りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

2021年09月


母の親族から、また葉書が来た。
父や弟に出しても返事も来ず、実家の様子がわからないので
 いつも私に聞いてくるのだ。
初盆、納骨、どうなったのと。

母は、親族にとっては血の繋がった大事な家族だ。
法事やお墓の場所など、気にするのは当然。

父はまるで、妻は自分の所有物の様な感覚で、
「嫁に貰ったらこっちのもの」みたいな古い差別意識のある人。
何の連絡もしていないなんて酷いなあ。
まあ、娘の私にすら何も言って来ないのだから当然か。
最悪だ。

しかも、今年は、母を含め3人が亡くなった。
(別の1人は、叔母の夫。)

残った叔父は、淋しくて仕方が無いはずだ。
コロナ禍を言い訳にして、父は独断で好き勝手にしている。
弟が意見を言わず、言いなりなので、
父は、息子と二人で決めたと思っているかもしれない。

法事は手抜きorしない、母の親族は全く無視、母の遺志も無視、
娘、息子の意見も無視、家族の思い出も無視、母に感謝なんてしている風でもない。

それじゃ、母を山の中に捨てたのと同じだと思う。
ellycollection038_TP_V

弟も自分で何かしようともしない。
夫婦で、楽でラッキーと言う感覚?
口では、母を偲んでいる、父が嫌いと言うが、
以前から、言う事と行動が違う。
親に甘え、利用してきた。
悲しい、辛いと言いながら、母に冷たかった。

このずれは何なのだろう。
奥さんの異常さも何も感じていない様だし、
羨ましい様な、不思議な性格だ。


生きている時も、亡くなった後も、母を大事にせず、裏切り続ける人だけが
母のそばにいる。

本当に母の事を気に掛ける人は、遠くにいる。皮肉な話だ。
コロナでどうにもできず、父は訪問を断っている。

で、私は、さっそく返事を書いたのだが、
自分の父であろうが、もう庇わない。
こんな状況です、と正直に書く。

母が生きていたら、あの世と会話ができたら
今頃、愚痴ってばかりいただろうし、
怒っていた事だろう。

もし、自分がこの世からいなくなったら、
死後の世界があったとしたら、どうにかして子ども達に
教えたい。ちゃんとここにいるよ。
見ているよって。





自分だけがだるさを感じているのかと思っていたら
周りの人もため息をついたり、お疲れ気味。

せっかく涼しくなってきたのに、コロナ疲れかな。
皆、ストレスが溜まっているんだよね。

最近、感染者が減っているのは、ワクチン効果もあるだろうけど、
ウイルスの自壊(コピーミスを起こし増殖をストップ)もあるそうだ。

このまま、自然消滅してくれないかなあ。
早く特効薬が出回り、
インフルエンザと同じレベルになってくれたらなあ。
自壊していても、そう甘くみない方が良いそうだ。
形を変えて生き残るだろうなあ。
第6波もまたすぐ?

来月こそは、実家に行きたい。
行けます様に。
父が留守するタイミングを狙うので、どうなることか。

秋は寂しくなる季節。父は寂しくないのだろうか。
以前の父のままだったら、何度も会いに行けたのに。

RED1211018_TP_V

昨夜、ネットフリックスで観た映画、
「黒い司法0%からの奇跡」は素晴らしい映画だった。
実話に基づいており、ラストに本人達の動画や実際のニュース画面もでた。

ラストには、涙が出て、スカッとした。
今の日本にも通じるところがある。
主人公の弁護士が、裁判所で訴える言葉は、どの国でも共通し、
他人事ではないから、胸をうつのだろう。

「もし罪なき貧者よりも やましき富者が遇されるなら
そんな社会は公正じゃない!」

やっぱり映画は、スカッとするのがいいな。




先日、魂について少し考えた。

色々、海外の死後の世界について研究した人の話などや
立花隆さんの解説などを読んだ感じでは、
やっぱりわからない、というのが結論。
死後の世界なんて、そう簡単にわかるはずがない。
でも、それでも信じたい、知りたいと思う人が多いはずだ。

