りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

2021年01月




こちらの言葉は聞き流され、
一方的な母の攻撃を何度も聞かされると
電話が苦痛に感じる。
もっと、毅然と冷静に母親らしくいてほしい。

身体よりも脳がしっかりしていると
こういう不幸な事になるんだなあ。

母にすれば、自分は誰より長生きして
優越感に浸って暮らすつもりだったのだろう。

父への怨みも増している。
自分の人生を後悔しているような。
そんな終わり方はしないでほしい。

私も夫より先に逝く事になったら
母みたいに夫を憎んだままで
子に愚痴をこぼすのだろうか。
それは止めておかねば。

母が、珍しくこんな事を言った。
「お父さんとこうなったのは、私の実家の躾けのせいかもしれない。
夫のいう事に逆らってはいけない。どんな目にあっても
笑顔でいないといけない、といつも言われていたから
お父さんからどんな酷い目にあっても我慢してきた。
それがいけなかったのかも」


こういう、自己分析をするなんて
母には似合わない。
意外な母のその言葉を聞いただけでも気が晴れた。
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私は、”差別意識の強いDV父と、DVに耐えるのが良い妻と信じた母親"
に育てられた訳だ。

DV野郎にとっては、私たちは美味しいターゲットになる訳だ。
我が実家は、DV被害者養成所だったわけか。

2人部屋の病室、母の隣の人が似た様な年齢で食事制限のある人だったら
気分は全然違ったと思う。

母には、「帰宅しても父がいるし
嫁さんはいっさいあてにならないし、
家事もできないし、してはいけないし
このまま帰宅しない方がいい。

緩和ケア病院、施設などに入って
ゆっくり自分の事だけ考えて
ストレスの無い生活をした方がいい。」と勧めた。

母も、やっとその気になってきた様だった。

悲しそうだったけど。
私も悲しいよ。




母と毎日電話で話しているが
ここ2日ほどで、あっという間に鬱状態になってしまった。

声も力が無く、泣いている様な弱気な事ばかりを言うようになった。

環境のせいもあるし、退屈なこともある。
抗がん剤の副作用でもあるだろう。

隣の人が年配の人から若い人にかわった事も影響あるかもしれない。

食欲は全くないとはいえ、
入院するまでは「食べられるうちは大丈夫」
といつも口にしていた母。

すぐに食事もとれるだろうと
お箸を持って来させたり、退院の事も考えて居た。

あの頃の母と比べると、声が変わった。

元旦から全く食事をせず、抗がん剤治療なのだから
体力が無くなり、気力も無くなるのは当然。

今週から2週間の休息日に入った。
点滴だけで、誰とも会えず2週間も待つのか、
いつ食べる練習するのか、
退院できるのか、と
色んな事を考えて居るようだ。

夜にトイレに何度も行きたくなるそうで
眠れないという事もあるだろう。 
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食事の度に隣の若い人がむしゃむしゃと
食べる音が気になって仕方がないという。

自分は永遠に食べられなくなるのでは?
このまま、誰にも会えずに孤独にいなくなるのか、など
そして、こんな治療は自分だけだ、他の人はこんなきつい思いをしない、
と誤解している。
「自分だけが、自分だけが、何故!」としつこくて
聞いている方も、いらついてくる。

今まで何度も口にしていた「自分はもういついなくなるかわからないぞ」という
脅し?覚悟の言葉は何だったの。
父の事を「いつまでも元気で不老不死だと思っている、馬鹿だ」
と今もけなすが、母も同じじゃないか。
「自分が病気になるなんてありえない。おかしい」と言う。

これまで、色々病気の事を教えて、
アドバイスもしてきたが、都合の悪い事は無視してきた母なので
自分の病気のことも、未だにわかっていない。
わかろうとしない。

隣の若い人を、可哀想に、と言って優越感に浸るほどだ。

自分で自分を苦しめている。


自分の命の短さをいざ感じると
誰だってそうなるのだろうか。
自分もいざそうなると、今の母を思い出して
今の自分の対応を後悔するのだろうか。

本人にしかわからない辛さがあるという事はわかってあげたい。






母が入院するたび、
故意に1カ月以上も旅行で家を空けて逃げだすお嫁さんと
それを何とも思わない弟。
ごみだらけの実家で栄養失調になっている父を放置した弟夫婦。
あの時、私に注意された弟は私に言った。
「親父の世話なんて面倒臭い、したくない。
家にも上がりたくないからいつも家の前をスルーしてる」

