手術の翌日、母から電話が来たのは驚いた。

回復の早さに驚く。医療の進歩は凄い。

腹腔鏡で、ロボット手術。「縫合もロボットがやりますから誰がやっても結果は同じなんですよ」と言われたらしい。

傷口も小さく、翌日には、院内を歩かせる。明日には食事、流動食からだろうがとれるそうだ。

ICUに寝ていた時は、大丈夫かと心配したが、とりあえず安心した。

母は、「切り取った部分を見たんでしょう?どうだった?」と聞いて来た。
「よくわからなかった。切り開いてあってぐちゃぐちゃで何が何だか。お医者さんの話も早口で事務的でわかりづらくて、とにかく悪い所は全部切ったからもう大丈夫だって。」

と答えた。リンパ腫だなんて言える訳が無い。母は悪性と言われる事を怖がっている。

誰でも、どんな腫瘍だったか、悪性なのか、腸がどうなっていたか知りたいのは当然だ。
もう少し、言える範囲で細かく教えれば良かったかな。また次の機会に話そう。

「腫瘍が大きかったって聞いたけど。」と更に聞かれた。

「大きくは無かったよ。どこにあるのかわからない位だったし。もしかしたら切り取ってあったのかもしれないけど。」と答えたが、この大きかったというのは、弟が言ったのだろう。

切除した部分が大きかったと言ったのか。不安にさせる様な言いかたをするのは弟の無神経なところ。

リンパ腫だと話してもいいのではないかと言っていたから、それは反対した。

どんなものなのか、きちんと調べてもいないし、まだ検査中でどの程度のものかもわからない。

弟は無神経なところがある。

母は、腹痛がでるまではピンピンしていた。まさかこんな大ごとになるとは思ってもいなかったはずだ。
すぐに退院して、元の生活に戻れると信じて不安を打ち消し、気力を保っている。

身だしなみも整え、いつも綺麗に元気に見られたいという気持ちも持っている。

それで私は救われる。だが、弟はそれを「つまらない事を考えて居る」とか「病人らしくしとけばいい」と言う。
これは、直接は言われなくても、態度で母も感じている。だから弟に頼めない事は遠くにいても私に頼んでくるのだ。

女性にしかわからない気持ちってある。本当は、すぐ近くにいる弟嫁さんが、せめて母の理解者であったらどんなにか救われていただろう。もう誰も彼女には期待していないが、中途半端に口をだされるのは参る。
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見舞に行った父が、弟のいない時に母にそっと愚痴ったらしい。

「どうやら我々は、施設に入らないといけなくなりそうだね。」

「息子夫婦はあてにならない。これまで何回か入院、手術したが、嫁さんがどんな人か良くわかった。我々が動けなくなっても、今の様子では、おそらく息子夫婦は今のままだろう。むなしい思いをこれ以上したくない。娘も遠くから何度も来させるのも申し訳ない。」

という事の様だ。何て言うのか、嫁さんから「まったくあなたたちのせいで、私の自由な生活がだいなしよ」みたいな圧を感じるのが辛い様だ。
いつも親の目の前で、全く動かず弟をあごで使うので尚更だ。

いつも座ったまま、「早くこれをあっちに運んでよ。ほら!」と自分の茶碗を運ばせる。
母の前で「全く、とろいんだから」と弟をけなす。
弟は、プライドで愚痴をこぼさないのだと思う。人生やり直す気力も無い。

おそらく、DVを受けているとしたら、ハネムーン期で完全に誤魔化されている。もうすっかりはまってしまっているかんじがする。
あまり深く考えるタイプではないので、どうにかしようとか考えない。面倒くさい、それでいいやというタイプだ。

父ももう我慢の限界なのかもしれない。

「いざそうなったら、私が定期的に世話にいくよ。」とは言ったが、母は「そんなこと気にしなくていい」と否定的だ。
近所や親せき、どうみてももうそれは知れ渡っている。大事な時にいつもお嫁さんはいないから。

完全に共依存化している弟は、感覚がマヒしている。
奥底にストレスを溜めているか、最初から似た者夫婦だったのかわからないが、共依存は確かだと思う。

さて、腫瘍の検査結果と共にこれからの治療がどうなるか、気になる。医師がその説明を母にどう伝えるのかも。

弟には私の気持ちは伝えた。

母から電話がきて、声を聞くと安心する。

元気な時は、あんなに嫌だったのに。いつも長電話で同じ話を聞かされ、こっちの話は聞いてもらえずイライラしていたのに。

人間ならこれが当たり前な事だよねと自分で身勝手さを誤魔化している。