人が亡くなる前、最後に脳が一瞬活発に動くので(動物実験で証明あり)
臨死体験は、その時の脳が見せた幻覚ではないかという説が強い。
 が、実際に臨死体験をした人の話を聞くと、
天井側から下を見下ろして、
そこに居た人が誰だったとか、何をしていたとか、
使った道具などはっきり言い当てている場合、
ただの幻覚とは言えない気もするし、
偶然なのか、その証言が本当なのかもわからず、もやもやする。

お迎え現象についても、調べた学者がいた。
国は違っても皆同じ体験をするのは、人間だから当たり前だけど面白い。
せん妄と言われてはいるが、意識もしっかりし、
せん妄状態とは言えない人が、亡き親がそこにいると話す動画も見た。

母は、
「そこに白い球が沢山見えるよ。ほらそこにも」と
冷静に指さしていた。

その話は、母と、いつかせん妄を見る時がくるのかなと言う話題をしていた時に
そう言えば、という感じで、言い出した。
母は、しっかりしていて、冷静。これは幻覚よねと話した。

元気な頃の母なら、
「変なものが見える、私、おかしくなったのかな」
と騒いだと思う。そう言う事にとても恐怖を感じる人だった。
とても冷静で、当然な事の様に話していたのは、
今思えば不思議だ。

お迎え現象で、亡き祖母や伯母が目をつぶるとすぐ目の前に表れる、
何で?とキョトンとした顔で話していた。
私は、もっと長く生きていたい、生きれるかもと言っていた頃だ。

元気な時の母とは違って、
表情は穏やかで、聡明な感じになっていた。
私には、二人の母の姿が残った。
好きなのは、この時の亡くなる前の母。

魂があの世を行ったり来たりしていた感じがした。
だから、俗っぽさが抜けて、清らかな魂になっていたのかも。
脳の機能が衰えていたとか、酸欠だったのかもしれないが、
そうは見えなかった。

身体はボロボロで今にも滅びる寸前なのに、
魂は、若返り綺麗になっていくような感じがした。

葬儀が済んだ後、父に帰宅させられた日の夜、
私の寝室はパチンパチンとラップ音がうるさかった。
子どもは「棚の上に」と言う声を聞いた。
心配してそばにいてくれるんだねと、母の存在を感じた。

偶然にしても、不思議なことがある。
miyazakihakodateDSCF9989-2_TP_V

子どもさんを亡くし、悲しみで心が救われないままの人や
家族との突然のお別れに納得のいかない人など、
死後の世界があるなら、また会えるし、
魂はいつもそばにいてくれていると思いたいだろう。

魂の存在を信じたい、その思いは私も同じ。

それを利用して騙す人の多い事。
霊能者のほとんどは偽物。だから困る。

カルト宗教に勧誘されたり、詐欺商売に騙される被害もある。
(夫と姑は騙されて霊感商法に多額のお金を使っていた)

死後の世界があり、魂は永遠で、
幽体離脱とか、臨死体験が現実のものなら
何か、証拠を残せないものなのだろうか。

天井に浮いているなら
そこに細工するとか、何か動かすとか。
ライトが点滅とかはよくある現象だが、
その原因は証明されていない。

あの世の人は、この世では何もできないのだろうか。
声も出せない?触れることもできない?
霊媒者に乗り移って話すのは、私は信じていない。

学者たちが本気で研究をしても、結局は確実に証明する材料は見つからない様だ。
あの世はあってほしいと思いつつ、
でも、あの世でも嫌いな人にまた付きまとわれたら嫌だよなとも思ったりする(笑)

私自身は、この世に産まれてきたくなかったし、
2度と産まれかわりたくないとも思う。
子ども達と会えたのだけは良かったけど。

伊勢正三の曲「ささやかなこの人生」を思い出した。


「~誰でも心の扉を閉め忘れては
傷つき、そして傷つけて
引き返すことのできない人生に気が付く
優しかった恋人たちよ
振り返るのはやめよう
時の流れを背中で感じて
夕焼けに涙すればいい~」