自分の子育ては、ほとんど実家に任せていたのに
用が無くなるとこんなだ。
父は手はかからない、大人しい。
何が嫌なのかわからない。
自分の家もゴミ屋敷だからましてやなのか。

実家にきても、一度座ったら絶対動かず、
入院直前まで、母に接待をさせてた息子夫婦だなんて
まさか誰も想像もしていないだろう。
きちんとした親孝行息子夫婦のイメージを
母が作り上げた。

母は、全ては嫁と父が悪いと言う。
一番悪いのは、自己管理のできない父だと、
息子は可哀想だと言う。
最後はいつもそう言って私を黙らせる。

母が言うには、お嫁さんのことはR子さんに愚痴っているとのことだったが、
こんな細かい事は話していないだろう。
R子さんは、普通の嫁姑の関係だと思っていて
世話もしてくれてると思っていて、ここまで酷いとは思っていない。

返事に、真実を全て書いてしまおうかと思った。
書きかけて、やめた。
今はやめておこう。
弟しか頼る人はいないし、
感謝する事の方が多いのだから。

コロナでなかったら
間違いなく、弟の奥さんはまた長期の旅行に行ってるはずだ。
母が余命短い病気とわかり、手術することになった時も
面倒から避けるように旅行にいっていた。
見事に入院するたび、旅行にいって帰らないので
お嫁さんがどんな人なのか、確信した。

見舞にきても
優しい言葉はかけたこともない。
「何でも(弟に)やらせていいですから。私が許可します」
みたく言うだけ。

結婚する前の彼女はどこへ?
弟も私もよりによって似た様な相手を選んでしまった。
ターゲットになりやすい人間に育ったということか。

弟は奥さんの使用人であり、母は奥さんの奴隷みたいになっている。
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弟夫婦の仲人でもあり、良く世話になった伯母の葬儀にも
「だるいから行かないわ」と弟に言い、すっぽかそうとした。
それを当然のように伝える弟。
それは流石に良くないと父が注意し、参列させた。

その間、ばたばたと皆がお茶をだしたり手伝っていても
ぶすっとしたまま座っていた。
葬儀の翌日には

「昨日は無理やり葬儀に行かされたから疲れた、今日は寝てるわ」と
弟に家事をあれこれ指示した。
それを正直に実家で話す弟。
その家事をまた母が手伝う。
食材を買いに行き、ご飯を作ってやり、弟に持たせる、
当たり前に受け取る弟。

だが、母が渡した物はお嫁さんは食べないし、捨てている。
それを知っていても、母はやってあげる。
自分は一度も助けてもらえないというのに。

完全に奴隷化され、馬鹿にされている事に気が付いていない。
今頃、やっと病院で気が付いているかな。

弟は、何故離婚しないの?と私に聞く前に
自分が先にすればいいのにと思うのだが
弱いところがあるので
嫁さんの性格上、大変な抵抗がありそうで
考えない事にしている気がする。
面倒から逃げるタイプなのだ。
老後、1人になりたくないのだろう。

話がそれたが、
R子さんには無難な内容を書いて返信した。

一言だけ、意味深な事、書いたけど?
R子さんなら、ピンとくることだろう。


まめに手紙をくれる親族の女性(R子さん)がいる。

お互い遠く離れた土地に住んでいて
ほとんど会う機会がなく、
R子さんと2人で会話したこともない。

なのに、若い時からまめに手紙をくれる優しい人。

私は、子どもの頃、まだ会った事のないその人に
顔がそっくりだと、親族の誰からも言われて
うんざりした記憶がある。

自分に良く似ているらしいR子さんは
どんな顔でどんな人なのだろうと、
素敵な人ならいいなあと
子ども心に思っていた。
 
私の従妹にあたるのだが、
母の年の離れた姉の子なので
私より20近く年上だ。
だから、従弟と言っても伯母さんみたいな感じ。

R子さんは、母と仲がよく
母にとっては、私と弟以外で、唯一何でも話せる相手らしい。

R子さんは、父の事も気にかけてくれ、
「先生」と呼び、尊敬してくれている。
世間体を気にする母は、父の愚痴は話していないかもしれない。
どこまで、本音を話しているのかはわからない。

