りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

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2021年03月

今こそ母に居てほしい時は無い。生きていれば、今こそ母だけが私の味方だった。母と私の立場が一致し、弟の本性もわかってしまった。弟は、何かにつけて私さえ我慢すればいいみたいな事を言ってくる。口では、父が嫌いだの、どうのと言ってくる。実際、食事の世話や家事もい
『理不尽な世の中』の画像

コロナ禍、そして母が入院してから家族以外とは全く連絡をとっていない。友人から連絡が来ても何だかんだで会わずじまい。このままだと友人がいなくなる。遠方にはいるけれど、今住んでいる土地にはほとんどいない。貴重な友人にもご無沙汰したまま。付き合いの悪い人だと思
『運命に逆らったような』の画像

母が再入院してから亡くなる3日前まで、母から電話がきていた。ずーっと母の精神と肉体の変化を聞きながらなるべく心に添う様に、受け止める様にしてきた。かと言って、弟の様に「もうどうせ先はないんだから」という意識をあからさまに出すようなことはしない。医師の話よ
『弟とのずれ』の画像

コロナ禍でもあり、家族葬にしたのだが会員で積み立て金があったにもかかわらず、金額の設定が異常に高くなっており詐欺だと思った。価格設定が明らかにおかしかった。会員だから絶対にそこを使わないといけないという弱味に付け込んでいる気がした。普段から、葬儀屋の比較
『葬儀費用』の画像

私はつくづく電話が嫌いなんだと思う。母のことで親族から携帯に着信がきても話したくなくて、無視している。弟が勝手に電話番号を教えていた。断われなかったのだろう。電話が嫌いというより、相手を選ぶのだ。入院してから、母とは毎日電話でよく話した。会えなかったのに
『母の希望』の画像

 にやっと苦しみから解放され、自宅に帰って来た母。さあ、これからやる事がある。来客の応対、書類の諸手続き、家の片づけ、父のこれから。父が心配なので、もう少しいて手伝おうと思っていた。葬儀が終わり、母の祭壇が出来たその日の夜だった。父が、いきなり「帰れ」と
『父のDV』の画像

母を自分が看取ったことがずっと心に残り、不思議な感覚が残っている。亡くなる時の母と二人きりの時間。夜だったので、薄明かりの中、映画のワンシーンの様だった。厳粛であり、温かく清々しい雰囲気だった。それまで、何度も電話で話していくにつれ母は、どんどん頭が冴え
『不思議な感覚』の画像

亡くなる前日、ブログを書いていたのだが、あまりに急なことだったので、そのままだった。今日載せようと思う。ーーーーーーーーーーーーーーーーーー16日の朝、弟から電話がきて「病院から今日早めに来てくださいと連絡があった。面会は2人までとなっているけど、ご家族
『危篤と言われた日のこと』の画像

 母が亡くなった。3月18日の早朝。泊まりを許されたので私が泊まった最初の日に。部屋には母と私の2人だけ。薄暗いライトの灯りの下で母の手を握り、話しかけながら私1人で静かに息を引き取るのを見届けた。それがとても幸せだった。私が看取りたかったし、母と二人き
『母は天国へ』の画像

15日の夕方6時過ぎだった。声は枯れて、力が無く、ろれつも回らず、よく聞き取れないのだが母は何とか頑張って話そうとする。「足はまだ痛い?あれからどうだった?」と聞くのが精一杯の私。「足も痛いけど、もう靴はいらないわ。もう私はダメだと思う」と言う。「昨夜、
『私はもうだめだと言う』の画像

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