昨日は、PET検査と脊髄からの血液採取だった。
PETの結果は、午後に担当医から聞けた。
再発は見られず、手術をしたところに反応はあるものの、炎症かもしれないし、その部分は悪いところは取っているので、今すぐどうのということはないそうだ。
だが、病名は変わらず、厳しいことは確かだそう。
母と弟と私と一緒に説明された。病名に悪性は付けず、言葉を選んで話してくれた。
母は、入院したせいだろうが、耳が急に遠くなり、言葉を理解する力が急に弱くなっている。
頷いているが、全くわかっていない。
歯がゆいのは、弟の感覚がずれていること。
母のそういう変化に気が付かない。ただの性格だと流す。だから母のやり方に合せる家の手伝いは嫌なんだという。
そして、病名を母にどう伝えるかばかり気にする。
骨髄検査の結果は1週間後らしい。
その時、家族にこれからの治療の意向を聞かれるので、弟から私もいた方がいいと言われた。
帰宅を1週間延ばす?困った。
骨髄まで侵されていたらやばいことになるから、説明の時までいた方がいいのは確かだ。
母は、再発が無かったので、もう大丈夫と思っている。
「そうじゃない、まだ骨髄検査があるし、結果が悪ければ辛い治療があるかも。油断しないで。」と、少し真面目に言った。
そうしないと、母は、とんでもないことをするのだ。弟は、病名ばかり気にしている割に掃除もいっさい手伝わない。やるのは、買い物と病院の付き添いのみ。
母が家事をやればよいと思っている。もちろんできる事はさせないと、認知も進み、よくない。
だが、母は不衛生な事ばかりしたがり、面倒な料理はしたがらない。
人混みに出て行きたがる。白血病みたいなものなのに。
おそらく私がいなくなったら、母は料理が面倒だと言い出し、父に攻撃をむける。父に料理は無理だろう。やれることはやれるが、母の食事療法ができるわけない。
こうしている今も、弟の奥さんはすぐ近くの家で好きなことをして過ごしているらしい。
「お母さん、元気じゃないですかぁ」と母に会うたびに言うそうだ。

それだけでもイラつくが、母から、ぽろっとでた言葉に、私はカチンときて、今すぐ帰ろうかと思った。
母が私に検査の日にそばにいてほしいと言ったのは、自分の気持ちではなく、弟の御機嫌を取る為だったそうだ。
いつも弟に付き添ってもらうのが申し訳ない。待ち時間が退屈で可哀想。自分のせいできつい思いをさせたくない。せめて待ち時間をたいくつさせずに過ごさせたい。その為に私を呼んだという。
何回もそれを言われた。弟のいない場所で。
弟自身は純粋に「いれくれて心強かったよ」とお礼を言ってくれたが。そんなのどうでもいい。
無神経な母の言葉、これまでもそうだったし、弟はこんなに気を使ってもらい、娘の私は誰もやりたがらない家事をしているだけ。その間、弟夫婦が安心してゆっくりできるから良かったわとまで母からいわれた。
つまり自分が助かるからという以前に、弟夫婦が家事をやらなくていい状態にしてあげたくて私を使っていると言うのだ。
私は、母に頼まれたからやっているのではない。
自分がやりたくて帰って来た。それを母が私に弟夫婦の為にやらせたという事になり、それを世間に言われ、最悪な時は、「娘は帰っていない。全部息子夫婦がやってくれた」という事を言ったりする。
認知症では無くて、息子を褒めたいが為に。
私には、娘も息子もいるが、その差別する気持ちは全く理解できない。
病気だから我慢できるが、そうでなければまた私は、ここで母を怒鳴りつけていただろう。
おそらく、私が帰ったあとに、わざとらしく弟夫婦がきて、母はお世話になって助かるわと二人にお金を大金を渡すはずだ。嫁はそれを平然と受け取り、行動に変化はない。
弟が、自分がコーヒーを飲みたくて、いれていると「あの子がコーヒーいれてる、可哀想に」と言う母。私にいれてやれと言う。は?私は何なんだ。この家で一番下の立場?と思ってしまう。
で、怒って帰るというパターンはずっと今までの事だった。
もうそんな事は無いかと思ったが、私の心の根深いものがふつふつと湧き上がってきてしまう。
弟にそんな話をして、私、もう帰るかもと伝えたら、あわてて実家に来たけれど、何もすることなく帰った。掃除機位かけてくれたら良いのにと思うが車をだすこと以外はやりたくないみたいだ。
母は、弟だけは守り、上手くいかないことは父のせいにし、弟の我儘は嫁のせいにする。でも、嫁には何も言わずご機嫌をとる。弟の為に。
やってられないわって感じ。というか、私はいつまでもいられない。
私にも仕事や生活がある。暇でお金のある人がいるんだからその人がやればいい。
