ほとんどなかった。

母に何かあった?と思い、
ドキドキしながら電話をとると
(母に渡す下着類の)宅配便が届いたよという連絡だった。

これまでは、そんな事で電話をしてくる事はなかったので
私と話したかったのかもしれない。

荷物は弟に渡して病院に預けるように頼んで
父とお喋りをした。
先日、話したいと思った気持ちが伝わったのかも。

その日、父はガラス越しに母と面会をしたのを弟から聞いていた。

それも私に伝えたかったのだろう。

弟は、父に全てを話し、今のうちにガラス越しでも
母との面会をさせた方が良いと思い、
病院にお願いし、許可を得て、父と面会させたのだった。

父は、ガラスのドアの前まで、歩いてきた母を見て
あんなに元気なのに、と、安心しながらも
複雑だったろう。

母とも電話で話をした様だ。

「自分の事は心配するな。大丈夫だよ。ちゃんとご飯も作れるから」
と何度も母に言った様だ。

私にも同じ事を言い、
コロナが怖いから、無理に帰って来なくていいと言っていた。

とてもしっかりと話していて
認知症がでているようには思えないが
ムラがあるのだろう。
PPS_cyabudaitokyuusu_TP_V

母からも、退屈してよく電話がくる。

いつ最後になるかわからないから
一杯話しておこう。
もうここまできたら、前とは違う。

病院で面会もなく、黙って寝ていたら
一機に衰えそうだし、母を元気つける為にも
今まで通り、軽口をたたいたり、愚痴を言ったり
つい長電話になっていく。

まるで、うるさいと思っていた、あの頃に戻ったみたいだ。

これのどこが末期なの?おかしいよ。

下着が届いたら、今度は、室内用の帽子がほしいとのこと。
脱毛が気になるし、寒いからと。

弟に持ってきてほしい物も、
私に連絡してきて私から弟へラインで伝える。

ガラス越しの面会も、許可がないとできない。

荷物は預けて、顔も見れずにそのまま帰るだけ。

それでも、家にいても気がめいるから
病院に持っていくだけでも気分転換になるらしい。

しばらくは、あれをこれをと言って来て
病院に運ぶ日が続くようだ。

私は、母は他の人より内臓は10歳若いと思う。

だから、とりあえず2週間の抗がん剤治療で、
(医師は、治療が始まると急変するかもと、見込みは無いと
匙を投げているが)
奇跡的に、一時的にでも回復する気がしてならないのだ。

本当に末期なら、母自身が自分の身体に胸騒ぎを感じる気がするからだ。

本人が、すぐ帰れる、治る、治す為なら、頑張ると思っているのに
勝手にもうダメだ、高齢だからと、周りが
諦めてはいけないんじゃないか。

母が今、苦しがってて意識朦朧なら
医師の話も、緩和ケアも納得するし、お願いする。

本人が苦しみもなく、希望をもっているから辛いのだ。

元気なのに、悪くなるのを見て行かないといけないのは
残酷なことをしている気がしてくる。

誰でも、いつかは寿命がくるし
元気で長生きしてきた母は、本人が口癖だったように
いつ何が起きてもおかしくない年齢だ。

母は幸せな人生だったと思うし、仕方の無い事なのだが。

親を看取った人は、似た様な体験を誰もがしている。

コロナのせいもあるかもしれない。
帰省も見舞いもできないことが
不完全燃焼な気持ちを増幅させている。

まさか、こんな事が世界中に起きるなんて。

いかにこれまでの日常が幸せだったかと思わざるを得ない。