アレクサで聴いてみようかな。


季節の変わり目だからか、眠い。
良い睡眠はとれているが、朝起きて、色々やった後、急に眠気が襲う。
起きたばかりじゃないか、一日はこれからだぞと自分に言い聞かす。

だるくて何もする気がしないが、さぼる訳にもいかない。
1日を終え、夕食を作る時には、アレクサで「昭和の歌謡曲」を聴いている。

これまでは、洋楽ばかり聴いていた。

歳のせいだろうなあ、最近、昭和の歌謡曲や当時のアイドルの曲を聴きたくなる。
中島みゆきとか、松田聖子など、今でも活躍している人もいるけど、
若い頃はいい曲が沢山あったと思う。
当時は聴いてなかったのに、今聴くとそう思う。

あの頃の楽器の音もなかなかいい。
サビのギターが効いていて、泣かせてくれる(TДT)
先日亡くなった知り合いのミュージシャンも、
日本の歌謡界に貢献した人だったので、
それも思うと胸がキューンとなる。追悼だ。

なにより、子どもの頃の映像がフワーッと浮かんでくる。
そこには、若い両親の姿もある。それでまたキューン。

これまで、子どもの頃を懐かしむなんてあったっけ?
懐かしむというより、恨み節ばかりだったような。
cyabudaiGFVS3927_TP_V

あの頃は想像もしていなかった感染症、大きな災害の連続、政治の状況、
ここまできたかと時代の変化にしみじみしてしまう。

私も寿命がきているのかな。

自分の人生なんて振り返っても後悔ばかり。つまらない人生だ。

責任感を持って子どもを育てた両親に比べて、私は親失格。
お金の心配ばかりさせて、まともな家庭を作ってあげられなかった。

と、昭和の歌謡曲を聴きながら嘆いていた。

懐メロを聴くと、脳内だけでも過去に戻れるから、
また色々、聴いてみよう。
当時は、関心の無かった音楽なのに、結構、覚えているものなんだな。

音楽の力、芸術の力は凄い。




また母方の伯母が亡くなったと連絡がきた。
今年に入り、母方の親族が母も含めて4人亡くなってしまった。

昨年は、私より若い従兄の突然死もあり、
コロナ禍なのは偶然なのか、悲しい事が続く。

去年の今頃はまだ母は家で生活していた。
定期健診でも異常は無く、このまま再発なく、なんとかいけそうだなと思っていた。
まさか半年後に、こんな事になるなんて誰も想像していなかった。

親族だけではなく、知りあいのミュージシャンの方、SNSでお友達だった方まで
今年亡くなった。

何故、私が好きな人から先にいなくなっていくのか。
しかも、1年のうちに何人も!
もういやだ!と何回叫んだことか。

母は、自分が亡くなる瞬間はこうあってほしいと、私に話していた。
「病院のベッドに意識なく、静かに寝ている自分がいて、
横には家族が自分の手を握り、声をかけている。
その中で、眠る様に息を引き取りたい。」
そう言っていた。

ほとんど実現できたと思う。
家族で看取れたのは、私だけだったが。
あえて私が居る時にと、選んでくれたのだと思っているし、思いたい。
021ELFA191116_TP_V

最後に母から電話が来た時、
母は「自分のことはわかるのよ」と言った。
確かに、医師の言葉より母の言葉の方が当たっていた。
母は、自分でこの世を去る時間も状況も選んだし、わかっていたと思う。

医師も、言っていた。
「昨日、私や看護師さん全員に、お礼とお別れをきちんと言って下さったのですよ。
まだ、お別れは早いですよと私は言ってたのですが、ご自分で全てわかっておられたんですね。」

医師からは「あと3~4日か、長くて1週間ですね」と言われていた。
が、母の予言通り、翌日に旅立った。

医師の行動まで母は予告していた。

あの時はもだえ苦しみ、モルヒネを打たれ、意識朦朧としていたはずなのに
力を振り絞って、何とか伝えねばと思ったのだろう。

その電話と同時刻に、
弟に病院から
「苦しんでおられますから、薬を強くしました。明日、医師から説明しますので来てください。
今すぐどうという事は(亡くなること)ありませんので。」
と連絡が行っていた。

いよいよ、苦しみだしたのかと思った弟は、、すぐに私に電話をかけたが
「今、母から電話がきた」と聞いて、びっくりしていた。
とてもそんな事ができる状況ではないと聞いたばかりだったからだ。

しかも、同時にかけていたなんて。偶然?

