「私は貧乏だ、これでは破産だ、老後暮らしていけない…」
といつも書いている人がいる。

でも、この人がブログで書いている年金予定額は
一般的な男性の年金額と同じ。
今の生活費もオープンにされているが
1人分が我が家全員の生活費より多い。
節約しているらしいが
写真に乗せている夕飯のメニューや材料は
立派なもので、羨ましい限り。

旦那さんもいるし、奥さんだけで一人前の年金額を貰えるなら
恵まれていると思う。
この人の基準で考えれば
私も夫も、完全に老後破産組だ。
話題にするのも怖い。

結婚しても最近まで正社員で大手企業で
仕事をしてきたので
きちんと年金を頂けるということらしい。

とても恵まれた生活をされてきたと書いてある。

ちらほら、過去の自慢?が入る。

今は専業主婦だけど、本当はセレブで優秀な仕事人だったのよと。

ブランド名も時々でてきて
買物はデパート、実家は裕福と何回も書いている。

なのに、老後は悲惨だと、こんな少ない年金では
優雅に暮らせないと、よく愚痴っておられる。

貧乏のカテゴリーにいて、
ブログのタイトルは、破産とか節約とか
もうダメとか、目を引くものが多くて
悪く言えば騙された気になる時もある?

本当はセレブ自慢?と思ってしまう。
私みたいに、子どもの時から、貧乏が当たり前だった人間は
嫌味に感じてしまう。

本当に貧しく育った人はそれが当たり前で
自分が貧しいと思ってないし
気が付いた時は、惨めで人に言わないと思う。

そういう事を思う自分は、僻んでいるのかも。
それにしても、人の価値感や幸福の基準は、
こんなに違うのかとため息がでる。
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彼女は自慢しているのではなく
本当に貧乏だと思っているのだろう。

今の生活ぶりや、年金の額は
自分にとってふさわしくない、
私はもっとお金持ちのお嬢様で
もっと裕福な人と結婚するはずだった。

こんな贅沢もできない生活は、惨めだ。
と本当に悲しいのだろう。

実家で甘えていた時はもっと裕福だった。
私はお嬢様なんだと
やたらと書いているのは
今の自分を見て馬鹿にしないでほしいと
訴えている様に感じる。

そこが私には理解できないところで
友人にもそういう人がいる。

裕福じゃない人と結婚したから
これが私の本当の姿だと思わないで、みたいな。
本当はブランド品に囲まれているはずなのに。
安物ばかりしか買えない。
老後も海外旅行に行けない、
こんなの、私にふさわしくないと
結局、親の収入が本来の自分の収入みたいな
自立できていない大人と言う感じ。

そんな価値観で、自分の幸不幸を決めるのはもったいない。

お金は無くても、家族という宝が残っている。とか
子ども達との思い出が残ってるとか、
自分が頑張って作り上げた物が何かあれば
それが幸せなんじゃないかな。    

                         続く