先日、母が病院からR子さんに電話をし、
再び入院したことを伝えたので、
母と私に手紙を書いてくれた様だ。

今私に手紙を書くという事は
母が言わない事を、
私から知ることができるかもという
情報収集する目的もありそうだ。

以前、父が皮膚がんの手術をした時、
母は詳しく話さなかった様で
R子さんは、私に葉書をくれた。

父の事を心配していたので
「完治した、元気だ」と返信したら
安心したようで、すぐに父に電話をかけた様だ。
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そんな風に今回も、
母の話がどこまで真実なのか、
コロナで見舞もできないし
病気の様子を聞きたいのだろうなと感じた。

高齢になっているR子さんも
最近大きな病気をしており、
手紙を書く事でリハビリや人との交流を絶やさない様に
努力しているのだと思う。

実家からは、車で2時間ほどかかる所に住んでいて、
病院も近くに無く、不便な生活らしい。

彼女の手紙に、最近必ず書いてあるのが
弟の褒め言葉だ。
母がいつも弟の事ばかり自慢しているのがわかる。

「息子が良く世話をしてくれる。
良く動いてくれる、何の心配もない」と。
確かにそういう一面はあるから嘘では無い。

しつこく自慢しているのが
世間体第一の負けず嫌いの母らしく、予想通り。

「家事を誰もやってくれない」と私には今でも文句を言ってくる母。
そんな裏の面を誰も知らない。

数年前の入院の時、
私が帰省して手伝おうとすると
「来なくていい。あの子の立場が悪く無る、何もしてないのがばれる」
と言って、帰省させなかった母だ。
世間では、親が入院しても帰って来ない薄情な娘に思われた事だろう。

もうその手に乗らないぞと、
その後無視して帰省すると
世間には私の帰省は無いことにされた。
怒りで母を怒鳴りつけたこともある。

それでも、私が手伝うと
思いのほか楽だったのだろう。
弟夫婦が嫌がる家事については
「娘がやって当然、娘がやる仕事」と言い出した。
女だから、裏のきつい仕事はやって当然だと。
でも、世間には息子夫婦がやってくれたことにすると。

なので、R子さんの手紙には
弟は偉いね、有り難いね、羨ましいと誉め言葉であふれている。

私がそれを読んで、どんな気持ちになるか
わかるはずがない。

弟夫婦がいるおかげで、
私は遠くで何もせずにいても安心ね。
良かったね。
と思われているのだろう。
                     続く






母は「もしかしたら、2度と食べられなくなるんじゃないか、
そうなったらそうな私はもう終わりよね」
と言い出した。


これまでは、入院生活は楽しいものだと思っていた母。
家事からも解放されるし
治療を受ければ、気分も良くなり
また元の生活に戻れた。
今回もそうなるだろうと思っていた。

コロナの影響で、誰にも会えず、
再発した場所が悪く、食事は禁止。
壁を見つめるだけの辛い状況になった訳だ。
日が経つにつれ、現実が見えて来たのだろうか。

両手に点滴、自由に手も動かせない。
日記を書くと、点滴の針が動き、ピーっと
警告音がなるらしい。

何もすることもなく
時間がただ過ぎていくだけ。

テレビはつけているが
音は消していて字幕で観ている。

コロナの悪いニュースを見ていると
気が滅入るので見る気も失せるとか。

病気が病気なので
そもそも、楽しい入院生活のはずがない。
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白血病の患者さんもいる訳だし
他の人は具合が悪くてそれどころじゃないだろう。