母の魂が肉体とは別のところにいて、何もかも先が見えて、
私に別れを言う為、心の準備をするようにと電話をかけて来たと思う。
最後まで、病院に迷惑をかけないで、綺麗に逝きたいという母の凄さを感じた。

これまでは、霊感とかあの世とか、
強い関心を持っていなかったが、
母との別れを通じて、死後の世界、魂の世界を知りたくなった。

あるのか、ないのか、まだ解明されていないので
もしかしたらあるのかもしれないと
そのつもりでいた方がいいのではないかと思って、
毎日、母の写真に話しかけている。

亡くなる前に、自分の葬儀のことを弟にあれこれ話した母に向かって
弟は冷たい言葉を返した。
母は、魂になって残るつもりでいたのかもしれないが、
弟は、それを突き放すような事を言った。

それから、母は弟に電話をしなくなった。
最期に、私と二人きりになれた場面を
母が選んでくれたと思う理由は、それもある。

あの世で母は楽しくしているだろう。
仲良しの姉妹に会えて、この世にいるよりずっと幸せかもしれない。

霊感、死後の世界については、インチキ商売する人が多すぎる。
きちんと検証、研究している機関の資料を選んで調べてみたい。



秋を感じる日々。
気候が良くなると、さあ、外へ出よう、何かしなくちゃと
焦りがでてくる。
それに、太ってしまったし!

家の中は、少しづつ片付けてはいるが、
気になるのは実家の母の物。
とにかく勝手に処分しないでほしいと祈るのみ。

母の持ち物は、意外に私がプレゼントしたり、お土産であげた物が多い。
母が若い頃、自由に使えるお金が無く、
父の顔色を伺っているのがが、子ども心に可哀想に思っていた。

そのせいか、就職してから
母に何かと服や時計、ハンドバッグ、ミキサー、ホットプレート、炊飯器まで
買って送っていた。

娘が買ってくれたのだと、古くなっても捨てずに大事に保管していたことを
私は、葬儀の前後に母の部屋を見て知った。
父も弟もそんな事は知らない。

それを父は勝手に「こんな物を買いやがって」と捨てようとした。
弟も「ボロだから捨てていいね」と電話で言っていたが、止めた。
私が母に贈った物は、私の思い出の物でもある。

初めてのお給料、出産の時、新婚旅行、病気の時手伝ってくれたお礼などなど。
捨てるなら私が自分で捨てたい。母の気持ちに応えて、私が捨てるなら許してくれると思う。
008ELA201029A_TP_V

父にも贈り物をしたが、父はすぐに忘れるし、
もう残っていないだろう。
娘からプレゼントを貰ったと言う事が頭に無い。

「家の中の物は全部、自分の金で買ったのだから自分の物だ、
どうしようが俺の勝手だ」と言う父。
弟が今は父を止めているが、このまま捨てずに父が我慢できるかどうか。

母の物は捨てたがり、自分の集めたゴミ?は増やしている。
家はゴミ屋敷になりそうだ。
ゴミを捨てられないのに、母の着物や思い出の品は
すぐに捨てようとするのが理解できない。
父の心を分析しても、辛いことしか浮かばない。

老化のせいだとわかっているが、
足腰が動く為、止められない。

弟は、次第に父の様子を見に行くのが苦痛になって来たと言う。

顔を見るだけで、具合が悪くなりそうだと。

でも、父に期待され、大事にされてきたじゃないの。
私に比べれば、楽じゃない。贅沢よねと内心思ったが、
弟のストレスは他にあるんじゃないか。

さて、動かないと。

 
夫とは、コロナのおかげで会わずに済んでいる。
夫はコロナはただの風邪で、気にしないとSNSで訴えているので
コロナを気にして、帰宅しないのではなく、
コロナのせいにして、帰宅する費用を
遊びに使えてラッキーと思っているのだろう。

妻はコロナを信じて、自粛しているだろうから、抜き打ちチェックは不要ということだ。
もし誰かに、何故、帰らないのかと聞かれれば
コロナを理由に家族への感染を心配するふりして誤魔化すだろう。

