親孝行な息子さんが、まさかそんな辞め方をするとは誰も予想していなかった。

アルバイトも真面目にやって、親に負担をかけないように頑張って大学をでた良い子だった。

人を学歴で馬鹿にする子には見えなかった。
両親は高卒だし、特に教育パパ、ママではない。それどころか、借金だの離婚だの夫婦喧嘩が絶えず、子育てなんて後回しだった。

子どもをほったらかしでパチンコに行く事も多かった。

どうしてこんな環境でこんな良い子が育ったのだろうと言われていたほどだ。


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息子さんはひきこもり、ニート状態になった。一流企業に入った息子の給料をあてにしていた夫婦は落胆した。

自分達の生活も荒れているのに、息子まで帰ってきたらお荷物になると言い出した。

その雰囲気を察した息子さんは、荒れだした。

「お前らは、最初から俺なんかいない方が良かったんだろう!生まれた時からずっと俺のこと、邪魔だと思ってたんだろう!こうなったのはお前らのせいだ!許さない!」

と親に暴力をふるいだしたのだ。


両親の為に頑張ってきた良い子が、就職してからのストレスをきっかけに、それまでの長い我慢の蓄積が怒りになって爆発してしまったのだろうか。

子どもの時から、何もかも我慢してきたのは確かだろう。両親を自分のせいでもめさせないように、少しでも家庭が平和になるようにと。小さい胸に重い心を貯め続けてきたのだろう。


でもそれと、学歴で人を見下す事とは話が違うと思う。

それは何故だろうと不思議だった。

彼等を良く知る親族の人から詳しく聞くことができた。

「お父さんがあれではね。良い子もおかしくなるわ。

ずっとお父さんは職が安定せず、生活が苦しかったでしょ。自分のせいなのにいつも会社のせい、上司のせい、誰かのせいだと文句ばかり家で話しているのよ。

手に職もないし、大学もでていないし、あの年齢なら仕事を選んでいる場合じゃないのにね。

せっかく良い仕事を紹介してあげたのに、そこの女子社員を馬鹿にして辞めたのよ。若くても自分より先輩だし、仕事もできるのに、女性だというだけで、女のくせに自分より給料が高いだの、良い仕事を貰っているだの、いばっているだの、まあ馬鹿にしてるのよ。

あんな女どもより後輩で、給料が安いのはおかしいと言って辞めたのよ。プライドなんていうものではないわね。ただの妬み、負け惜しみよ。」


だと言う。こんな父親の愚痴をいつも聞いて育った息子さんは、内心嫌だったのではないか。

友人の家庭と比べて、文句ばかり言って仕事が続かないお父さん。パチンコ依存症で借金に追われる両親なんて、本音は嫌だったろう。

自分はこうはならないぞ、勉強して父親とは違う人生を歩むんだと思っていたのかもしれない。

彼は心を病み、働けなくなった。

息子をあてにしていた夫婦は、あてが外れたどころか息子の世話をする事になった訳だ。


息子さんは「こうなったのはお前らのせいだ!」とスイッチが入ると今も暴れるそうだ。

それでもこの両親は「何を言ってるんだ、子どもの頃の事なんて忘れたらよいのに。病院に入れてしまおう」と全く気にしない。彼の訴えを受け入れない。

勝手に息子がおかしい事を言いだしたとしか思わないようだ。


この家庭を見ていて、一歩間違えば我が家だってこうなりかねなかったと思った。
私は夫の与える子どもへの精神的な影響を心配してきた。

このお父さんよりも夫の方がもっと我儘で、冷酷な気がする。

別居していたから、子ども達が嫌な思いをする機会が少なかったのが救いだったかもしれない。

嫌な思いはしていても、それは「家族を捨てたいい加減な父親」という怒りで、日常に嫌な面を見たり、嫌な目にあったりするよりは、精神的に良かったと思う。


これまで怒りと不安な日々もあり、いまだに許せない気持ちはあるが、今はやっとそう思える。

親の何気ない言葉、考え、振る舞いは、子どもに影響を与え、それがいつ大きな反動となって表れるかわからない。我が家ももまだまだ気をつけていこう。明るい、笑顔の日々を過ごそう。