退屈だと言っている間は、母は余裕があるということ。

本人は、身体の老化、脳の老化を心配している。
毎日寝ているだけの生活は、一気に認知症が進んだり
足腰が弱ってしまう。
だからとにかく誰かと話したいと
弟と私に電話をかけてくるのだ。

その不満を言う元気があるうちは安心だ。

「私はここから出られないのでは」
「薬が効かなかったらどうなるのか」
と質問された。

心の準備をしていた私は
自宅には帰らない方がいいと強調した。


母は、病院が退屈でたまらない、苦痛だと毎日愚痴る。

以前は、私にしかそういう電話をかけてこなかったが
今は、弟にも毎日電話をかけているのは良い事だと思う。

弟は、洗濯物の受け取りと預ける為に
1日置き位に病院に通う。

会えないのでただ受付に渡すだけ。

父が1人でいるので
様子も毎日見に行っている。

母がいないので、父も退屈そうに
こたつでウトウトしている事が多いらしい。

喧嘩ばかりしていても、
1人でいるより2人の方が刺激にはなっていた様だ。

弟は相変わらず、父の様子を見に行くだけで
家事はいっさい手伝っていない感じだ。
掃除機をかけるでもなく
食器を洗うわけでもない。
きっと実家は荒れていることだろう。

それでも、居てくれるだけで助かる。
最低限の協力はやってくれるのだし。
いなかったらどうなっていたか。
感謝している。

予想通りお嫁さんは、全く顔もださない。

母の下着の洗濯も弟がやっているらしい。

徹底して、知らん顔を貫く弟の奥さん。

それはそれで、諦めてるしいいけれど
法的には弟の配偶者で相続人。
そういう権利だけは主張しそう。
 まあいいや、今はそういう嫌な事は考えないことにしておく。

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昼休みに母から電話がきた。

今日は、気分が良いらしい。

「このまま食事ができなくなったら(回復しなかったら)
ずっと病院にいないといけないのか、
永遠に帰れなくなるのだろうか」

と、聞かれた。
やっと母のこれからについて、
母の意志を聞けて、話せる時が来たと思った。



毎朝、まだ外が暗いうちに目が覚める。

布団の中から出たくないはずが、
何故か逆で出たくなる。
早く動きたくなるのは老化のせい?

古いエアコンだからか、暖房をつけても
なかなか部屋が暖かくならない。

去年に比べて電気代がかなり高くなっている。
免疫力が落ちないよう、我慢せずに暖房はつける。

テーブルの上を片付けようと、ノートパソコンを持ちあげたその時、
背中がピリッ。あ、なんかヤバイ感じ。

特に変な姿勢していないぞ、PCを取ろうと
手を伸ばしただけ。

それだけで、ぎっくり背中?
すぐに身体を動かし、ほぐしたが
段々、痛みが増してきた。

冷えのせいだろう。
まずはホッカイロをあてて
気にしないよう、普通に過ごした。
動けるので良かったが
なにげない動作で、痛みが走る。

筋力の弱くなった腕だけの力で
片手でノートPCを持ちあげる動作が良くなかったのだろう、

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PCは意外に重い。
身体が冷えたままだったし、背中の一部の筋肉に負荷がかかった様だ。
 
こうやって、何気ない動作で、筋を傷める訳だ。

コロナだし、寒さもあり、運動不足。
筋力が衰えているのは明らかだ。

なるべく歩く様にはしているが
次の健康診断が怖い。

武田真治が、コロナが回復した後、インフルエンザに感染したとのこと。

免疫力が弱っていたところに
どこかで感染したのだろうが
ほとんど感染者のいないインフルエンザにかかるなんて
ウイルスは、そこらへんに存在しているという事だろうか。