でも、ばれているぞ。こっそり実家に飛行機で帰ったり、旅行で遊び回っている事。

話を少し変えよう。
これまでの夫の言動を見ていて、特に異常性?違和感を感じた事を書き出してみたい。
(自己愛性人格障害の特性にそのまま当てはまっているのだが)

●自分の失敗は全て人のせいにする。言い訳がしつこい。

●他人の成功を、自分の成功と思い込む。
→本当は自分がやるはずだった。自分ならもっとうまくやっていた。などと
次第に、成功者を自分に置き換えていく。(妄想が始まる?)
→成功者の作った実績(会社や商品、ノウハウなど)を自分が作ったと言い出す。

●成功者を「あの人は自分より学歴が低い、本来は自分の部下になる人である。」と言い出す。
→自分がいなければ、成功者は仕事ができなくなる。と信じる。
→周りに「これは私の会社」と言い出す。

●成功者の個人的資産、財産は本来自分の物になるはずだったと言う。
どうにかして、奪おうと企む。
自分は社長と同じ給料でないとおかしいと思いだし、実績もあげないまま、給料値上げを要求する。

●自分が普段している不道徳な行動を他人がしていると、非難し、説教をする。(投影)

●成功者を目の敵にし、自分の方が成功者より優れていると言いながら、後ではその人の真似をするが、必ず失敗する。(実は、羨んでいる。)

●これから大きな事業を始めようと準備している大物と話をしただけで、自分とその人を同一視する。人に、自分が事業を始めると言い、信じて貰えないと、真実だ、嘘じゃないと言い、堂々とほらをふく。その大物に寄生して、うまい汁を吸おうとするが縁を切られる。

ghdtrdg_TP_V


どう見ても、異常な妄想ばかりなのだが、本人は堂々としている。

自分には凄い才能があり、人を引き付ける魅力があり、
自分の為に尽くしたいと集まった人たちが全部やってくれ、
トップにつくのが自分の運命だ とずっと信じている。


同窓会に行きたがる。弁護士、医師、官僚の同窓生の中に入って
妄想の自分を演じて、自分は成功者たちの仲間だと自己陶酔する。
同級生には、すぐにばれているだろう。
身だしなみや仕草などに下品さが表れ、それなりの人格も感じられないからだ。
同級生は夫の性格を知っていて、哀れみ、合せてくれているのだと思う。
まともな人生を過ごしてきた大人で、器も違う。


”自分が失敗して他の人が成功するのは、おかしい。
本来ならとっくに大成功をおさめ、財を増やし、優雅に暮らしているはずの人間だ。

そうならないのは、世の中がおかしい、政治がおかしい、世界がおかしいからだ。
自分は、才能を妬まれ、なかなか本当の実績があげられない。
これは、何者かの陰謀だ。”→陰謀説が好き?ということか。

いつも欠点ばかりを話している様だが、
良いところを書こうと思えば書ける。

長所は他の旦那様よりもとびぬけて良く見えるかもしれない。
でも、それが、夫の本質であればの話。
演技だったら?油断させてその後地獄に落とすとか、
何か企んでいるとかの兆候?かもしれないのだ。

実際、被害にあうたび「長所に誤魔化されてはいけない、
あれで騙されるんだ」と自分に言い聞かせるようになった。

だから、夫の良い所はあえて思い出さない。
それが共依存になる入り口だから。





親しい友人は、今の土地にはあまりいない。
これまでで、一番長く住んでいるのに。
沢山の人と知りあって、その時々で仲良くしていたが
お互いの環境が変わる度に連絡をしなくなっていった。

電話が嫌いなので、連絡はメールやライン。
若い時は、全国あちこちにいる友人に手紙を良く書いていた。
今ではすっかりご無沙汰。

母とだけは、長い年月、途切れることなく電話で話してきた。
亡くなる二日前まで。
ストレスだった元気な頃の母の愚痴電話も
今では懐かしく、寂しくなると
時々、留守電に残った母の声を聴いてみたりする。