PETの結果は、午後に担当医から聞けた。
再発は見られず、手術をしたところに反応はあるものの、炎症かもしれないし、その部分は悪いところは取っているので、今すぐどうのということはないそうだ。
だが、病名は変わらず、厳しいことは確かだそう。
母と弟と私と一緒に説明された。病名に悪性は付けず、言葉を選んで話してくれた。
母は、入院したせいだろうが、耳が急に遠くなり、言葉を理解する力が急に弱くなっている。
頷いているが、全くわかっていない。
歯がゆいのは、弟の感覚がずれていること。
母のそういう変化に気が付かない。ただの性格だと流す。だから母のやり方に合せる家の手伝いは嫌なんだという。
そして、病名を母にどう伝えるかばかり気にする。
骨髄検査の結果は1週間後らしい。
その時、家族にこれからの治療の意向を聞かれるので、弟から私もいた方がいいと言われた。
帰宅を1週間延ばす?困った。
骨髄まで侵されていたらやばいことになるから、説明の時までいた方がいいのは確かだ。
母は、再発が無かったので、もう大丈夫と思っている。
「そうじゃない、まだ骨髄検査があるし、結果が悪ければ辛い治療があるかも。油断しないで。」と、少し真面目に言った。
そうしないと、母は、とんでもないことをするのだ。弟は、病名ばかり気にしている割に掃除もいっさい手伝わない。やるのは、買い物と病院の付き添いのみ。
母が家事をやればよいと思っている。もちろんできる事はさせないと、認知も進み、よくない。
だが、母は不衛生な事ばかりしたがり、面倒な料理はしたがらない。
人混みに出て行きたがる。白血病みたいなものなのに。
おそらく私がいなくなったら、母は料理が面倒だと言い出し、父に攻撃をむける。父に料理は無理だろう。やれることはやれるが、母の食事療法ができるわけない。
こうしている今も、弟の奥さんはすぐ近くの家で好きなことをして過ごしているらしい。
「お母さん、元気じゃないですかぁ」と母に会うたびに言うそうだ。

それだけでもイラつくが、母から、ぽろっとでた言葉に、私はカチンときて、今すぐ帰ろうかと思った。
母が私に検査の日にそばにいてほしいと言ったのは、自分の気持ちではなく、弟の御機嫌を取る為だったそうだ。
いつも弟に付き添ってもらうのが申し訳ない。待ち時間が退屈で可哀想。自分のせいできつい思いをさせたくない。せめて待ち時間をたいくつさせずに過ごさせたい。その為に私を呼んだという。
何回もそれを言われた。弟のいない場所で。
弟自身は純粋に「いれくれて心強かったよ」とお礼を言ってくれたが。そんなのどうでもいい。
無神経な母の言葉、これまでもそうだったし、弟はこんなに気を使ってもらい、娘の私は誰もやりたがらない家事をしているだけ。その間、弟夫婦が安心してゆっくりできるから良かったわとまで母からいわれた。
つまり自分が助かるからという以前に、弟夫婦が家事をやらなくていい状態にしてあげたくて私を使っていると言うのだ。
私は、母に頼まれたからやっているのではない。
自分がやりたくて帰って来た。それを母が私に弟夫婦の為にやらせたという事になり、それを世間に言われ、最悪な時は、「娘は帰っていない。全部息子夫婦がやってくれた」という事を言ったりする。
認知症では無くて、息子を褒めたいが為に。
私には、娘も息子もいるが、その差別する気持ちは全く理解できない。
病気だから我慢できるが、そうでなければまた私は、ここで母を怒鳴りつけていただろう。
おそらく、私が帰ったあとに、わざとらしく弟夫婦がきて、母はお世話になって助かるわと二人にお金を大金を渡すはずだ。嫁はそれを平然と受け取り、行動に変化はない。
弟が、自分がコーヒーを飲みたくて、いれていると「あの子がコーヒーいれてる、可哀想に」と言う母。私にいれてやれと言う。は?私は何なんだ。この家で一番下の立場?と思ってしまう。
で、怒って帰るというパターンはずっと今までの事だった。
もうそんな事は無いかと思ったが、私の心の根深いものがふつふつと湧き上がってきてしまう。
弟にそんな話をして、私、もう帰るかもと伝えたら、あわてて実家に来たけれど、何もすることなく帰った。掃除機位かけてくれたら良いのにと思うが車をだすこと以外はやりたくないみたいだ。
母は、弟だけは守り、上手くいかないことは父のせいにし、弟の我儘は嫁のせいにする。でも、嫁には何も言わずご機嫌をとる。弟の為に。
やってられないわって感じ。というか、私はいつまでもいられない。
私にも仕事や生活がある。暇でお金のある人がいるんだからその人がやればいい。