未だに、コロナはただの風邪だとかインフルエンザと同じという
人がいたり、陰謀論を信じる夫のような人もいる。

世間では、ちょっと気を付けただけで
インフルエンザの感染をこんなに防げるのは凄いと思う。

それに比べて、気を付けても増え続けるコロナ感染者数をみると
どれだけ、怖いウイルスかがわかる。


母から1日に1度は電話がくる。

病室だし、様子がわからないので
こちらからかけるのは控えていたが
母は、かけてほしい様だ。

食事もしないしただすっと点滴しているだけの日々。

リハビリで、足のマッサージはして下さるそうだが
それ以外は、やることもなく
ただ、黙って寝ているだけ。

コロナもあるし、そうでなくても感染に注意する病気なのだから
面会は禁じられている。

その為、人と会う事も話す事も無く
壁を見ているだけ。

1日が長いのだろう。
それに、薬の効目があるかどうかもわからない。

以前の様に手術して、
抗がん剤の投与 が終われば、帰宅できるという確信も無い。

不安になるのは当然。

点滴生活のせいで、機能が衰える方が心配だ。

ただ、母は「何で自分だけが」とまるで病気にかかる事が
負けだと思っている。
以前から、病気や障がいに対して偏見のある人だった。

病気になるのは、ダメな人だ。
世間体が悪い。負けだ。
と思い込んでいる。

もし、私が障がいがあったり、
病気持ちだったら、母は私を恥ずかしい子として
見捨てただろうということ。

その間違った差別意識が自分を今、苦しめているのだ。
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「これが、1カ月続くと思うと
悪い事ばかり考えてしまう。
何で、自分ばかりこんな病気になったのか、
不思議で仕方がない、何で。」
と、弱音を吐き始めた。

母が落ち込んでいる理由が
「病気になってしまって、世間体が悪い。
誰よりも長生きするはずなのに。負けを認めたくない。」
という悔しさが原因であることも感じる。


「人は永遠には生きられないの。
いつかは、この世からいなくなるもの。
高齢になってからの病気はその為の準備なの。
自分がこんな病気になるのはおかしいと思うのは間違いよ。
人間は必ず老化するんだし、お母さんは、たまたま血液が老化しただけ。
誰でもが経験すること。悪いことじゃないよ。」

と、言ってしまった。

これまで元気な時は「私はこの先何があってもおかしくない」と
覚悟を決めたかのように言っていた母だが
実は、自分は特別で、
不老不死だと思っていたのか、
病気になるはずがない、なってもすぐ治ると思い込んでいた様だ。

世間体を気にしたり、
病気の人を馬鹿にしたりするのはもうやめてほしい。

隣のベッドの若い患者さんをそんな目で見ているし
自分はあの人とは違う、自分はたいした病気じゃないと
見栄を張っている。

内容はともかく、母がそこまで元気だということだから
安心はしているが
ここまできて、まだ差別意識を持つのは
やめてほしい。
自分が辛くなるだけだ。

私が、諭したら「そうね、フフッ」と笑って誤魔化していた。

不安になり、錯乱したりする人もいるだろうから
母の脳と足腰が弱らなければよいが。

「薬の効果が出る前に、環境が身体を蝕む気がするね」と
話し、母の不安に寄り添うつもりでいる。

私は、電話と手紙を。弟は、着替などの物のやり取りをする。
雑誌などを差し入れすると言っていた。

弟は、他の医師に色々相談してみて
薬が効かなかった場合、どんな事ができるか
可能性を見つけようとしている。



テレビはコロナ、コロナ。
病院も逼迫してきた。
近くまで迫ってきている感じで
恐い。

抗原検査キットをネットで購入した。

いつ使うことになるのだろうか。
発症後2~9日の人には確定診断できるらしいが
無症状の人にはあまり意味がないらしい。

もし、帰省する時、
しないよりはましだと思うので
日を空けて何度も繰り返して使おうと思う。

家にいても気が重い。

そんな時はアレクサに音楽をリクエストする。
アマゾンプライムだから何でも聞ける訳ではないのだが、
シャッフル再生でだいたいの曲は聞ける。

BGMとして流すのには丁度いい。

で、80年代の日本のヒット曲を聴きたいと思い、
「アレクサ、80年代の日本のヒット曲をかけて」
と言ったが、何回繰り返しても
おかしな言葉にかえてしまい、ありませんと言う。

言い方をかえて、色々試してみたが
まだこちらが話している途中にアレクサが割り込み
「それはありません」と言うだけ。
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80年代の音楽と言えば、すんなり洋楽は流れるのに。