電話って、相手の状況がわからないから
他人の場合、迷惑じゃないかと気を使う。
人の家にずかずかと土足で踏み込むみたいで。
だから、好きじゃない。

既読がつくラインも他人とやるのはあまり好きでは無く、
社交的な人から見れば、信じられないことだろう。

ある人などは、毎日誰かと話さないと不安みたいで
あちこち電話しては長く話し込んで、気分を落ち着かせている様だ。
常に誰かと一緒に何かしないと落ち着かない、
誘って買い物に行ったり、遊びに行ったりしている。

私にはそれができない。疲れてしまう。
ellycollection006_TP_V

私は、1人で過ごすのは苦痛では無い。

散歩はしたい時に1人でゆっくり楽しみたい。買い物も。
人と一緒だと楽しめない。

1人でカフェで過ごしたり、ランチを食べたりするのが楽しい。
その時間が精神安定剤だ。
だから、友人はできないのだろう。
拒否しているような雰囲気を出してるのかもしれない。

今更、友人は増えなくていいと思っている。
全国あちこちにいてくれる。
会えないだけで、心は通じている。(と勝手に思っている。)
何故、そう思えるのか?
以前、大きな災害に合った時、
あちこちの友人から、心配の手紙、メール、宅配便などが
届いて、びっくりしたと同時に、感謝の気持ちでいっぱいになった。
自分の事を気にしてくれる人がいてくれるというのが
とても嬉しかった。

離れていても、通じているんだと。

子ども達も近くにいてくれるし
まだまだ、自分の役割はありそうだ。



友人が沢山いて、賑やかで楽しそうな場面をSNSにアップして、
自己アピールする?のが、世の中の傾向だったらしいが、
最近は、1人でも楽しい、友人が少なくても充実しているよ、
という事をアピールする傾向に変化してきているらしい。
コロナ禍が拍車をかけたのかもしれない。

1人キャンプも流行ってるし、
1人で外食もいいし、
遊びに1人でいくのもいい、
それもまた楽しということ。

「ついに私の時代がキター!」と思った。(笑)

多くの人と接する仕事は、意外と自分に合っていた。
自分は人間好きだとわかった。

それが、私的な時間になると
1人でいる方が良いと感じる。

子どもの時から雨の日が好きだった。
「子どもは子どもらしく外で元気に遊べ」と強制されるのが苦痛で
雨なら、堂々と家で過ごせたから。

家族旅行にも行った事が無い家庭だったので
進学で実家を出てから、自分の視野の狭さ、経験不足を思い知った。

なにより、出会う友人達が、活動的で、やりたい事をすぐに実行していた。
活き活きしていて、細かい事は気にしない。
そういう性格の人達を見て憧れた。
田舎者の自分を変えたいと思った。

友人に刺激を受け、真似をして
なりたい自分になろうとした。

その時の経験が、自分を少し変えてくれたと思う。
心が歪んでいた自分に少し自信をつけさせてもらった。

もしかしたら、内向的だと思っていた自分は
本当は、違ったのではないか、親によって抑圧されていたのかなと思うほど、変わった。
親から離れた事も良かったし、出会った友人にも恵まれていた。

私の性格が急に変わった、と親が話していたらしい。

大人しく弱虫で、従順だったのが
活発で強くなり、口が悪くなったと感じた様で、
母から注意されたこともあった。

親に、押し付けられ、演じていた性格でもあったから
大人になったら、自分の性格は自分で作るぞと思った。
PENTAFANPK98003_TP_V

それが、結婚したら、夫に抑圧される事になったわけで。

理不尽な怒りと不安を与えられる生活で
自分らしさは消えてしまった。というかそれがモラハラ人間の目的。

今では、やっと山を越え、振り切れた。
法的に縁を切るまでは、片隅に不安はある。
でも、負けない。これからは、自分らしく生きて行こうと思っている。

が、もう昔ほど力は無い。
長い間、神経を擦り減らしてきた。
ちょっとしたストレスで、すぐに体調や気分が悪くなる。

これも、DV被害の後遺症か。
弟みたいに、近くに親がいて、
何もかも甘えて利用しまくっていたら
全然違っていたと思う。
まあ。親が近くにいても、私のことは助けなかっただろうが。
息子だから大事にしてきたのだから。
(親は裏切られた訳だけど)     続く








夫と争う機会なんて無い方が良い。
こういう嫌な事を考えさせられることが嫌でたまらない。


夫は人を不快にさせ、争う事が好きで、
誰と関わってもいつか、トラブルになる。
嘘つきで、ミスをしても上から目線で謝らない、約束を守らず無責任。
出会いの時は、へこへこして笑顔で、立派な事を言って騙すので、
いつも相手から詐欺にあったと言われている。
が、夫は夫で、自分が騙されたと言いふらす。

私も夫と近くにいると、同類に思われ、嫌な思いしかしない。
夫に悪い方向にひっぱられてしまう。
今は、離れているので、その点は救われる。

結婚相手がまともな人なら、こんな嫌な事を考える事は無い。
夫婦なら、一緒に良い方向へ向かおうとするものだろう。
夫は違う。
私に「妻は一緒に戦うものだ」と言いながら、家族の為には何もしない。
自分の為に利用する為のモラハラでしかない。

家族を一緒に良くしていこうなんて思っていない。

悪いのは自分の言う通りにならない(ヒモにさせてくれない)お前たちとなる。
つまり、夫にとって「良い方向」というのは
自分の為に家族が犠牲になることだ。
「自分以外の人間の不幸が夫の幸せ」だから。

人格の歪みが酷いので、関わらないのが一番。

夫と縁をきるにしても
嫌な事を思い出し、戦う必要がある。
まともな相手ではない。陰湿でストーカー気質だから。

これまで、仕事関係や友人関係で、多くの人が夫と縁を切った後、
清々しい気持ちになったことだろう。
関わらなくなって初めて、
いかに夫が精神的に良くない相手で、自分が搾取されていたかに気が付くと思う。

私だけなら書類一枚で縁をきれるが
子ども達は、一生切れない。
夫は子どもたちを利用するつもりでいる。
さんざん放置して、無視して責任も果たさなかったのに、
子どもが自立すると、利用してやろうと企んでいるのがわかる。
そんな勝手な話は無い。

利用する為には、私が邪魔だと思っているのかもしれない。
妻は騙せないが、子は騙せると思っている。

このままずっと私は盾にならざるを得ない。私の責任だから。
子ども達も口ではわかっていると言うが
夫の口の上手さ、騙しの演技に騙されそうで心配だ。
優しさにつけこみ、嘘の涙まで流して騙す夫だ。

006kzk2184_TP_V

おまけにずる賢いので、証拠?を残さない様に、間接的に人を利用する。
例えば、子の給料、貯金を全て自分の為に使う様に忖度させるとか、
うまく騙して保証人にして破産に追い込むとか。

「僕は、金をよこせなんて言っていない。子どもが勝手に自分の意志でやった」
「嫌なら断ればよかったのでは。強制してない。」
など、最初から言い訳を準備してから行動する。

恥かしくないのだろうか、後ろめたさもプライドも無いのだろうか。
と思っていたら、
先日、夫がSNSで
「最近は、恥を知らない人が多すぎる。恥を知れと言いたくなる。
悪い事をすれば必ず罰があたるものだ。
私は、真っ当に生きなければいけないと親にきちんと躾けられた。」
と、相変わらず、偉そうに発信していた。
同じことを、何年もずっとまだ言ってる。(*`Д')
お前が言うかだ。

人格障害の人は、他人に自分を投影して
自分が言われるべき事を他人に説教すると言う。

今は、遠くにいて、関わらずにすむから良い。
今、私が縁をきることは、夫の思うツボであり、
子ども達に迷惑がかかる可能性もあり、
実家からの借金も無かった事にするつもりだろう。

縁が切れるとしたら、何だかの理由で夫がこの世からいなくなった時か、
弱った時しかない。おかしな脅しや工作をする体力、気力が無い時がチャンス。

まだ、コロナは風邪と言っており、
感染対策を馬鹿にしている。
どうしてこんな奴がコロナに感染しないのか、
罰があたらないのか。自己中なので防衛本能が異常に強いのかも。

陰謀論を信じやすい人には、
共通点があるのではないかと感じる。
投影する癖についても、色々調べてみたい。


↑このページのトップヘ