日本の、が入るだけで、混乱する様だ。

 80年代の演歌をかけて。と言えば
スムーズに流れる。

この前は、70年代の日本のヒット曲をかけて、と言ったら大丈夫だった。

なぜ、今回はうまくいかないのだろう。
意地悪をされている気になってくる。

こちらが、話す途中にアレクサが言葉をかぶせて、抵抗するので
「アレクサうるさい。まだ話している途中だよ!」と怒鳴ってしまった。

AIと喧嘩する私。

疲れたので、ジャズやビートルズに変更した。

諦めないぞ。
アレクサと喧嘩しながら、絶対に80年代日本のポップスを聞くぞ(笑)。


その後、追加:「J-POPをかけて」と言えば良かったようです。
言葉を選ぶのかあ。疲れるなあ。

「切ないクラシックをかけて」
とか、」「秋のお散歩ポップスを」
とか、そんなのもOKらしい。

そっちの方が難しそうなのになあ。


母の抗がん剤治療が始まった。
2週間の予定だという。
医師は、気休め❔的な処置で、効果は期待できないと弟には話したらしい。

2週間後には、緩和ケア病院に転院予定になっている。

母は、以前の小腸の手術後の時と同じだと思い込んでいる。
2週間の点滴が終われば、食事をとる練習が始まり、
1カ月後には、退院できて、元の生活に戻れると。

なので、電話がくると
相変わらず、帰宅した後の予定ばかり話してくる。
今回は、手術が出来ず、
腫瘍はそのままだから訳が違う。

声に力があり、具合も悪くないと言い
自分が重病だという自覚が無い。

むしろ、入院するまでの自宅で家事をしていた時の方が
だるい、もうだめかもと弱音を吐いていた。
きつくても家事をやらせ、暴言を吐く父へのストレス。
絶対に家事を手伝いに来ない息子夫婦への不満が
母の心を蝕んでいたのがわかる。

病院に居る方が、解放されている様に見える。

母にすれば、家に居る限り
どんなに具合悪くても父と弟夫婦は冷たい。
入院すると、態度がかわって優しくなる。

入院しないと、人の痛みがわからない人達。
嫁さんは、入院しようが寝込もうが、かわらない。

だから、本来、段々弱るはずが
元気になっていく様に感じる。

医師の1週間前の話では
今頃から、苦しみだして、急変したりもありえて
手のつけようがなくなるかもという事だった。

誤診じゃないかと思えてくる。

確かに検査では、どうしようもなく末期なのだろう。 
寿命でいつ亡くなってもおかしくない年齢だし。

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が、母は、同じ年齢の人に比べて
話し方もしっかりしており、
足の手術後は、しゃきしゃきと歩いていた。

10歳は若いというか、強い気がする。身体も精神も。
おそらく、母の歳での症例は少ないのではないか。

この歳で、こんなに頑張って長生きしたという貴重な例にならないかな。

この前までは、母が帰宅後の話をすると辛かったけど
今は、本当に母の思い通りになりそうに思えて来る。

母が自分でそう思うなら、そうなのだろうと。
自分の事は自分が一番わかると思うからだ。

隣のベッドに、若い人が入ってきたという。
おそらく、母と同じ病気か、血液の病気だろう。
「若いのに深刻そうで、可哀想に。」
と言う母。

自分の方が、もっと深刻なのに
まるで他人事。病気だということを忘れている。

そこまで、辛い思いをしていないということ。
苦しんでいないだけで救われる。

これから、少しづつ変化がでてくるのだろうか。

仮に、少し回復したとしても、
自宅には日帰りで戻らせ、
緩和ケア病院で過ごさせないと
家に戻ると、再びストレスで苦しむと思う。

自宅に戻したいと思っていたが
自宅に置いたらストレスで母が弱るだろう。

電話がかかってくる間は安心だ。

来なくなったらと思うと不安になる。

携帯電話の無い時代だったら
面会ができない時、どんなに気になっていた事だろう。

母は大丈夫だと、昨日は安心して
ぐっすり眠れた。

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